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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

薄花桜の花嫁

作者: 神楽 斎歌

 明るい日差しが祝福するようにそそぐその場所には、二人の見目麗しい男が立っていた。二人が立っている場所は、唯一の穴がある。ここからならば下界に降り立つことが出来る。

 その穴から覗くのは幼くとも美しさを兼ね備えた少女。

 その少女は、退屈そうに石で出来た台座の上に座って足を揺らしていた。その身には白装束が着せられている。その姿はまさに神聖であり、それでいて幼くも妖しい魅力を醸し出していた。

 その様子に目を細めながら二人は囁きあう。


「可愛いな。どう思う?」


「ええ、主。可愛らしいです。しかし、面白い色をまとっていますね」


「ああ、綺麗な『薄花桜』だ。彼女をここへ…… 大切な人になるのだろう」


 その言葉をきいた二人の内の一人が穴に足を踏み出す。


「では、その時になれば主のためにこちらに連れてきます。きっと麗しい女人になることでしょう」


 もう一人の主と呼ばれた男が何か言いたそうに顔を歪ませるのを尻目に降りていく男。その男は主が喜ぶところを想像する。

 そのためにも準備を整えなければいけないだろう。ちょうど彼女は都合のいい家系だ。人間なのだから抵抗したとしても、問題にはならないだろう。

 だいたい、自分たちが傾倒している主の役に立てることを泣いて喜ぶに決まっている。


「せいぜい、私の役に立てば良い」


 その男は美しい顔を歪ませる。その男にとっては少女のことはどうでもいい存在であった。主が興味を寄せたということが無ければ見向きもしなかっただろう。それに替わりはいくらでもいる。ただの有象無象のなかの一人でしかなかった。

 まさか、その少女が自身の気持ちを乱す存在へと変貌することなど知りもせずに男は降りる。少女の元へと……


゜。●○★○●。゜


 ピピピ……


 うららかな日曜日に、何度目かの目覚ましがこの朝霧荘の朝、いや正しくは昼になり響く。

 それに対し、ふとんの中の可憐な少女は目覚まし時計を流れるような仕草で止めたきり、再びふとんに突っ伏す形で動かなくなった。しかしすぐに彼女は部屋に入ってきた乱入者によって、ふとんから引きずりだされた。


「いつまで寝てんだ。お嬢」


 そう言いながらノックもせずに、ずかずかと部屋に入ってきたのは、隣の部屋に住む幼馴染であり従兄の百鬼(ももぎ)(まこと)だ。

 嫌みったらしいぐらいの整った顔立ちで、町で歩けば通行人が振り向くと噂されるほどだ。通常は野暮ったい眼鏡をかけているが、朝霧荘でははずしている。また漆黒なのだが光に当ると微かに朱色が入っている髪と、青っぽい瞳が特徴だ。

 また、ようやく覚醒したこの部屋の主人である私、綾凪あなぎ神子(みこ)の世話係を任されている。

 そして、まぶたをこすりながらまだ眠たいとふとんをちらちら見ている私は普通ならばこんな場所にいる人間ではないのだろう。こんな様子からは想像できないかもしれないが相当なお嬢様だ。

 つややかな長い濡羽色ぬればいろの髪は、光の加減で濃藍こいあいにも見えるし、パッチリとした瞳は黒に赤が混じった珍しい色合いをしている。

 こんな神秘的な容姿をしているのに行動が残念だと良く言われる。


「うるさいな~ まだ眠たいよ。それに、今日は日曜日だよ。だから起きない~」


「おいおい、何時もの日曜日なら、わざわざ年頃の娘が寝ている部屋に乗り込んでくると思うか? これから綾凪一族のあつまりだ。それを分かって寝ているなら、別に二度寝してもいいが、困るのはお嬢だからな」


 そう声を掛けながら、太陽の光をさえぎっている分厚いカーテンを無情にも容赦なく全開にする。


「眩しい。うーん、忘れてた。本家からの迎えは、何時だったけ?」


「はぁ、忘れてた、ね。えーと、今が十二時半だから、二時頃になるな」


「はぁ、仕方ないけど、嫌だな~」


「そんな事を言ってもな。なんなら、俺と駆け落ちでもするか?」


「ほー それは面白そう。私も真とならいいけど…… だけど綾凪家から逃げ切れるとも思えないよ」


 真は何時も通りの軽い冗談交じりの台詞を言う。

 その言葉に冗談と本音でかえす。


「…… それもそうだな。まあ、とりあえず今日は乗り切れ。ほら、もう準備しないとまずいだろ。……また後でな」


 なにやら、歯切れ悪く呟いた真は手を振って出て行く。どうせ隣の自分の部屋に服装を整えに行ったのだろう。

 真とはこの距離間が好ましい。しかし今日は駄目だった。

 これから行くところを知っているくせに、その軽い態度に殺意がわく。しかしすぐに溜息に変わった。この感情が八つ当たりなのは、あきらかだからだ。


「なんで今日にかぎってそんなこというのかな……」


 そもそも、綾凪家というのは、皇妃や皇の側近を輩出するぐらいの地位を持っている名家だ。

 私が本家の屋敷から朝霧荘と呼ばれる別荘に移ったのはそんな重圧に耐え切れなかったからと、周囲の目が怖かったからだ。綾凪家の影響は強すぎる。

 しかし、この朝霧荘に移れたのは真の強さが人並み外れていたからだと聞いている。まあ、実際に見ていないからなんともいえないけれど。私の知らないところで活躍していたらしいが話してくれることはなかった。

 そうして家から逃れた気になっていたが、本家が年頃になった私を見逃すはずもなく、今日の綾凪一族のあつまりで私の伴侶が決定する。予定では、有佐喜ゆざき株式会社の社長である優一ゆういちという四十歳の男だ。

 約二十三歳差だ。自分のことながら笑えてくる。

 私はやっと重い腰を上げて、送られてきた趣味の悪い赤いドレスに着替えた。そのついでに、ぼさぼさになっていた髪とかを整えて身支度をおえた。どうせ、本家につけば髪もセットしてくれるだろう。

