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リュウの飛ぶ街  作者: kim
7/19

叱責と更始

   街にて


「なぁ、悪かった。黙って後をつけたことは謝るって…」

 すごく曖昧な表情に見えた。

 謝っているように見えるけど、小馬鹿にしたような。下賎なニンゲンを憐れむような笑みが唇の端にのっかっている。

「あのさ。用事ないならそっこう帰ったほうがいいよ。

 あたし保障しないよ。あなたのイノチ。」

 あたしは彼に、マエカレに淡々と告げた。


 アパートに向かう坂の途中。突然横道に連れこまれた。

 尾行されてるのは気づいていた。

 それが学校からだったから、たぶんマエカレか、そのトリマキだろうと思ってた。

 案の定そうだし。


「こんなトコに住んでるなんて知らなかったよ。

 いや、俺はキミがどこに住んでても構わなかったんだけどさ。」

 あたしは壁を背に上目づかいに彼の顔を見上げた。

 顔が近い。彼の右腕が顔のすぐそこにあった。

 カベドンのポーズ。

 女の子がドキッとするシーンのランキング第一位だそうだ。

「逃がさないぞ。」

 そんな声が聞こえてきそうな。

 たしかにドキドキしていた。


 彼がいつ、ダレに襲われるか知れないから。

 坂道をまっすぐ上り下りしている限りは安全なんだけど、一歩横道にそれるとそのかぎりではない。

 もう少し先に進めば、あんたがビクビクしてた裏町なんだけど。

「でも、こんなトコ、女の子が住むようなトコじゃないだろ?

 だから驚いたよ。

 両親と住んでるのかい?

 だったらすぐに引っ越すことをご両親に提案しよう。ウチで扱っている物件を安く貸すよ。

 いや、まずご挨拶からかな。

 お父さんは厳しいヒトなのかい?

