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混沌のバベル  作者: じしゃくまん
ケルベロスの樹
5/6

矛盾

「大丈夫そうか……」

 朝五時、filer du filで珈琲を片手に新聞をめくりながら紬はぽつりと呟いた。

「何がです?」

 その言葉に開店準備にやってきた薫子が反応する。彼女は口にゴムをくわえて、量の多い髪を束ねるのに苦戦していた。

「ん、昨日どこかのウナギ君が揉め事起こしやがってね。異能バベル絡みだったから、警察に訴えられてたら厄介だなと。……でも今のところ大丈夫そうだ」

 やはりあの口止めは効いたようだ。ただでさえ人間は未知のものを恐れる生き物。あんな超常現象には好奇より、恐怖が先に立つだろう。

「へぇそれは大変でしたね……」

 薫子は適当に相槌を打ってから、紬の言葉を反芻してはっと顔を上げた。

「て、どこかのウナギ君って、まさかいっちーのことですか?」

「そうだよ」

紬が新聞に目を通しながら頷くと、薫子は目を丸くした。

「いっちーって喧嘩とかするんだーちょっと意外……」

「そうか?」

「だって、いっちーって大人しそう…ってかクールじゃないですか。要君と違って優しいし、一途そうだし」

 あえて″要君と違って″にアクセントを置いた薫子に紬は苦笑いした。どうやら彼女にとって、あの一件は一生許すまじき事件らしい。

「買い被り過ぎだよ。冷静クールそうなのは面だけだろう。あいつは中々激情家だし結構凶暴だぞ。昨日だって一般人相手に異能バベル使おうとするし、困ったもんだ」

「え、いっちーが!?」

 寝耳に水、と言わんばかりに薫子は髪を結ぶ手を止める。

「ま、まぁな」

 紬は本人の名誉のために少し訂正を入れてやることにした。

「私も、あいつを根っから極悪人とは思ってないさ。ただ……何だろうな。あいつは極端なんだよ」

「極端?」

 そう、と頷いて紬は続ける。

「薫子ちゃんが言うように優しい面もある」

 事実、初めて会った時はパラドクスから逃げた男が粛清されるのを助けようとしていたらしい。

「だがその反面、一度敵と見なした相手にはとことん残虐だ。容赦ないし、平気で力を振るう。…私にはそれが、少し怖い」

 あれだけの力を持っているだけに、と紬は付け足した。

 その針が善の方向へ振れれば、もちろん大きな力となるだろう。だがその分、間違った方向に走った時には危険極まりない。普通の人間ならただの憎悪で終わる感情も、力を持っていれば行動を起こすことも可能なのだ。

 言わば、異能者バベルは銃を持った人間。引き金一つで簡単に、いつでも命を奪える。引き金を引くも引かぬも本人の良心次第。

 人間の本性が完全に悪だとは思わないが、法によってそれなりの秩序が保たれているのは確かだろう。人間が罪を犯さないのは良心が痛むから、そしてそれ以上に社会的立場を無くすことを恐れるから。

 だが、異能者バベルは違う。縛られるのは前者だけだ。この科学の世では異能バベルの犯罪など立証されないのだから。

「あいつに良心がないとは言わないが、敵対者に対しては相当攻撃的だ。あんな力を持ってるんだ。…もしかしたら人だって…」

「大丈夫ですよ」

 紬の言葉を遮るように、薫子はきっぱりと言った。

「いっちーもそのぐらいの分別はあるでしょう。人間それなりの事情がないと人を傷つけたりは出来ませんよ」

「そうだな……そう信じよう」

 紬は温くなってきた珈琲を一気に飲み干して、新聞を畳んだ。その顔を見て薫子は、彼女の目の下にうっすらと隈が出来ていることにふと気づいた。

「寝不足ですか?」

「あぁクロスワードが……いや、何でもない」

「クロスワード……?」

 不思議そうな顔をした薫子に紬は何でもない、と笑いかけた。クロスワードに熱中して眠れなかったなど情けない。薫子が、まぁいいかと納得してエプロンの紐を結んでいると、O@K紬がこんなことを聞いてきた。