 そして、鏡の前に立ち顔をしかめた。私の顔にこのドレスは驚くほど似合わない。

 良くこのドレスを選んだな……

 溜息を吐きながら隣の部屋の真に声を掛けようと靴を履いた瞬間


 ピンポン


 まるで図ったかのようなタイミングでチャイムが鳴る。


「真? ちょうどそっちに行こうと思ってたんだけど…… 今開けるね」


 そして玄関を開けた時、いきなりひどい頭痛に襲われて闇に意識をとらわれた。

 最後に聞こえた声は聞き覚えのある声で……


「ごめん……」



゜。●○★○●。゜


 無防備に開く扉に少し顔をしかめる。現れた少女に人ならぬ力を向ける。

 口からこぼれた言葉は、懺悔にも似た気持ちが混じる謝りの言葉だった。

 意識を失い倒れる少女を抱きとめながら顔を歪めた。

 そして、触れれば折れてしまいそうな肢体を抱きなおす。俗に云うお姫様抱っこだ。幼い頃に良くねだってきたことを思い出した。

 きっと無垢で美しく育った彼女は、誰が見たとしても魅力的だろう。今すぐにも自分のモノにしたいと感じるはずだ。

 そう想い、自分の気づきたくなかった気持ちに気が付く。

 彼女の穏やかな顔を見ると同時に、どろどろとした感情が溢れだす。


「餓鬼か、俺は…… 閉じ込めたいなんて、放したくないなんて思うなんて…… ああ、貴方はもうすぐ俺の手の届かない場所に行く。望まないとしても強制的に……」


 自嘲の笑みが浮かぶ。この気持ちに今頃気が付くなど遅すぎる。

 いや、諦めるしかないからこそ今なのか……

 柔らかい頬をなで、少し強く抱きしめる。

 お嬢がいなければこんな感情を抱くことすらなかっただろう。

 しかし、どうやら俺はお嬢いわく諦めが早いらしい。でもこの気持ちは諦めがつくのに時間がかかりそうだ。

 ああ、きっと初めてお嬢を見たときから囚われたのだろう。あんな無垢な笑みを向けられたのは初めてだったから……


「許してくれなくていい。だから、お嬢が幸せになって俺のことを笑って許せるようになるまで、この想いを抱いていることを許してくれ」


 これから隠す想いを吐き出す。

 もう、届くことの無い気持ちを乗せて。

 その声は思った以上に悲痛の色を纏っていた。その事に柄にもなく涙が浮かびそうになる。

 きっと、お嬢との関係はこの裏切りによって修復不可能なぐらい壊れるだろう。お嬢は裏切りを嫌う。もしかしたら、目すら合わせてくれなくなるだろう。

 この気持ちを抱くこと自体が、裏切りになるのかもしれない。でも不器用な俺にはこれぐらいしか方法をしらない。

 押し込めることしか……

 そんな想いを振り切って、歩き出す。

 彼女の運命が変わるであろう場所へと……


。゜●○★○●゜。


 ふと意識が浮上する。

 明るい光がまぶたをくすぐる。

 目を開けて、最初に目いっぱいに飛び込んできたのは、鮮やかな緑色の布だった。どうやら天蓋みたいだ。

 少しでも動こうとすると、背中に軟らかいスプリングの感触がするベッド。

 まったく覚えがない場所だ。

 周りを見渡すためにゆっくりとベッドの上に座り込んだ。

 見渡すとそこは、どこかのホテルのスイートルーム並に綺麗で広い場所。

 今いるベッドには緑色の天蓋があり、奥には大きな窓。そしてシャワールームがかすかに覗いている。

 ――ここ、どこだろう。

 この場所に来る前のことがぼんやりと思い出してきた。

 確か、綾凪家のあつまりに参加するために着替えて、そして……

 どこなのかはっきりさせるために窓に近づき様子をうかがう。しかし外は霧のような白いものが渦巻いて、これでは遠くを見渡せない。

 そのことになぜか奇妙な恐怖を覚えた。しかも、動いたことで気が付いたのだが、気を失う前に着た赤い趣味の悪いドレスが、趣味の良い薄い桃色の落ち着いた服になっている。

 誰が着替えをしたのやら……


「夢? いや、夢じゃないみたい……」


 痛覚がはっきりあり、考えることもきちんとできることから夢ではないと判断した。

 今、考えつくのは綾凪家に力をこれ以上つけさせない為の誘拐だろうか。

 しかし、それならばこんなに丁寧な扱いをする必要はない。

 ならば、私個人のことかな?

 今日は、実質結婚の打ち合わせだし、相手の愛人や彼女から頼まれた誘拐とか、私の隠れファンが起こした愛の誘拐とか?

 いや、それはないな……

 特に最後のはありえないといえる。そもそも、私は外部への露出が少なく知り合いも少ない。

 まあ、なんにしてもすぐに綾凪家が連れ戻しに来るんだろうし……

 喧嘩売る所間違えたんじゃないかな?

 このときの私は楽観していた。なぜならこのようなことはまあまああったのだ。慣れてしまうぐらいに……

 一番簡単に攫えて、しかも手中の珠である私を攫うのは合理的だと子供心にわかっていた。その為、攫われた回数は二桁を超える。命が危うくなった数は三桁を超える。『ドヤッ』

 自慢することじゃないことはわかっている。しかし、そんな風に捉えなければ心は壊れてしまっていただろう。いやもう壊れているのかもしれない。

 なんにしろ、私は綾凪家の『駒』であり。飾っておくための『人形』なのだから。

 こんなことを言うと、真は苦虫を噛んだかのような顔で頭を乱暴に撫でまわしてきたな。

 そういえば真……

 意識を失う直後に聞こえたあの声は確かに真の声だった。ならば、真が私をここに連れてきたのだろうか。その可能性を考えた途端に混乱がおこる。

 私のことを何時も気にかけてくれて、そして本家から救ってくれた真がそんなことするわけが無いと思いたい。でも、慣れたはずの絶望の闇が気持ちを包もうと迫って来る。

 そんなとき、ノックの音が私を現実に引き戻す。


「はい…… 真?」


 思わず漏れた名前は期待と不安に彩られ空虚な部屋に響く。

 しかし部屋へと入ってきたのは女性で、安堵と落胆の溜息が口から漏れる。


「失礼します。貴女が綾凪神子様ですか?」


 その声やこちらを見つめるその目には不安げに揺れていた。私のお嬢様にあるまじき座り方をしていたのが悪かったからなのか、名前を尋ねられた。

 思わず背筋を伸ばす。綾凪家の娘として見られていると思ったから。それが勘違いなど考えもしなかった。だから簡単に肯定した。


「ええ、私が綾凪神子よ」


 返事をしたと同時に抑えられていた敵意が溢れた。

 そしてその女性の顔は喜色に染まる。


「良かった。間違えたら取り返しがつかなかったわ。一応大切なお客様だもの。あの部屋が使えない今、ここに案内すると思っていたの。ねえ、私達のために死んでくれない? 彼を解放してほしいの。大丈夫よ。痛みは一瞬にしてあげるから。大事な大事な身体だもの」