 でも、どんなに厳しい父親だとしても、命をとられるなんて言いすぎだろ。」

 彼は饒舌にしゃべり続けた。


 もう彼はカレじゃない。


 少しでもこのヒトを好きになった自分自身を、今となっては信じられない。

「淋しいとあたしはダメになる。」

「はぁ?」

 少し離れたタテモノの陰にヒトの気配を感じた。

 五人。

 一瞬ヤバいと警戒したが、殺気が一般人だ。

 なるほど、ナカマがいるからか、この余裕は。

「イニシアチブをとりたいがためのヤサシさなんていらない。」

「意味がわからないな。」

 口調が少しだけ荒くなった。


 このヒトはどうすればあたしをあきらめてくれるのだろう。


 あたしが彼を好きではないことは充分認識できてる。

 たぶんだけど、このヒトもあたしのことはもう好きではないのだと思うんだけど。

「あたしからフッたのが、あなたのプライドをキズつけたってコト?」

 思考が漏れ出た。

 明らかに彼の顔色が変わった。


「諦めろよ。その女はお前になびくことはねぇよ。」

 予想通りタテモノの陰から、ずらずらとオトコどもが現れた。

 人数も正解。

 隙を見て襲いかかろうってわけではなかったようだ。

 なかなか紳士だね。

 今度は口に出さずに皮肉が言えた。

 彼を押しのけ、あたしに歩み寄る。

「賭けに勝ったんだ。お前は指くわえてみてろよ。」

「好きにしろ。

 もう興味ねぇよ。」

 ナットクした。

 彼はタバコをくわえて、地面に座りこんだ。

「よぉし。じゃあ、好きにさせてもらうか。

 俺らだって街じゃチーム組んでんだ。

 おっと、抵抗すんなよ。暴力はふるいたくねぇからな。」


 オトコはなぜオンナを求めるのだろう。


 そんな歌を思いだした。

 あたしはなぜオトコを求めるのだろう。

「サビシいとあたしはダメになる。」


 オトコの一人が胸に触れた。じっとりとした熱を感じた。

 どうしようか。かよわいオンナの子らしく悲鳴をあげてみようか。

 ぼんやりと下卑たオトコの顔を見た。

 無抵抗の少女に安心したのだろう。男の掌が蠢いた。

 とたん、気持ち悪くなる。

「よかった。ダレでもいいわけではないみたい。」

 安堵にあたしは男たちに微笑みかけた。

 意味がわからない。そんな顔であたしを見ている。


「ぎゃああああ!」

 掌を刺された男が悲鳴をあげた。

 マエカレ以下他の男たちが怯えていた。

 ある意味心地いい。

「なにか?」

 あたしは男の掌ごと自分の胸に短剣を突きたてたのだ。

 スープが作ってくれた短剣をこんな風に使うのは気がひけたけど。

 深くえぐられた胸元から血がドクドクとあふれだした。

「な、なんだよ、こいつ!」

 あたしは短剣を抜いて、男の頬を殴りとばした。

 とたん、激痛がはしり、息が止まりそうになった。

 でも、おそらくあたしは今、無感情な表情をしている。

 もしくは笑っている。

「こんなあたしを見たら、ヴァルはなんて思うかな…」

 腰砕けの男たちを何度も蹴りとばし、あたしは青空に高笑いした。


 コワれたオンナが楽しかった。


「エルのバカ。」

 スープが涙目で睨んでいる。

 あたしの胸の傷に指を這わせて。

 またあたしの頭をゲンコツで殴った。

 バカって単語とゲンコツ。何回目だろう。

「ごめんなさい。」

 あたしはその度にスープに頭を下げた。

「でも、わたしのトコに来たから許します。」

 これも何度も言われた。


 マエカレとその仲間たちに襲われたあと、あたしは自分の部屋に帰らなかった。

 歩いた道順は覚えていない。

 血が足りなくなって朦朧としながら、ふらふらとスープの家まで歩き、その玄関で力尽きた。

 もしかしたら、点々と血の跡がついているかもしれない。

「ふざけんな!」

 マジ切れした彼女を初めて見た。

 治療を終えてその日のデキゴトを聞くや否やスープは鬼の形相で家をとび出そうとした。

 あたしは必死に彼女をとどめ、手を握ってもらった。


「いいよ。これは一種の自傷行為ですので。」

「エルのバカ。」

 またゲンコツを喰らった。

「短剣が役に立ったよ。」

「エルのバカ。」

 当然ゲンコツを喰らった。

 血まみれの短剣をスープはしっかりと拭きとって、刀油をひいていた。

 難しい顔している。

「ごめんね。きちんときれいにしてから鞘にしまわないとすぐサビついちゃうよね。

 今度から…」

「エルのバカ。」

 話途中にゲンコツを喰らった。

「エル。ちょっとココにきなさい。」

 いや、目の前に正座して、あなたのゲンコツを喰らってんだけど。

 あたしの戸惑いを完全にムシして、しつこくゲンコツを喰らった。

 ちょっとだけ不満げに彼女を上目づかいに見る。

 じっと見つめられ、視線をそらしてしまう。


「エルはなんで自分を大事にできないんですか?」

「大事にしてないわけじゃない。」

「ウソです。どっかナゲヤリです。

 ヴァルさんが出ていったときのしかたないみたいなのも、マエカレさんとの別れ方も、クラスのトモダチと話してるときも、裏切られたあとも、お世話になってる露天のおばあさんへの態度も、実家の両親から逃げてきたんだみたいなのも、先生を信じないのも、全部ぜーんぶ。

