3.保護、離脱
賢斗を気絶させ、その場に寝かせたレイルは近くまで来ていたナルファに頼んだ。
「ナルファ、彼を連れてリーナと一緒にガモルたちの支援に向かってくれ」
「りょうか〜い。それで〜、レイルくんはどうするの〜?」
「俺はこのままヤツと彼女を追う。あちらの2人も確保したら森を出て、離れたところで待機しててくれ」
「は〜い、そう言うと思った〜。レイルくんなら大丈夫だと思うけど〜怪我しちゃダメよ〜?」
「分かっている、後は任せたぞ」
レイルはそう言うと、凌牙が消えていった方向へまるで雷光のような速さで走っていった。
「本当に大丈夫なのかしらねぇ……。リーナちゃーん、ガモルさんたちのところへいくわよ〜」
「はーい、わかりましたー。ってあれ、隊長は?」
「レイルくんなら、逃げていった人たちを追っていったわよ〜」
「なっ、また単独行動ですか。あの人は部隊をなんだと……」
「まぁまぁ。愚痴はあとで本人にどうぞ〜、早くしないと置いてっちゃうぞ〜」
「あっ、待ってくださいー」
ナルファは中が空の水球を作り出し、その中に賢斗を入れてガモルたちが戦っているところへ、リーナとともに向かっていった。
2人は戦闘に集中している3人に気づかれないように、紫音のもとへ向かうと戦いを見守っている紫音に話しかけた。
「男の人って~、どうして戦いたがるのかしらね~」
「えっ……だ、だれですか……?」
「ん〜? わたしたち〜? わたしたちはね~、あそこで戦ってるおっきい人たちのお仲間よ~」
「なっ……敵、ですか?」
紫音が突然話しかけられて驚き警戒していると、リーナが安心させようと口を開いた。
「敵じゃありませんよ。私たちは、転移してきたあなたたちを保護しに来たんです」
「でも、さっき確保って……それに今も戦ってるじゃないですか」
「確保と言ってしまったのはこちらの隊長のミスです。でも、戦っているのはそちらが攻撃を仕掛けてきたので応戦しているだけです」
「それじゃあ、なんで貴田くんを排除って言ったんですか。排除って殺すことですよね?」
「彼は堕ちた勇者、つまり強大な力に溺れ、理性を失い、ただ力をふるい周りに被害を与えるだけの者です。一度堕ちてしまうと元に戻ることはできません。なので被害が広まってしまう前に排除するしか無いのです」
「元に戻れないからって殺すって酷い……」
「そうしなければたくさんの人が死にます。たかが一人のために何百人もの人を見殺しにすることになります」
貴田をたかが一人と言われたのが気に食わないらしく紫音は、リーナを睨み口早に言った。
「たかが? たかがってどういうことですか。貴田くんは私たちと一緒に転移させられた、いわば被害者なんですよ!」
「命とは平等な物です。それに適切な対処を遅れたから、大切な人を亡くした人もいるんです。あなたはそんな人たちにさっきと同じ言葉が言えますか?」
「っ……」
リーナは一瞬、驚いたような顔をすると、次に凌牙たちが走り去った方向を見つめ、最後に毅然と紫音に向かって言い放った。
「はいはい、ストップ〜。も〜、喧嘩は森を出てからにしてよ〜」
「すみません、ナルファさん。熱くなりすぎました」
「気にしなくてもいいわよ〜。それで〜、敵じゃないことは分かってもらえたかしら〜?」
「……理解はしましたけど、まだ納得できないです」
「納得できなくても、理解してくれればそれでいいわよ〜。それに〜」
「それに?」
「顔が似ているからあなたの弟さんかしら〜?あなたたちと一緒に転移してきたもう一人の男の子は~、こっちで保護させてもらったから〜」
ナルファがそう言って後ろにあった水球を紫音が見える位置まで移動させると、その中を見た紫音が顔を白くした。
「賢斗っ!」
「落ち着いて〜。気を失ってるだけだから大丈夫よ〜」
「だれがやったんですか!」
「それは〜、うちの隊長さんよ〜」
「どうして……」
「えーっとね〜……うちの隊長さん、レイルくんって言うんだけど〜、そのレイルくんがね〜、逃げた相手、貴田くんだっけ~? 彼と、それを追っていったもう一人の女の子を追いかけようとしたんだけど〜、それを弟くんが止めたわけ。どうしても通してくれないから〜、レイルくんが気絶させたの〜」
「そんな……」
紫音が水球の中で気絶している賢斗を見て気落ちしていると、さらにナルファはこう告げた。
「それに〜、もう少しすると〜精霊たちが怒りだして〜、すご〜く大変なことになるの〜。だから〜、一緒に森を出てくれると〜、助かるかな〜」