 鳥肌が立つ。楽しげなその声に引きずられるように現実から乖離する。

 目の前に確かにいる女性に『あの人』の残像が被る。

 まるで幼いときに戻ったかのような、そんな心細い気持ちになる。そして耳元で聞き覚えのある怒鳴り声が響いた。


『ねえ、どうしてあなたなの? あなたなんて要らないわ。私のモノを取る女なんて消えてしまえばいい』


 霞みそうな視界に鈍く光るものが映る。そして狂った笑い声を響かせながら女はじりじりと迫ってきた。

 それに押されたかのように、身体は勝手に後ろに下がった。


「い、嫌。こないで! 私は何もしてない」


「ふふふ。何もしていないですって…… 高貴な天上人である彼を十三年も独り占めにしたくせに…… 良くそんな事言えるわね。貴方が悪いのよ。彼にあんな顔をさせるから……」


『あなたのせいで、私が顧みられなくなったの。あなたが化け物を呼び寄せたから』


 私を責める声が反響する。混乱する中で、思わず手に当った枕を投げる。それは切り裂かれ羽根を撒き散らした。

 その羽根を見たと何かの記憶が溢れかける。しかし、それが何か確かめる前に身体は扉に走っていた。そして、部屋の外に 飛び出した。前も見ずにがむしゃらに走る。

 そのとき、後ろで大きな音が起こった。その音に後押しされたかのように速度をあげる。

 過去と脅威を振り切るために……

・~☆~・


 気が付けば豪華な部屋に立っていた。どうやってここに入ったのか覚えていない。呆然とあたりを見渡す。あたりには無造作に金に輝くオブジェや机、また人形などが置かれていた。綺麗だが趣味が悪い。なにやらいらないものを押し込んである部屋みたいだ。良く見ると壊れたものなども散らばっている。


「ああ。私にぴったりの部屋だ」


 憂鬱な気分を抑えていつもの笑みを浮かべる。どうやらあの女は追いかけては来なかったらしい。

 しかし、あんな風に襲われたのは二度目だ。あの人にも同じ事をされたことを思い出した。私を綾凪家という事で襲わず、『神子』として襲ったのは……

 あの人は本妻だったのに、私を産んでから顧みられなくなった上に、父は私に執着した。あの人の憎しみは私に向けられた。

 こんなときにいつも私の元に駆けつけてくれたのは……


「お嬢。大丈夫か? けがは?」


 いつも私が危機に襲われたときに現れるヒーロー、それは真だった。私よりも何倍も大きな体で守ってくれた。

 おかしい? なにか忘れているような……

 嗚呼。思い出してはいけない。何かがそれ以上考えることを止める。

 しかし、真の瞳を見たとたんに記憶の渦に放り込まれた。


「遅いよ。やっぱり、すぐに見つかるね。ねえ、私、利用価値無くなったかな? もう捨てられるのは嫌だよ」


 記憶がかき混ぜられる。

 言うつもりの無かったことまで口走る。


「大丈夫。俺にとってお嬢は唯一無二の存在だから、お嬢が望まないかぎり離れないよ。それにお嬢のことをもう利用価値なんて考えつかないぐらい大切に想っている」


 温かな体温に包まれ、大きな手で頭をなでられる。

 その事に安堵したのか抵抗するまもなく睡魔に飲まれた。

 最後に聞こえた声はなぜか諦めを含んでいた気がした。


。゜●○★○●゜。


 溜息が反響する。目を開けたというのに闇が眼下に広がる。

 きっと、これは夢なのだろう。あんな出来事にあったため自己防衛が働いているに違いが無い。

 いや、あの出来事すら夢だったっけ? まあいいや。ここは落ち着く。敵がいないからだろうか。

 そう思った瞬間に闇が晴れ、色がつく。鮮やかな赤。あの人は白く雪のような羽根が舞う中赤い池に沈みこむ。ただ一人立っていたのは金色の瞳を持つ綺麗な『化け物』。それの瞳に魅了された私は動けない。それは口角をあげて嗤う。


『やっぱり。綺麗な色だ。これならば主が見初めるのもおかしくない。良かったな』


 その顔は誰かに似ていた。そんなはずは無い。この化け物が真だなんて……

それに、目の前に倒れているあの人は病気で亡くなったんだから。目をつぶりたくとも身体はうごかない。


『ガン……』


 どこかで大きな音が鳴った。その音が響いたとたんに空間にひびがはしる。そして意識は現実へと帰還する。

 目を開けるとそこには『化け物』がいた。それは、私が目を覚ましたことに安堵していた。


「どうして? こんなこと望んでいないのに……」


 悪夢はまだ覚めない。呆然としている私に追い討ちをかけるようにそれは真の声で話し出す。


「綾凪神子様。いきなり説明もなくこのような場所へ連れてきてしまい申し訳ありません。また、あのようなことを起こしてしまい誠に申し訳ございません」


 敬語だからなのかそれとも瞳の色のせいなのか認めることなど出来ない違和感。それは、弱った心を蝕む。


「真なの? ねえ、これは夢? いえ、現実?」


 過去のことを思い出したからなのか、幼子のようにたどたどしい言葉使いになる。


「はい。真です。そして、ここは現実です」


 真っ直ぐとこちらを見る目には偽りの色は無かった。しかし、その瞳の色は受けいれることは出来ず、顔をそらす。


「その瞳はなに? ここはどこなの」


 真だと言うならばいつもの態度を装う。すると悲しげな声でかえされる。


「ああ、この金色の瞳は私の本来の色です。ここが【天上の刻の間】でなければあの青い色に抑えられるのですが……」


 言われた地名らしき場所は残念ながら記憶になかった。

 たいていの地名は教え込まれたがそんな名前の場所には覚えがない。なにかの隠語だろうか。


「【天の刻の間】? そんな場所知らない。聞いたこともない」


「当たり前です。ここは元の貴方がいた場所とは次元すら違うのですから…… ここは私が仕える神が治める場所。貴方様が五歳の儀式の時から来ることが決まっていた場所です。まだ時間がありますので貴方様がここにいらっしゃる訳と、綾凪家の秘密を話したく思います。よろしいでしょうか?」


