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リュウの飛ぶ街  作者: kim
4/19

妄想と現実

   街にて


 ヴァルが行方をくらましてから二週間が経とうとしていた。

 五日目で彼のことは諦めた。


「マエカレとは別れたよ。」

 だから、トモダチには一言で終わらせた。

 そしたら、その数日後一学年上のオトコにコクられた。


「エルシア、今日はどこに行こうか?」

 隣を歩くオトコがそう訊いてきたから、あたしは遠く蒼い空を見上げながら答えた。

「公園で昼寝。」

 日に日に暑さを増す夏は暴力だ。身体も心もヤられる。

 それでも、どこにも行きたくなかった。

「またか。

 たまには街中で騒いだりといった意見はないのかい?

 いつもいつも晴れれば公園じゃないか。」

 苛立ってる。

 だったら訊かなきゃいいのにと思う。

 だからといって、カレの意見に迎合する気にはなれなかった。

「ん~、ゴメン。

 バイト忙しくて、あまり寝てないんだ。

 それに、公園だったらお金かかんないし。」

「だからオレがオゴるって言ってるだろう。」


 このオトコはカレである。

 カレの名前はまだない。

 いや、あるけどあまり覚える気がない。

 だからカレ。

 クラスのトモダチにはやたらと羨ましがられている。

 聞けば、この街で有数のボンボンらしい。


 思わず感嘆の溜息がもれそうになるくらいきれいにセットされた髪型。

 しわ一つないブランドシャツとヴィンテージジーンズ。

 なんでか季節のずれたスウェードハーフブーツ流行の最先端西ドワーフの職人が作成したブラックオニキスリング。


 対するあたしは、鏡を見ながら自分で適当に切りそろえた髪。

 青空市場で大量買いして値切りまくったサイズの合わないTシャツと大工使用の8ポケットパンツ。

 履きつぶしたスニーカー。

 露天で買ったターコイズリング。


 正直、カッコウからしてつりあっていない。

「たまには服でも見に行こうぜ。

 プレゼントするからさ。」

 カレのプレゼント宣言が、つりあったカッコウしろって命令みたいなもんだ。

 そうね。つりあってないね。

 たいして気にも留めてないけど。


「あのさ、やっぱムリだよ。」


 メインストリートを抜け、裏道に足を踏み入れた。

 カレが一瞬ひるんだ。

 向かう先にか?

 あたしのセリフにか?

「ついてきてもダイジョウブだよ。

 ここのヒトたちはどこぞやのギャングストリートとちがって、見境なくケンカ売ったりしないから。」

 少しだけ皮肉が混じった。カレは気づかないみたいだけど。


 スラムと陰で侮蔑される1Kアパート地区が天国かと思えるほど、裏道に入った途端景色が変わった。

 1Kアパート地区とは低所得者層が固まる住居地区。

 その裏道に点在する場所が裏町と呼ばれている。光の加減も温度も空気も視線も、あらゆる感覚がオモテにはないものだから、たしかにカレが躊躇うのもわかる。


 カレはおずおずとあたしに続いた。

「話の続きだ。

 なんて言ったんだ?」

「聞こえなかった?

