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リュウの飛ぶ街  作者: kim
9/19

鬱憤と怖気

   街にて


 シャワーを浴びながら、さっきの戦闘を回想する。

 スープの慌てた顔、

 尊敬します、

 と言ってくれたときの顔を思いだしてほくそ笑んでしまった。


「湯加減どうですか?」

 扉の外でスープが訊いてきたから、

 快適、一緒に入る? 

 なんて冗談で返した。

「いや、ジョウダンだし。」

 言ってから後悔したのだが、やっぱり遅かった。

「だって、寝汗ひどかったんですもん。

 起きたらエルがいないから、そのまま表出ちゃったですし。」

「はいはい…」

 さすがに慣れた。

 なんかヴァルと暮らしてたときみたいだな、と苦笑する。


「エルは女の子の身体ですよね…」

「まじまじと見るな。

 金取るぞ。」

「困ります。

 今回の材料費、結構かかったんで、現在赤貧なんですから。」

 やっぱり本気で困られた。

 天然系はきっと素直なんだ。

 新たな発見と証明、と自分を皮肉る。


「オンナのたいカラダ言うけど、これでも筋肉のカタマリなのよ。

 オトコの子の前じゃそうそう脱げないくらい。

 そうだ、弁償しなくっちゃ。

 売り物ダメにしちゃったよね。」

 返り血はぬぐった。

 でも、地面に刺してしまったからだろう。剣先が欠けてたように見える。

「どこも壊れてませんでしたよ。

 切っ先ですか?

 あれ、わざとです。そういう仕様です。

 だって、ドラゴンのウロコってメチャ硬いんです。

 尖らせたらすぐ欠けちゃって、それじゃあどんなに切れ味よくても、強度に問題ありです。」

「うそぉ! 先っちょ潰してあの切れ味なの?

 マジありえない。」

 身動き一つとれないような狭いバスタブに二人でつかりながら、およそ女の子とは思えない会話が続く。


 でも、どうしてだろう数週間前まで教室で話してたよりも気楽だった。

「たまにユルーい会話もしたいけど、年がら年中異性とファッションの話じゃあ、疲れるわよね。

 トモダチと話すネタにするために恋愛してるみたいで。」

「そうですよね。

 それが自分にとって専門外だとしてもディープな話聞きたいし、たまには自分からも話したいですし。」


 恋愛ネタも事象を述べるのは可。

 でも、恋愛観を述べるのは不可。

 おしゃれもこだわりポイントを語るはアリ。

 生き方まじえこうありたいと語るはナシ。

 スウィーツやら日常生活モロモロも線引きがムズカシい。


「でも、毎日夢を語られるのもキツイですよ。」

 そういうもんかな。

「そうですよ。

 語ってるヒマあったら動けって感じです。

 あんたは夢に向かってどんな努力をしてるんだ!

 って言うと怒りだすし。」

「…ずいぶんとリアルね。」

「あたしのバカレシのことです。」


 また重要なことをさらりと口走りやがった。

「バカレシってバカなカレシって意味よね?」

「何を当然のことを。」

「聞いてないし。

 スープにカレシいるってコト。」

 でしたっけ?

 みたいに首を傾げられた。

 いや、別にいちゃダメなわけじゃないけどさ。

「あたしつれこむより、カレシつれこみなよ。」

「いいんです。

 ケンカしたから、しばらく放置します。」

 こぶしを握りしめて、彼女はバスタブを出ていった。


 なんだかんだで恋愛トークがガールズトークの基本。

「というわけで、弁償はしなくていいです。

 むしろ試し斬りができて、その性能が測れた分、付加価値をつけて高く売りつけます。」

 脳内で会話がつながってるから、次々と話題が変わって、とつぜん最初に戻ったりするのも、ガールズトークの基本。


 その日の夕方、スープのクライアントである隣の部屋の男の子に二人で会いにいった。

「高い。」

「なに言ってんですか。

 こっちの剣豪が試し斬りして、その効果を証明した逸品ですよ。」

「それって、中古って言わないの?」

「何を失礼な。

 骨董品だって、使用者の付加価値がついて値が跳ね上がることがあるじゃないですか。」

 ものすごいヘリクツがスープの営業トークなのか?


