表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リュウの飛ぶ街  作者: kim
8/19

業物と力量

   街にて


 今、あたしはスープの作業場にいた。

「素人は入れたくないんですけど。」

 躊躇いがちに彼女が言った。

 言い方は腹立つけど、理解はできる。

 自殺行為だ。

 あの地獄のような箱の中に、五分といられないと言ったのは、あたしだ。

 そうでなくても、彼女は断っただろう。

 想定内。

 でも、一緒にいたかった。


「手を離さないって言ってくれたじゃない。」

「アゲアシ取りです、それ。」

「承知の上。

 でも、あたしにはそれが必要だから。

 それともなに?

 スープは職場見学もできないような仕事をしてんのかしら。」

「イジワルいです、それ。」

 結局、彼女のほうが折れた。


 あたしはお泊りグッズと着替えと、作業着っぽい服を旅行カバンに詰めて、家を訪れた。

「自由にしてていいです。

 なんでも使っちゃってください。

 作業場の出入りも自由にどうぞ。

 ただ、話しかけられても、無言だったらすみません。

 せっかく来ていただいて、なんのお構いもできないことが唯一の心残りですが。」

 スープがわたわたと客用のフトンとかを用意し始めたから、別にかまわないで、と止めようとした。

「ダメです。

 せっかく来てくれたのに、なにもおもてなししてあげられないなんて、わたしのプライドが許しません。」

「だけど、はやく始めたほうが…」

 と言いかけて、ふとイヤな予感がした。


 あたしはまた彼女を見間違えているのではないだろうか。


「あのさ、まさかと思うけど、だからあたしのお泊りを断ろうとしたの?」

 ビクリと体がはねた。

 頬が赤らんでいた。

「…だって、人生初のお泊り会がこんな形じゃもったいないです。」

「プロの現場にはシロウトお断り、ってことではなくて?」

「納期は五日後。

 お菓子つまみながらでも余裕です。」


 どんだけだ。

 あたしはてっきり特急依頼にダレかがいたら迷惑に違いないと遠慮したのに。

 いや、それはそれで理由の一つ。

 でも、彼女にとっては、友達のおもてなしのほうが重要なのだ。

 作業中だ。話しかけるな。

 そう言われると思ってた。

 違うんだな。

 あたしが話しかけたときに返答できないほど集中してしまうだろうから、結果、ムシしたかたちになってしまうのが、彼女はイヤなんだ。


「ちなみにどんな依頼なの?」

「魔術師でも簡単に扱えるドラゴンスレイヤーです。

 重さと強度、切れ味。

 なかなかバランスは難しいですが、材料は足りてますから。」

 ニコリと無垢に微笑んだ。

「えっと…あたしの世界観が歪んでんのかしら。」

「世界観ですか?

 なかなか奥深いテーマですね。」

 やっぱりズレてる。

 鋭いようで、とっても鈍い。

 あたしの皮肉や自嘲、比喩表現はそんなにわかりづらいだろうか。


「ドラゴンスレイヤーってリュウを殺すって意味よね?

 リュウと闘うヒューマン族なんているの?

 ってか、リュウっているの?」

「いまどきはレアな依頼ですね。

 王国が不可侵条約を結んでますし、情報操作もしてますから。

 あー、歴史の教科書。

 そっか、今の教育事情ですと、リュウは滅んだことになってんでしたっけ。」

「いるの?」

「あたりまえじゃないですか。

 何百年も生きるんですよ、あのヒトたちって。

 ヒューマン族の人生なんて、芥です。塵です。」

 つくづく常識ってなんだろうと悩んでしまう。


 悩むだけムダか。

 なるほど、あたしは、あたしの世界の狭さに気づいたから、ここに来たんだ。

 自分の脳内のみで処理してしまう習性を正さぬことには、世界が広がることはない。

 なんて、自問自答している段階で脳内世界まっただ中なのだが。


「そもそも、竜熱でぶっ倒れたヒトがリュウを信じないこと自体おかしいですよ。

 …あ、もしかしてそういうことか。」

「リュウネツ自体知らないんだって。」

「あのぉ、もしかしたらマエカレ…じゃないですね。

 マエマエカレ? ってリュウ族じゃありません?」

「へ? ヴァルのこと?」

 ヴァルがリュウ?

