真実の矛先
私は美香について、「美香の父親と三上くん」が待ち合わせをしている場所に向かった。それはもちろん偶然だったのだろうけど、私の家の近くだった。
街中から郊外へと国道沿いの歩道を並んで歩き、とりとめのない話しをした。美香はどうやら私の思ったとおり、陽気で活発なごく普通の中学生のようだった。ただ、礼儀正しいところだけは違い、それ以外は、適度に照れ屋で私よりも聡明な部分も覗かせ、それでいて不器用でもあった。
「昨日は緊張してたの?」と何気なく訊くと、美香は途端に不思議そうな顔色で私を見つめた。「三上くんの手紙、盗み読みしたんでしょ」と微笑んだ。今日はそればっかりだ。美香は私が恋人もいないことを知ると、嬉しそうにはしゃいだ。「嘘ばっかり、相手は三上くんでしょ」と身震いしそうなほど不気味なことを言った
「ありえないよ、それなら3年の佐野本くんのほうがマシだよ」と中学校でもそこそこ名の知れる顔のいい生徒を口に出した。
「先生がそんなこと言っていいのかな」
「先生にだって、潤いは必要なのだよ」私は返事をする。「美香さんは好きな人とかいるの?」
すると彼女の表情が変化した、青ざめたかと思うと、すぐに顔をゆがめ、耳を赤くして、「昔はいたよ」
私はそれを見て、彼女が持つ、陰りある部分がそこにあるのだろうと、想像した。勝手な憶測は危険以外の何者でもないけれど、美香の寂しげな横顔が、私の脳内にそう伝えた。それしかないくらいに。
「彼氏いないなら紹介しようか? 十歳上のおじさん」と私が言うと、美香は、「どうせ別れちゃうからいいや」と苦笑いをした。
三上くん達の待ち合わせ場所は、誰でも入りやすい居酒屋じゃなくて、高級感のあるバーだった。地下鉄の駅近くにそれはひっそりとたたずみ、どこか近寄りがたい雰囲気をかもし出していた。
「なんだか入りにくいね」と私が言うと、「ここまで来たんだから行こうよ」と美香に手をひかれる形で店に入ることになった。にしてもあの2人は何でこんなところで夕方から酒を飲んでいるのだろう、夜からなら雰囲気もあってまだ納得できるけれど。
店の中に入ると、外見に比べて、やや高級感は落ちるものの、黒で統一された店内、ずらりと並べられた酒、木製のカウンター。それは高級といって間違いないほど立派だった。
すると、奥から店員が現れて、「すみません、まだ営業準備中なので」と言われ、追い出されるように、入り口付近まで追い詰められた。私は隣にいる美香に確認を取る、「本当にここなんでしょうね」
「一番右隅のテーブルに座ってるわ」と彼女は冷静に答えた。結局私は確認できないまま店内を追い出されてしまった。何もそこまでして、退店させる必要も無いと思う。あの店員の慌てぶりはまさに、異常と言う文字がよく似合う。それほど挙動不審でもあった。
私たちは、仕方がないので帰宅することにした。
「やっぱり、まだ何か重要なことを隠してるわ」と美香はつぶやいた。
「重要なこと?」私は無難な受け答えをする。もし余計なことを言って、三上くんからのメッセージを見ていないと言う事実を彼女に知られると少し面倒だから。
「そうよ・・・一体何を隠してるんだろう」それは私も同じ考えだった。一体あの2人にどのような接点があって、嘘までついて会っているのだろう。三上くんに限っては本当に怪しすぎる。彼は、私よりも時間外労働を嫌う人間だからだ。あの人が時間外労働をしているところなど今まで片手で数えれるほどの日数だろう。そんな男が、仕事終わりに生徒の親と会うわけがない。
もしかして私は、あの2人に何かだまされているのだろうか? 2人が私を騙す必要などどこにもないのだから。それは美香も例外ではない、現に私は彼らの姿を見ていないのだから。私は最終的に、先生として最低だと言えるだろう、生徒を疑うことをしていた。この考えは間違えている。そう思いながらも帰り道はそれしか考えれなかった。