「そういえば、颯真君は元気にしてるか?」

「はい、中学生エンジョイしてますよ。若くてうらやましい」

薫子が口を尖らせると紬はそれは良かった、と笑って厨房に入っていった。





【ケロべロスの樹】



 全国の学生にとって例外なき宿敵がいる。奴によってどれだけの学生が、苦しめられ、時に苦い敗北を喫し、赤き烙印を押され失望してきたことだろう。

 その天敵の名こそ、定期テストという。

 ここ、filer du filにもとある高校生がその犠牲となっていた。

「お願いします!この通りや!」

 犠牲者、小崎要はパンと両手を合わせて、同じ年のバイト仲間壱矢に頼む。

「んなもん、自分でやれっつーの」

 が、壱矢はにべもなくその頼みを一蹴して店服を脱いだ。するとバチバチと静電気が発生し、これでもかというほど髪が逆立った。

「わぉ、凄いねいっちー」

 薫子がそれを見て目を丸くする。

「昔からなんすよ」

 壱矢は苦笑いして、霧吹きを手に取った。

 要は暫くぼうとそれを見ていたが、我に返ると、本日何度目かの合掌をした。

「ホンマにでヤバイんやって!壱矢って案外頭ええんやろ?ちょいと勉強教えてくれるだけでええからさ」

「お前がヤバかろーが、俺には関係ない」

 そもそも案外ってなんだ。この間の不良たちといい失礼ではないか。壱矢は余計に教える気がなくなった。いや、元々そんな気はないが。

「そないなひやっこいこと言わんかてええやろー!俺ら友達やんか」

「…知るか」

 壱矢は霧吹きを頭にかけながら、今度は要の方さえ見ずにばさりと切り捨てる。要は諦めて、矛先を移した。

「ほな薫子さんでもええで。ほんま赤点の危機なんやて。お願いします。お助けを」

「いやですー私は要君には一秒たりとも時間を割きたくアリマセン」

 が、こちらもけんもほろろに断られる。

「…都会モンはひゃっこいなぁ」

 殊に薫子はある一件以来、要に冷たい。その冷たさや絶対零度だ。薫子の答えは予想通りといえばそうだった。

 と、そこへ琴葉がひょっこりと顔を出した。要はすかさず、二人の冷たさを彼女に訴え始める。

「聞おってくれや、琴ちゃん。勉強教えてゆーても薫子さんも壱矢もいややって言うんやで。えげつないと思わへん?」

「えーっと…じゃあ私が教えてあげましょうか?」

 小雪は戸惑いながら要と二人を交互に見る。要は彼女を抱き締めると、涙ぐんだ。

「琴ちゃんだけや、優しいのは。後は鬼や鬼。東京は鬼の巣窟や」

「琴ちゃんから離れなさい、ロリコンめ」

 言いながら、薫子が間に入って二人を引き離す。彼女は「だいたいね」と続けた。

「紬さんに教えてもらえばいいでしょ。あたし前に教えてもらったよ」

 要は暫く考える素振りを見せたが、首を横に振った。

「紬さんはアカン。前頼んだら、一週間徹夜で勉強させられたんやで。ほんま死ぬかと思た…」

 まぁ成績は上がったねんけど、と要はぼそりと付け足す。だが、代償があまりに大きすぎたのだ。

 要は再び壱矢に向き直って、手を合わせた。

「やっぱし壱矢さん頼みます!」

「嫌だ」

「一生のお願いや!あ、やっぱ今年の!」

「嫌だっつってんだろ」

「今度合コン誘っちゃるで」

「黙っとけ、ナルシが」

 とりつくしまもない。要は悩んだ末にパンと指を鳴らした。

「そーいや壱矢、甘ったいもん好きやったやな。今度駅前のパフェ奢るから」

 パフェと勉強。壱矢の頭の中でその二つが天秤に掛けられた。教えるのは面倒だが、パフェは食べたい。答えは案外あっさりと出た。

「いいよ」

「えぇ!?OKしちゃうの!?」

 打って変わって、あっさりと了承した壱矢に、薫子は目を丸くする。

「助かったー感謝するで、いっちー」

 要は、何故か薫子のつけた渾名で壱矢を呼んで礼を述べた。





「…で、どこが分かんねーの?」

 それから数日後、要の自宅に招かれた壱矢は殆ど使った形跡のない教科書をパラパラと捲りながら尋ねた。

「いやーもう全体的に?」

 要は教科書を積み上げて家を創りながら頭をかいてへらりと笑う。やる気あんのか、こいつ。

 要の家は、正確に言うと彼の姉の家は"filer du fil"から十五分程歩いた所にあるマンションだった。そして、そこに要が上京してきて居候しているらしい。

「姉ちゃんいんのか」

 兄弟のいない壱矢には何となく新鮮な感じがした。

「そ、今は大学行ってんねんけど。たまにfiler du filにも来てるで」

「まじか」

