蒼穹と路傍
山にて
あたしらは炎天山のリュウにコーヒーをごちそうになっていた。
いや、ごちそうしていた。
なかなか、レアな合コンだ。
ヒューマン族の似姿をとったリュウ男が二人と小学生男子が一人。女子高生が三人。
「ヒューマン族のメシが不味いとは、贅沢なヤツだ。
ヴァルディオン王子は味オンチなのか?」
「なぜ、親の仇に説教されなきゃならんのだ。
ふざけるな。」
「それはそれ。
お前のカノジョが持ってきたパニーニとやらもコーヒーも、確かに独創的な味だが、慣れれば結構うまいぞ。」
「俺だって、最近ようやく食うようになったんだ。
あんたをどうやって殺そうか、ばかり考えてたら食い物を味わう余裕なんてあるはずないだろうが。」
オトナとコドモのケンカか?
ま、それはそれで平和だからなんだな。
こうやってあらためて二人を見ると、リュウにも年齢さとか性格とか個性があるんだな、と思えた。
個人主義なのが共通しているところだけど、それ言ったらヒューマン族もおんなじだ。
「うるさい!
だから…」
「ヴァルもクローベル王も、今はその話題禁止。
メシがまずくなる。」
うんざりしてボソリと呟くあたしを二人が凝視する。
ヴァルが手であたしを守ろうとした。
クローベル王に敵意がないことくらい、リュウ族に無知なあたしでもわかるんだけどな。
「くははっ。エルシアだったな。
お前の言うとおりだ。
納得はいかないかも知れんが、ヴァルディオンよ。
今は一旦休戦だ。」
苦々しげにヴァルが睨むから、後ろ頭を叩いた。
残る三人はマイペースにシュークリームだのマカロンだのをつまんでいる。
そっちのスウィーツはあたしがバイト先から持ってきたやつ。
「あれ?
ミアロートちゃんはコーヒー飲めないの?」
「…だって、ニガい…」
こっちもこっちでコドモだし。
いや、べつにブラックコーヒーが飲めたからオトナではないけど。
リドルと同じ反応をしてくれる。
「あ、そうなんですか?
言ってくれればよかったですのに。
ねぇ、エル、シュークリームえぐっていいですか?」
「うん、どうぞ。
あぁ、あれやんの?」
「はい。ウインナコーヒーモドキです。
生クリームのどれですか?」
「そっちのピンクのハコのヤツ。
それ、こっちのオトコの子二人にも。」
ブラックコーヒーに、生クリームシュークリームの中身をぶち込む。
以前、やっぱりブラックで飲めなかったスープに作ってやったやつだ。
結局全員分作ったから六個皮だけのシューが残った。
もったいないしと皮だけのシューをくわえていたら、クローベル王も真似してくわえる。
「ほぉ。これもなかなか美味だな。
正直お前らが生き残って正解だった。」
「そんな言い方すると、またエルが怒りますって。
勘弁してください。」
「いいッス。
ヒューマン族のカンカクでリュウを語るな、でしょ。
今回は納得したつもりですから。」
すまんな、とまったく悪びれた様子もなく竜王が笑った。
「半分は本音だぞ。
お前らが生きていたこともそうだが、青竜のヤツがあんなに野心家だとは知らなかった。」
そう。
あたしらはその報告にきたんだった。
あたしらの胸もとには、サイスローズのウロコで作ったお守りプレートが名入りでぶら下げられていた。
スープなんて、丈夫だし、とテレパスケースまで作っていた。
キラキラ輝くプレートを、王はどう感じたのだろう。
「確かにヤツの身柄は私が預かった。
責任持って管理しよう。」
ヴァルが手渡したのは、胃袋に詰められた逆鱗と頭部だ。
ドラゴンキングダムの王は自国の民の生死を管理する。
それが周辺他種族との取り決めだった。
どのように死んでいったのか、何ゆえに殺されたのか、しっかり管理することで乱獲を防ぎ、かつ戦争を回避していた。
また、ドラゴンの力の悪用を防止する役目も果たしていた。
竜族の中でも、言語体系をもつ種族の知識は、ともすれば大陸の歴史を覆す材料となりえる。
加えて、種族固有の魔法技術の漏洩は断固として阻止しなければならない。
目や鼻、舌といった感覚器官も同様だ。
特に遠目や見識に優れたドラゴンの瞳は、邪心をもった魔術師が喉から手が出るほど欲していることを知った。
逆鱗は感情をつかさどる。
下手にその辺においておくと、意図せず憑かれる可能性があるという。
クローベル王はサイスローズの胃袋を丸ごと自分の胃袋にしまった。
もう何個ぐらい飲み込んできたのだろう。
長い年月をかけ、ゆっくりとその中で消化されていくという。
「そんな話聞かされたら、あたしの常識で評価できない。」
あたしはやっぱり不満いっぱいだった。
でも、王であるというのはそういうことなのかもしれない。
ツライだのカナシイだのも、仲間の死ですら独りで飲み込んでいかなければならない。
平然と飲み込まなければ怨恨が残る。
うらみつらみが残れば、仲間内のダレかが敵討ちを企てる。
だから「王が納得しているなら…」と思わせなければならない。
「で、今後のことなんだけどさ。」
リドルが本題に戻す。
「しばらくはこのままだ。何もせんよ。
新しく部下を呼んで、お前らを襲わせたりもしないし、俺もわざわざ生命力を削ってまでこの身体にかけられた呪いに抵抗する気はない。」
「ヴァルもそれでいいの?」
「しかたがない。」
「ヴァルディオンよ。
勝手な願いかも知れんが、キーグ王朝の監視はお前がやれ。
一応王だろ?」
一応? じゃあ…
「ヴァル、自分の国に戻るの?」
急に不安になった。
ヴァルが困ったようにあたしを見て、クローベル王をまた睨んだ。
「俺は…」
「別に統べろとは言っていない。
そのヒューマン族の娘、エルシアとは別れられんのだろ?
