蜘蛛の糸
ゆっくりの小説です。 虐待成分は少なめと成っております。
人語を解しながらも、人とは違う生き物ゆっくり。
生きている饅頭とも揶揄されるが、その扱いは御世辞にも良い事ばかりではない。
生来の弱さ故に天敵が多く、傲岸不遜な態度も合わさり、時には人間から執拗に狙われる事も多かった。
ゆっくりを一言で表すには余りに種類が多すぎる。
多種に渡り、様々な生き様が在るが、とある場所のゆっくり達は、在る意味最低の生活を送っていた。
れいむとまりさのゆっくり姉妹は、ずーっと在る場所に居る。
望んで其処に居るわけではない。
ただ、産まれて直ぐに、其処へと入れられたことは憶えている。
『おしょらをとんじぇるみちゃい!』
種族の関係上、無邪気にそんな事を宣った自ゆんが愚かしい。
大して旨くもなく、ましてや綺麗でもない餌を貪りつつ、れいむはそんな事を考えていた。
本能的にゆっくりしたいとは思っては居ても、出来た試しがない。
眠る事は出来るが、それはゆっくりとは程遠く、精々が休んでいるとしか思えない。
【なんのためにいきているのだろう?】
両親の事は忘れもしない。
自分達よりも遥かに大きな大きな巨人が、こんな事を言っていたのが記憶にこびりついて離れない。
『お前ら、間引く奴を選べ』
ゆっくりにとっては絶対的な力を持つ【にんげんさん】は、両親にそう言い、選ばれたのは姉妹だった。
無論両親は一応抵抗こそ見せてはくれた。
そんなモノはただの建て前でしかなかったが。
結果から言えば姉妹が選ばれてしまった。
恨んで居ないかと言えば嘘になる。
あの両親と残った姉妹が、どこかでゆっくりしているのではないかと考えると腹の中のあんこが煮え立ちそうにすら成る。
悲しいかな、時の流れが怒りすら流してしまった。
時折、哀れな同じゆっくり達がこの世界へと落ちてくる。
中には長持ちするゆっくりも居たが、殆どは永遠にゆっくりしてしまう。
『此処はゆ獄だよ』
そんな誰かの声が、ずーっとれいむにこびり付いていた。
ある時、世界の蓋が開いた。
こういう時だけはれいむは姉妹を無理にでも起こす。
運が良ければ、こんな世界でも救い足り得るあまあまが極まれにだが落ちてくる事が在るからだ。
姉妹は、世界の蓋から差し込む光へと急いだ。
「あー、居た居た。 おいお前ら、外出すから暴れるなよ? 良いな?」
唐突に投げ掛けられた声。
何のことかさっぱりと、れいむには分からない。
何時もなら、何も言わずにドサリとモノを落としていくだけの筈の手が、にゅっと延びてきたのだ。
「おねーちゃ!?」
持ち上げられ驚く妹を見て、れいむは滅多に開かない口を開く。
「いもーと! あばれないで!」
れいむがそう叫んだ理由は、以前に見たことが関係していた。
同じ様に世界の蓋が開いた時、先輩だったゆっくりが持ち上げられた。
その際、先輩達は抵抗してしまった。
その結果は、先輩は帰っては来なかった。
必死に口を引き結び、妹の無事を願う。
そうこうして居るとれいむにも手が伸びて来た。
自分達ゆっくりにとって、絶対的な力を持つ手。
れいむは大人しく持ち上げられた訳ではない。
ただ、潰されるかも知れない恐怖から動けなかっただけだ。
フワリと身体が浮く感覚。 そんな恐怖に、れいむは目を閉じて耐えた。
「おい、見た方が良いぞ? なかなか見れないからな」
何か面白いモノでも見るような声に、れいむは思わず目を開ける。
ずっと狭いと思っていた世界の全貌が見えた。
居並ぶ大きな箱。
それは、生ゴミをゆっくりに処理させる為のコンポストの群である
その中には、自分達お同じ様なゆっくりが居た。
誰もが、自分へと羨望の眼差しを向けてくる。
それだけではなく、怨嗟の声も響いた。
「ゆがぁああああ! くずどれい! そんなこぎたないのじゃなくでいぶをゆっぐりざぜろぉおお!」
「ふざげるなぁああぁ! ぐじょじじぃいいい! たずげろぉおおおお!!」
「あまあまよごぜぇぇえええ!! すぐでいいょおおおお!?」
まるでゆ獄を空から眺めている様な光景。
理解が追い付かないれいむを、作業員は静かに運んでいった。
*
