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めぐる  作者: ryouka
10/16

知ったかぶり

 次の日、思いもしない場所で思いもしない人と出会った。駅前のスーパーで。私は学校帰りに夕食の材料を買いに行き、特に好物でもない「コアラのマーチ」を『おひとり様ひとつ限り』の言葉につられ、買い物カゴに放り込んだすぐあとだった。

 「その年でそれはきついですよ」

 私はその声に驚き振り返ると、想像通りの人物がいた。そんな凛とした声を出せる人間を私はひとりしか知らない。

 「こんなところで会うのは偶然ね、美香さん」

 私は教師という仕事が好きだし、それなりに誇りも持っている、けれど、仕事時間以外で学校関係者に会うのは好きではなかった。労働時間外で仕事のことを考えるのは、どちらかというと芸術家に近いと思う。教師はそれとは異なるものだ。いや、生徒を教育するという点は芸術に近いものがあるかもしれない、なんて、都合のいいことを考えてみた。

 「ちょっと卵を切らしてしまったので、あとしょうゆと」美香は買い物カゴを胸の位置まで持ち上げた。「あいつ1日1個卵食べないと、気が済まないみたいなんですよ」と白い歯を見せた。

 「家の手伝いなんていいことよ」

 「世話になりっぱなしはあたしの性に合わないので」

 「そうかもね」私は答えながらも、混乱した。今日はこの親子、用事だったはずなんだけど。それは間違いないはずだ、父親の希望で指導日を1日ずらしたのだから。

 「時間大丈夫かな? ちょっと聞きたいことがあるからそこの喫茶店に行かない?」

 「20分くらいなら大丈夫ですけど」戸惑いながらそう言った彼女を少し強制的に喫茶店に連れ出した。聞きたいことは少しじゃなくて、たくさんあるんだけどね。

 

 私はミルクティーを、美香はアイスコーヒーをそれぞれ注文した。喫茶店は夕方なので、人はまばらで、適度のざわめきを保っていて、話しやすい環境だった。

 「いきなりだけど、どうしてこんなところにいるの? 今日は用事だったんじゃなかったの?」

 美香は少し驚いた表情であたしの目を見て、少し間を空け、「用事は中止になったんです」

 「それどお使いしてるのね、ということは、お父さんは家でいるの?」

 「出かけちゃいました」そう言って、アイスコーヒーに手を伸ばす。

 「昨日よりも話しやすい感じがするけど、いつもはそうなの?」私は思ったことを口にした。

 「そうですか、まぁ昨日はああいう場だったからだと思います。普段はこんな感じですよ」そう言ってストローに口をつける。

 「それだけじゃない気がするけど」私がそう言うと、彼女の口へ流れるコーヒーが止まった。どうやら図星のようだ。やっぱり私の予想通り。

 「昨日の歌詞カードに挟まっていたやつのお陰でしょ」

 「わかってましたか」冷静にうなずく彼女。どうやらビンゴのようだ。私はその内容が知りたくなったので、はったりをかけてみた、普通に聞いても彼女は答えてくれそうにないし。

 「勝手に見ちゃってごめんね、でも重要そうだから少ししか見てないよ」

 「えぇ、とても重要でした。三上先生はやっぱり切れ者のようです」と少し自慢げに彼女は言った。美香は三上くんの何を知っているのだろう。この2人、いや、三上くんとこの親子の関係性を知りたい。それは単なる好奇心以外の何者でもない。

 「でもお陰で手間が省けたよ、まさか向こうからアプローチかけてくるとは思わなかったから」そうだね、と適当に相づちを入れる。

 「これで任務完了。こんなことなら喧嘩なんてするんじゃなかったよ」と彼女は溜息をついた。どういうことなんだろ、どうして喧嘩と三上くんが関係するんだ?これ以上わからないことを聞くと頭がパンクしそうになったので、話の方向を無理やり捻じ曲げることにした。

 「まぁそのことは、学校で聞くことにするわ、ここじゃあれだしね」

 「そうですね、もし聞かれたら危ないですもんね」また彼女は不思議なことを言う。

 「ところで先生、シロップの量はもちろん16gですよね」と満面の笑みで言った。

 「いくらコアラのマーチを買ってもそこまで甘党じゃないよ」

 「鈍いなぁ先生、シロップで思い出せないの?」

 「もしかして・・・」

 私は、美香の顔をじっと眺めた。

 「もしかして駄洒落? シロップ16gとかけて」そういうと、彼女は頬を真っ赤にした。

 下らない駄洒落というのは、高校生にとってはむしろ恥ずかしい失態に近いものじゃないの? と言ってみる。彼女は弁解するように、「先生に合わせてみただけです。こういう駄洒落が好きな人だと思ったから。私、相手のレベルに合わせて話すのが得意なんですよ」と苦笑いをした。

 「まだ私、23歳だから、そういう感性ないよ」

 「え?」

 「だから、おばさんじゃないってことよ」

 「でも、私より8歳も年上だし」

 言い返そうとしたけど、思い留めた。まあいいや、23歳が若いかどうかなんて「スイカは野菜の仲間なんです」というのと同じくらい、生活に支障のないことだ。 

 「そうだ、先生、私ちゃんと宿題やってるよ」美香はそう言うとカバンからMDプレーヤーを取り出し、ヘッドフォンを私の耳に押し当てる。私が渡したハイロウズのアルバムだろう、曲は知らないけど、声ならわかる。

 「持ち歩いてるんだね」何だか少しうれしい気分になった。

 「結構いいですね、下らないことを忘れさせてくれます。彼の声は」

 確かに、彼ほど弾けて狂った声を出せる歌手はそうはいないだろう。

 「こういう音楽は好きなの?」

 「あまり聴かないけど、これはなんていうか面白いです。バカっぽくって」

 「バカはいいことだよ」私も同意する。バカは時に褒め言葉にもなる。そう言えば高校生のときに付き合っていた彼が、「ごっつええ感じのコントって本当バカだよな」としみじみ言っていたのにも、「尊敬」の意が込められていたのかもしれない。

 「これあいつも聴いたよ」

 「もしかしてお父さん?」

 「三上が貸してくれたものをほっとくわけにいかない、って言って、家に帰ってから2人で聴いたの」

 「仲のいいことね」高校生のころの私は、父親を意味もなく嫌っていた覚えがあるので少し驚いた。

 「で、あいつ泣いてた」

 「あのお父さんが泣くんだ」私はさらに驚く。

 美香は、「うん、私も意外に思った。あいつ悲しみの心なんて捨てちゃったような性格してるから、確か、この歌だった気がする」そう言って、美香は14曲目に変えた。最後の曲のようだ。

 私はこの歌を知っていた。テレビでも何度か聴いたことのある曲でシングルだった気がする。2人でヘッドフォンを分けて聴く、美香はR、私はLで。

 

 聴き終わると彼女は言った、「どうしてこの歌で泣いたんだろう」そんなことは私にもわからない、人の感情なんてどこから沸いて出るものか見当もつかないし。

 「でも、私もこの歌好きだよ」

 「私も」そう言って美香はアイスコーヒーを一気に飲み干し、「もうそろそろ時間だね」と言った。そうか、約束は20分間だった。まぁ有意義な時間を過ごせたよ。

 すると美香は笑顔で思いがけないことを言った。

 

「今から、あいつと三上先生に会いにいこうっか?」

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