未熟と補完
草原にて
「さて、登場みたいだね。」
空を飛んでくると思ってた。
そしたら、リドルの報告どおり、ドスドスと地面をしっかり踏みしめて現れた。
リザードマンの長槍歩兵隊。
羽なしドラゴンに乗ったドラグーンが多数。
どハデな軍隊は組めないから、全部で五十弱だろうか。
こっちは半分ちょい。
「報告時より多い? 少ない?」
「やや、多め。
でも、対抗できないわけではない。」
あたしの問いに自信満々に答える。
剣を抜いた。
刃がきらめいた。
「ってか、怖くないの?」
「なにが?」
「スパイアの家でリザードマンを退治した話は聞いたけど、初めてでしょ?
ヒューマン族以外と闘うのって。」
たしかに避けていた。ヒューマン族以外とかかわることを。
でも、避けることはやめた。
あたしの住む街には裏町禁猟区と呼ばれる区域がある。
そこはオモテのヒトたちはもちろん、裏町の住人の大多数が足を踏み入れない区域だ。
なぜなら、そこにはヒューマン族が異形と差別する種族が隠れ住み、治外法権化している、と言われているからだ。
あたしが視ない、視えないフリをして避けていた区域なのだ。
この歳になって初めて、そこに足を踏み入れた。
スープと裏町仲間数人と。
そして、知ったのだ。
治外法権を認める代わりに、オモテの世界と決して関わらないヒトたちがいることを。
「あたしはいろんなヒトに会った。
魔術の後遺症で異形と呼ばれたヒト。
戦争のトラウマで家族と暮らせなくなったヒト。
殺人鬼と指名手配されていた老人も。
親の身勝手で捨てられた子供も。
それに、規範に逆らって王国を逃げ出したドラグーンもいたの。」
「いましたね。
鍛鉄の作業中とか身の危険を感じた経験は今までも何回かありましたけど、恐怖で足がすくんだってのは、私も初めての経験でした。」
ゆっくりと敵軍の影が大きくなってきた。
軍隊というにははるかに小さい規模だ。
正直ガキのケンカレベルの、どこぞやのチンピラの縄張抗争でしかないのかもしれない。
「あたしの日常は、それでも多くの非日常の上にあることを知ったの。
あたしの平和な生活は、闘うヒトたちがいてこそ成り立っていたんだ、ってコトを初めて自覚した。」
「わたしたちは剣を握ることができる。
だったら、剣を握れないヒトたちの分、闘わなければならない。
そういうふうにエルと話したんですよ。」
自ら足を踏み込んだのはあたしたちだから。
スープとがっちり握手した。
「最近のムスメっこはつえぇな。
おヒメさまみてぇに部屋の中で守られてる時代じゃなくなったのかな。」
「オンナは昔から強いんですよ。」
違いない、とアゴヒゲを揺らして、大笑いされた。
敵の進軍が止まった。
平原の決闘。
舞台は整った。
「ほいじゃ。先発隊行ってくるからな。
嬢ちゃんたちはオレらの背中追っかけてこいや。」
「カッコつけ。」
「カッコつけなきゃ、オトコじゃねぇだろが!」
そう叫んで、一騎駆けにつっこんでいった。
前衛部隊があたしら三人を残し、後につづく。
あたしも慌てて駆けだそうとしたが、リドルに制される。
「大丈夫。
彼らの闘いを最初は見ててみて。
ヒューマン族相手の多対一の戦い方は経験済みでも、他種族相手だと別だからね。
それに、僕らのメインの仕事は青竜退治だ。
雑魚の相手をしてたら、キリがない。」
前方ではでに爆発が起こった。冷静に制されているあたしは、ハラハラしながらも瞳をそらさず、裏町仲間の無事を祈る。
ふと、くだんの青竜と目が合った。ヤツの感情ははかれない。
じゃあ、あたしは?
ゆっくりと目を瞑る。
よし。
恐怖はない。
もう一度、剣戟が響く戦場に視線を戻した。
半分はリザードマン。
ショートソードとラウンドシールドで武装した三人が、一度に数体を相手している。
あえて混戦にもちこみ、リザードマンの機動力を封じていた。
ヤツらは長槍の突進を避けられ、お得意のシミターに持ち替えていたが、同士討ちの危険性から大振りもできず、イライラしていた。
もう半分はドラグーンの相手。
こっちは二人一組で対応していた。
一人は大振りの長斧でもう一人は両手持ちのロングソード。
うまく距離をとって、一撃必殺を狙っている。
後衛部隊が仲間の武器に〈強化〉や〈耐熱〉といった魔法を附与し、神官が心と体のキズをふさいでいく。
「強いね。あのヒトたち…」
「うわ。あれかわすんですか?
マジですか…」
感心しどおしだった。
一対一ならあたしが勝ったヒトも中にはいたけど、手加減されたのではないかと疑うほど。
やっぱり混戦での戦い方は彼らの方が格段に上だった。
「あ、あぶないです!」
「うわ、また返した。
ギリギリの見切りってヤツか。」
「よく同士討ちしないなぁ。
あ、アッチ仲間斬った。」
「はやっ!
なによあの斬撃。」
すでに観客モード。
再び彼らの過去を思いだす。
これまでも何度か彼らの闘いは見てきたのだ。
裏町での決闘。
いろんな裏バイトがあって、その中に代理決闘があった。
結果死んでも文句は言わないというレベルでのチンピラの縄張り争いだ。
勝ったこともあるし、数日身動きひとつできないくらいまで、こっぴどく負けたこともある。
けっして小娘だから手を抜いていたわけじゃない。
でも、暗黙のルールで、相手が死ぬまではやらない感じだった。
「イノチをかけた戦いって、シャレにならないわ…」
あたしにできるのか?