いいんじゃないか。
王朝はキーグダラム王にぶん投げて、お前はカノジョに尽くせ。
どうせ私たちの時間は久遠だ。
あぁ、すまん。ヒューマン族に聞かせる話ではないな。」
わざとだろ。
「そんな顔するな。大丈夫だ。
ヴァルディオン王子は国を投げ出すくらいの価値がある女だと見てるんだ。
お前が死んでもヤツの心には延々と住み続けるだろうよ。
私たちにしては、久遠の命数の一部を記憶することは困難だ。
そこに残るってのは、我らドラコニアンからすれば誉め言葉だからな。」
しっくりこないな。
でも、王が言うのだから、真実なんだろう。
「それにエルシアにこの王国を離れられると私が困る。」
「はぁ?」
困る?
王が?
「お前は私に淋しくないか、と訊いたではないか。
正直言おう。
淋しくはないが退屈だ。
エルシアがヒューマン族のことをたまに聞かせてくれると私もおとなしくここで寝てられる。」
「半分脅しじゃんか。」
また、笑った。
竜族の王としては孤高の強さが必要なんだ。
まぁ、あたし相手だったら、グチってもたいして影響ないだろうな。
それがクローベル王ではなく赤竜クローベルとしての日常なのかもしれないな。
「まぁ、いいよ。
また、なんかおやつもってコーヒーもって遊びにくるわ。
ヴァルのケンカ相手にでもなりゃいいンでねぇンすかね。
カレ、ムダに血の気多いから、ガス抜きしてくれると助かります。」
無言でムツけるヴァル。
ニヤニヤと笑むクローベル。
あたしの非日常は終わった。
正確な表現をすると、非日常が日常になった。
想像していなかった世界が、おそらくクラスメイトたちにとっては非日常である世界が日常と化していくのだ、という漠然とした予感がした。
山にて
カノジョと友達は自分たちの住まいのあるサモル市へと帰っていった。
小学生と大鎌少女は事後処理のため、首都と隣町へと向かった。
竜王二人だけが山に残された。
「おもしろいな。」
「おもしろくない。
こっちは何度も死にかけて、その度に立ち上がれってけしかけられて。
俺一人だったら、絶対途中で諦めていた。」
「だからおもしろいんだ。
お前が何度も私に歯向かってくるのは苛立ったが、どこか楽しんでいた。」
「それじゃあ、カノジョの思う壺だろ。」
「いいじゃないか、それで。
サイスローズの最期を聞いて、正直感動したぞ。」
同意してしまいそうで、表情を引き締めた。
カノジョの手前、納得したフリをしただけだ、と自分に言い聞かせる。
「空気の魔法。」
「なんだ、唐突に。」
「お前のカノジョ。
エルシアのファミリーネームのエアルーンを別世界の言葉に約すとそうなるのさ。
どこにいても空気みたいになじんでいく。
彼女なりの空気を周囲に伝播させる。
それはまるで魔法だ。」
「空気を受け入れたものは生き延び、拒絶したものは死ぬ。
そういうことか?」
「バカだな、お前は。
本当にエルシアとお前が生き残ってよかったよ。
せっかくだ。
もっと世間とヒトの心を知れ。」
年長者面しやがって。
俺はクローベルをにらみつけながらも、ちょっとだけ頬が緩む自分に気づいた。
親の仇であることがどうでもよくなった。




