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リュウの飛ぶ街  作者: kim
17/19

孤軍と共闘

 草原にて


 ワイバーンライダー二体との空中戦が始まった。

 空にいかれたら、ウチらの出番はない。

 今一度息を整え、次なる地上戦に備える。

 神官魔法があたしの傷をふさぎ、痛みをやわらげてくれた。

「どーもです。」

「どういたしまして。」

 ワイバーンを水弾が襲った。しかも、矢継ぎ早に。

 しかし、機動力のある翼竜はすんででそれらをかわしていく。

 円錐形の長槍を小脇に抱えたライダーごとワイバーンが体当たりをかます。

 致命傷とはならないが、ときおり地面に地の雨が降った。


「いまだ!」

 少女の声が聞こえた。

 と同時に、大きな影が地面から飛びたった。

 不意打ちをかますリュウの形態をとったヴァルと大鎌の少女。

 白刃がまばゆく弧を描き、青竜の右目をえぐった。

 そのままヴァルが追い討ちとばかりに体当たりをかまし、ぶっとい尻尾で敵を叩き落す。

 再度地面に四本足をついた。

「ヴァルディオン! 生きてたか!

 キサマらぁ! だましたな!」

 といいたかったかはわからない。

 凄絶な怒号だった。ワイバーンが混乱するくらい。

 想定内とはいえ、制御の利かなくなったワイバーンはライダーにむりくり遠くに飛ばされた。

「なるほど、だからライダー交代だったんですね。」

「リドルが戦線離脱しちゃったら、キツイもんね。」


 もう一度、リュウが吠えた。

 あたしはなるたけ音をたてないように青竜に忍び寄った。

 少し右寄り。

 えぐられた右目からはドクドクと血が流れでていた。

 耳元では細かな位置調整の支持が続いていた。

 それにあわせて、対面するリュウの死角に隠れる。

 狙いを完全にヴァル、つまり空にしぼったのがわかった。


 悠然と上空を滑空するヴァルを怒りの目で見上げてたから、あたしのことに気づかない。 

 大きく広げられたツバサが一度地面まで下ろされて、ぶわりと上がった。

 風圧によろめく身体を両足で支えた。

「ターゲット、右ツバサ。」

「了解。」

 スープの指示とあたしの狙いが一致する。


 裏町仲間の対ドラゴン強化魔法が附与されたあたしの剣が、広げた右のツバサを斬り裂いた。

 激しい咆哮に鼓膜がやられた。

 でも、これで青竜は空に逃げることができない。

 大振りに右前足があたしを襲うが、間一発のところで転がり避けた。

「致命傷はムリか…」


 とはいえ、そこまでは想定どおり。


 でも、指示を聞きながらのあたしよりも相手の反応のほうが早い。

 あたしが体制を整える前に、赤黒く蠢く舌と灰褐色の巨大なキバが見えた。

 のどの奥のほうに水の塊。


 あれが青竜の息吹、ドラゴンブレスってヤツなのか?