 そうね。はっきり言うわ。」

 あたしはカレをふり返ることなく淡々と告げる。


「別れよ。」


「ふざけるな! 理由をおしえろよ!」

 恐怖を隠したいのか、カレの口調が荒くなる。

「ないよそんなの。

 強いて言うなら価値観のちがい?」

 カレの怒り、戸惑い、そんなのがひしひしと伝わってきた。

「あたしにはムリ。

 愛してるって言われても、オウム返しすらできないもの。

 あたしはそんな自分がイヤ。」

「それは時が経てば…」

「ムリ。あきらめて。」

 肩を掴まれ、ムリヤリそっちを向かされた。

 責めるような、重たい瞳があたしを見ていた。

 困って嘆息した。

「他に好きなヤツがいるのか?」

「そんなのいないわよ。

 別にダレかに恋してなきゃ生きていけないわけでもないじゃない。」

 半ば自分自身に言い聞かせる。

 やんわりとカレの手を肩からはずし、再度歩きだす。


 あたしたちはそれからしばらく無言だった。

「こんにちわ。」

「あら、久しぶり。」

 一軒の露天の前であたしは足を止めた。

 軽く挨拶をすますと、露天主の老婆が異邦人でも見つけたような目で後ろのカレを見た。

 気圧されるようにあたしの背後から、老婆の前に広げられた雑多とした物品を覗き込んでいる。

 なにか訊きたげだったがシカトした。


「それちょうだい。」

 一つを指さす。

 老婆の視線がゆっくりとその先を追った。一瞬目を見開いた。また、あたしを見上げ、ニタリと笑んだ。

 あたしが指さしたのは、一本の短剣。

「これくらいでどう?」

 無造作にポケットにつっこまれていた黒い宝石を老婆にちらつかせる。

 原石にかぎりなく近いブラックオニキス。

 カレが眉をひそめた。

「いやはや、いいもん持ってるね。お釣りが出るよ。」

 ますます疑わしげにあたしと老婆のやり取りを見ていた。

 そりゃそうだ。

 華美な装飾もないごく普通の短剣に、査定もされていない宝石一つ。

「王国通貨なんてここではなんの価値もないから。」

 あたしは苦笑まじりにカレに言った。

 老婆が補足する。グフグフといやらしい笑いをまぜこみながら。

「あんたがつけてるオニキスリング、あと十個は買えるだろうね。」

「だったら、おまけしてよね。」

 ついでに端っこに積んであった文庫本の一冊を抜き取りながら、老婆に宝石を放った。

「どうしたの?」

 カレが睨みつけている。

「ここに並んでんのってだいたいそんなものよ。

 そっちの水晶玉なんて、あたしが手の出ないような額だろうし。あっちのアンクレットなら郊外のお屋敷一軒分。

 適正価格で、まがい物がないのがこのばあちゃんの売りだから、買いたけりゃどうぞ。」

「おまえ、金がないって…」

 呻くような声だった。

「あぁ、そのこと。

 だから、価値観がちがうって言ったじゃない。お金がないのはホントだよ。

 だって、オモテであの原石買ってくれるとこないもン。」

「街中の鑑定術師なんて、詐欺師ばっかりだ。

 期待すんじゃないよ。」

 そう笑いあうあたしたちを、妄想にうだされた変人みたいにカレが見ていたから、あたしはついほくそ笑んでしまった。


 たいして好きとも思わなかった男を袖にした罰なのだろうか。

 カレに別れを告げた日、原因不明の高熱に襲われた。

 医者は即入院するように説得している。

「お金がない。」

 乾いた喉が言葉を発せない。

 朦朧とする頭を小さく横にふった。それだけで両側頭部や後頭部に激痛を覚えた。

 まるでヴァルの体温みたいだ。


 走馬灯?

 脳裏に十数年の人生が巡った。

 生まれたときから今日までの自分。

 実際経験した過去も選べなかった過去も、目の前に広がる現実的な未来も理想としている未来も。

 すべてゴチャマゼの人生だ。


 お父さんが戦地からブジに帰ってきて、国から褒章をもらってる。だから、お母さんもすごくヤサシい。

 お父さんは死んじゃったけど、新しいお義父さんがすごくいいヒトだから、お母さんをさしおいてスキになってしまいそうでコワいの。

 そんな会話で笑いあうトモダチは、実家のトモダチだ。

 実家のある街の高校に通って、大学だけ一人暮らしして、また実家に戻ってきて、いいヒトと結婚した。

 今の高校のトモダチとちょっとだけハメはずして、でもそれから大親友になった。

 新しくできたカレを本気でスキになって、周囲からバカップル扱いされながらも、何年もつきあった。

 おたがいの将来がちがうから、大泣きしながらも笑って手をふった。

 自分の人生を捨てて、カレの人生に寄り添うことにした。

 カレがテレながら、プロポーズしてくれた。

 おばあちゃんになったお母さんが、孫をウレシそうに抱いていた。


 夢うつつ。

 あたしはゆっくりと目を開けた。少しくすんだクリーム色の天井が見えた。

 ゆっくりと上半身を起こす。

 頭が痛くない。熱も下がったみたいだ。

「ダレか来たのかなぁ…」

 合鍵はダレにも渡したことがないのだが。

 両親にすら。

 もちろん、機能まで隣にいたカレにも。

 ヴァルにですら。

 なのに、部屋の中には下着が、ベランダには部屋着が何枚も干してあった。


 窓の外はオレンジ色。

 南東に向いた斜面に建つあたしのアパートの部屋の中は、西日が入らないから世間より早く夜を迎える。


 ベランダに出ると、オレンジに染まったサモル市の街なみが広がっていた。

 さまざまな色に塗られた屋根が、全部オレンジ色にキラキラ光っている。

「あ、復活した。

 こんばんわ。」

「え?