 あたしという付加価値を売りつけようとする魂胆に、対象であるあたし自身が一番戸惑ってるじゃないか。

「わかりました。値引きの条件です。」

「だから、なんで売り手が上から目線なの?」

「対リドルもしくはゾフだからです。

 トノサマ商売でいきます。基本、お客様はカミサマですが、あなたたちに関しては基本条件に合わせませんので、そこんとこよろしく。」

 あたしは悪くないぞ。

 そんな瞳で睨まれても困る。

「で、条件って。」

「金あるくせに、そっちを選びますか。

 仕方ないですね。」

「うるさいよ。

 そっちだってそのつもりで来たんでしょうが。」

 なんだ、この茶番は。


 呆れるあたしを横目にして、スープが再度交渉らしきものを始めた。

「ヴァルの身柄をこっちに引き渡してください。」

「だろうと思ったよ。

 正直、エルシアには、あんまり関わってほしくなかったんだけど。」

「なんで?」

「危険だから。」

 なんだか、当事者ないがしろに話が進んでるぞ。

 条件の話は先に聞いて、さんざん動揺したあとだったから驚かなかったけど。

「ねぇ、スープ、ボク用の剣はさっきの言い値でいいからさ、もうひとつ依頼注文していいかな?」

 男の子の言葉に、スープの片眉がピクリと動いた。

 にんまりと笑む。


 あたしの隣の部屋で行われた小学生と高校生の日常ありえない交渉の結果、スープはもう一本剣を打つことになった。

 理由を問うと、全部ではないにせよ、これまでの過程を話された。


 ヴァルと隣街の少女が炎天山のリュウと戦ったこと。

 そして、負けたこと。

 負けたにしたって、生きてるならそれでいい。


 そんなあたしの返答に男の子は覚悟を見出してくれたのだろう。

 いっしょに戦おうと言ってくれた。

「ウソつきました。

 ドラゴンスレイヤーを使うのはあの子です。あの子の正体を探られたくなくて。」

「うん。わかってる。

 それより、こっちこそゴメン。

 なんか、メンドウなことになったよね。」

 ヴァルに逢わせてくれる条件。

 逢ってからの動向は、あたしに委ねられたから、それを迎えるにあたる条件だ。


 それは、あたしを武装させること。


「いえ。むしろやる気マンマンですよ。

 エルにわたしの作った剣を振ってもらえるのかと思うと、もうテンションアゲアゲです。」

 のわりに、表情が晴れないのはなぜだろう。

「エル。

 クライアントに頼るのは、わたしのプライドが許さないのですが、他に手が思いつかないです。」

「なに?

 なんでも言って。

 あたしのためなんでしょ?」

 まだ躊躇う。

「自分のプライドより、顧客に喜んでもらうことのほうがダイジでしょ?

 ましてやあたしなんだから、エンリョしたらダメだよ。」


「そうですね。

 うん、そうですよね。」

 聞けば、材料が足りないから、受けとってきてほしいとのことだった。

「そんなにレアなもの探してるの?」

「レアなことはたしかです。

 アイテム名はキアナイト・ヴィーグルの涙。

 藍晶石ってヤツです。

 ありかは知ってるのですが、わたしがとりに行くわけにはいかない事情があるのです。」

 おそらく隣の子に渡した剣みたいに柄頭につけるものと思われた。

 つけなくていいとは思っても言えない。

 あたしに必要だからこそ、採ってこいって言ってるんだから。


「学校の出席日数が不安でしょうけど、お願いします。

 それまでに剣身は鍛えておきますので。」

「いや、出席はどうでもいい

 …わけではないけど、そこはスープが心配するところではないわ。」

 ぶんぶんと勢いよく頭と両掌を同時にふられた。

「一緒に卒業したいですもん。

 だから、学校に脅しかけて、エルの出席日数は弄ります。

 だいじょうぶです。

 心おきなく行ってきてください。」

「ちょ、ちょっとマジなの?」

「一人じゃ不安ですか?