「はい、動くなよ? 綺麗綺麗にするんだからな?」
妹に直ぐに会わせて貰えた事は感謝を言いたくもなるが、そんな余裕は無かった。
直ぐ様、全身を綺麗にする為の作業に晒されながら、れいむはじっと耐える。
我慢しないと、何が起こるか分からない。
下手に抵抗し、すり潰されるのだけは嫌だった。
時に大きな巨人【にんげんさん】は自分達を面白いからと殺す事を先輩から教わっていたれいむは、ただ耐える。
ゆ獄に居た時、死にたいと思った事も在ったが、今は出たのだ。
だからこそ、れいむは我慢を自分へと言い聞かせていた。
あの狭い世界に居た時間に比べれば【洗浄】とやらは直ぐに終わった。
そのまま、姉妹はまた別の場所へと運ばれる。
目まぐるしく変わる世界。 れいむの想像以上に、世界は広かった。
そうして連れて来られたのは、れいむに取っては箱に思えた。
窓は無く、空すらない。
ただ、やけに広く、清潔である。
ゆっくりの姉妹が連れてこられたのは、所謂個室だった。
在るのは机と椅子だけ。 他には何も無い。
どれだけ待っていただろうか、ガチャリという音に身を震わせるれいむ。
自分達を運んだのとは別の巨人。
そんな名も知らぬ【にんげんさん】が、ジーッと姉妹を見下ろしていた。
「コレがコンポスト組か?」
そんな声に、姉妹を運んだ巨人は頷く。
「はい! ご注文通りです。 洗浄も済ませております」
「わかった、ご苦労様」
訳の分からない遣り取りの後、巨人は目を姉妹へと戻す。
「さて、此処まで御足労頂いた訳だが……一つ、質問しよう」
背広姿の男は、怯えるゆっくり姉妹へそう言うと椅子へ腰を下ろす。
「難しい事は聞かない。 出来るだけ分かり易く言うぞ? 外へ出るか、夜空に輝く星を目指すのか?」
妹を庇いながら、れいむは考える。
何を言われているのかが、全く理解が出来ない。
「……ほし?」
恐る恐る答えると、男は笑った。
「そうだ。 見たことは無いか。 まぁ、分かり易く言えば、君達に道を示したい。 一つは、此処から出て外へ行く道。 まぁ、公園の草むしりとゴミ拾いぐらいは出来るだろう。 もう一つは、我々の用意した階段を駆け上がる道だ」
男はそう言うが、やはりれいむは理解できない。
「かいだんさん? そんなの、ここにはないのに」
そんな声に、男は見ても分かる通りに大きく笑う。
「コレは素晴らしい! 実に聡明だ! うむ、此処でこんな事を話していても埒が明かん。 直ぐに移動させてくれ。 三十九番と四十番で登録だ!」
こうして、れいむの訳も分からぬ内に事は進んでいた。
男がれいむを聡明だと言ったのは、星や階段云々ではない。
極々一般的なゆっくりだった場合は、男の質問など意に介さず【そんな事どうでも良いからあまあま頂戴ね!】と叫ぶからである。
それだけでも、コンポストに居た筈のれいむの素質の違いが現れていた。
*
また別の所へと連れてこられた姉妹。
ただ、違いもある。 其処は一般的な学校の教室によく似た場所であり、外が見える。
最初こそ外の光景に圧倒された姉妹だが、何よりも姉妹を驚かせたのは、その場所に居た沢山のゆっくり達だった。
皆一様に新しい連れてこられた姉妹をしげしげと眺める。
中には露骨に姉妹を嘲笑うゆっくりも居たが、ソレよりもれいむは自分達姉妹が何故こんな所へ来たのかが分からない。
程なく、れいむとまりさのは別々の台へ乗せられる。
れいむには理解できないが、その台には【40】という小さなバッジが在った。
訳の分からない姉妹に関わらず、部屋の戸が開かれた。
入って来たのは、れいむと会話した男。
あの時は愉しげに笑っていたのに、今では厳めしい顔をしている。
部屋の壇上まで行くと、男は立ち止まりゆっくり達を見渡す。
「本日はお集まり頂きありがとうございます。 皆様方には、国の登録ゆっくりへの道を歩んで頂きたい」
男の声に、僅かにゆっくり達がざわめく。
ゆっくりの中にはバッジ付きがどうのこうのいう者も居たが、れいむには分からない。
「静かに。 前もって説明を受けた者も居るだろう。 だが今一度この場にて説明をする。 諸君には、試験を受けて頂きたい。 無論、嫌だと言う者も居るだろう。 その場合は直ちに申し出て欲しい」