「柄のほうつきだしてください!」

 キーンとしたままの耳元に小さくスープの声がした。

 ような気がした。


 水流が嵐のときの濁流のように迫りくる。

 死を意識するとなぜか景色がはっきり見えてしまうのは、なぜなのだろう。

 普段は周辺視野で意識すらしない細部まで景色が記憶されてしまう。

 ちょっとだけ覚悟した。


 パシン。


 ガラスかなんかにヒビが入ったような音がした。

 濁流があたしを避けて轟音をたてていた。

 ヘンな喩えだけど、大河の中州みたいに。

 ゆっくりと青竜の大口が閉じられていく。

 あたしの姿を認める。

 愕然とする。

「な、な、な…」


 だろうね。

 あたしだってなにが起こったのかわからない。

 ただ、シャボン玉のように水の膜におおわれていることだけはわかる。

 巨大シャボン玉の実験でこんなのあったっけ、そういえば。

 ぼんやりと子供時代を思いだしているのは、たぶん現実逃避。

 足がすくんで動かない。


「はい。それもアウト。」

 とリドル。

 あたしが生きていることに動転したリュウが魔法を使おうとしたのだろう。

 青竜の先手を打って準備していたカウンターをかます。

 はねかえされた何らかのエネルギーがヤツのウロコを焼いた。


「それもムリですよ。」

 今度はスープだ。

 あたしの手をつかみ、大きく開けた口の前を横切ると同時に片手でつかめるくらいのボールを、その口の中にコントロールバッチリで投げ入れた。

「ブレイク。」

 口の中で大きく膨らむ。

 息吹を吐こうとしたのだろうが、のどの奥をふさがれたため、ぽふっとマヌケた音を立てて発動せず。


 代わりにヴァルの息吹が上空から、青竜を焼いた。

「さらに追い討ち。」

 大鎌が頭上から落ちてくる。

 少女ごとだ。避ける余裕はない。

 凶刃が夏のぎらついた陽光を照りかえし、ざっくりと背びれの右脇をつらぬいた。

 羽をバタつかせ、身体を激しくゆすりながら、少女をふり落とそうとする。


 そこにヴァルが喰らいつく。

「ヴァルディオン! 恥を知れ!」

 首筋に咬みつかれた青竜が激昂するも、ヴァルが躊躇うわけもなし。

 相手ひとりによってたかって、とでも主張したいのだろうか。

「意味わかんないし。

 ヴァルにサシの勝負を挑んだわけでもないでしょ。」

 先に手下をなくしたあんたが悪い。

「部下どもよ、行ってこい」

 とばかりに無策にかつ捨駒的に送りだしたあんたと、

「みんながんばろう」

 とそれぞれの役割を果たそうとしたウチらの差だ。


 いける。

 あたしらは勝つ。


 そんなエラそうなことを呟きながらも膝がくずれた。

「だいじょうぶですか?」

「なんとか。

 ダメージはないけど、さすがにココロがやられたわ。

 でも、最初のってなにが起こったの?」

 あのシャボン玉は?

「それです。」

 指差したのは、あたしの柄頭だった。

 スープがつけてくれた藍晶石の宝石が砕け散っていた。

「キアヴィが助けてくれたのかぁ…」

 安堵と感謝に涙がこぼれそうになる。


 でも、戦いはまだ終わっていない。

 あたしは自分自身を奮いたたせた。

「あたし、いけるよね。」

「エルならぜったいいけます。」

 パンっと左手どうしでタッチ。

 神官さんが背中に手をかざし、ココロを治癒。


「いきます!」

 あたしはヒットアンドアウェイで四肢の腱を斬っていった。

 青竜の瞳は怒りや憎しみから、絶望へ変わっていた。

 剣先が鈍りそうになった。

 でも、ここで憐れんだら、みんなに危険が及ぶのは確定だ。

 あたしはがむしゃらに剣を振るいつづけた。


 あたしだって死にたくないし。


「勝敗は紙一重。

 イノチに対する真剣さがウチらの勝ちの理由よ。」

 あたしの言葉が届いたらしい。

 青竜が動きを止める。

「負けを認めろ。

 そしたらイノチだけは助けてやる。」

 何度か口にしそうになった。

 その度にヴァルとクローベル王の苦笑いを思いだした。

 戸惑いと悲しみと羨望のまなざしがまじった苦笑だ。


 ヒューマニズムで戦いを語るな。


 牙を抜いたヴァルに強引に裏返しにされ、首を前足でおさえこまれた。

 尻尾は大鎌に地面に縫いつけられた。

 あたしは地面すれすれにある巨大なリュウの瞳を見つめた。

 瞳に浮かぶ諦めの色。

 リュウ族の思考がわかる。


 なるほど、負けを認めることは、死を受け入れることなんだ。


 しばらく無言のにらみ合いののち、よっこいしょとリュウの身体を昇りだす。

 ウロコとは違う柔らかい肉をフラフラしながらも真ん中手前くらいまで歩いた。

 心臓部と思われる部分で立ち止まり、ヴァルに尋ねた。

「この辺でいいのかしら。」

 ヴァルが大きく肯き、横目で青竜を見下ろす。


「悪く思うな。

 決着だ。俺のカノジョの勝ちだ。」

「俺の勝ち、じゃないのね。」

「なんだかんだ偉そうに語ったところで、こいつには負けてるからな。

 なぁ、サイスローズよ。

 手下と仲間は外見にはおんなじでも、ぜんぜん違うだろ?

 キングダムの限界がこれだよ。

 絶対王政や階級制ではこの闘い方はムリなんだよ。」

 そこに死にかけたことへのうらみつらみはなかった。

 むしろ、やさしく諭すようにヴァルは語る。

「おそらくお前も転生する気なんだろ?