 いつもとはまるで違う彼の態度にふと泣き出しそうになった。でもこらえる。

 それに涙を見せることは抵抗があった。得体のしれないものに弱いところを見せたくないから……


「っ、ええ、話して」


 しかし返事は無様に震えた。そんな私の様子に窺うような仕草をしたあとに彼は語りだした。


「それは昔、大昔のことでございました。綾凪家はお上から今の土地をさずかりその土地を治めておりました。その土地は豊かな恵みをもち、周りのものからうらやましがられるものでした。しかし、そのことは妬みを呼び、やがて土地は穢れに侵されていきました。その事に気が付いた綾凪家の当主は人の身でありながら神と契約なさったのです。その契約は、綾凪家の一族から何年かに一度、女が神隠しされることを黙認しろというものでした。そして、その対価は働かなくてすむほどの財力と権力でした。この条件を飲んだため綾凪家はあれほどの勢力とあいなったのです」


「そんな生贄みたいな…… いえ、その通りなのね。自分のために女を犠牲にする。昔から綾凪家は変わっていない」


 だから、綾凪家は女児が産まれると怪しい儀式を行うのか。長年の疑問が解けた。しかし、生贄を今の時代にしているなんて誰が想像するだろうか。


「申し訳ございません。神という種は、子供がなかなか出来ません。そのため古来より嫁を下界より連れ去ることが一般化しています。他にも、繁栄している家は神等と契約しているところが多いとか」


 その説明は私の心を落ち着かせることはなく、ただ、むなしい思いを増幅させるのみだった。

 儀式…… あの不思議な夢が事実ならば、彼は神に見初められた私を連れ去るために私の元に来たのだろうか?

 すべてを拒絶したくなって耳をふさぐ。


「大丈夫か? さすがにあんなことがあった後だ、まだ時間もある。ゆっくりしておけ」


 すると突然昔の彼のように口調を変えながら、頭を優しくなでてきた。

 しかし、認めるわけにはいかなかった。こんな風に優しくして人の想いをもてあそぶ奴をあの『真』だとは思いたくもなかったから……

 それなのに優しく頭をなでられたぐらいで昔の優しい思い出の真とだぶる。そんな自分が嫌で乱暴に手を振り払った。

 しかしその手の持ち主が傷ついた声を出した瞬間に後悔が襲い掛かかった。


「ああ、ごめん。そうだよな… すぐに出て行く」


 慌てて顔を上げたがすでに彼はいなかった。


「どうして私なの…… こんなことになるなら、距離をおいてほしかった」


 そうすれば、私はいつものように自分を殺すことが出来るのに……

 私には恨むしかなかった。この状況をつくり出した神のことを、そして生まれた家の理不尽さを、苦く冷たい雫で頬をぬらしながら、そうして彼女は眠りにおちた。


。゜●○★○●゜。


 暗い洞窟の中で松明を持った団体は進んでいく。


「祈りは通じないだろう。」


 そう言いながら大人は進む。嫌がる少女を引きずりながら。その少女は白装束を着せられていた。

 舌足らずな声で母の名を呼ぶ少女の姿は痛ましく、一番気の弱そうな大人がちらちらと少女を見る。しかし、助けてくれるわけではなく、ただ謝りの言葉を口にしていた。

 やがて大人たちは洞窟の先にあった扉の前で歩みを止めた。そして重たい扉を開ける。

 そこは石の台座以外は何も無いところだった。

 しいていうなれば、壁には煌びやかな装飾が施され、そして天井には星が綺麗に見える穴が開いていた。

 大人たちは無言で少女を抱きかかえると台座の上に座らせる。そして大人たちは少女一人だけを残して、重い扉を閉めた。

 少女はただ泣きそうな顔であたりを見渡すことしか出来ない。本当は泣き出してしまいたいのだろう。しかし、少女には幼いながらのプライドがあった。だから、意地で涙を止める。

 少女は天井の穴を見上げた。少女はすぐに泣き出しそうになっていたことすら忘れて、星の煌きに夢中になる。そうすることで落ち着いてきたのか今度は興味深げにあたりを見渡した。そして目を輝かせた。

 そんな少女の前に突然姿を見せたのは純白の色を纏う美しい男だった。その男はどうやら天井の穴から降りてきたらしい。それを証明するかのようにその男の背には白い羽根がゆっくりと羽ばたいている。

 その男は少女を見たあと舌打ちをし、嫌そうに跪いた。そしてまるで覇気の無い声を出した。


「お前が選ばれた人間か… 確かに綺麗な『薄花桜』だ。しかし主に選ばれたかと言って調子に乗るなよ! いやいや、こんなことを言っていたら時間が無くなる。はぁ、【我が誓文によってこの人間を幸せにする事を誓おう】おい、お前の名はなんだ?」


