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リュウの飛ぶ街  作者: kim
3/19

滞留と逃亡

   街にて


 思考の海をたゆたう。


 あたしは、真綿で首を締められてるように喪失と覚醒をくりかえす意識をムリヤリはっきりさせるため、何度も頭をふって首を回した。

 この部屋の住人があたし独りだけになって三日経った。


 けダルい。


 憂鬱なのは、きっとカーテンを開けてないせいだ。

 そう自分に言って聞かせ、ベッドにのっかると同時にカーテンに手をかけた。

 隙間から漏れてきた陽光に今日の空を思い描いた。ザッと音を立てて幕が開くと、はたして窓の外にはぬけるような青空が広がっていた。

 窓も全開にして、ベランダに出た。

 こんないい天気なのに、いや、あまりにいい天気だからタメイキが漏れた。

「学校サボって、公園で昼寝でもしたかったな。」

「ボクがつきあってやるよ。」

 声に出したつもりはなかったのだが、甲高い舌ったらずな声が返ってくる。

 右手の方向。隣の部屋の男の子だ。

「バカなこと言ってないの。

 あんただって小学校があンでしょうが。

 早く準備して出かけなさいよ。遅刻するわよ。」

 隣に手をふって、あたしはベッドを跳びこえ部屋の真ん中に着地した。

 ベランダ掃除はほとんどしないから、足の裏がすぐ真っ黒になる。

 ここ数日マトモに使っていないが、それでもフトンに足跡がつくのは避けたい。


「あぁ、淋しいよぉ…」

 独りのときはなんとも思わなかったのに、二人に慣れるとなんでこんなにも人肌が恋しくなるのだろう。

 冷たい独りぼっちのフトンなんかに包まる気になれない。


 思いだしたくない。

 思いだしたくない。

 ココにカレが寝てくれていたことなんて、もう想いだしたくないんだ。


 でも、どうすればカレをひき止められたのだろう。あたしはつくづくコドモだ。なんも思いつかない。

 カレが求めることのないカラダ?


 バカ言うな。


 再度、頭を激しくふった。

 覚醒しろ。今日は平日。高校に行かなきゃならない。

 想像以上にショックをひきずっている自分に哀しくなった。


「えっと、今日は…」

 教科書類をカバンに詰めこもうと、カリキュラムを見て、さらにうんざりした。

「歴史の授業があるのかぁ…」

 あたしは歴史の授業がだい嫌いだ。虚偽が満載だから。

 捏造された過去。

 ニンゲンに、王国に、市に、光明神殿に、神に都合よく書き換えられた歴史なんて、なんの価値もない。しょせん、何百年前のデキゴトなんて証明する術がない。

 大陸のどこかには何百年生きている種も存在するらしいが、ヒューマン族の歴史なんて興味ないだろう。

 だから、歴史の教科書には、小指の爪の白い部分ほどの欠片でできた真実しか語られていない。


 教科書で語られる歴史にはこうある。

「紀元前の戦争でキョジン族とリュウ族はともに滅んだ。」

 リュウが滅んだ? だから歴史の教科書は信じられない。

 こだわる理由?

 リュウを見た記憶があたしの唯一の生きた記憶だから。先生に誉められるように脚色したり、親に叱られないように修正された記憶じゃなかったから。

 ムダに自問自答をくりかえす。

 もう何回目だ?