ナルファの言葉にリーナは不思議そうにたずねた。
「大変なことってなんですか?」
「それはね〜、『大精害』よ〜」
「なっ……! どうしてそれを早く言ってくれないんですか!」
「だって〜、いま精霊さんが教えてくれたから〜」
沈んだ気持ちの中、リーナの酷く慌てた様子と聞きなれない単語を耳にした紫音はうつむいていた顔を上げ、2人に聞いた。
「『大精害』ってなんですか?」
「自分の宿っているものを壊されたり〜、大きく傷付けられたりして怒った精霊さんが〜、その怒りに任せて辺り一面に力を振るうの〜」
「それでどうなるんですか?」
「精霊さんの格にもよるけど〜、大抵は荒れちゃうわね〜」
「精霊の力はいずれも強力ですから、巻き込まれでもしたら確実に死にますね」
「そんなことが……」
「そうなの〜。だから〜、一緒に動いてくれると助かるかな〜」
「わかり、ました……」
「ありがと〜。それじゃあ、戦ってる人たちも止めないとね〜」
そう言ってナルファはまだ戦っている4人に呼びかけた。
「お〜い、そこの3に〜ん、戦闘なんか止めてこっち来なさ〜い。転移者のお兄さんも〜。早くしないとあなたたち死ぬわよ〜」
その声に戦闘を行っていた3人と1人は距離をとり、お互いを牽制しながらもナルファの方を向いた。
「なんだぁ?せっかくいいところだったのに水差しやがって」
「ガモルさん、僕たちがここに来た目的忘れてない? まぁ、戦闘狂だから仕方ないかも知れないけど」
「ん、おじさんは戦闘狂」
「ぐっ……いいじゃねぇか、少しくらい楽しんだって」
「「少し?」」
3人が話していると、ナルファたちに気がついた総司が驚いた。
「紫音! 離れるんだ!」
「総司くん、彼女たちは敵じゃないみたい。戦ってるのも誤解だって」
「そうなのか?」
「うん。転移してきた私たちを、保護しに来てくれたらしいよ」
総司が悩んでいると、痺れを切らしたナルファが強行手段に出た。
「信じる信じないは勝手だけど〜、賢斗くんは保護しちゃったし〜、言うこと聞いてくれないと〜、お姉さん困っちゃうな〜」
中に賢斗がいる水球を総司の前まで移動させると、そのまま左右に行ったり来たりを繰り返した。
その光景を見た、ガモル、ロイズ、セルノの3人が心に思ったのは全く同じことだった。
(悪っ……)
「賢斗君っ! くっ……分かった、そちらに従うよ」
「ありがと〜。それじゃあ、すぐにでも森を出ましょ」
8人はそのまま森の外へと向かい、道無き道を木々の隙間をぬうように走っていく。
しばらくしたところで、走っている状態のままロイズは、何かを思いだしたように先頭を走るナルファに近づき、たずねた。
「そう言えばさっき、ナルファさんが早くしないと死ぬって言ってたけど、あれはなんで?」
「それはね〜、この森で大精害が起こるからよ〜」
「大精害! なるほど、それは大変だ」
「でしょ〜。技術都市までは来ないと思うけど〜、流石に森の中は危険だわ〜」
納得したロイズは、そのままナルファから離れ、自分のところにもどっていった。対して、ナルファが言った理由がわからないでいた総司は隣を走る紫音から大精害についての簡単な説明と、総司が気になっていたであろう、花恋と凌牙の行方を聞いていた。
「なるほど……でも森の中が危険なら凌牙たちも危ないんじゃないか?」
「そこは大丈夫でしょ。だって隊長が向かったんだから」
「君たちの隊長はそんなに凄いのか?」
「うん。だって技術都市の中では勝てる人がいないらしいよ」
「そんなにか……」
ロイズが総司の疑問に答えるとナルファが視線だけをこちらに向け、少し困ったように告げた。
「この調子だと〜、間に合わないかも〜?」
「なっ……それじゃあ、どうするんだ!?」
「そこは〜……ガモルさ〜ん、このお兄さんと賢斗くんを頼める〜?」
「はっ、そんなの楽勝だぜ!」
「よろしく〜。あなたはこっちに来て〜」
そう言って紫音を近くに呼び寄せると、賢斗が入っている水球を総司の横まで移動させた。そして一瞬力を込めたかと思うと、賢斗を包んでいた水球を消し、今度は紫音を水で包んだ。それと同時にガモルが、水球が消え空中に投げ出された賢斗と、自分の前を走る総司を両肩に担いた。
「きゃっ!?」
「うわぁ!?」
「ごめんね〜。あなたたちの速度に合わせると間に合わないの〜」
「だからこうした方が速いんだよ! そらスピード上げるぞ! 舌噛むなよ!」
そのまま彼らは先程までの速度の倍以上の速さで駆けていった。