「だって、そのヴァルさんと寝たんでしょ?」

 さも当然のように訊かれたが、あたしは一気に顔を赤らめた。

「そこはガールズトークってコトで。」

 強引に促されて、おずおずと肯定する。

「発症まで二週間くらいでしたっけ?

 潜伏期間長めですけどありえます。

 ってことは、今回の依頼もそっちがらみかなぁ…」

「ドラゴン退治?

 って、それってさ…たとえば、たとえばよ。

 ヴァルにもう一回逢えるかもしれないってこと…かな?」

 ビックリしたような顔、考え込む顔、納得する顔、わるだくみを思いついた顔と百面相のように、スープの表情が変わっていく。

「いやぁ、エルはもう! かわいいですわぁ。

 そんなにマエマエカレに逢いたいですかぁ。

 ヴァルさん、きっと大喜びですわね。」

 どこのおばちゃんだ。

 ホント顔が火照る。

 あれだけオトコには依存するものかと誓ったのに、あっさりと覆る弱っちい心根も恥ずかしい。

「期待しすぎないでください。

 でも、可能性は絶対にあります。」


 うん。彼女の言うとおりだ。期待しすぎないで待とう。


 次の日から、あたしは彼女の分も授業にきちんと出席し、いつもより真剣にノートをとった。

 毎朝、朝食と昼食を彼女の分も作って作業場に届けた。もちろん、食べやすいようにサンドイッチとかおにぎりくらいしか用意できなかったけど。

 夕食は一緒に食べて、夜中は寝落ちするまで隣で作業を見ていた。

 暑さは集中すれば思ったよりも苦痛に感じられなかった。


「心頭滅却すれば、なんとやらですよ。それにエルがいたからサボれなかったですし。

 いつもだったら、気分ノらなくて、作業が進まないところです。」

 製作日数はなんと四日。あたしにいろいろ説明しながらだ。

 それがスープにとって長いのか短いのかも判断つかなかったし、四日間タタラ場にこもりっきりだったのがいつものことなのかも曖昧に流された。

 でも、少なくともプロフェッショナルを見学することはできた。

「ダイジョウブ?」

「おーぅ! エルぅ、ありがとねぇ…ごはんがおいしかったから、太ったかもぉ…そしたら、エルのせいだぁ…」

 意味不明なことをぶつぶつ呟くスープを、はいはいと後ろから支えつつ、寝せようかとベッドのほうに連れていく。

 作業着と髪の毛が焦げていた。

 ヤケドの痕もまた増えてるし。

 しばらくなすがままに脱がされていたが、シャワー浴びてきます、とフラフラしながら風呂場に消えた。


 まぁ、いいか。

 バスタブにお湯を張っておいたし。

 外目、仕事があまりにハードだったから、少しでも休んでほしかったから。

 なんでもないように言っているけど、かなり頑張ったんだと思う。

「ねぇ、スープ?」

 すりガラスのドアごしに声をかけたら、返事がない。

 もしかして、と扉を開けると案の定バスタブの中で爆睡してる。

「もう…風邪ひくよ。」

 あたしはムリヤリ彼女の身体を引き上げる。

 とても軽い。

 ちぃと腰にきそうだけど、お姫様ダッコでなんとかベッドまで運べそうだ。

「うわぁ、コドモみたいな体。しかも、ヤケドだらけ。」

 同年齢の女の子に比べたら、きっとコンプレックスだらけだろう、と本人の前では決して口にできない感想を持ってしまう。


「でも、やっぱカッコいいな。」

 キレイな娘、カワイイ娘。それはそれで一つの生き方だけど、スープの生き方のほうがあたしは好きだ。素直に尊敬にしてしまう。

 あたしのユラユラした生き方より、はるかに。



 寝息をたてているスープをベッドに寝せて家をでた。

「ホントすごいわ。」

 作業場に無造作に置かれた彼女の作品を眺めていた。ホレボレするようなデキだ。


 剣身は六〇㎝程度。

 やや黒ずんだ銀色のそれはクロムとチタンと鉄がメインで、通常の鍛鉄ではそれらが結合することはないから触媒で魔的結合を施していた。

 切れ味を限界まで高め、魔法で強度と耐熱効果を加えていた。

 両刃の身は切っ先が楔形になっていて、柄に向かうにつれ、真ん中が微妙に厚みと幅を増した二等辺三角形であることがわかる。

 柄は片手でも両手でも振るえるくらい。柄頭につけられた宝石も護符の役割を持っているし、今は外されている鞘もシンプルだが、一面に呪文句があしらわれている。

 スープ自身は魔法が使えるわけではないから、呪物で補っているのだ。

 鉱石や薬草のもつ魔的効果。それらはただ闇雲に使えばいいわけではないらしい。

 お互いの呪物が競合しないようにバランスをとりながら、大きさや色、効果を組み合わせているのは熟練の技だ。パターンやマニュアルはないらしい。


「あたしが欲しいよ。」

 一般民衆でしかないあたしには、リュウやマオウと闘う予定は今のところないけど、もしあたしが振るったらって夢想してしまう。

 スープの作る武器はけっして美術品ではない。使われて初めてその技を知る。

 使用予定者をさておいて、触れるなんて言語道断と思いながらも、素振りでいいから一振りしたい衝動に駆られた。


 バタン!