 知らぬうちに会っていたのかもしれない。そう言えば、要に似ている客もいたような、いなかったような。要はさらに、と付け足した。

「実家には弟一人と妹三人もいるで」

「何人家族だよ…つーか、親御さん頑張ったな」

 率直な感想をもらすと、要はケラケラと笑った。

「そやな、でもチビッコいすぎてごっつ騒がしいで。世話押し付けられるし、もうたくさんや」

「ふーん…」

 それも全員が異能者(バベル)だと言うから驚きだ。それも全員要みたいにペラペラ話す奴だと思うと…要が上京してきた理由は案外そんな所にあるのかもしれない。

「壱矢は兄弟いーへんの?」

「いねーよ」

 叔母の家に引き取られてから、四つ下の従兄弟、悟とは一緒に暮らしてはいるが、決して兄弟のような関係ではない。

 そもそも、向こうは塾やら英会話やらピアノやら挙げ句の果てには乗馬(?)までやっていて、壱矢もあまり家に居ないものだから話す機会さえ殆どなかった。

「つーか、お前はさっきから何やってんだよ」

 壱矢は教科書を積み上げて家を作っている要を見た。

「いやーどうも分かんなくて。頭が足りんぽいねん」

「足りねぇのはやる気だろーが」

 そもそも教科書を開いてすらいない。

「俺帰るぜ」

 壱矢が腰を上げると、要は「ちょい待ちぃ」と慌てて組み立てた教科書の家を崩した。

「ちゃんとやりますって先生。頼うますよ。とりあえず数学から」

 そう言って数Ⅱと書かれた教科書をいそいそと引き寄せた。


「もう、お前留年したら」

 六時間後、「知恵熱や~」などと言って後ろに倒れた要に壱矢は言った。

「そないなこと言わんでもええやろ。数学が一番は苦手なんや。でも俺今日結構頑張ったで。受験以来や、こないな勉強したの」

「…」

 一言で言えば、数学はよく高校受かったなレベル。国語はそれなりだが、英語は不定詞止まり。

 どうやら天は二物を与えずというのは本当らしい。

「いやー俺の学校そないな頭ええ所やないから、みんな勉強しーへんゆうねん。で、俺も遊んでたらなんか全然分からんなーてもうて。ほんだらこの間先生に、次赤点とうたら夏休みあらへんでーって言われて、そりゃえらいこっちゃと」

「やらないつってる奴ほどやってるもんだろ」

「そうなん?」

 要は不思議そうに首を傾げる。前々から思っていたが、要は思ったことを率直に言う反面、言われたことも鵜呑みしやすい。人を疑うことを知らないのだろうか。 だが、その素直さは少し羨ましかった。

「もう勉強いややー。俺絶対大学行かへん。就職する。最悪実家戻ろ」

 要は寝転がって携帯をいじりながらぼやく。

「壱矢は行くんやろ?大学」

「俺?…別に行く気ねぇけど」

 そもそも高校を出たら、就職することしか考えていなかった。答えると要は首を傾げた。

「えー何でや?頭ええのにもったいのー。長所は生かすべきやで。…異能バベルも学力も」

「別に…やりたいことあるわけでもねぇし」

 ――これは、半分本当で半分嘘だ。一番の理由はそうじゃない。

 本音を言えば、早く家から出たかったから。親戚とはいえ、叔母一家とは父が死ぬまで会ったこともなく、他人同然だった。これ以上迷惑はかけたくないし、叔母も同じ思いだろう。だからこそ、早く自由になりたい。一人前になってあの家を出たい。ずっとそう思っていた。

「ふーん…大学なんて彼女つくってサークル入って夢のキャンパスライフひゃっほいしてればいいんちゃう?」

 要は相変わらずゴロゴロしながらそんなことを言ってきた。

「脳内お花畑かよ」

「ポディティブ思考って言いや。ネガティブはモテへんで……と、ちょいと失礼」

 要は身を起こすと、携帯を耳に当てた。どうやら電話らしい。壱矢は暇潰しにとテーブルの上に置いてあった雑誌を引き寄せて開いた。

「あーもしもし奏美ちゃん?……え…この間の…だからごめんて……いや別に嫌いちゃうで……え?……いや、だからそうやなくて……」

 何だか、不穏な会話が聞こえてくる。電話の相手は女の声。それも怒り声だ。何と言っているかは分からないが、あまり雰囲気かよくないことは察せられた。

「………だから、あれはたまたまそこで会って話してただけやて…………うん……え、口説いておった?……いや、だから……そうやないって……あ、ちょい待ち…たんまやって!」

 慌てる要を尻目に『要君なんてだいっ嫌い!』という怒声が電話の向こうから聞こえきた。そらから電話の切れるブッという音。最後はツーツーという機械音が虚しく聞こえてくるだけ。