「うん? 私はね、あやなぎ みこなの。」


「ならば、【我の名は真朱まそお。これより綾凪神子と共に生きるモノなり】はぁ、面倒くさいな…」


 男は少女の手を取って口付けを落とした。

 その瞬間にあたりはすさまじい光に塗りつぶされる。

 光が治まるのと同時に大人たちが入って来た。そしてその男の姿を確認するとすぐに跪いて頭をたれた。

 その光景を見た少女はただ微笑んだ。その笑みは少女にしては妖艶な笑みだった。

 その笑みをもう一度見る前に世界が暗転する。


 ・~☆~・


 次に視界が開けたとき、そこはさっきと違う場所だった。

 あのときの少女が成長し、より美しくなった。どうやら時間すら違うらしい。

 少女は広い部屋の中で正座をし、誰かを待っているようだった。少女の顔は心なしか喜色が浮かんでいる。

 やがて、衣擦れの音とともに麗しくも少しやつれた様を見せる着物を着た女性が現れた。少女の顔に笑顔が咲く。そんな少女の様子に顔を顰めた女性はゆっくりと後ろ手で障子の扉を閉めた。その瞬間に女性は豹変した。

 その女性は鬼のような形相で少女に詰め寄ったのだ。そして怯える少女に口悪く罵りの言葉を口にする。それを少女はどこかで諦めの見える顔をしながら女性からの暴言を受け止めていた。女性には少女の様子が見えていないのか、着物の袂から鈍く光を反射するものを少女に向けた。あまりの衝撃に泣き出した少女の泣き顔を見た途端にそれは手からすべり落ちる。

 女性は少女の足元に崩れ落ち泣き始めた。まるですべての糸が切れてしまったかのように、生気のない顔をする女性に少女は抱きつく。

 しかしその時間は長くは続かなかった。屋敷の中で騒動が起こったのである。その騒動の喧騒を聞いた女性は今までの様子など微塵も見せないそぶりで立ち上がり、少女に奥に逃げるよう言いおいて女性は外にきびきびとした足取りで向かう。

 その姿はまるで憑き物が落ちたかのような様子で、少女も安心したのか素直に奥に進んでいく。

 そんな中そばに潜んでいた純白の色を纏うものは、騒動を収めるために外に向かった。そのすぐ後だ、絹を切り裂くような悲鳴が屋敷に響いたのは……

 少女は踵をかえす。その悲鳴が気のせいであってほしいと願いながら。

 しかし少女が目にしたのは赤く染まる着物の女性だった。

 そのすぐ後にその女性を赤く染めた粗暴な男は純白の色を纏うものに散らされる。すぐにあたりは静寂に包まれた。少女は目の前の光景に固まるしかない。純白の色を纏うものが女性を抱き上げるが諦めたようにうな垂れる。

 そんな状態の女性は薄く瞳を開けて、純白の色を纏うものの頬をなでながら、少女に微笑みかけた。それは穏やかで慈愛に満ちたものだった。

 少女の悲鳴が響く。そんな少女、私を優しく抱き寄せて「忘れろ」と囁く純白の色を纏うもの、それは確かに真だった。やがて私は健やかな寝息を立てて真の腕の中に倒れ込む。

 私を抱き寄せる真は決意の色を宿した瞳に天を映した。



・~☆~・


 私は瞳をのろのろと開ける。今見たことが本当の過去なのだろうか……

 あまりに凄惨な過去に目眩が起こる。でもやはり真は真だったのだろうか? 信じてもいいのだろうか、胸の奥で暗いものがくすぶる。もうあんな気持ちになりたくないと心が悲鳴をあげる。

 そもそもどうしてこんな大切な記憶を忘れたのだろうか……

 そんな思いが渦巻く中、気まずそうに真が部屋に入ってきた。


「すまない。起こしてしまったか…… 起きたところを悪いが神が、我が主が呼んでいる。来てくれるか?」


「大丈夫。起きていたから…… それと、そんな顔しない。別に私は逃げないよ」


 まるで窺うように顔を覗き込んでくる真を見ていたら、心にくすぶっていた靄が晴れた。


「私は、本当に大丈夫。それに、今日は四十歳の男と婚約するはずだったでしょう。それが神に変わるだけ」


 あまりに明るく振舞う私に戸惑ったのか真は視線を彷徨わせる。


「だが、つらいだろう……」


 その言葉を聞いたとき気が付いた。私は真が好きなのだと。唐突に現れたその想いは驚くほどに胸に染み渡った。

 もし、あの過去を夢で見なければ、いや、ここに連れてこられなければ気が付くことがなかった気持ち。

 私はここに来て始めて神に感謝した。

 そして顔をあげた。これから神に会うのだから。


゜。◯●☆●◯。゜

 そこは、薄花桜と呼ばれる色が鮮やかに使われた部屋。ここの準備は神が直々に嬉々として行っていた。ある人物を迎えるためにと用意された大切な部屋だからだ。

 大切であり、同時に護る対象であるその人物のためにとこの屋敷の中心部に近しい部屋を用意されていた。

 その部屋の柔らかな絨毯に一人の女中の服を着た少女がしどけなく倒れこんでいた。彼女の深い緑の色を思わす長い髪が円を描くように広がっている。そして、彼女の表情は苦悶に歪んでいた。


•~★~•


 暗い夢の中に沈んでいく。もがけばもがくほどに暗い闇に飲み込まれる。冷たい泥に沈み込んでいるような不快感に鳥肌がたつ。

 そして、耳鳴りのような不快な音が響く。

 いつ目を開けたのか分からない。しかし気が付けばそこは緋色が鮮やかに咲き乱れる世界だった。怒声と泣き声が反響する。

 懐かしいが、忌避した空間。

 それは恐怖と狂気を呼び起こす。ただ目の前で起きていることを観る。現実なのかも判断できない。なんて綺麗なのだろう。ただ魅入る事しか出来ない。

 沼のような夢に飲み込まれ、何度目かもわからない恐怖に襲われる。

 身体はいつも通り、指先一つ動かすことすら出来ない。


《後悔はもうしないと決めていたというのに……》


 何時もと同じ想いに支配される。感覚は生々しく温かな温度すら感じる。

 ああ、夢だと思いたいだけか……

 歪んだ笑みが浮かび、頬に温かい何かが流れ落ちる。

 最初で最後の懺悔は息のつまる甘い匂いがむせ返る場所。手には重く温かい枷がつけられている。

 これは望んだこと。安らかなる場所へと行くための儀式。しかし、やはり彼は来た。彼が私を諦めるなんてありえないことなのにどうして期待したのだろうか……

 恐怖と絶望が身体を蝕む。

 明るい感情はとっくの昔に無くしていた。

 どこかで耳障りな悲鳴が聞こえる。それが自身の口から洩れ出ていることにすら気が付かない。

 そして乾いた唇に生温かいものが塗られる。それは白くなった顔に良く映える赤。

 もう、現実などいらない。世界は隔離される。


「まったく困ったものだ。逃がすわけが無いだろう。甘い、甘すぎる。しかし、退屈しのぎにはちょうど良かった。さあ、褒美を与えよう。《ザー》は綺麗だ。さあ、楽しい人形遊びの始まりだ。狩れ。ここにいる邪魔なものを、僕の可愛い《ザー》よ。楽しめ。踊れ。狂え。あはははははは……」