 そんときはおそらく俺もカノジョも生きていない。

 だから、ひとつ助言してやる。

 ヒューマン族は仲間を信じて闘える。

 ダレかに頼ってでも立ち上がって、諦めず闘う。

 これは俺らドラコニアンにはできないことだ。

 教えられたよ。」


「なんで、転生するかもって言いながら、塩を送ってんのよ。」

 あたしは苦笑する。

「ドラコニアンは塩を食わんが。」

「マジメに答えないでよ。

 ヴァルにはまず言葉のアヤってやつを覚えてもらう必要があるわね。」


 あたしは剣を振り下ろせずにいた。

 身じろぎひとつしないリュウの上で。

 完全に負けを受け入れたらしい。

 終始無言となった。

 もう死んでンじゃないかと思った。


「ねぇ、エルシアぁ、腕疲れてきたから、はよしてくんないかな…」

「できなきゃ、僕がヤるよ。」

 大鎌の少女と小学生に呆れ口調で言われた。


 あたしの躊躇いが見抜かれた。

 殺すことに慣れてんじゃない、と文句のひとつもつけたかったが、一瞥した彼ら二人の表情もうっすらと苦しみとか悲しみとか、そんなのが見てとれた。

 必死に頭をふった。


「悪いわね。

 次、転生したら友達だといいね。」

 剣を逆手にまっすぐに刺した。

 リザードマンをヤった時よりはるかに肉の抵抗を感じながら、剣身が根元まで埋まった。

 金属の刃と肉のすきまから鮮血が流れでて、あたしのブーツを汚していく。


 小さく呻いた。

 胸の鼓動が止まるのを確認できるまで、剣を離さなかった。

 青白くなっていく全身を見て、四肢に血が通っていたことを知る。

 周知のこととは言え、実感がわかない死を間近で見続けた。

 ビクンビクンと脈打っていたカラダが、しだいにゆっくりになっていき、そしてすべての熱と動きを失った。

「まるで彫刻みたい。」


 回収しようと剣をゆっくりと抜いていたら、隣までスープが昇ってきた。

「なんだか墓標みたいですね。」

 真っ赤な血が金属の刃を流れ落ちていった。

 夏の午後の太陽がキラキラと反射していた。


「みなさん、最後までこのヒトの名前呼ばなかったです。」

「あたしのせいかな?」

「たぶん。」


 下界を見下ろす英雄の景色は、きっとこれなんだろう。

 雄たけびでもあげるべきだろうか。

 いや、雄たけびはオスの役目だ。あたしは別のカタチをとろう。

「青竜サイスローズ。

 この地に安らかに眠ってください。」

 彼の怒りも悲しみも、恨みつらみも果たされるとは思えない身勝手な勝ち名のり。

 両手を合わせ黙祷をささげるあたしに習って、スープも祈ってくれた。


 あたしはゆっくりと両手を解き、剣を抜いた。

 二体のワイバーンが西のほうから戻ってきた。

 北のほうにも一塊の影が見えた。

 おそらく裏町禁猟区の方々。


「ガキだな。」

 下のほうからそんな声が聞こえる。

「あぁ、ガキだ。

 でも、だからいい。

 オレらができないことをガキどもはしてくれる。」

「あたしらはガキらが本気で願うかぎり、その手助けをしてやるまでさ。」

 裏町のヒトたちが、あたしらをまぶしそうに眺めていた。


 あたしたちがあんなオトナになりたいと憬れるヒトたちがいて、そんなオトナたちも自分たちが得られなかった、もしくは忘れてしまったコドモをうらやんでいる。

「なぁんてね…それはちょっと上から目線すぎるかなぁ。」

「いえ、いいんでないでしょうか。

 わたしたちも忘れちゃならないです。」

 二人並んで、動かぬリュウの身体から降りた。


 ふらつく身体をスープが支えてくれる。

 みんなのところへと歩み寄って、そろって頭を下げた。

「みなさん。ありがとうございました。

 おかげで理想的な結果を得られました。

 みなさんの協力がなければ、この結果にはならなかったと思います。

 拙いあたしらの依頼を受けてくださり、本当に感謝しております。」

 なに大人ぶってマジメくさってんだ、と裏町仲間全員に苦笑された。


 キミらもありがとね、とワイバーンを軽く撫でてやる。

 ボロをまとった団体さんが何も言わず通りすぎようとしたから、慌ててお礼の言葉を叫ぶ。

「後ほど御礼にうかがいますので、報酬の件はその際にでも。」

 依頼したとき成功報酬で、と話を貰っていたので、忘れぬうちにそのことも伝える。

