5.襲撃、帰還
「どうしたの!?」
後から来た紫音たちは、気を失った花恋を抱いた賢斗がレイルを睨んでいるという状況を理解できなかった。リーナたちも事態を飲み込めずレイルに説明を求めた。
「隊長、何があったんですか」
「俺にもさっぱりだ。彼女を放して彼が近づいて来たら急に倒れてな、そしたら彼が怒りだしたんだ」
「はぁ……」
面倒なのはごめんだ、とでも言いたげに肩をすくめるレイル。対してリーナたち5人はあまりに大雑把な説明に困り果てていた。
しばらくすると賢斗からある程度の説明を受けた総司たち2人がレイルの元までやって来た。総司は戸惑いながらも真実を確認しようと口を開く。
「レイルさん、凌牙を殺し――」
「そろそろか……始まるぞ」
その言葉が言い終わらないうちにレイルが警戒を露わにし、森の方を向いた。
その声に連られて総司たちも見た瞬間、爆発した。いや、緑色をしたナニカが森の上に吹き出たのだ。
その光景と同時に森からは、衝撃、突風、そして隠しようもないほどの濃密な魔力が放たれた。
まるで蜃気楼のようにぼやけるその物体は、怒りを撒き散らすように暴れるが、不思議なことに木々が倒れる様子はない。
濃密な魔力、姿を捉えることができず暴れ回る生物、先ほどのレイルの言葉。それが指し示すものに気付いた総司は、震える声で問うた。
「これが……大精害なの、か……?」
「そうよ〜。でも予想してたのよりちょっと大きいわね~」
その問いに答えたのはナルファ。どうやら大精害は彼女が思っていたものより少し大きかったようだ。
「それなら、早くここを離れた方が良いだろう。都市に帰還するぞ」
『了解』
「君たちもついてきてもらう」
レイルは部隊の面々に指示を出すと、総司たちに言った。
「拒否はできないんですよね?」
「そうだ。だが安心していい、悪いようにはしない」
直感的な恐怖を感じたからか、震える声で総司は確認する。それに対し、レイルは安心させるかのように答える。
総司たちはレイルの言葉に従い、少しの不安を抱きながらも同行することを決意する。
「彼女はこちらで運びましょうか?」
「いらない。また花恋に何かあったら困るから」
リーナは花恋を背負っている賢斗を気遣ったが、賢斗はそれを拒んだ。提案を拒否されたリーナは、賢斗が最も警戒しているであろう人物に不満のこもった視線を向けた。
レイルはそんな視線が向けられているとは露知らず、帰る方向へ歩を進めようとしていた。
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「――目標と護衛が移動を開始」
レイルたちから程遠い場所に、若草色の外套に身を包んだ7人がいた。その内の1人が望遠鏡を覗きながら、レイルたちの状況を残りの全員に伝えた。
「護衛のリーダーと思しき人物を先頭に目標を守るように移動しています。なお、目標のうちの1人は気絶している模様。この方角からだと行き先は技術都市のようです」
「そうか……都市に入られると厄介だ。その前に目標を確保するぞ」
その集団のリーダーらしき人物はその報告を聞き、これからの行動を指示した。残りの6人は無言で首を縦にふり、その後7人は風のようにその場を去った。その足さばきは熟練者のそれを感じさせた。
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レイル一行は技術都市が視界に入る距離にいた。道中の移動は途中で休憩などを挟みながら、なんの問題もなく実に平穏だった。日は既に傾き、都市を後ろから照らしていた。
しかし、唐突にその移動を阻む者たちが現れた。その7人は全員が緑の外套を着ており、顔は逆光でレイルたちからは見えなかった。
その7人の中心にいたリーダーらしき人物が集団から一歩前に出て要求した。
「勇者たちをこちらに渡して貰おうか」
「断る」
即答。なんの迷いも無しに拒否して見せたのは、やはりと言うべきかレイルだった。
その答えにリーダーを除いた6人は怒気を膨らませる。後ろから漏れ出る殺気に気づいたリーダーは6人が行動を起こさないよう、視線で制しつつレイルに問いかけた。
「この人数に、4人を守りながら勝てるとでも?」
「当然だ」
「これを見てもか?」
そうリーダーは喋りながら懐から、カラスが脚で剣を掴む意匠がほどこされたペンダントを取り出した。
後方から事の成り行きを見守っていたリーナがそのペンダントを目にすると驚愕をあらわにする。
「それは……! まさか、あなた達は『鴉』!」
「ご名答だ、お嬢さん。今ならまだ命は奪わないが?」
リーナの驚きにリーダー格の男はわずかに見える口角を少し上げ、降伏を促した。
その会話があってもレイルは眉一つ動かさず、リーダー格の男に視線を固定していた。
「答えを聞こうか」
「渡すわけがないだろう」
「そうか、残念だ……なら君たちは死んでもらおう、殺れ」
レイルの答えに、男は心底残念そうに呟き、背後にいる6人に命令を出した。