「あ、切れてもうた……」

 要は呆気にとられて携帯の画面を見る。彼は溜め息をついて、携帯の電源を切った。

「…度クズだな」

 だいたいの内容を察した壱矢が雑誌をめくりながら一言感想を漏らすと彼は「そんなことないで!」憤った。

「ちょいと楽しくお喋りしてただけやもん。それを浮気やなんてたいそな」

「ほんとかよ」

 電話の雰囲気から察するに恐らく゛ちょいと楽しくお喋り゛なんてもんじゃない。 完全に修羅場だったではないか。

「ま、それだけ俺がふぁっしねいてぃんぐっちゅーことや」

 先程勉強で出てきたばかりの単語を使い、要はあっさり開き直る。『fascinating』意味は『魅力的な、うっとりさせるような』だ。

「イケメンだから調子乗ってんじゃねぇよ」

 逐一癪にさわる奴だ、と壱矢が呆れ半分に見ると

「お?嫉妬?嫉妬やな、壱矢くーん?」

 要はにやにやと笑いながら壱矢に飛びかってきた。

「お、おい…!」

 ぎょっとして危うく放電しそうになるのを間一髪で堪える。が、要はそんなことを知る由もなく、肩を組んで顔を近づけてきた。しかも相変わらずにやにやしている。

「壱矢は好きな子とかいーへんの?」

「はぁ?何だよいきなり。つーかくっつくなアホ」

 壱矢は肘鉄で強引に要をひっぺはがした。触られるのは好きじゃない。要は微塵もへこたれずに起き上がり、再び尋ねる。

「で、どうなん?」

「うるせぇな。一人でイチャイチャにゃんにゃんしてろ」

「にゃんにゃんって…それ死語やで、壱矢。ちゅーか、どうやって一人でにゃんにゃんするねん」

 要は睨まれたのもものとせず、ゲラゲラと笑って、起き上がった。

「壱矢、結構モテるんちゃう?背高いし、そこそこ男前やん」

 そこそこって何だ、そこそこって。貶されているのか、誉められてるのかよくわからない。それも、腹は立つがイケメン相手だと尚更。

 壱矢にじと目で見られているのに全く気付かず、要は「あーでも」と付け足す。

「壱矢無口やからなー。意地悪だし愛想悪いし、コミュ力ないし」

「…悪かったな、根暗で」

「何もそこまでゆうてへんで」

 ふんと鼻を鳴らした壱矢に要は肩をすくめる。

 要はテーブルに足を乗せて壁にもたれ掛かかった。完全にダラケモードだ。要に惚れてる奴がいたら見せてやりたい。要はその体制のまま漫然と言った。

「女の子には優しくせんとだめやでー」

「さっき修羅場だったくせによく言うぜ」

「俺は皆に平等なだけですー」

「将来絶対浮気すんだろ、お前」

「壱矢は亭主関白やな」

 要は負けじと言い返してきて、ややあってぼそりと付け足した。

「……俺かて好きな子はちゃんとおるねん。まぁ望みは……ほとんどあらへんけど」

「ふーん…え、まじで?」

 適当に相槌をうちかけて、壱矢はと要を見た。

「誰?学校の奴?」

 それなら壱矢が知るわけもないが、女遊びが激しそうな要の本命というのは何となく気になった。

 それに(腹は立つが)同性の壱矢でさえイケメンだと思う要で、望みがないとはどういうことなのだろう。暫しの沈黙の後、要は悄然と言った。

「……薫子さんや」

「まじで?」

「…まじや」

「あー…それは望みねぇわな」

 薫子の要への態度を見ても、一目瞭然。だが、そもそも事の発端は要が薫子に異能バベルを使ったからであって…

「ってことは、あの話……お前は遊び心じゃなくて本気マジ異能バベル使ったってことかよ」

 二ヶ月程前のファミレスでの会話を思い出す。

 ――やて……薫子さんガード固すぎるんやもん。男としては落としいやみたくなるやろ、逆に。

 要はそう言っていた。まさか、あれが本気だったとは。

「つまり、イケメン大王の要君でも本命は落とせず、異能バベル頼みで、挙げ句大失敗ってことか」

「やて…薫子さん、俺のこと完全に子供扱いなんやで!会った時から否応なしに恋愛対象外や!たったの二つ違いやとゆーのに。せやから一発ドカンと行こうとしたら、その……ゼロからマイナスに……」