 薄く霞む視界に一番嫌いで好きだった人が映る。腕にかけられた鎖ゆるしは重い音をたてて崩れ去る。

 愛しそうに細められた瞳には狂気の炎が揺れている。その目線が怖くなる。

 感情すらない『モノ』だと言われてきたのに……

 なんども思い知らされた過去が身体を縛る。

 それでも顔をそらしその目から逃れようとする。しかしすぐに顎を掴まれ目を合わせられる。それは強者の力。逆らうことなど出来ない。それが決まり。

 知っているはずだった、逆らうことがどんな結果を生むか。この光景を造ったのはのは私。軽率な行動を起こすとどうなるかなど分かりきっていたのに……

 でも嫌だ。がむしゃらにもがく。私の運命はあの方が断ち切ってくれたのだから。    

 そう、あの方に……


「おい、木賊とくさ。聞こえているのか?」


 不意に聞こえたその声は救いの光だった。意識が浮かび上がる。ようやく夢だと認識する。そして安堵する。あの人はもういないことも思い出すから……

 ああ、早く起きなければ、主が待っている。


「プハっ…… ああ、申し訳ありません。つい眠ってしまいました」


 目を開けるとそこにはやはり、輝く我が主が覗き込んでいた。どうやら何時もの悪夢を見ていたらしい。主の眉が心配そうに寄っている。


「大丈夫です。何時もの夢ですよ。そんなことよりあの方はもう来ましたか?」


 そうだ、準備を任されていたのだった。今日は大切な方が到着する日なのだから。

 慌てて起き上がり、部屋を見渡す。幸いにもあと数分あれば片付きそうだ。


「まだあの夢を見ているのか…… すまない、まだ完璧ではないのだな。いや、止めておこう。」


 まるで自身のことのように愁いてくれるその優しさに癒されながら、こんな顔にしてしまう自分の無力感に支配される。

 しかしその感情も次の言葉を聞いたとたんに消え去る。


「それと… もう着いている。その後に起こった騒動のせいで別の部屋で休んでいるが…… もちろん騒動の犯人は捕まえた」


「えっ。私が寝てしまったから……」


 顔が青ざめる。大切な方だと聞いていたのにどうして私は寝てしまったのだろう。考えようとするがとたんに頭痛が起こった。


「主。大変です。異変が……」


「お前が気に病むことはない。お前が意識を失っていることもそいつのせいだから。だから、木賊の様子を見に来た。木賊が心配だったからな」


 心配されたことに喜んだが、すぐに顔を引き締める。異変など、ここには致命的なのだ。

 特にこの部屋はまずい。あの方が住む予定の部屋なのだから。


「ああ。見つけた」


 主はそうつぶやくとふらりと歩き出す。たどり着いたのは薄花桜が綺麗な天蓋の中。

 そこには、同じ色のベッドがあるだけのはずだった。しかしそこには少女を模した人形が置かれていた。どこかで見たことがあるような……

 それを手にとり主は珍しく歪んだ笑みを浮かべる。


「あの主? この人形が異変の元凶ですか?」


「ふふ。無粋なことを…… いや、もう力はないようだ」


 冷たく無機質な声を出すという事はよほど逆燐に触れることだったらしい。そして、手に持っていた人形は跡形も残らずに消す。その瞬間に頭痛が消えて身体が楽になった。どうやら、眠ってしまったのはこの人形が関係していたらしい。

 人形が消えるのを見届けた主は顔を上げて呟く。それは確かな温かみがあった。


「木賊。もう大丈夫だな。良かった。」


 そう言いながら抱き込まれた。そして反応する間もなく離される。そして主は名残惜しげに髪を弄びながら顔をあげた。


「そろそろ、挨拶に行く。それが終わったら話がある。聞いてくれるな」


「分かりました。楽しみにしています」


「ああ、出来るだけ早く行くから……」


 わざわざ呼び出すとは珍しい。熱い頬を冷たい手で冷やしながら何があるのかと想像する。

 何時もの場所、それは主が新たな名前をくれた、特別な場所。

 どんな話だろうか?

 自然と頬が緩む。

 早く用事が終わればいいと思ってしまった。


。゜●○★○●゜。


 神に会うためと連れてこられたのは落ち着いた雰囲気が漂う品のいい部屋だった。この部屋が神の部屋なのだろうか。しかし神はまだ姿を現さない。なにかあったのだろうか?

 真は後ろでたたずんでいる。さすがに横に付き添うことは出来ないらしい。

 この部屋には女中らしい女の人もいた。それらの人は私のことを遠慮もなく眺めてくる。それは緊張する空間だった。私が余所者だということが意識される。

 あまりの疎外感から、思わず後ろの真に駆け寄りたい気持ちになったとき鈴の音が響いた。

 皆が居住まいを正す。空気が変わった。私も背を伸ばす。

 やがて、正面にあった障子が開き神が姿を現す。


「待たせた。少し予測にないことが起きたが、片付けたので安心してくれ。綾凪も待たせた。気が付いたら知らない場所で戸惑っただろう。それにあんなことが起こってしまい怖い思いをさせてしまった。すまない」


 申し訳なさそうに謝る神。

 こんな簡単に謝っていいのだろうか?