 そういえば、いなくなったカレは、なにを根拠にリュウがいると話したのだろう。なんの疑いもなく断定したよな。


「ヤバっ。こんな時間。」

 遅刻寸前。

 焦る頭に反して、身体は緩慢だった。


 けダルい。


 太もも丸出しの黒のショートパンツを穿いて、細身の真っ赤なジップアップニットをTシャツの上に重ねて、ムリヤリにテンションをアゲようと試みた。

 試みは不発。まったく効果がない。

 アンクル丈のスニーカーソックスがまだ乾いてないから、サンダルで行こう。

 今日は体育ないし。

 ベランダのカギを確かめて、カーテンを引きなおす。

「いってきます。」

 ダレもいない部屋に挨拶して、初夏の陽射しの下に足を進めた。

 高台からあたしの通う高校の校舎が見えた。

 南東に斜面が広がっているから、登校時はちょうど太陽に向かって歩いていくことになる。


 坂を下る途中、いつまでたっても慣れることのない真っ黒な犬にガフガフと吠えられた。

 庭木に水やりをしていたおばあちゃんに「気をつけていってらっしゃい」と見送られた。

 下りきったところにある書店にお気に入りの作家の新刊入荷の広告を見つけた。

 時間短縮のため近道の公園を突破する。

 今はまだ営業していない公園前のカフェの前を通り過ぎるとき目をそらしてしまった。

 カフェがもう一軒あってそっちはあたしのバイト先だ。

 今日はシフトが入ってただろうか。

 商店街を横切ると、高校にたどり着いた。


 サモル市立第二高等学校。

 校門に彫られている立派な文字。


 タメイキ。


「エルシア! ぼんやりすんな。チャイム鳴るぞ。」

「あ、先生、おはようございまーす!」

「おぅ、おはよう。」

 校門に仁王立ちしていた進路指導の先生に元気に挨拶しつつ、げた箱に向かう。何人かあたしと同じく遅刻寸前のクラスメイトに会った。

「あれ? 教室行かないの?」

 一緒に上履きに履き替えていたクラスメイトが問いかけた。

 あたしは、用事があるから、と先に向かってもらう。

「おばちゃん。おはよ。」

「おや、エルシア、売店ならまだ開かないよ。」

「ンなの知ってます。

 今日は別件の確認にきた。」

 学校の購買部だ。売店のおばちゃんはあたしの裏バイトのつなぎのヒト。

 忙しそうに準備をしていたおばちゃんが首をかしげた。

「めずらしいね。やめたかと思ってたよ。

 そーね…今日は空いてるかい?」

「今晩?

 うん。ダイジョウブ。」

 スケジュール帳を確かめて、あたしは答えた。カフェのバイトは急用として断ろう。

 最近ゴブサタだったけど、久々にアバれようかと思う。


 あたしは十五歳のときに家を出た。


 サモルは王国内でも比較的新しい都市だ。

 学術の都の二つ名をもつこの街は王国首都から西へ、途中神の都、英雄墓地を通りすぎて七日ほど馬車で来たところにある。

 あたしの実家のある森の都からは北に馬車で五日。


 実家のある街に学校がなかったわけではない。親はソコへの進学を疑わなかった。

 でも、あたしはココの入試をクリアすると、その足でさっさとアパートを見つけだして、親のほうが戸惑うくらいの手際のよさで、今住んでいる街の住人となった。


 学術の都だけあって学生に甘い。

 成績上位の特待生制度と高校指定のアルバイトによる稼ぎを足して指定アパートに暮らすかぎりは、ほぼ学生生活が成り立つ。


 あたしは特待生制度は使っているが、学校指定を拒否したから懐は少し寂しい。

 だから、たまに用心棒まがいの裏バイトを請負い暮らしている。

「せめてお金くらいは用意するわよ。」

 あたしがバイトをかけもちしながら学校に通っているのを知った母はそう言ってくれた。

 バイトの内容は説明しなかった。

 多少苦労しても、オトナの監視は避けたかったからだ。


 母は地方貴族の家系だから、正直満ち足りた生活だった。

「不満がないことが不満だ」

 なんて暴言吐けるくらいには。

 だから、あたしの行動を理解できない母の気持ちは痛いほどわかる。

 王国騎士団だった父は北部国境の戦乱に巻き込まれ帰ってこなかった。

 代わりに義父となった男性は、何かしらの家庭的でなく家系的な事情で母と結婚した。

 父と暮らしていたときの母は大好きだった。

 でも、義父と暮らし始めたあとの母は大嫌いだ。


 あたしがこの街に住むようになってから、一度だけ義父が連れ戻しに現れた。

「お母さんは、アナタがココに来てること知ってンの?」

 皮肉と嫌悪をないまぜにした笑みを浮かべながらあたしは義父に尋ねた。

 あたしがいなくなって二ヶ月。娘が恋しくなったそうだ。

 あたしの問いに義父は答えなかった。

 顔を歪ませ、黙って去っていった。

 不満などない。

 少しだけ義父の願いを受け入れれば、欲しいモノは何でも買ってもらえたし、母親は表面上は変わらぬ愛情を注いでくれた。

 たまに自室からヒステリックな悲鳴が聞こえていた。

 ただ、それだけ。


 ぼんやりと眺めていた教室の窓の外は、あいもかわらぬ青空。

 今年は水不足で節水命令が出るかもな。


「なにをそんなに憂いてるのだい?」

 ふざけた低音でトモダチが声をかけてきた。比較的仲のいいクラスメイトだ。

 ムナクソ悪い記憶から逃れようと、彼女らの会話にまじる。

 まるで弾雨のように飛び交う会話に毎回ついていけないんだけど、聞いている分にはたいして苦じゃないから。

「エルぅ。

 でさ、あのカレとどこまでいったのよ。」

「そうそう。こないだカレのアパートから出てきたの見ちゃったわよ。」

「うわ。マジか!」

 唐突に白羽の矢があたしに向けられた。

 きょとんとトモダチの一人を見つめてしまう。


 カレのアパート?