「アホかよ」

 しゅんとする要が珍しくて思わず笑うと、「俺は真剣なんや」と睨まれた。

「俺が女の子と電話してるとこ見せても薫子さん全然嫉妬しーへんし、挙げ句ロリコンなんて言われてもうたし…あんなのスキンシップやんか!なぁ壱矢?」

「知らね」

 だが、年下の少女に抱きつくなんて壱矢には絶対真似できない。し、したくもない。

「どうにか取り持ってくれへんー?俺もう限界やー」

 要はがくがくと壱矢を揺さぶって訴える。三半規管が揺れて電気が漏れてきそうだ。どうにか要の手を振りほどいて揺さぶりから逃れる。

「自分でどうにかしろや。自信あんだろ、イケメン大王様」

 そう言ってにやりと笑うと、要は「そないな皮肉言わんでもええやろー」と不服そうに口をとがらした。

 そして天井を仰ぎ、深々と溜め息をついた。






 完全に迷った。

 要の家から帰り道、壱矢はロストアウェイをしていた。有り体に言えば、迷子だ。

 要の家はfiler du filを挟んで、丁度壱矢の家の反対辺りにあるらしい。要は少し歩けば、駅前の大通りに出ると言っていたのだが、どこで道を間違えたのやら。

「ここどこだ…?」

 叔母の家で暮らすため、この街に越してきて約二年半。未だに知らない道が結構あるようだ。

 辺りを見回すが暗くてよく分からないし、今一見覚もない。回りには街灯も人の姿もなく、何となく植物人間に襲われたあの夜が彷彿された。

 だが、こういう時の為にスマートフォンというものがある。文明の利器とは便利なものだ。

 携帯の電源を入れると、眩しい画面の明かりが目に飛び込んで来た。それに目を細めながらもマップを開 き、家の住所を打ち込む。――と、不意に背中に悪寒が走った。

「お前は異能者バベルか」

 ぎょっとして振り向くと同時に、聞こえてくる男の低い声。

 何となく危険を感じて反射で飛び退くと、男は眉を潜め質問を繰り返した。

「…お前は異能者バベルか?」

「そうっすけど…?」

 男は一見普通だが、どこかピリピリした雰囲気を纏っていて、嫌な感じがした。年は紬と同じぐらいだろうか。背が高く、割と筋肉質で浅黒い。丈の長い黒い外套を羽織ったその姿はどこか異国の者を思わせた。

「……あの狸爺の発明も役にたつものだ」

 男は手に持った、ぜんまい仕掛けのクマを見ながら呟いた。クマは焦茶のフォルムにつぶらな瞳と中々可愛い玩具だが、目が赤く点滅しており、妙な不気味さを放っている。男はそれをポケットにしまうと、訝しげに見ている壱矢に向き直った。

「そう警戒するな、兄ちゃん。仲間(バベル)同士仲良くやろう」

「…誰ですか、あんた」

 壱矢はいつでも逃げられるように構えながら尋ねた。胡散臭さの塊だ。警戒するな、という方が無理がある。

「俺はアサギ」

 男は案外あっさりと名乗った。それも、割と普通の名。

 いや――待て。壱矢の中の第六感とでも言うものが、警告を発した。その名、どこかで聞いたことがある。だが、どこでだ?割と最近だったような気がするが……

「あ…」

―――跡残す研究所の奴らに見つかるって、浅黄サンがうっせーからさ。ちゃんと、見つかんないようにしなくっちゃな。

 ふと、三ヶ月程前の植物人間の言葉が甦った。

 そうだ、あの頭のおかしなパラドクスの幹部とか言う奴がその名を口にしていた。ということは、この男、浅黄もそのパラドクスとやらの仲間なのだろうか。

 そして紬曰く、パラドクスはろくな連中じゃないから関わらない方がいいと――

 ここまでの思考が数秒で壱矢の頭を流れ、素早く判断を下した。すなわちさっさと逃げろ、と。また人外の異能者とやり合うのはごめんだ。壱矢は素早く踵を返して背を向けた。

 浅黄は唐突に背を向けて走り出そうとした壱矢を見て一瞬目を丸くしていたが、直ぐに我に返ると地面を踏んだ。

軟化(ソフテン)

「……!?」

 走りかけていた壱矢は急にグニャリとした地面に足を取られ、尻餅をついた。浅黄は再び地面を踏む。

硬化(インデュレイト)

 すると今度は地面が固まり、壱矢は尻餅をついたまま、足と尻と片手が地面にめり込む羽目になった。抜こうとしても抜けない。それも当然、コンクリートに固められたようなものなのだから。