 背後で扉の開く音がした。

 慌てて手をひいた。

「あ、スープ起きたの?」

 あたしはふり向いて、絶句した。咄嗟に物陰に身を潜めた。


 間に合った。

 侵入者はあたしに気づいていない。


「な、なんで…?」

 腰に手をやるが、スパイア・ル・ガード作である愛用の短剣はそこにはなかった。

 当然だ。

 ここでナニかに襲われる予定は脳裡のカタスミにもなかった。

 なんでよ。

 あたしが邪心が神に通じたとでも言うのかい。


「ど、どう考えても敵よね。」

 あたしは独り呟く。

 トビラのところに立っていたのは、トカゲオトコ。

 ワニとトカゲの真ん中くらいの容姿。でも二本足で金属製の武器を持っている。シミターと称される幅広片刃湾曲片手持ちの剣。

 モンスター一覧で言うところのリザードマンってヤツだった。

「ヤバっ…」

 できあがったばかりの剣があたしの視界に入った。

 リザードマンの赤黒くヌメった目玉もそこに向いていた。

 狙いはアレだ。

 一般民衆とはいえ、狙いや意図を察する能力はある。

 裏バイトは闘いがメインだ。それゆえの確信だった。


 リザードマンが動きだした。

 二本足のくせに四本足みたいな歩き方で不恰好だった。

 でも、意外と速い。予想どおり一直線に剣に向かっている。

 迷っているヒマはない。


 物陰から身を躍らせた。

 タタラ場の火にとび込むのではと思うほどの勢いであたしは剣を掴んだ。

 トカゲが吠えた。

 あたしはニンゲン以外を相手したことがない。

 恐怖で筋肉が硬くなっている。


「躊躇うな。」

 小さく自分を鼓舞して、剣を手に大きく深呼吸をした。

 相手のエモノは湾曲した片刃の片手剣、それと背中に真ん丸の盾をくくりつけている。

 あのカタチなら斬り専門、刺しはない。

 中段平薙ぎだ。

「よし!」

 トカゲの大振りが半歩前をうなりをあげて通り過ぎた。

 右腕が大きく広がった。左腕は慌てて盾を取ろうと背中にある。

 剣を奪って逃げるため、片手をフリーにしておきたかったんだろうが、裏目に出たな。

 ざまーみろ。


 感激するくらい剣が軽い。

 ヒリキな魔術師用ってのはホントだ。

 上段から一気に剣先を振り下ろした。

 切っ先がその脳天にたっする直前、リザードマンの体が目の前から消えた。

 慌てず視界を変える。

 剣先に集中していた意識を周辺視野にきり替えて、漠然と風景を見る。

 視界の下部にうずくまるのを捕らえた。

 円形の盾が、ちょうどカメの甲羅を思わせた。

 再度剣先に意識を集中。

 切っ先が下を向いた瞬間、持ち手を離した。

「ダミーだよ。」

 宙空に剣が浮いている。

 柄を逆手に握りなおした。

 そして、真下を向いた剣先を力いっぱいに突き下ろした。


 ザクリ。

 カラつきの食材に包丁が刺さったような音がした。

 頭蓋骨のところで一瞬抵抗を感じたが、すぐに軽くなる。

 カツンと音がしたから、慌てて力を緩めちょっとだけ手許に柄を戻した。

「ちょ、ちょっと! 脳ミソ貫かれてなんで動けるのよ!」

 突然、トカゲオトコが身体を起こそうとした。

