星への道
特級鑑札の試験会場は広く、ゆっくり達の為に誂えられたモノとしては行き届いた用意が成されていた。
胴付きの為には専用の椅子、普通のゆっくりの為には咥えやすい専用のペンなども配置され、身体的な不利は可能な限り無いように配慮が成されている。
無論、普通のゆっくりでは問題用紙を捲る事は難しいが、その為の人員もキッチリと配置されていた。
すみませんと一声掛ければ直ぐに係員が用紙を捲るのを助力してくれる為、この場に限り、捕食種との力の差は無いとも言える。
手持ちの紙に記された自ゆんの【試験番号】を頼りに、其処へ行くれいむ。
同じ養成所出身のゆっくり達は、配置はバラバラである。
これは、仲間内での不正行為カンニングを防ぐ為であった。
無論、飼いゆっくりであろうとも飼い主はこの場には居ない。
飼い主達は、試験が終わる迄は別室にて待機を頼まれている。
いざ、席に着くれいむではあるが、不安は拭えない。
年に二回しか行われない試験に、自ゆん以外の多数の金バッジゆっくり達がこの場に居た。
チラリと見渡せば、余裕を持っているゆっくりなど何処にも居ない。
誰もが、厳正な国の試験を通過パスして来た優秀なゆっくり達。
更に、プラチナバッジを得るにはそんな優れたゆっくり達からも抜きん出る必要が在る。
飼い主の為に意気込むゆっくりも居るだろうが、れいむは、自ゆんの夢の為に此処へ来ていた。
目を閉じて思えば、長い道のりが走馬灯が如く蘇る。
嘲笑う両親、薄暗く臭いゴミ箱、見慣れない人への恐怖。
拾い上げられた時の希望、初めて見たプラチナバッジのえーき。
銅バッジ、銀バッジを得て別れた妹、歪む八番ありすの顔。
眠る我が子、新たに顔を見せた後輩達、激励してくれた監督官。
様々な苦難とを乗り越えて、かつて四十番と呼ばれ落ちこぼれだったれいむは、特級鑑札の為に此処に至った。
当たり前だが、周りのゆっくりに知り合いなど居ない。
同じ受験生であはあるが、仲間でもない。
頼れるモノは、自ゆんだけ。
かつて、ゴミや同族が腐っていく腐臭漂うゆ獄の中、れいむは親からも捨てられた自ゆんに問い掛けた事がある。
【何の為に生きているのだろう】と。
あの時の答えが、れいむにはようやく見えて来ていた。
ただ漫然と汚泥と塵に塗れ朽ち果てる為ではない。
ゴミの中ですら、自ゆんは此処に居て、そして生きているのだと証明する為に泥を啜って生きた。
そして今は、自ゆんは誰にも依らず生きていける事を示したい。
ただ、れいむはそう強く強く願う。
気持ちを落ち着けて、れいむ目を開いていた。
*
「本日はお集まり頂いたゆっくりの皆様。 早速ですが、今から学科試験を開始します」
既にれいむを含めたゆっくり達の前には、試験用の答案用紙が配られ、いつでも試験が始められる体勢にある。
この段に至ると、もはやざわつく余裕などゆっくり達には無い。
不安げなゆっくりから、意気込んで目を血走らせるゆっくりと様々だが、何かを言う者は居ない。
特に受験ゆっくりから質問が無い事から、試験の挨拶を勤めた女性は会場を見渡す。
「各自、机の上にある番号バッジを付けて用意してください」
試験官の指示に、れいむはソッと数字がふられたバッジを取る。
養成所での番号は外されたが、また番号付きかと笑いそうに成るのを堪え、静かにバッジを御飾りに付けた。
他のゆっくり達も、自ゆんで付けられない者は係員に頼んで付けて貰っている。
程なく、試験官の女性は腕時計に目を落とした。
刻々と開始の時刻が近付いてくる。
数秒前というところで、試験官は息を深く吸い込んだ。
「……はい、それでは……始め!」
そんな掛け声に合わせて、ゆっくり達は答案用紙を捲った。
どのゆっくりも、猛然と問題用紙に目を通し、答えを探す。
学科試験は金バッジに比べれば遥かに複雑な問題が並ぶ。
それでも、れいむはたじろがない。
どれも分からないモノはそう多くない。
何せ今までゆっくりの本質であるゆっくりを棄ててまで居る。
普通にその辺の町中を彷徨いているゆっくりでは、饅頭如きがと揶揄されるが、今のれいむは半端な人間には及び付かない知恵が在った。
監督官の言葉に嘘は無く、試験会場に集まったゆっくり達は脇目も振らずに試験に没頭する。
第一の科目が終わる頃、試験会場には静かに字を書く音だけが響いていた。
*
学科試験も一科目、二科目、三科目と進むのだが。
試験中れいむは疑問に捕らわれていた。
問題自体は金バッジの時に比べれば難しい事は難しいのだが、解けないほど難しい問題は無い。
勉強したからこそ解けるのだと自ゆんに言えばそうなのだが、奇妙な違和感がれいむには残った。
五科目を終えた所で、ゆっくり達の疲労は著しい。
中には、露骨に息を荒げる者も少なくは無かった。
だが、まだ終わりではない。
試験官の女性は、解答用紙が集められたのを確かめてから会場に目を配る。
「はい、次に昼食ですが……コレも作法の試験と成ります。 始めるまで時間を差し上げますので、トイレなりを済ませて置いてください!」