「おい、オッサン…」

 首だけを後ろに動かして睨むと、浅黄は不満そうな顔をした。

「何故逃げる?」

「あんたが胡散臭ぇからだよ」

 当たり前だろ、と睨み付けると、彼は「負けん気の強い小僧だ」と肩を竦め、壱矢の前に回り込んだ。

「君に一つ尋ねたいことがある」

「…何?」

「この辺りに電撃系の異能者(バベル)は居ないか?」

 電撃。壱矢は自分の掌に目線を落とした。これのことだろうか。

「……俺に何か用?」

 答えると浅黄は目を見開いた。

「ほう、君が?」

 そう言って壱矢に手を伸ばしてくる。

「触るな…!」

 咄嗟に蹴り飛ばそうしたが、足はコンクリートにめり込んでいる。代わりに電撃が宙を走った。浅黄は直前に何かを感じて咄嗟に手を引っ込めたが、僅かに感電したようだ。

「中々の威力だな。…なるほどあいつの言う通りだ」

「あいつ……って、あの植物野郎か」

「そうだ、樹介は君をオダブツさせてやるだなんだと息巻いてたぞ」

「へぇ…」

 樹介。そういえばそんな名前だった。それにしても、なんという嬉しくない話だ。何故そこまで壱矢に御執心なのだろう。

「少し失礼」

 浅黄は携帯を取り出すと、何処かに電話を入れた。

「俺だ……あぁ…見つけたぞ……割りと近くの裏路地だ。適当に探せ。……饅頭?駅前で?……分かった、後で買ってやるから。……あぁ早く来い」

 どうやら電話の相手は声からして子供らしい。紬はパラドクスはろくな連中じゃないとは言っていたが、どうもイメージが違う。

 電撃で気絶させてやろうかとも思ったが、向こうは敵意はなさそうだし、何かを仕掛けてくるような気配もない。壱矢は暫く様子を見ることにした。

「君に会いたいという奴がいてね。もうすぐ来るから待っていてくれ」

「…この体制で?」

「だって君、異能バベルを解いたら逃げるだろう?」

「……」

「嘘が下手だな、君は」

 沈黙を肯定ととり、浅黄は苦笑いした。

「そうだな、暇潰しと言っては何だが、一つ話をしよう」

 彼は壱矢の前に屈み込むと、尋ねた。

「人間は好きか?」

「はぁ…?」

 つい先日紬にされたのと同じ質問。流行っているのだろうか。

「それだけの力を持っていれば、周りとの差を感じることもあっただろう」

「……」

 黙り混んだ壱矢に浅黄は喉の奥で笑う。

「こんな話を知っているか?…ここ近年、異能バベルに目覚める者が増えているらしい、と」

「増えている…?」

 薫子は『異能バベルは基本的に遺伝するものだが、稀に普通の人間からも異能者バベルが生まれてくる』と言っていた。要するに、それが"稀"ではなくなってきた、ということなのだろうか。

 浅黄はそう、と頷いて立ち上がった。そして壱矢の周りを歩きながら話し出す。

「卑弥呼やキリスト、安倍晴明……昔から一定数、人智を越えた力を持つ者はいたが、ここ数十年どうもそれが多くなっているようでね」

 浅黄はそこで一旦言葉を切った。

「まぁ正確な統計を取った者なんていないから、詳細は分からないがな。だが、年々異能者バベルの数は確実に増えているし、力の質も上がっているのも確かだ」

「……それが何なんすか?」

 壱矢は自分の周りをゆっくりと歩く浅黄を目で追いながら尋ねた。

「こうも考えられないか?これは、人間の次なる進化だと」

「…は?」

 予想外の言葉。異能バベルが進化?どういう意味だ?呆けた壱矢を見て浅黄は楽しそうに笑う。

「君は予想通りの反応をしてくれる」

 浅黄は壱矢の真後ろで足を止めた。体が動かないので首を最大限回しても彼の姿は見えない。何だか掌で転がされているようで気分が悪い。背後で浅黄の声が聞こえてきた。

「極論を言えば俺たち異能者バベルは新人類、異能バベルを持たない人間どもは旧人類というわけだ」

 人間"ども"。その言葉に壱矢は眉を潜めた。故意か過失か浅黄は続ける。

「太古の昔、地球が誕生してから約46億年、生物というのは絶えず進化を繰り返してきた。……ミトコンドリアとの共生から始まって、単細胞生物から多細胞生物への進化、それから陸上進出。そうして両生類が爬虫類になり、爬虫類が鳥類と哺乳類になった。かつては海の海蘊だったアミノ酸が、今では六十兆個もの細胞を持つ人間だ」

「…」

「まぁ、それらの進化が必ずしも進歩であったとは限らないが、環境に適応しようと生物が選んだ結果の一つだろう。…生物学者の中には進化は神の意思などという奴もいるようだがね」

「…だから?」

 見えない話の結論とこの体制に苛々してきて壱矢は挑発気味に尋ねた。が、浅黄はそれを見て「短気は損気だぞ」などと肩を竦める。

「人間も"選んだ"のではないか?異能バベルを持つという進化の形を。…実際、人間は様々問題を抱えて行き詰まっている。地球温暖化、災害、減らない犯罪、エネルギー源の枯渇…上げれば切りがないが、その多くは異能バベルで解決出来る。君だって発電ぐらい簡単に出来るだろう?」

「…俺は電池かよ」

 自分が電極に繋がれている姿を想像して気分が悪くなった。壱矢のぼやきに浅黄は小さく笑った。

「研究所の連中に捕まってそれが現実にならないことを祈ろう」

「?…どういう意味だよ?」

 そう言えば、あの植物人間も研究所がなんちゃらと言っていた気がする。

 が、浅黄は謎の笑みを浮かべるだけで何も答えなかった。その代わりにこんなことを尋ねた。

「君はカンブリア大爆発を知っているか?」

「カンブリアって……あぁ、大昔一気に生き物の数が増えたとかいうあれか?」

 カンブリア大爆発。今から約五億年ほど前のカンブリア紀に、それまで数十種類だった生物の数が、一気に一万種ほどになったとかいう話だ。確か別名「生命のビッグバン」とも言った気がする。

「最近ではあれは突発的なものではないと言われているがな。何でも前々から進化の準備されていて偶然カンブリア紀に最適条件がそろった故、爆発的な進化が起きたんだとか。…もしくは生物が眼を持ったことで進化のスピードが急激に加速したという説もあるが」