 反動で手を放してしまいそうになるが、もう一度両腕に力を込めた。

 われながら女の子の腕とは思えぬくらい血管が浮きでた。

 床を支点に柄頭を引き寄せた。

 同時に頭が真っ二つ。どデカいワニグチが四つにワレたみたいだ。


「ヤッたかな?」

 Tシャツとむき出しの腕とスニーカーが返り血で赤黒く汚れた。

 空気穴は天井付近だから、ナマグサさがタテモノ内に充満した。

「動かないよね。」

 吐き気をもよおしながらも、大きく安堵のタメイキをついたところに再び扉が開いて、さわやかな空気が入ってきた。


「あれぇ? どうしました? うわっ! くさぁっ!」

 あくびまじりのスープがきょとんとあたしを見つめていた。



   山にて


「ダレがあんたを見捨てる言うた。

 この娘に頼まれてんだよ。

 あんたの命だけは絶対に見捨てないでくれって。」

 そうだ。

 この少女はずっとそう説いてくれていた。

「自己犠牲はきれいだけど、個人の幸せにはなれないよ。

 絶対に生き残ったほうは死んだヒトを抱えて生きなきゃならないからね。

 限定された社会組織内に対してなら、自己犠牲は尊いかもしれないけど。」

 俺は輪っかの姿勢のまま、少年の言葉を聞いていた。


 俺の作る輪の中心には、少女が眠っていた。

 少年は俺を治癒させることで、俺の自己治癒能力と他者治癒能力を増幅させた。

 ヒューマン族は応用や工夫といった面では智恵がある。

 俺には決してない発想だ。


「しかし、炎天山の竜族たちに魔法感知をされないのか?」

 これだけの魔力を放出したら、きっと感知される。

 そうしたら、ここに俺らがいることを知られ、また襲われる。

 恐怖で精神力が揺れ動く。

「余計なこと考えないで治癒に集中してよ。

 時間ないんだから。」

 わかってる。


 それでも、問い詰める。

 そしたら、山付近の訓練所で、王国魔法兵団の軍事訓練させた。

 少年はそう言って、得意げに笑った。

 だから、炎天山のリュウといえど、魔法感知はムリだと。

「お前は一体ナニモノだ。」

 俺は感心するやら、呆れるやらだ。

「ナニモノって、一介の小学生ですけど、それがなにか?」

 不敵に笑んだ。

 テストで百点取ったみたいな言い方だった。

「ありえない。

 この山に登るだけでも、コドモには辛いはずだ。」

「マジメに答えないでよ。

 ボケたボクがバカみたいじゃん。」


 ボケとは、ヒューマン族特有のユーモアらしい。

 どうでもいい情報だが。この少女も似たような話し方をしていたのを思い出す。

 なぜ、気持ちや考えをストレートに伝えないのか不満に思っていたが、それがヒューマン族らしさだと最近気づいた。

 さらに記憶を巡らせれば、街で俺をかくまってくれていた少女もそうだった。

 あの時は返答の仕方がわからず、黙り込んでしまうばかりだったが、今だったらきちんと会話ができる気がする。


「彼女にも逢いたいな。」

 俺は小さく呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