「来るぞ、リーナは厄介な遠距離をやれ。ナルファは彼らを守ってくれ。ガモル、ロイズ、セルノは周りの雑魚を片付けろ」
敵が動き出したのと同時にレイルは指示を出した。
その指示を聞かずとも5人は指示通りに行動していた。その動きが彼らが部隊としてどれほどの戦いを乗り越えてきたのかを言外に物語っていた。
リーナが動く。すぐさま兵装を起動させ、腰に2丁の拳銃を出現させると同時に抜き撃ち。そのまま立て続けに引き金を引くと、それぞれ杖、弓、銃を構えていた3人は外套に紅い花を咲かせ、何もできずに命を散らした。
ものの数秒で仲間を殺されたことに、残された外套たちは憤慨した。彼らの瞳に明確な殺意が宿り、仇を取ろうとリーナ目掛けて走ってくる。
その3人の前に立ちふさがる複数の影。その3つの影は何を隠そうガモル、ロイズ、セルノの3人である。彼らは既に獲物を手にしており、迫り来る外套たちを迎え撃つ。
2本の短剣が翻り、両手剣が唸りを上げる。たった1回の攻撃で外套たちの命は刈り取られた。後に残るのは無様に地面を転がる亡骸のみ。外套たちは、自分たちがいったい何をされたのか分からずにこの世を去っただろう。
向かって来た敵を難なく倒した彼らは1つの違和感を覚えた。
その答えを発見する前に乾いた音が耳を打つ。音のしたほうを見るとそこには、リーダー格の男が手を叩いていた。
男は仲間が殺されたと言うのに歓喜を滲ませた口調で言葉を紡ぐ。
「素晴らしい、ただの護衛かと思っていたがここまでとは。そこまでの使い手なら1つの疑問が生じるだろう、何故こいつらはこんなに弱いのか、と」
違和感の正体を言い当てられた一同は警戒しつつも、次の言葉を待った。
沈黙を肯定と取った男はさらに言葉を続ける。
「それはこいつらが組織の中でも下だったからだ。まあ、使い道は他にもあったが」
男は冷めた目で物言わぬ骸となった者たちを一瞥すると、レイルに視線を戻す。
「ところでキミ、名前は? 私はバゼルという」
突然の話題転換にレイルたちは警戒を強めながらも答える。
「……レイルだ」
「ふむ……? もしかすると技術都市の第四部隊か?」
「そうだが」
レイルの名前を聞き、何かに気付いたバゼルは問う。返答を聞いた直後、彼は高らかに笑い声をあげた。
「ハッハッハッ! そうかそうか、なるほど、そういうことか。道理でやる訳だ」
「何がおかしい」
「いやいや、君たちは護衛にしては腕が立ちすぎる。それは何故かと考えていたらよもや、かの第四部隊だったとは! しかも都市内の様子から察するに、このことは公表されていないのだろう?」
何かを勘違いしたようなバゼルの物言いに、一同は唖然とする。
そんなレイルたちを尻目に男は続ける。
「これは面白い! このことがバレたら君たちのお偉いさんは頭を悩ませるだろう。今日は良いものを見せて貰った、またいつかお会いしよう」
ひとしきり楽しんだ彼は唐突に慇懃に礼をしてからその場を立ち去ろうとする。
先ほどのショックから立ち直ったレイルは急いでバゼルを追う。
「何を勘違いしているのかは知らないが、鴉を逃すわけにはいかない」
「おっと!」
レイルの神速の横薙ぎにバゼルは対応してみせた。すぐさま左手に剣を取り出し、その斬撃を止める。
「これは怖い。ゆっくりしてると切られそうだ」
そう言ってバゼルは大きく飛び退き、詠唱を始めた。
「『羽ばたけ黒翼、舞え黒羽、その影に隠ししは我の意思』」
刹那、バゼルの足元に魔法陣が現れ、闇色に発光。どこからとも無く黒い翼が出てくると彼を包む。それと同時に辺りには大量の羽が飛び交い、視界を黒く染める。
現象が収まるとバゼルが立っていたところには何もなく、周囲に残っているのは6人の死体だけだった。
「逃がしたか」
レイルはそう呟き、思案するようにその場でうつむいてしまった。
「いったい、なんなんだ……」
状況について行けず、ただ突っ立っていることしか出来なかった3人の中の総司が困惑したように呟く。
そんな3人の状態を見てリーナが話しかける。
「あなた達の戸惑いは最もですが、今は早く都市の中に入ったほうがいいかと。もう少しで日も完全に暮れてしまいます」
「……ちゃんと説明してくれるんだよね?」
「もちろんです。隊長さんも考えるのは後にしてください」
そのまま彼らは都市内に入る。見上げると首が痛くなるほど巨大な門をくぐり、街の一番大きい通りに出た彼らを待ち受けたのは、中世のヨーロッパの街並みを想像していた総司たちのイメージを軽く超えるものだった。
窪みひとつ無いほど見事に整備された道路、その横に等間隔に並ぶ街灯と、それの光に照らされる整えられた街路樹。側面には数々の店が並んでおり、日が沈んでいるにも関わらず、まるで昼間を思わせるような喧騒と活気に溢れていた。
そんな生き生きとした街の光景に目を奪われている3人の前にリーナが進み出て、満面の笑みで総司たちに告げる。
「ようこそ、技術都市『レザイア』へ!」
総司たちが転移して来てから最初に足を踏み入れた街は、技術都市の名に違わぬほどこの世界で発展した都市だった。