 浅黄はそこまで言うと、壱矢の目の前に来て屈み込んだ。

「うんちくはさておき、重要なのはその後でな。カンブリア紀には大量の生物が出現したが、結局その殆どが絶滅している。何故だと思う?」

「知るか」

 長話にうんざりしてきて壱矢は乱暴に吐き捨てた。話すのは元々好きじゃない。

 浅黄は「つれないな」と肩を竦め答えを出した。

「理由は環境に適応出来なかったから、だ。生き抜くのに良い形ではなかったということだよ。これはカンブリア大爆発に限らず全ての進化において言えることだが、新しい環境に適応出来なかった生物は死に絶える運命にある」

 浅黄はそこまで言うと、ぞっとするような薄笑いを浮かべた。

異能者バベルと人間でも同じことが言えると思わないか?新たな環境に適応に適応出来なかった生物は絶滅する、ということがね 」

「…は?」

 思わず壱矢は間の抜けた声を出してしまった。

 つまり、進化に適応出来なかった生物、すなわち普通の人間、浅黄に言わせれば旧人類は死に絶える運命にある、ということか?大昔、カンブリア大爆発の後に多くの生物が死んでいったように?これまで生物がそうやって進化してきたように?

「…暴論だろ」

 有り得ない、と壱矢は吐き捨てた。

 異能者バベルだって元は普通の人間。即ち、異能者バベルも人間だ。要もそう言っていたではないか。

 だが、浅黄はあっさりとそれを否定した。

「そんなことを言えば、人間と魚だって祖先は一緒だぞ。それが今では片や地上の支配者で、片や食料だ。先祖が一緒だろうが、数百万年後には全く違う生き物だってことも有り得る」

 そもそも、と浅黄は続ける。

「人間の歴史なんて、地球の誕生から現在までを一年としたら三十分にも及ばないんだよ。我々には珍しいだが、地球からすれば生物の進化なんて珍しくもない」

「……あんたらパラドクスとやらは人間を絶滅でもさせる気か」

 壱矢が結論をようやく解して吐き捨てた。紬の言っていた"ろくな連中じゃない"という言葉の意味がようやく分かってくる。

「極論を言えばそうなるか。これから先、異能者バベルと人間の数がどうなっていくかは分からないが、まぁ流石に全滅させるつもりはない」

 だがまぁ、と浅黄は嗤う。

「檻の中に入れて飼ってでもやるさ。かつて猿から進化した人間が、今現在そうしているように」

「…イカレかよ」

 思わず呟くと、浅黄は壱矢を見下ろした。

異能者バベルを実験動物のように扱う研究所の奴ら、力を恐れる癖に悪用しようとする人間ども。いかれはどっちか」

 浅黄は憎悪を含んだ口調で言って、宙を睨む。

「君は人間が憎くはないのか?見たところ、君はフェノメナか。人間どもに畏怖や差別されたこともあっただろう?」

 そう言われて、思い出すのは叔母やクラスメイトから向けられた視線。畏怖、恐怖、嫌悪、好奇、その全てが入り交じった視線。何れにせよ、その感情は負だった。だけど――

「俺はあんたの言う人間に育てられたんだよ。俺の親父は人間だ。だから俺だって人間だ」

 そうだ、父は訳の分からなかったであろう、この力を笑って受け入れてくれた。不思議なこともあるもんだね、とただそれだけ言って。怒られもしたが、いつだって壱矢の話を聞いてくれたし、最後まで味方をしてくれた。

「…人間への恩か。成る程な」

 予想外に浅黄はあっさりと納得して頷いた。それから何かに気付き、壱矢の更に奥を見て呟いた。

「お喋りは終わりだ」

 浅黄の目線を辿って首だけ後ろに動かす。目線の先には街灯に照らされた裏路地の入口に、一人の子供が立っていた。それも何故か狐の面を被って。どうやら待ち人の到着らしい。

 浅黄が子供に声をかける。

「遅かったな」

「だってこの辺、似たような道ばっかでややこしいんだもん」

 子供は拗ねたような声でそう言いながら、壱矢の目の前にかけてきた。そうして壱矢の前に屈み込むと、ポツリと「うーん、ちょっとは似てるかなぁ?」と呟いた。

 子供の年は七、八歳ほどだろうか。そして恐らく少女ではなく少年。声は完全に子供なのに、仮面で表情が全く読めなくて少し気味が悪い。

 彼は壱矢の頬に手を伸ばしながら、狐面の奥でにっこりと笑った。(少なくとも壱矢はそう感じた)

「初めまして、お兄ちゃん」

「……は?」

 俄に頬を触られて放電しかけた壱矢は、予想外の言葉に忘れ目を丸くした。

「…俺、一人っ子なんだけど」

 ようやっと、我に返り出てきたのは何故かこんな間の抜けた言葉だった。

「うん、知ってるよ」

 子供は壱矢の頬をぺちんと触って頷く。そのあまりの冷たさに身震いした。死人を思わせるほどの冷たさだ。

「誰だよ、お前…?」

 一人っ子だから兄弟がいる筈もない。当然ではないか。それとも生き別れの兄弟とかそういうオチか?