 うん。こんばんわ。」

 まだ、頭が覚醒していない。

 隣の小学生男子の背丈が妙に高く見えた。

 数度、目をゴシゴシとこすってから再確認したら、同学年の平均身長に戻っていた。


 ガチャ。

 突然、玄関のカギが開く音がした。

 あたしは咄嗟に身構え、ベランダの物干竿を咄嗟に掴んだら、洗濯物が全部落ちた。

 後悔と諦めにタメイキをついて、侵入者を迎えるため物干竿を部屋の中に向ける。

「おじゃまします。」

 女の声?

 聞き覚えがあるようなないような。

「きゃっ!」

 ベランダの人影に気づいた女性が、小さく悲鳴をあげる。

 部屋は真っ暗だし、窓を背にしたあたしも真っ黒な人影にしか見えなかったはずだ。


「おぅ、起きれるようになったか。」

 怯えて玄関口で固まった女性の背後から、こっちは聞き覚えのあるしゃがれた男性の声がした。

 隣の部屋の小学男子と暮らす爺さんだ。

「ゾフ?」

 あたしは警戒しつつ、その男性に問いかけた。

「あー、大丈夫だ。

 この娘、お前の高校の友達って言ってたぞ。」

 クラスメイト?

 と、少女のほうが話をつなげる。

「えっと、熱下がったのですか?」

 思いだした。

 クラスメイトの図書委員だ。

 メガネのフレームが一瞬キラリと光った。たぶんずり落ちかけたのを直したものと思われる。


「ねぇ、リドル…」

 あたしは腰をかがめ、物干竿をゆっくりベランダに下ろした。

 そして、ゆらりと立ち上がる。

「キミ、知ってたでしょ?」

「何を?」

 笑いをこらえているのがバレバレだ。

「あんたもコッチに来い。

 そして、きちんと説明しろ。」

 とたん、ガマンしきれず小学生男子と、クラスメイトの女の子をひき連れ部屋に上がってきた爺さんがそろって笑いだした。

「え? え? なに?」

 困ったようにあたしと爺さんを見比べて、少女が立ちつくす。

 あたしはタメイキと苦笑を同時にもらして、あらためてクラスメイトに声をかけた。


「とりあえずラクにしてよ。」



   山にて 


 炎天山のリュウにやられた俺の傷は、少女のかいがいしい看病のおかげで随分と癒えた。

 しかし、入れ替わりに彼女が行動不能となった。

 高熱にうなされ、うわごとのように「許して」と呻き続けていた。

「俺を救ってくれた礼だ。」

 包帯を解くと、今回受けた傷はほとんどふさがっているようだった。

 しかし、新旧関わらず、少女とは思えぬくらいその肢体は傷だらけだった。彼女が許してと呻くたびに、どこか一箇所の傷口が蠢いた。

 まるでふさがった皮膚を回虫が喰い破ろうとしているかのようだ。

「転生を繰り返していると言っていたな。

 これらはその傷か?」

 少女に返答する力はない。半ば自問自答だ。

 この少女は自分が傷つけてきた相手の傷を背負い続けているのかもしれない。

 俺にはヒューマン族のその感情に疑問を感じる。

 なぜ、わざわざ自らに苦役を課すんだ。

 わからない。

 理解できないが、傷は治してあげたい。

 そんな自分にも疑問を覚えながら、少女の身体を囲んだ。

 尻尾をくわえるように丸くなったドラゴンの身体は、魔術的効果を持つ。

 ある並行世界では『ウロボロスの輪』と称され、錬金術の基本となっている。

「目が覚めたか。」

 俺の身体に身をゆだねていた少女が、ぼんやりとした視線を俺に向けた。

「冷たくて気持ちいいわ。

 しばらくこうしてていい?」

 もう何日もそうしていたくせに、あらためて依頼されてもな、と心中で答えた。

「私、どうしたの?」

「当てられたんだ。」

 まったく記憶がないようだから、かいつまんで説明した。

 竜熱に犯されたこと。ヒューマン族の医術や魔法では治癒しないから、俺が治療していたこと。三日間意識がなかったこと。

「竜熱って、アレか…異常に体温が高い竜族に触れ続けると、体温を移されるってヤツ。」

「正確に言えば、四元素系ドラコニアンのように高位変温動物は状況や感情にあわせて体温を調節できるが、恒温動物はそれができない。だから、勝手に熱を溜め込む。

 結果、高熱に苛まれる。」

 どっちでもいい、少女はそう呟いて再び眠りについた。

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