 自分が悪いんだ。

 自分が我慢して、キズついてればいいんだ。

 他人ぜんぶ拒否して、ダレも信用しないで。」

 スープが涙ぐんでいた。


 あたしのために涙? へんなの。


「エルのバカ。」

 また、ゲンコツを喰らった。

「わたしにだってです。

 わたしは裏切りません。

 たしかに、自分の夢とか、大事なヒトとかと天秤かけられたら迷うこともあるかもしれません。

 でも、意地でもエルも一緒に悩みます。

 わたしは、エルにキズつけられたとしたら、キズつけざるえないようなコトがエルの身に起こったからだ、と思えるくらいにはエルのこと信じてます。」

 泣きだした。

 何度も何度もゲンコツをふりおろした。


 痛くないけどイタい。


 露天のばあちゃんのビンタを想いだした。

「あたしはコワれてんのかな?」

「エルのバカ。」

 いっそう泣き声が大きくなる。

「コワれてます。

 エルはぜんぶ自分のせいにするから、やさしいヒトなんです。

 わたしは知ってます。

 やさしいから、キズつきます。

 でも、少しずつ自分のキズも治していかなかったら、コワれるじゃないですか。

 それくらい気づいてください。

 エルはだからバカです。」

 なんとなくだけど、スープがなんで泣いているのか理解できてきた。


「そっか…あたしはコワれてきてたんだ。」

 コワれているニンゲンじゃなく、キズついてきた結果コワれてきたのだ。

 彼女はそれに気づかないあたしを叱っているんだ。

「でも、あたし治しかた知らないみたい。」

「じゃあ、モノを知らないエルにわたしがきちんと伝えます。

 だから、わたしを傍にいさせてください。」

 怒られるということは、本気で心配されているからだということ。

 だったら、心配されない自分にならなければならない。


「スープ、この短剣砥ぎなおしてもらえないかな?」

「それは仕事の依頼ですか?」

「強くならなきゃならない。」

 あたしの言葉にまたゲンコツをふりあげた。

「あ、違うの。

 あたし自身をキズつけるやさしさと戦うため。」

 ゲンコツが真上で止まった。

 釈然としない表情をしていた。

「ゴメン。

 でも、それがあれば曖昧にごまかしてた過去と戦える気がするんだ。

 そうしないとあたしは変われない。

 見れば、自分の選択を客観的に見直せる気がするから。」

 また、三日学校を休んだ。

 これ以上休んだら、さすがに留年しそうだ。

「今生の別れじゃないんだから。」

 あたしは、スープに何度もお礼を言って、学校での再会を約束して、アパートに戻った。


 翌日。

「今生の別れじゃないって言ったのに。」

 あたしは自分の部屋の玄関に迎えにきたスープに呆れ口調で言った。

 そんなことを言いながらも、じつは鼻歌まじり。


 出てきたあたしを見て、かわいい、を連発する。

 今日のTシャツはお気に入り。前面に大きく、デフォルメされたオバケのアップリケがついてるヤツ。赤のミニスカに真っ白のニーハイソックス。茶色のロングブーツ。帽子もかぶろう。