 そんな疑問が湧くが、神の姿はそんな疑問を吹き飛ばした。

 現れたその神は、一言で言うと輝いていたのだ。容姿は真が霞むほどで、髪は翡翠色で瞳は菫色。頭の上に浮いている輪が蛍光灯なのかと確認したくなるぐらいに光っている。

 ある意味想像していた神像が崩れさるほどの衝撃だった。笑うのをこらえるのが苦行になる。


「っ、大丈夫です。訳は彼が説明されましたから……」


 心配そうな真をちらりと窺う。


「うん。真朱まそおならいいと思った。しかし、やはり似合うな」


 神は微笑ましげに私たちを見る。

 その様子に違和感を覚えた。まるで何かが食い違っているようなそんな違和感。


「あの、それはどういった意味でしょうか? 私は貴方様に嫁ぐためにここに来たのじゃ?」


 その言葉を聞いた神の反応はとても面白いものだった。まるで言葉の意味がわからない幼子のように口を大きく開けて固まったのだから。

 周りも今までの静かな様子からは想像もつかないほどざわめきが走った。なにやら混乱しているみたいだ。

 また後ろの真も慌てている気配を感じた。そうだろう、真もそう思い込んでいたのだから。

 真が焦ったように早口で神へ質問をする。


「あの、主。質問してもよろしいでしょうか」


 固まっていた神も慌てて言葉を返した。


「ああ……」


「では。あの私はてっきり主と神子様が結婚なさるために連れてきたのだと思っていたのですが?」


「はい? 何を勘違いしているんだ。お前が一目惚れしたんじゃないのか?」


「いえいえ、私は主が『神子様をここへ』と言ったから降りたまでですよ。それが勘違いだった? いやいや、ちょっと待って下さい。では、私を地上に降ろすときに言われた言葉はいったい……」


 どうやら最初に言われた言葉のせいで私はこの神に嫁がされるのだと思ったみたいだ。

 神は数秒間悩んでいたが不意に思い出したのか手を打った。


「ああ。あの言葉は『君の』を入れるのを忘れた。でも自身の色を纏っているのだから気づくだろうと思ったのだが……」


 神は器用にも呆れと遠い目を同時に表しながら溜息をついた。


「あの、自身の色ってなんですか? 彼を呼ぶときの『真朱』と関係しているのですか?」


 彼の名前は、百鬼真じゃないのだろうか。


「それも説明してないのか…… いや説明する時間がなかったな……」


「そもそも、そう呼ばれていることさえ話せていませんね」


「そうだったか。本当にすまない。それで『真朱』は渾名みたいなものだ。全員、色にちなんだ名前がつく。綾凪が今纏っている色が『真朱』と呼ばれる色だ」


 この色が『真朱』なのか。私好みの色だ。


「それに大体、神が人を娶るときにはしばらく一緒に暮らす。そうして打ち解けてから結婚を申し渡すのだ。だから、彼女には君だろう。それに私には狙っている子がいる」


 その言葉に真は青くなったり赤くなったりと忙しく顔色を変える。

 私はただ愕然と固まるだけだった。神に嫁ぐ覚悟と初恋を諦める決意をつけたというのに、結果的にどちらも必要なかったのだから……

 そこまで考えがいったとき、私の顔も赤く染まる。

 二人して赤い顔を晒す。甘酸っぱい空気が漂った。


「はあ。二人だけで話せ。お前の部屋の準備は終わっている」


 疲れた声で神が促す。気のせいか周りの視線が生暖かいモノに変わっていた。

 こうして、神との対面は想像を超えたもので終わった。


゜。○●☆●○。゜


 初々しく顔を紅に染めて、よそよそしく部屋から出て行く二人を見ながら思う。あらゆる局面を乗り越えてきた二人だからこそよけいに幸せになってほしいと……

 しかし真朱のやつ最初から求婚の文句を言っていたくせに、あんな勘違いしているとは驚いた。まぁ、それを地上で生きるための文句だと教えたけど…

 まぁ、結果オーライだから内緒にしておこう… もしばれたら殺されかねない…

 しかし周りの目が怖い。遅れたのが駄目だったのだろうか。それに誤解している奴が多くて驚いた。あんなに可愛い子が近くにいるのにわざわざ新しい子を迎える意味がわからない。

 それよりもやっと伝えられる。この気持ちを……

 この気持ちは気が付いた時には制御できないほどに膨れ上がっていた。

 最初は面倒くさいものを拾ってきてしまったと後悔したものだ。拾ったときには感情を忘れたかのように無表情だったのだから。

 しかし、仕事を与えてからは悲惨な過去など覚えてはいないかの様に振舞い、笑みを口にのせた彼女が気になりだした。

 ひときわ明るく振舞い、自身に割り振られた役割を文句一つ言わずに淡々とこなす。拾ったときの様子など微塵も見せずに……

 しかし、彼女は日に日に衰えていった。目の下には濃い隈、身体は触れば折れてしまいそうなほど細く。しかしそれでも彼女は明るく振舞う、その痛々しい姿は心を揺さぶった。

 そのことから強く理由を聞いて泣かしてしまった。彼女は自身が流す涙を不思議そうな顔で眺めていたが……

 まったく、あれで理由を聞いていなければ後悔しただろう。彼女を苦しめるものは早く忘れさせてあげたいのだから。でも苦しめているのが男だと分かったときに、怒りのあまり力が漏れ出て怖がらせてしまったのは反省する。


 それからだ、視界に彼女がいないと落ち着かなくなったのは、その様子から周りはすぐに気がついたらしい。応援してくれるようになった。

 実は女達に人気があった真朱を降ろしたのだって、彼女が彼に取られないための工作だったとは口が裂けてもいえない。

 周りからは文句が来たが、真朱も幸せそうだから良かったと思う。我ながら善い事をした。

 では、行こう。彼女に気持ちを伝えに……

 愛しい彼女の姿を思い浮かべ、今から行うことにどんな反応を見せるのかを楽しみにする。

 神は何時もの場所で待っているであろう木賊に逢うために腰を上げた。


゜。●○★○●。゜


 現在、真と二人で案内された部屋で座りもしないで所在なさげに立っている。神の部屋から出てから、お互いの顔が見られない。きっとお互いホオズキのように顔が真赤になっていることだろう。働かない頭を振って案内された部屋を見た。