当たり前だが返事は無い。
何を言われているのかすら判断出来ないゆっくり達の方が多かった。
「君達に目指して欲しいのは最高等級のプラチナだ。 無論、厳しい試験の中で脱落者も出るだろう」
またもやゆっくり達がざわめく。
特に、バッジの存在を知っている者からすれば男の声は天の声に相違ない。
飼いゆっくりになる夢を持つものなど、震えてすら居た。
だが、この場で馬鹿みたいに騒ぐゆっくりは居なかった。
居丈高に成り、それがどうなるかを心得て居る者ばかりなのだから無理もない。
「ふむ、流石はふるいに掛けられただけは在るな。 何か質問は?」
そんな声に、一つのもみあげが上がる。
上げたのは男と話したれいむだった。
「……四十番。 何か?」
番号で呼ばれてもピンとは来ないが、男の視線はれいむにも分かった。
「ぷらちなってなに?」
自分には分からない言葉の意味を求めるれいむに、男は微笑む。
「ははぁ、成るほど。 いや、この場で私がぐちゃぐちゃと説明するよりも、ご本ゆんに登場して頂いた方が分かり易いだろう。 既に来て頂いて居るんだ。 お願いします!」
そう言うと、男は壇上から離れ、腰を折る。
人間が頭を下げる事にもゆっくり達は驚いたが、ソレよりもゆっくり達を驚かせたのは新たに部屋に入って来た者だ。
ゆっくりには違いない。 ソレは気配で分かる。
所謂、胴付きという希少性の成せるワザもあるが、れいむの目を引いたのはそのゆっくりが頭のお飾りに付けた輝くバッジだった。
「わざわざ御足労、申し訳御座いません」
ゆっくり達を驚かせたのは、男の行為だ。
面白半分にゆっくりを虐待虐殺する事もある人間が、なんと目を合わせる事もなくゆっくりへと頭を垂れている。
その姿には、ゆっくり達ですら目を見張った。
「いえ。 さて、こんにちは候補生の皆さん。 えーきです」
同じゆっくりには違いないが、実に軽やかな声に、れいむは呆然とした。
いつか夢見た、最高のゆっくりそのままが其処には居る。
「大変だろうけど、皆さんには頑張って欲しいと思います。 黒にならぬ様、白を目指して、どうか努力を」
「ありがとうございました」
簡潔な挨拶に男はえーきへ礼を贈る。
それを受けながらも、輝くバッジを付けたゆっくりえーきは部屋から優雅に出て行った。
えーきが部屋から出て、ようやく男は頭を上げると壇上へと戻る。
「……さてご覧頂いた通り、プラチナとも成れば生半可な人間よりも遥かに上だ。 この私ですら頭を上げられないのだからな」
苦笑いを浮かべる男だが、直ぐに顔を厳しいモノへと変える。
「さて、諸君には今一度問おう。 先程の方を目指すのか、はたまた外へ行くのか、この場にて決めて欲しい。 試験を受けたくない者は、申し出ろ」
男の声を合図に、部屋は沸いた。
我も我もと試験を受けたがる。
ゆっくり達は夢を見たのだ。
先程現れたゆっくりと同じ様成りたいと。
そんな中、部屋の端に居る姉妹だけは無言で在った。
旨い話には裏があるという言葉をれいむが知っていたかは定かでない。
直感的に何かを感じているだけだ。
「静かに」
訝しむれいむとまりさの姉妹を見ていた男は、手を軽く上げて部屋のゆっくり達を黙らせる。
「三十九番、四十番。 何かあるかね?」
れいむは、男が自分と妹をそう呼んでいたのは憶えていた。
読み書きをおろか、小学生程の算数すら疎いゆっくりではあるが記憶は出来る。
「……れいむは、さっきのゆっくりみたいになれるの?」
そんなか細い声に、男は静かに息を吸い込んだ。
「その保証は出来ない。 出来ないが、君達は試験を受けるとなると地獄を見るだろう。 それでも良いと言うのであれば、受けて頂きたい」
男の声に、れいむは考える。
またあの狭い世界へ戻されるぐらいならば、頑張ろうと。
死に物狂いで努力し、あのゆっくりの様になろうと思い込む。
「やります、させてください」
必死にそれだけ言うれいむに、男は頷いた。
「全員参加だな。 よし、では軽い課題から始めよう」
そうして、ゆっくり達の訓練が開始された。