 案内役ならつけますよ。」

 いや、ツッコみどころはそこじゃないから。

「学校に脅しかけてって、あんたナニモノなのよ。」

 あぁ、そこ。みたいな顔。

 もう驚かないぞ。

「しょせん学校の校長なんて、ル・ガードの家族名を出せば黙りますから。」


 もう…驚かないわけにはいかないでしょ…


 で、案内されたのが、あたしたちの住むサモル市から南東に二日ばかりいったところにある森の中だった。

 で、案内役を任されたのが、歴史の先生で、図書館司書で、スープのカレシだった。


 すでに驚くことは飽きた。

「あーもう。

 なんなのよ、このテンカイは。」

「それは私に愚痴ってんのかい?」

「先生は黙って案内してください。

 もぉぉぉっ!

 明日からどんな顔して会えばいいのよ。」

 あたしの魂の叫び。


「明日までに家に帰るのはたぶんムリだよ。」

 しかも会話のズレっぷりまで似たものカップルじゃないか。

 いつぞや学校の図書室で「歴史は嫌いか?」なんて話しかけてきたことがあったけど、皮肉でもなんでもない。

 心からの疑問だったって、今、理解した。

「先生。

 スープのこと、ほっといていいんですか?」

「あれ?

 もしかしてケンカしてること聞いてるの?

 恥ずかしいな。」


 お願いだから、ほっぺた赤く染めてテレないでおくれよ。


 危険はないと説明されていたけど、一応短剣は護身用に持ってきてるぞ。

「べつの目的で使いそうだ。」


 はいはい。そんなフシギそうにあたしを見ないでね。


 スープがタタラ場にこもっていたときに学校で起きた、ちっちゃなトラブルを思いだしてしまった。

「今度はセンセイをたぶらかしたんだってね。」

 あれだけ脅しかけたのに、新リーダーはまだあたしに絡んできていた。

 クラス中に聞こえるようイジワルくあたしに問いかけてくる。

 スープがいないのにあたしが図書室に通っていること、そして、くだんの歴史教諭とたのしくおしゃべりをしていることに対しての、イヤガラセだった。


 よくもまぁ、見つけるものだ。ストーカーじゃなかろうか。


「あたしを苛めたって、たいしてストレス解消にならないわよ。

 むしろ、あの娘あたりがいいんじゃない?

 てきどなイジメられキャラじゃない?」

 あたしが非人道的なセリフをはきながら指さしたのは、以前、率先してスープをハブろうとしていた女の子だ。

 すでに、クラスに対する影響力がない。

 いつ自分がターゲットになるか、びくびくする毎日なのだろう。

「あたしのこと、何も知らないくせに。

 知ろうともしないくせに。」

「知るわけないでしょ。

 ダレがあんたのこと。

 知りたくもないわよ。」

 馬鹿にしたように言った。

 クラス中が、廊下を通り過ぎるヒトたちがやけによそよそしく見える。


 それを見て、あたしはふと気づく。

 思い返せば、あのときスープのコトなんか、頭の片隅にすらいなかった。

 助けようともしなかったのに、スープは助けてくれたじゃないか。

 あたしはどうだった?

 指差され、嘲笑され、火のないトコに煙を立てられて。

 以前のあたしなら被害妄想に狂いそうになってただろう。

 いつかコワれて、ヒステリックにわめいて、胸倉掴んで殴りとばして、学校辞めさせられて、途方にくれたことだろう。

 なんて都合のいい頭をしているんだ。あたしはなんも変わっていないじゃないか。


 あたしの強さはダレかを生贄にして、あたしやスープが助かることか?