 二人で朝の坂道を下りていく。

 途中、隣の男の子を見つけたから、おはようと声をかけた。

 にこやかに挨拶を返してきた。

 その直後、スープに何か耳打ちする。


「二人って、知り合いなの?」

 あたしは以前から気になってたことを訊いてみた。

 スープは小さく肯いて、否定した。

 よくわからない反応だ。

「スープが竜熱でぶっ倒れたときに、別件で仕事請け負ったんです。

 それからときどきお仕事頼まれるようになりましたです。」 

 なんか雰囲気が違う。

「どうかした?」

「ちょっと。

 トラブルみたいです。

 剣を用意してくれって言われました。」

「あの子が?」

 フルフルと首を横に振る。

「さすがにあの子じゃないですよ。おじいさんのほう。」

 それも違和感がある。

 剣を振るえる年齢とは思えないが。

 でも、それ以上訊ける雰囲気じゃなかった。

 道中、めずらしく彼女は無言だった。

 依頼について考えているんだろう、とあたしも訊かないでいた。


 教室の引き戸を開けたとたん、

「あら、まだ学校ヤメてなかったの?」

 クラスの新リーダーになった女の子がイジワルく声をかけてきた。

 一緒にトイレに行った仲だったのは、つい一ヶ月前のことだ。

 って、いまだコレが親友である表現ってのがあらためて考えるとガキだなと思うけど。

「いいかげん、顔見せないでもらえないかしら。キモイのよね。」

「そうよ。こういうのを厚顔無恥って言うのよね。」

 それはさておき、あっさりと掌をかえしたように敵になれる女の子たちは、ある意味すごい。

 敵というより一方的に嫌われてるのか。

「あのヒトをフッたのが、こんなに後を引くなんてビックリだわ…」

 ヤバい。

 また声に出てしまった。

 わざとではないんだけど、あたしはときどき迂闊だ。

 でも、いやだからこそ、少し考える。


 迂闊ついでに、ケリつけよう。


 なんであたしがこんなに卑屈にならなきゃならないんだ。

 スープは毎日あたしの知らない世界で闘っていることを知った。

 あたしも漠然とじゃなく、意志を持って闘うべきだ。


 ツバを飲みこんで、強く短く息を吐いた。

「あのさ。そろそろメンドくさくなってきたからやめない?」

「バカにしないで。

 なに、チョウシにノってんのよ。」

 ムリか…キライなら絡まなきゃいいのに。


 学校を辞める覚悟があれば、今すぐにでも殴りつけて、そのきれいにお化粧した顔を血で染めてやるのにな。

 なんて非人道的なことを夢想してしまった。

 それとも闇討ちにしてやろうか。

 帰り道に拉致して、裏町に放置してみるのもいいかもしれない。


 と、突然肩を叩かれた。

「ん? どうしたの?」

 スープがなんとも言えない表情であたしを見てる。

 そして一言。

「エル、心の声が漏れてますよ。みんな、メチャひいてます。」

「あれ?」

 ホントだ。クラス全体が怯えているみたいだ。

「おーい。席につけー。

 ん? どうしたんだ?

 何かあったのか?」

 教室の引き戸が開いて、間の抜けた担任の声が聞こえてきた。

 ダレも動かない。


 あたしとスープだけが自分の席に座った。



   山にて


 俺らは追い詰められた。


 炎天山のリュウは確かにあの場所から動けなかった。

 それは、ヒューマン族のシステムを喰らったヤツ自身にシステムが移ったからだ。脳を提供した竜族が精神活動を続けながら、動き出さないようにとかけられた多重魔法が炎天山のリュウに発動した。

 そう少女は俺に話した。


「まさか、仲間呼ぶなんてね。私の考えが甘かったわ。」

 余裕ぶって笑うが、少女の生体反応はどんどん小さくなっていた。

 俺にも彼女を救えるほどの魔力は残されていない。気配を消して、隠れているだけだ。

 仮に魔力が残っていても、魔力感知されて居場所がばれてしまう。

「俺は覚悟を決めてきた。だから、後悔はない。

 しかし、お前には待ってるヒトがいるんだろ。」

「いるかな。あたしの初めての友達はあたしを待ってるかな…」

「待ってる。こんなトコで死ぬな!」

 俺は必死に彼女を励ました。

 なんで俺はこんなに必死なのだ?

 いや、それを問う必要はない。励ますことしかできない無力な自分を恨んだ。


 ようやく助けが来たのは、それから三日後のことだった。

 以前少女と一緒にきた男児。ヒューマン族で言えば、ただの子供だが、外見どおりではない事はその魔力でよくわかる。

 だから、その子の言うことをおとなしく聞いた。

「俺のことはいい。

 せめて彼女だけでも助けてやってくれ。」

 半ば懇願だった。

「ふん。自分のモトカノほっぽいといて、いつのまにやらこっちの娘に入れ込んじゃったのかい?」

 皮肉めいた笑み。

 ズタボロにされた体と心、プライドもあったものじゃない。

「ってか、この娘よく生きてるねぇ。

 あ、パパさん、お久しぶりだね。

 あぁ、あんたがこの娘の生命維持してんのか。」

「いいから! はやくやれ!」

 叫ぶと同時に、俺の口からは大量の血が吐き出される。

「たのむ…はやく…してくれよ…」

 きれぎれに呟くのがやっとだった。

 男子が憎々しげに微笑んだ。

「わかったよ。

 じゃあ、どうせだ。あんたの体使わせてもらうよ。」

 俺はうまく笑えただろうか。

 俺の命が使われても、この娘が助かるなら本望だ。

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