 そしたら、また笑われた。


「あいよ。まいどあり。

 あんたらの命がウチらの報酬だ。」

「あら、オトコ衆はかわいいオンナの子には優しいのね。

 あたしの依頼だったら、法外な額を提示してくるくせにさ。」

「あたりまえだろ。

 その代わり、オレらが引退したら酒につき合わせんだよ。

 今から、ツバつけとくのアリだろ。」

「いやいや、いいサンプル取れた。

 私の知識の幅もおかげで広がったよ。」

「なんですか、その言い草。

 ヒト助けはニンゲンとして当然のことでしょう。」

「うわ。ヒト助けなんて言うなよ。

 なぁ、ウロコ貰っていいか?」

「そいつは全員で山分けだ。

 とはいえ、プレート作るんだろ?

 だったら、その分は別個採っておけ。」


 肩組んだり、冗談言ってひっぱたかれたり、悪態ついて、笑い転げて。

 抜き身の武器をおのおの担いで、その場を去っていった。


「いろいろやね、人生って。」

「ですね。」

 偉大なオトナたちの背中が眩しい。



 草原にて


 青竜の墓を作ってあげたかった、とカノジョは不満げな表情を浮かべながら事後処理を見学していた。


 瞳の光をなくした頭部を切り落とす。

 頭蓋骨と一体化しかけた角は根元近くの結合部付近が最ももろいので肉をえぐりながら抜いた。

 牙と爪は弛緩した肉から無理やり抜き取った。

 肉と内臓と骨をばらして、腐る部位と腐らない部位に別にする。

 鱗を一枚ずつはがして、丁寧に聖水で洗っていく。逆鱗だけは洗わず脇に避けた。

 そして角と牙のない頭部と逆鱗を、洗浄した胃袋で作った袋に詰め込んだ。

 髭を編んで作った紐で胃袋の口を縛った。


「死体に対して失礼だよ。」

 鱗洗いを手伝いながら、カノジョはまだぶつくさ文句を言い続けていた。

「だって、あたしは肉にするために戦ったんじゃないんだよ。」

 隣の友達と新しく友達になった大鎌の少女がなんとかなだめようと事情を説明していた。

「でもさ、竜族の身体がないとドラゴンスレイヤーも生まれないわけだし。

 力の弱いドラゴンが乱獲されて、闇ルートに流れるよりはいいんだと思う。」

「そうよ。

 東の大平原に住むヒトたちに肉は売るし、鱗はドワーフの作る美術品になるし。」

 わかってるわよ、とやっぱり不満げに呟く。


 敗者の竜族は常に同種族の手により死後処置が成される。とくに巨大種は竜王の一族が行わなければならない。

 他種族との取り決めで絶対的に守られるルールだ。


「アタマでは理解できてる。

 でも、ココロが納得してくンない。」

「まぁ、気持ちわからないこともないわ。」

「あたしが戦って死んだらダレか食べてくれるの?

 残った部分を、たとえば頭蓋骨を部屋に飾って、爪でツケヅメ作って、ウィッグ作って、くれんの?」

「もう!

 わかったから。そんな自棄にならないの。」

「なってない…」

「いじっぱりですね。」

「ウルサイ。冷血ニンゲンども。」

「エル!

 言いすぎです!」

「でも…ゴメン…だって…」

「はい。わかってます。

 それでも逃げ出さないで、作業を手伝ってるエルはすごいと思います。」

「そうよね。

 文句あんなら先に戻ったみんなといっしょに帰ればいいんだもん。」

「竜族にとってこれが鎮魂の儀式…

 わかってンのよ。」

「ま、あんたは私みたいに死に慣れないでほしいなっては思うわよ。」

「ん。あたしはぜったいに慣れない。」

「心が磨り減っちゃったら、わたしがいます。

 みんながいます。

 少しでもキズを分け合えるようにしましょ。」

「分かり合えるとは限らないのも現実。

 だけど、その理想捨てちゃったらね。

 やっぱダメよね。

 私ももう一回意識していくから。」

「ぜんぶ終わったらきちんと霊送りしましょう。」

「私、神官学校の似非教徒だけどいい?」

「それでいい。

 神官だからお祈りが通じるわけじゃないでしょ。」

「じゃ。まず、こっち済ませますか。」


 サイスローズ、聞こえているか?

 お前は自分の仇にこんなに想われているぞ。

 俺とサシで戦うより大事にされているぞ。

 死への慰めには到底なりえないが、戦士冥利に尽きるんじゃないのか?

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