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星を掴むゆっくり  作者: enforcer
10/15

試験目前


 盲導ゆっくり体験会から少し後。

 れいむとまりさの間柄には以前の様な隔たりは無くなっていた。


 同時に、在る変化も起こっている。


 特級鑑札候補生の中には胴付きゆっくりも居るが、その中には以前は居なかった筈のゆっくりが混じっていた。

 無論、何処かから引っ張られて来た訳ではない。


 結果から言えば、まりさもまた、胴体を得ていた。

 アレほどゆっくりに固執したまりさではあるが、体験会を通してであった盲目の少年に因って、内面に変化が訪れたと言える。


 新たに手に入れた手を握ったり開いたりを繰り返し、手というモノの実感にまりさの眉間には皺が寄っていた。


「……なんか、慣れない」


 一応は監督官の前だからか、【だぜ口調】を引っ込めているまりさの声に、れいむは面白そうに微笑む。


「大丈夫、直ぐ慣れるから」


 れいむの声に、まりさはフッと息を吐いた。

 ポヨンポヨンとバスケットボールの様に弾んで移動するゆっくりに対して、胴付きゆっくり達は普通に歩く。


 その感覚の違いに、まりさはまだ慣れていない。


 ただ、器用に動くまりさの身体に、不自由さは無かった。

 

 胴体を持ったゆっくりは、普通の饅頭型ゆっくりに対して段違いの可能性を秘めている。 

 饅頭型のゆっくりもそれなりには器用に物事をこなせるが、胴付きともなればその幅は遥かに広がる。


 単純にモノを手で掴めるというだけでも、それは利便性を生んだ。

 恩恵はそれだけに留まらない。


 道具の使用に、立つ走る跳ぶといった移動、何もかもが違った。


 普通のゆっくりならば天敵である捕食種に対しても、著しい有利足り得る。


 そんな胴体というモノを得たまりさだが、顔は不満そうであった。


「……こんなの……面倒くさいだけなのぜ」


 自ゆんの身体に、そんな事を言うまりさだが、強がりなのは顔見ていれば分かってしまう。


 野良ゆっくり基準から言えば、胴付きゆっくりなど奇形に見える。

 元々が饅頭型だけ在り、自ゆん達の基準に照らし合わせれば異様だろう。

 しかしながら、特級鑑札候補生としては利点の方が多い。


 バッジの階級から言えば、ブロンズの方がより野生種に近く、白金プラチナともなれば人に等しい。


 面接などに対しても、人に近い方が有利ですら在る。


 まりさの声を、監督官は黙認していた。

 バッジ試験自体、実態としてはゆっくりから如何にゆっくりらしさを奪い去ったのかを調べる試験でもある。

 生き物の生き方の本質をねじ曲げ、より人の都合の良い形へ整える。


 だが、男はどのゆっくりに対しても何ら強制はして居ない。

 

 始めにキチンと説明をして居る。

 そもそも質問の意義すら分からないゆっくりなど論外として除外してすら居た。


 その上で、納得したゆっくり達のみを育てる。

 本ゆん達がそうするのだと決めた以上、男がやるべき事は決まっていた。


「静かに」


 先ずはと、部屋のゆっくり達に静粛を求める。

 

「さて、此処まで階段を駆け上がってきた諸君。 いよいよ、特級鑑札試験の日取りが近付いて来た」


 厳粛な男の声に、ゆっくり達も身構える。


 銅バッジの試験は随時、銀バッジの試験は毎月、金バッジの試験は3ヶ月に一回。


 そして、プラチナバッジを取る為の試験は、半年に一回しか行われない。

 それだけでも、如何に試験が難しいかを示していた。

 しかも、試験費用は金バッジに比べれば数倍に跳ね上がる。


 試験を受けるだけでも、約二万という費用が掛かった。


 無論の事、その費用は監督官の前に居るゆっくり達が自ら働き稼いだ事は言うまでもない。


 後は、男に出来る事は精々激励程度しか残っていない。

 教えられる事は教え、鍛えるべき事は鍛えた。


「特級鑑札試験とは、優秀なゆっくりにとっては正に、一世一代の見せ場でもある。 前回、惜しむらくも落ちた候補生も居るが、気にする事は無い。 前は前、今は今だ。 君達には出来るだけの事をしたつもりだ。 後は、諸君らの自ゆんの努力に期待したい」


 出来るだけ手短にした男の激励に、ゆっくり達の反応は様々だ。


「むきゅ、今回こそは……」

「大丈夫大丈夫、ちぇんは分かるんだよー、今年こそ、今年は」

「おぉ、怖い怖い、少しだけ身震いがしますよ」


 先輩方が意気込む中、後輩であるまりさも意気込む。


「なぁに、このまりさ様に取っては余裕綽々なん……です」


 慌てて【だぜ】を引っ込めたせいか、些か口調の怪しいまりさ。

 そんな親友にも関わらず、同じく候補生のれいむは麦わら帽子を被るのうかりんへと目が向いていた。


 余程怒らない限り、いつもにこやかに微笑んでいるのうかりんだが、その笑顔の下に何が在るのかを考える。

 だいぶ前に成るが、以前にれいむが尋ねた時、のうかりんは【別に良い】とプラチナバッジを諦めた様な素振りすら見せている。

 

 にもかかわらず、今回は野外担当教官としてではなく、あくまでも特級鑑札候補生としてのうかりんは其処に居た。


 れいむがのうかりんへと目を向ける中、男は息をすっと吸い込む。

 