 もしくは…ふとある想像が頭を過った。

 長らく音信不通でどこに住んでるのかすら知らないが、夜見が新しい男をとっつかまえて、再婚したのかもしれない。そして、この少年はその再婚相手との間の子供?夜見のことだ。再婚ぐらい十分有り得るし、少年の年齢的にも十分筋が通る。

 父を捨てておいて、あっさり再婚か。思わず顔をしかめてしまう。だが何故その子供が、パラドクスなんかにいるのだろう。

 少年は壱矢の問に悩み始めた。

「僕の名前は…そうだなぁ……クロムとでも呼んでくれればいいよ」

「…変な名前」

「本名だったどうするのさ。結構傷付くよ、それ」

 壱矢の率直な感想にクロムは顔をしかめる。

「僕、樹介から壱矢の話か聞いてさ、一回会ってみたかったんだ。兄の顔ぐらい見ときたいでしょ?」

「…そりゃあどーも」

 不審感を拭えず、壱矢は少年から目を反らした。年の割りに饒舌だし、仮面をつけているせいかどこかちぐはぐで違和感がある。

「本当に俺の弟なのか?お前」

「そうだよ、信じてくれないの?酷いなぁ。まぁ僕もあの女に他に子供がいたなんて吃驚したけど」

「あの女って……夜見か?」

「そだよ」

 少年は頷いてから、一瞬ぞっとするようなどすのきいた声を出した。

「……あのクズ女のね」

 その声に壱矢が呆気にとられている隙に、少年は壱矢の懐に飛び込んできた。

「お、おい…!」

 戸惑う壱矢を尻目に、先程とは打って変わって少年は年相応にじゃれついてくる。

「僕、一回こういうことしてみたかったんだよね。家族とかいないようなもんだったし」

 少年は壱矢の胸元に顔を埋めながらそんなことを言った。

「……」

 何となくその気持ちは壱矢にも分かるような気がした。父は優しかったが多忙だったし、父が死んでからは尚更――

 そこまで考えてはっと我に返る。

(…何考えてんだ、俺)

 なんて子供染みた。この少年といるとどうも調子が狂う。

「とにかく離れろ」

 慌てて子供押し退けようとしたが何分、手足の四本中三本はコンクリートの中だ。放電しようにも、相手は子供だ。何となく躊躇いが出る。

 手を出せないのを良いことに、少年はそれからも壱矢の顔を引っ張ったり、つついたりしてケラケラ笑った後、ようやく離れてくれた。

「よし、決めた」

 少年はにっこりと笑うと宣言した。

「僕、壱矢のこと気に入ったから今回はやめにする。いいでしょ、アサギ」

 そして、少し離れた所でこちらを見ていた浅黄の方を向く。

「お前の好きにしろ。…用がすんだならさっさと行くぞ」

 浅黄は了承し、踵を返して歩き出した。少年は立ち上がると、壱矢に狐面を向け

「また会えるといいね、壱矢。今日は一先ずさよならだ」

そう言うと、「まんじゅうがじゅー」などと歌いながら、浅黄の後を追いかけていった。



「何だったんだ……あいつ」

 後に残された壱矢は呆気にとられて、少年の後ろ姿を見送った。浅黄から聞かされた新人類うんぬんの話のせいで頭の中はごちゃごちゃだし、突然見ず知らず少年に兄弟などと言われても、現実味がない。

 だがとにかく今日は疲れた。このことは後でゆっくり整理しよう。今は一刻も僕の早く帰って寝たい。

 壱矢は立ち上がろうと、力を入れて―――ふと気づいた。未だ手足がコンクリートに埋め込まれているということに。

「げ……」

 慌てて抜こうとするが、抜ける筈もない。何度も言うが何分コンクリートなのだから。

「あんの、クソ野郎っ……!」

 壱矢は浅黄が去っていった方向を睨み付けた。忘れてるのか、わざとなのか放置していきやがった。

 朝になって誰かに発見されるまでこのままなんて冗談にもならない。一刻ほど四苦八苦した末に、壱矢は拍子抜けするほどあっさりと解決策を思い付いた。

 手足に電気を集めて、勢いよく放電する。するとコンクリートは粉々に割れ、ようやく解放された。最初からこうすれば良かった。まさしく灯台もと暗しだ。

 その時、どこかでカシャという謎の音がした気がした。が、辺りを見回しても猫の古一人いない。多分気のせいだろう。壱矢は訝しく思いながらも立ち上がった。

「あ……」

 それから踵を返しかけて、ふと地面を見てぎょっとした。道路には放射状にヒビが走り、コンクリートが焦げて嫌な臭いが立ち上っている。まるでプチ爆発痕のようだ。

 紬にはまた何か言われそうだが、今回のは不可抗力だ。壱矢はまぁいいか、と諦めて帰路についた。

















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