「ゴメン。

 謝っても許されないかもしれないけど、ごめんなさい。」

 イジメろと指定してしまったクラスメイトに深々と頭を下げた。

 驚いて目を見開くクラスメイトをさしていた指先の矛先を変えた。

「あたし、あなたのこと一つだけ知ってるよ。」

 あたしに一本指をつきつけられた新リーダーが鼻白んだ。

「リーダーの威厳保つってタイヘンよね。

 あたしを悪モノにして、弱者にして、全員の矛先をあたしに向けとかないと、威厳保てないんでしょ?」

 わかるわかる。

 あたしとやり方こそちがえど、過度に偽らないとやってられないときがくる。

「ダレかをスケープゴートにして、ダレかを貶めることで優越感にひたるのいい加減ヤメなよ。

 カッコわるいとおりこしてブザマだよ。」

 あたしはくるりときびすを返した。

 その背にダレかがゴミを投げつけてきた。

 ふり向かなくても気配を察した。

 反射的に避けそうになり、意識的にぶつけられた。

 横目にふり返ると、怒りと嫌悪、一部戸惑いの視線。


 あたしは黙ってその場を去った。


「ってことがありました。」

「へぇ、あのクラスってそんなにギスギスしてんのか。」

「なにヒトゴトのように言ってんですか。センセイでしょ?」

 困った顔。

「だってさ。下手に他のクラスに首つっこむと学年主任に文句言われるもん。」

「言われるもん。じゃない!

 そんなのが先生やってるから、コドモたちがキズつくンじゃないか!」

 あたしがどんだけキズついたのかわかってんのか。

 ここは学校じゃない。

 クラスメイトに代わって胸倉を掴みあげた。

 クラスメイトに代わって。の表現が少し間違ってるか。

 あたしに苦しみを与えたクラスメイト全体への怒りと憎しみをぶつける対象として、先生の胸倉を掴んだ。


   山にて


 ありがとう。

 深々と頭を下げられた。

 俺の力じゃない。お前の連れてきた男の子が助けてくれたんだ。

 とどんなに言っても、聞いてはくれなかった。


「しばらく彼女はキミを手伝うことはできないと思う。

 リュウにヤられた傷は、身体より心の方が大きいから。」

 悔しげに男の子は呟いた。

 知っている。

 体が動かなくなるのだ。

 どんなに傷が癒えても、疼いて痛んで、今にも血が噴出しそうになる。

 蛇に睨まれた蛙。

 ヒューマン族の先人の言葉にそんなのがあるらしい。

 その気持ちがよくわかる。


 圧倒的な恐怖。


 初見では気づくことのなかった力の差が、本能的に自分の身体を動けなくする。

「キミはどうするんだい?」

「俺も闘えない。

 少なくとも炎天山の竜王とは。

 ヤツの手下とはいずれ決着をつけるがな。」

「できるの?」

「ヤツは不意打ちをかましただけだ。

 正面から闘えば、負ける気はしない。」

 じっと凝視していた。

 言いたいことはわかっている。


 俺はヒューマン族の似姿をとった。

「今はムリだ。

 ここ以外に、できれば隠れられる場所が欲しい。」

 俺が少年より先に山を下りはじめた。

 俺がヒューマン族の姿をとる際、微量だが魔力が開放される。

 網を張っていれば、確実に魔力感知される。

「大丈夫。無理はしないよ。

 この身体で竜族と張り合うつもりはないからね。

 ただ、キミが逃げたのがばれるのはこっちにも都合が悪いんだ。」

 そう言って、彼は魔法を唱えた。

 空間転移だ。移動ではない。召喚だ。

 俺らの前に現れたのは、竜族の死体だった。

 なぜ死体とみなしたかというと、それには首から上がなかったからだ。

「どうする気だ。」

「こうする。」

 もう一つ。

 幻覚の魔法と思われた。

 ポンと軽い音がして、首なしドラゴンに頭がついた。

 そんなに個性があるわけではないが、竜族にも個体差がある。

 ヒューマン族に判別がつくのかは知らないが、当然俺にはわかる。


 俺の頭だった。


「炎天山の手下にこれを壊してもらいます。

 で、ヴァルというドラコニアンは死んだことにします。」

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