そんな声に、れいむは食事中でも休めないのかと息を吐く。
過酷ではあるが、養成所のソレと比べれば幾分かは楽と言えた。
それでも、少しは休めるかと期待するれいむに、パタパタと近付いてくる足音。
音の主は、身体を得た同期のまりさである。
「よ、れいむ。 どう、テストの方は?」
いつかの厳めしさは今のまりさには無い。
それどころか、友を心配する色さえ在った。
「うん、大丈夫だと想うんだよ。 まりさは?」
れいむの声に、まりさはドンと手で胸を叩いた。
「あんなのお茶の子さいさいなの……です 」
ついつい【だぜ口調】出そうに成る癖が抜けないまりさには、れいむも苦く笑う。
「そんなので大丈夫? 面接だって在るのに」
まりさを心配するれいむに、まりさにこやかに微笑んだ。
その際、金色のおさげが少し揺れる。
「ま、終わり良ければ全て良しってね……がんばろ?」
少し心配が残る親友に、れいむは「まりさもね」と応えた。
*
小休止の後、作法の試験が開始されるが、コレには流石に問題の在るゆっくりは見られない。
そもそも基本的な事が出来ないゆっくりでは銅バッジすら危ういのだから当たり前とも言える。
用意された銀のスプーンにて優雅に食事をするれいむだが、食事中に喋ったり、飲み込んだ後に【しあわせぇ~】をする程幼稚でもない。
この程度の簡単な仕掛けに引っ掛かるゆっくりはこの場には居ない。
ただ、れいむには解せなかった。
今までの試験も難しいのだが、それなりに訓練を積んだゆっくりならばどうという事はない試験でしかない、
となると、先輩達が何故落ちたのか、それがれいむを悩ませた。
こうなると、最後に待ち受けている【面接】に何か在るのではないかと訝しむ。
とは言え、どの様な事が尋ねられるのかわからない以上、この場にて気を揉んだ所で意味は無い。
れいむは、簡単な試験に感謝しつつ静かに食事を終えた。
ゆっくり達が食べ終えたのを見計らい、試験官の女性は手持ちのクリップボードを見てから顔を上げた。
「作法の次は、最後の面接と成ります! 番号を呼ばれたゆっくりは係員の案内に従ってください! 先ずは……一番から十番迄のゆっくりから!」
金バッジともなれば、自ゆん勝手な行動を起こす問題児は見られない。
指示の通りに動き始める同族見て、れいむは自ゆんの番を待った。
最初の集団グループか呼び出されてから少し後、また試験官が口を開く。
「はい、次に十一番から二十番! お願いします!」
そんな指示に、胴付きと饅頭型のゆっくり達が移動を始める。
その中には、先輩のゆっくりの姿も見えた。
少し辺りを見渡す先輩に、れいむはこっそりと手を振る。
せめてもの激励のつもりだったが、金バッジを付けたきめぇ丸は普段見せない様なニヤリという笑みを返してくれる。
先輩成りの返礼としての微笑みなのかもしれないが、れいむには少し怖かった。
それからまた少し時間が経つ。
段々と減っていくゆっくり達。
流石にこの頃に成ると、れいむにも不安が押し寄せてくる。
それでも、顔を軽く振って不安を振り払った。
こんな所でオタオタしていても仕方ないという決意の現れでもある。
「次に、二十一番から三十番まで! 移動願いまーす!」
その声を合図に、れいむの番が来た。
*
まさかまとめて集団面接でもさせられるのではと思ったれいむだが、そんな事は無く、面接試験の為の場所にはキチンと十の部屋が用意されていた。
一ゆんずつでは日が暮れてしまうという配慮ではあるが、なかなかに壮観でもある。
そんなゆっくり達を案内した係員は、口を開いた。
「はい、ソレでは各自面接試室へどうぞ」
それを合図に、れいむはドアを軽く叩いた。
中から「どうぞ」と入室の許可を得てから、取っ手に手を掛ける。
取っ手に掛けるべき手を持たないゆっくりの為に、ドアの下部には専用の出入り口が用意されている事から、中に入れないゆっくりは居なかった。
他の受験生同様に、部屋に入るなりれいむはぺこりと頭を下げる。
スッと頭を上げた所で、れいむは目を丸くしていた。
面接試験が在るという事は知っていたが、それをするのは【人間さん】だとばかり考えていたが、それは違う。
面接官として、背広姿の男性以外に、その隣には頭の御飾りにプラチナバッジを輝かせるえーきが居た。
見間違いではない。
いつか挨拶をくれた、れいむに取って理想の姿であるえーき。
そんな面接官は、ゆっくりと掌を見せる。
「どうぞ、お座りください」
鈴の成るような高めの音だが、同時に落ち着いたゆっくりとした声。
「……し……失礼します!」
一瞬頭が真っ白に成っていたれいむだが、いつまでもえーきに見取れている場合ではない事を思い出すと、椅子へ座った。
如何にもカチコチといったれいむだが、えーきは手元の資料に目を落とすと軽く微笑む。
「……あー、そんなに硬く成らないで欲しいんだぞ。 とって食べたりはしないから」
意外にも友好的なえーきだが、れいむは気が気ではない。
いつか夢見た星がその場に居るという事実に、なかなか気持ちが落ち着いてくれなかった。