 あぁ、そうか。

 彼女らはアレがあたしの住まいだと知らない。


 あんなトコに一人暮らししている生徒はこの学校にはいないのだ。

 その事実に思いいたり、ウワサとガセネタがいり乱れたお嬢様の会話にまざる。

「まぁ、世間でいうところのカヨイドウセイってヤツかな。」

 トモダチの期待は裏切らない。

 イタい記憶をなんとか呼び戻して捏造した。

 お嬢様グループのちょっとワルい女担当のあたし。

「オトコなんてヤリたい盛りだしね。

 そこはそれなりに。」

 あがる歓声もしくは嬌声。キラキラと輝く憧憬の瞳が集中した。


 あたしはクールにワルい笑みを浮かべる。

「うそぉ! ヤバいじゃん、それ。」

「うわぁ! やっぱエルってオトナだわぁ!」

 もちろんウソ。

 いや、ヤッたけど、ヴァルがヤリたい盛りってのが捏造だ。

 向こうから求めることは一度たりともなかった。

 拒絶することもなかったけど。

「んで、んで?」

 追求はやまない。ちょっとメンドくさい。


 タイミングよくチャイムが鳴った。

「あ、ほら先生来たよ。席戻んなきゃ。

 怒られちゃう。」

 知りたがりなトモダチをやんわりとなだめ、バタバタと散っていく様子を見て、ホッと胸を撫でおろす。

 でも、明日からどうごまかそうか、困った。


「あたしはヴァルと別れた。」


 放課後の帰り道、独り呟く。

 不思議と涙はこぼれなかった。

 でも、その晩三ヶ月ぶりにヒトを傷つける仕事を請け負った。



   山にて


 ボロ雑巾のように傷だらけの俺のところに少女が駆け寄る。

 炎天山のリュウは想像以上に強かった。息吹も魔法もてんで敵うものではなかった。死なない程度に遊ばれた。

 どれだけ傷ついても立ち向かう俺に飽きた炎天山のリュウは、いよいよもって止めをさそうと周囲の熱も火も地脈の力もすべてを吸い込んだ。

「くそぉ!」

 ヤツには通じない。

 わかっていながら、俺は四本足に力を込めた。

 グシャ!

 おかしな音がした。

「はやく逃げるよ!」

 少女が叫んでいた。

 その手には振り下ろされた大鎌。

 今にもブレスを吹かんと閉じた口を、大鎌の刃が上下の顎を貫いて地面に縫いつけていた。

「よくやった! 後は俺が!」

「バカじゃないの! ふざけんな!

 逃げろって言ってんじゃんか!」

 身動きが取れない今なら、ヤツをヤれる。

 そう思い翼を広げた俺が地面を蹴った瞬間、少女は大鎌を振り上げた。

 抵抗なく抜けた刃が、今度は俺のほうに向いた。

 俺の身体が宙に浮くと同時に、背中から悲鳴のような絶叫が響く。


「なんでジャマをした。」

 ヒューマン族に姿を変えた俺は地面に身体を横たえたまま少女を問い詰めた。

 チャンスをみすみす逃したのだ。

 苛立つのは当然だ。

「みすみす死なせるわけにはいかないのよ。

 それに状況が変わったわ。」

 少女も傷だらけだった。

 手際よく血止めし、包帯を巻いていくのを見て、俺は言葉に詰まった。


 街においてきた少女を思い出す。

「娘、今何歳だ?」

「どっちを答えて欲しいのよ。

 実年齢?

 それとも現年齢?」

 俺は意味がわからず、少女を見つめるばかりだった。

 彼女は苦笑しつつ言った。

「私は転生を繰り返してんの。

 だから、実年齢は千歳前後。現年齢は最後の転生から数えて、十六年。そろそろ十七になるっけかな。

 あなたがほっぽりだしたあの街の女の子とタメなんだと思うわ。」

 下界を見下ろす少女は、街の少女と同じ瞳をしていた。

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