 柔らかな色で統一された部屋はまさに私好みだ。特に今着ているドレスが映える薄い青色の天蓋が気に入った。

 真もそれに気が付いたのか薄く笑う。


「『薄花桜』。この色を見るとお嬢を思い出す。この色をお嬢の魂が放っていたからこそ主の目にとまったのだから。だから俺はこの色が好きだ」


 柔らかく目を細め私を見る。


「そうだったんだ。私は真がいきなり現れて驚いたな~ 凄く機嫌が悪かったよね。それなのに跪くしね。驚くよ」


 あの夢で見た光景を思い出し、少し笑う。


「そんなこと良く覚えているな。あの時は主のためとはいえこんな人間に跪くのかと思ったんだ。だから機嫌が悪かった」


 後悔しているのか暗い顔になる。その頭を背伸びして撫でる。


「うん。夢をみたんだ。忘れていた過去の出来事をね。その前に真に謝っておく。襲われた後の夢は断片的で、母上を殺したの真だと思ってしまった。そんなことするわけないのにね。ごめんなさい」


「いや。お嬢の母上は俺が殺したに等しい。あのときにもっと早く動けていれば……」


 真はうな垂れて囁くように言った。


「大丈夫。だって真は敵を討ってくれたでしょう。それに私を守ってくれた。私の心も守ってくれた」


 すこし窺うように覗き込んでくる真に微笑む。


 顔をあげた真はゆるりと瞳を濡らす。しかし、雫は落とさぬまま足元に跪く。

 あの時と同じように。ただ違うのは、柔らかく微笑んでいることだろう。


「【綾凪 神子。いや神子。貴方は俺の光だ。どうか私、百鬼 真の生涯の伴侶になってくれ。我が主に誓い、私は貴方を一生悲しませることはなく幸せに包まれた生活を約束しよう。】どうかこの手を取ってくれ」


 それは、何度諦めたかわからない言葉。おもわず涙が溢れる。それは苦いものではなく甘く温かいもの。

 その告白は、唯一私の弱さを知る真の言葉。胸の中に甘く温かなものが広がる。

 それを確かめるように、想いを答える。自身の気持ちを今度こそ唇にのせて……


「真。私は真に幸せにしてほしいとは思ってないよ。私は二人で幸せになりたい。だから、【私、綾凪 神子は、百鬼 真の生涯の伴侶となり、貴方を一生支えることを神に誓います】」


 その言葉とともに真の手をとり立ち上がらせる。


「まったく、お嬢にはかなわない」


 呆れたように言いながらも、その様子はうれしそうで、私もつられたかのように笑う。


「お嬢じゃない。神子だよ。真」


 しかしそう指摘したとたんに、真は眉を八の字にして情けない顔になった。そして、気まずそうに視線を泳がす。そして、困ったように笑った。


「頑張るが、時々お嬢に戻るのは許してくれ」


 こうしてゆっくりと伴侶として同じ時間を過ごすのだろう。

 こんなに幸せになると少し怖くなる。そんな不安を打ち消すように呟く。


「ふふ。私、幸せ。まるで夢みたい……」


「俺も幸せだ。でも夢じゃない。今度こそ幸せにする。信じてくれ」


 真は私が考えていることが分かっているのか抱き寄せて頭をなでる。

 初めて会った時のことを思い出す。

 確かに彼は言ったのだ『お前を幸せにしてやる』と。そのことを思い出しながら抱きついた腕に力を込める。けして離さないように、離れていかないように……

 そして、二人は見つめ合い影が重なった。そして二人は顔を見合わせて笑顔をこぼす。

 たとえ今、神が訪ねてきても気が付かないだろう。

 今この時だけは世界には二人しかいなかった。


゜。○●☆●○。゜


 カラーン。カラーン


 ここは、教会。私を主神とした美しいステンドグラスが光をうけて光の道を創る。

 厳粛な空気が漂う中、二人が望んだ教会での挙式が始まる。

 幸せそうに微笑む彼女が纏うのは無垢な白ではなく『真朱色』そんな彼女をいとおしげに見つめている彼が纏うのは『薄花桜』。二人はお互いの色を纏う。誰のものであるのかを知らせるように……

 彼らはたくさんの『神』や眷属に見守られお互いの指輪を交換する。これはあまりに違う種族の差を埋める儀式。これで彼女と彼は同じときを生きる。これから二人は本当に末永くともに生きていくだろう。最初に真朱が誓った言葉のままに…


 そんな二人をやっと気持ちが通じた彼女とともに見守る。

 やっと隣に立たせることが出来た木賊は、この数日で仲良くなった神子の姿を羨ましそうに見ている。

 早くうちも挙式を挙げよう。彼女を喜ばすためならばどんなことでもする。

 そんなことを考えながら、祝福を贈る。


 最初から、こんな未来が来ることを知っていた気がする。二人は鈍感で、自分を抑えることに慣れすぎていて危うかった。だから、彼を地上に降ろすことにして良かった。色々な反対を押し切ってな……

 思わず遠い目をしてしまった……

 まあ、皆幸せになって良かった。もう一度温かな拍手を二人に贈った。



 ・~☆~・



 たくさんのしがらみに縛り付けられた少女は、神の生贄として攫われた先で唯一の伴侶を得て輝きを放つ

 危ういほどもろかった彼は、地上で唯一の伴侶と勇気をもらい、自信に煌く

 彼らは初めから寄り添うことが決まっていたかのようにお互いを輝かす。

 柔らかい日差しが葉に煌き、彼らにそそがれた。


 どうも、神楽 斎歌です。

 今回は、異世界に少しかかわっていますが魔法などは使わず、あくまで《恋愛》を軸に話を書き上げました。珍しく女性の主人公になります。

 今回は誤字を直したりという事をしたために昔に書いたどの作品よりも完成度が上がっているはずです……

 そして、なにぶん作者の恋愛度の低さに影響をうけたため糖分が控えめのあっさりとした作品に……

 もっといちゃいちゃさせたかったのですが、作者は告白の台詞のことで手いっぱいになってしまいました。

 これでも修正を加えたのですが、足りないですよね~

 次に書くときまでに勉強しておきます。


 よろしければ、感想や誤字脱字の指摘、評価をしていただければ作者が泣いて喜びます。

 ぜひ、よろしくお願いします<(_ _)>

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