「諸君。 頑張ってくれ。 そして、ゆっくりしていってくれ」


 そんな監督官の挨拶に、候補生達からは「ゆっくりしていってね!」という返事が返って来た。

 

 集まった教室から、候補生達は解放される。


 と言うよりも、もはや教えるべき事は全て教えてあり、後は本ゆんの努力だけが頼りであり、それ以上の便宜を図る事は他の参加ゆへの冒涜に他ならない。

 

 だからこそ、監督官も頼られない限り関知する気は無かった。


 頼まれれば、個人指導も厭わない。     

 

 教室から出て行くれいむを、男はただ黙って見送っていた。


  *


 監督官の挨拶から少し後、その日はゆっくりして良いと久し振りに休暇を得たゆっくり達。


 各ゆんが思い思いに過ごす中、れいむはのうかりんへと近付く。


「先輩」

「あら? 何かご用?」

「少し、話せます?」


 れいむの声に、のうかりんは微笑んだまま頷く。


「丁度、お相手が欲しかったから、良いよ」


 れいむが意外と思う程に、のうかりんはあっさりとそう言った。


 適当に話せる場所へ行こうと誘われたれいむだが、其処は室内ではなく、農場の休暇場所である。

 休日という事も在り、農場にはれいむとのうかりん以外誰も居ない。

 

 屋根付きの小屋の中、のうかりんはサッとれいむへ水を出してくれた。


「ごめんなさいね、ホントなら、お部屋の方が良いんでしょうけど、コッチの方が落ち着いちゃって」

「……いえ」


 如何にも農家のオバチャンといった風情を醸し出すのうかりんに、れいむは畏まる。

 そんな後輩には大して構わず、のうかりんは何かをゴソゴソと取り出していた。


「よっと………」 


 ヨイショとのうかりんが出したモノ。

 それは、若干古めかしいオセロのセットであった。


 産まれてこの方、ゲームなどとは触れて居ないれいむからすると、モノの存在は知っては居ても、内心では【なんだコレ?】も考える。


「まぁまぁ、そんなに首傾げないでさ、少し遊びましょう? ね?」


 そう言うのうかりんだが、目が笑っていない。

 豹変した先輩に、れいむは若干口の端を震えさせていた。


 オセロというゲームは、単純明快である。


 白と黒の駒を使い、八×八の陣地をより多く取れば良い。

 囲碁にも似ているが、内容は全く違う。

 相反する色で挟めば、駒は裏返ると、それだけだ。

 

 しかしながら【ルールを憶えるのに一分、極めるのには一生】と言われる程に奥が深いゲームである。


 そして、ゆっくり同士の勝負は、れいむの惨敗であった。

 単純な遊びだと気軽にのうかりんと対戦したれいむだが、何度やっても勝てない。

 勝てない理由が分からずに、盤面を見ながら鼻をウムウムとれいむは唸らせる。


 そんな後輩に対して、のうかりんの顔には勝ち誇る笑みが浮かんでいた。


「どーだ? ちょっとは先輩らしいでしょ?」


 そんな声に、れいむは顔を上げた。

 勝てない事に対して、ジトーッとしていたれいむ


「先輩が、すごーくオセロさんに強いのは分かりましたけどぉ……」


 同じゆっくりに向けるには些か問題が在りそうな恨みがましいれいむの目に、のうかりんは余裕を崩さない。


「先輩は、なんで試験を受ける気に成ったんです?」

 

 れいむの声に、今度はのうかりんが鼻を唸らせた。


「……うーん、とね……まぁ、後輩に抜かれるってしゃくじゃない?」

 

 意外な程に、のうかりんの試験を受ける気になった理由は単純明快であった。

 後から来たゆっくりなど、のうかりんは嫌という程に見飽きている。

 指導したゆっくりがいつの間にか居なくなった居たという事は枚挙に暇が無い。


 ただ、かつて話したれいむが自分と同じ場所まで駆け上がってきた事に、のうかりんは向上心を擽られたのも事実である。


 胸の内を明かしたのうかりんに、れいむは拳を上げてグッと握って見せた。


「後輩だけど……負けませんから」


 まるで勝負に挑むかの様なれいむに対して、のうかりんは微笑む。


「別にね、試験って勝負じゃないからね? 後、オセロさんやろっか?」


 実に楽しげな声に、れいむの唇は震えた。


   *


 全部で十に満たない特級鑑札候補生だが、他の参加者も含めればかなりの数が試験会場に集まって居た。

 そして、どのゆっくりにも頭の御飾りには金バッジが在った。


 何せ特級鑑札の試験に限り、【金バッジ習得済み】という条件が課せられている。

 金バッジ試験迄ならばのまま受けても文句は言われないが、受かる可能性は低いだろう。  


 プラチナバッジともなれば、仮に受けても、受かる可能性は万が一にも有り得ない。


 絶対に無いという事も無くはないが、以前に、銅バッジ未満のゆっくりを連れてきてしまった飼い主が居り、その際起こった問題を鑑みて、金バッジを持っていないゆっくりは試験を受けられないという決まりが出来ていた。


 そして、この場に集まったゆっくり達は全てが選りすぐりのゆっくり達である。

 どのゆっくりの顔にも、我こそは特級鑑札に相応しいという意気込みが在った。


「さてと、行きますか」


 そんな声は、加工所から送り出された候補生の一ゆんであるのうかりん。

 顔には気構えこそ在るが、声には余裕が聞いて取れる。


 のうかりんに続き、れいむとまりさの先輩達も試験会場へと赴く。


 一番若いれいむとまりさも、お互いに顔を見合わせると、足を進めていた。

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