別れと兆し
美香の父親と夕食を食べ、黒いスーツの男に追われる彼を見送った、次の朝。私は着信音によって目覚めた。アラームではなく正真正銘着信のようだ。番号が表示されているので、番号登録されていない人物からかかってきていることは確かだった。一体誰だろう、こんな朝早くに、時計を見ると5時30分。あと30分は寝ていられるのに。
「もしもし、大香山ですが」
「おはようございます、誰だかわかりますか」えぇもちろん、早朝というのにどこからそんな凛とした声が出せるんだろうと、尊敬してしまう。「美香さんでしょ」
「はい、あまり時間がないので手短に話させていただきます」と彼女は少し早口で話した。
「昨日は、大和がお世話になったそうで、なんだか大変だったんですね、昨日の夜」もう大変なんてものじゃなかったよ、あんな体験二度としたくないし、しないだろうな。
「彼らに見つかっては、あいつものんびりとこのような生活は出来ないです。ですので、さよならです。大香山先生」
「彼ら?それにさよならってどういう意味なの」私は起きてすぐだから、混乱しているのではなく、本当にわからなかった。「先生、やっぱり知らなかったんですね、よかった」と明るい声が受話器から漏れてきた。知らなくてよかったこと?
「私はこれから大和といえ、父といったほうが先生からするとわかりやすいですね。あいつと長期の潜伏期間に入るので学校にはもう来れないです、また転校先が決まれば届け出しますので心配なく」
「ちょっと美香さん、どういうことなのか全然わからないんだけど」と私が言うと彼女は鼻で笑って、「わたしの本名も知らないなんて、本当に何も知らなかったんだ。じゃ、せめて名前だけでも教えておくわ、私の名は天照沙希よ」
それだけ言うと彼女は電話を切った。急いでかけなおしても「電波の届かない場所にあるか、電源が入っていません」の繰り返しだった。何かのドッキリかと思い、登校してみたものの、それは真実で2週間が過ぎても彼女は登校しなかった。ためしに自宅に足を運んでみたけれど、表札も消えていて、ならば大家に連絡先を教えてもらうと思ったが、彼は大和なんて親子が住んでいた覚えなどないと言い出し、話が進まないので、諦めるほかなかった。一体あの親子はどこに消えたのだろう。
唯一の手がかりである三上くんは「知らない」の一点張りで、「どうせ妻殺しが警察にばれかけて逃げたんだろ、それに俺はあの親子とは関係ないんだって、ちょっとした知り合い程度だよ」ともっともな事を言った。けど焼肉屋での彼、そしてその次の日の彼女はどう考えても演技をしているように思えなかった。真実は本当にひとつなのだろうか、私にはルートが沢山あるようにしか見えない。その真実を握る大和親子にはもう会えないだろう、あの朝の電話は、私をそんな気にさせた。
けれど意外にも、私はあっさりと再開を果たした。今、まさに三上くんから渡された新聞に載っているのは、美香の本名だった。失踪していたなんて知らなかった。
「それ、いきなり転校していったやつの名前だろ?」三上くんが言ってくる。
何か引っかかった、なぜ彼が美香の本名を知ってるのだろう、やっぱり何か隠していたのか。
「なんで三上くんが美香の本当の名前を知ってるんですか」
「本当の名前もクソも天照はあま・・・」そう言いかけて、彼は自分で言ったのに驚いた顔をして、その場を離れようとした。「待ってください、このままだとスッキリしません、教えてください」
「俺はもう手を切ってるから、話せることもないんだよ」と苦笑いを浮かべ、なおも逃げようとする。「じゃあ、大和親子の連絡先を教えてください」
すると三上くんの表情が変わった。真剣な表情だ、獲物を捕らえるかのような眼光で私を見つめて、「知らないぞ、どうなっても」
「覚悟しています」と私は出来る限り胸を張っていった。そうやって言わないと本当に食われそうだったから。
「わかった、あとでメールで送っとくよ。その意気込みはどこからくるのかな?」そう言って彼は職員室を出て行った。それから3分後にメールが届き、私はすぐ美香に電話をし、会う約束をした。