急に不安がおしよせてきた。
そのとき、
「ほう、ほう、なかなかやるの。」
気配なく老人らしき声がした。
ん? ゾフ?
いや、来ないって言ってたよな。
ふり向くと、いつからいたのか、ボロをまとった人影が大小三十ほどあった。
戸惑いまじりの後衛部隊から察するに、彼らですら気づかなかったらしい。
「えっと…どちらさまでしょうか?」
思わず訊いてしまった。
「おりょりょ、随分と冷たいの。
タダで情報やるなんて、ないんだぞい。」
なんかひと昔前の話し方。
もしかしたら、裏町禁猟区のヒトたちか?
そろってフードを取ったら、はたしてあたしの想像は当たった。
「ど、どうしたんですか?」
つい声が裏返ってしまう。
「リドルよ、娘さんがたには言わないほうがイイのかな?」
もう一人が、小学生にまじめな顔で確認している。
リドルが小さく肯いたのが見えたけど、黙っていた。
きっとあたしにどうこうできることではなく、想定外のことが起こっているのだろう。
「そうですか。
だったら、ウチらは先いくですよ。」
不敵に笑んだ。
軽く手を挙げて合図すると、団体さんが動きだした。
「あの…手伝ってくれるのですか?」
ウロコだらけのヒトにギロリとにらまれ、息をのんであとずさってしまう。
その顔のまま、親指を立てたこぶしをつきだされた。
「てつだうってかさぁ、あたしたちの街に土足でふみこむなってかんじぃ。」
その後ろから露出度がムダに多い女性が、酔っ払いのような足どりでふにゃふにゃと横をすぎていった。
「まぁまぁ、とりあえずはあのドラゴンはあんたに任せちゃうからさ。」
使い方がまったく予想できないような、器具をもってまた一人通りすぎる。
一人、また一人とさまざまな種族が、さまざまなカッコウで戦場を横切っていく。
途中、敵を一刀で薙ぎ、青竜を一瞥し、無造作に歩き去った。
「みんなキャラが立ってますねぇ。」
なんてスープがまた場違いな感想を述べた。
彼らに感謝と無事を祈りつつ、度自分の仕事に戻る。
あたしの仕事はあくまで、青竜Sだから。
先鋒戦の決着がつこうとしていた。
「ねぇ、エル、青竜さんってば少し余裕なくなってきてません?」
スープが耳元で囁く。
言われてみれば、そうなのかな。
顔色で判断できないのはイタいな。
顔色を伺うのは、得意技なんだけどな。
ただ、周囲をきょろきょろしたり、首を上げ下げしたり。
分が悪くなってきたから、加勢しようとしているのか、四本足がせわしなくなってきた。
「頃合かな。行くよ。」
とリドル。
大勢は決した。
あれだけいたリザードマンもドラグーンも身動きしているほうが少なくなってきた。
もちろんこっちサイドも無傷ではない。
しかし、ローテーションを組んで、二組に分かれて休憩と治療をする余裕がでてきた。
「ヒゲモジャ、おつかれ!
ネエサン、だいじょうぶ?」
「おう。
クソガキども、先発隊の役割はきっちり果たしたぞ。
行ってこい。
あとは任せた。」
そう言って、裏町仲間三人が地面に大の字になった。
傷だらけ。
ヤケドだらけ。
闘ってくれた。
あたしたちに道を示してくれた。
「了解です。
では、治癒組残してウチらもでますよ。
よろしくお願いします。」
スープが号令をかけた。
あたしもスープ特製ドラゴンスレイヤーを抜いた。
「第二陣クソガキ戦闘員行きます!」
あたしは雄たけびをあげて駆けだした。
草を踏みつけ、風を切って、まぶしくウチらを照らす太陽を背にして、あたしはリュウにつっこんでいく。
「ふん!
俺の相手はガキどもか。
なめられたもんだな。」
青竜が吠えた。
ドラグーンの最後の一体が地面に倒れた。
「みんなありがとう!
次はあたしらの番だから、きちんと見守っててください。」
前線に残っていた四人に礼を言って、さらに駆けた。
「ブレス、きます。えっと左。」
あたしは一足飛びに左に避けた。
一瞬遅れたが、青竜の巻きおこした水の弾丸はあたしの右脇ギリギリを通り過ぎる。
頬と右腕に痛みを覚える。
カマイタチ現象に切裂かれたな。
でも、皮膚一枚だ。
さらに駆けた。
「エル、右前足きます。」
スープの声にあたしの足が一瞬止まる。
どっちに避ければいい?
「そのまま、前に駆け抜けてください。」
そうだ。
長竜種の特徴は蛇のような身体と短い四肢だ。
つまり、間合いをあけると身体のうねりにあわせ、爪の攻撃が伸びてくるけど、懐に入ってしまえば足を戻すまでにタイムラグが生まれる。
迷わずスピードを上げた。
ふりあげられた右前足の下を抜けた。
「できるかぎり、下にもぐってください。」
再び声が聞こえる。
短竜種の腹部に比べて、ウロコに覆われている部分が多いから、できるかぎり身体の下にもぐりこんでから剣をふらないと硬いウロコに攻撃が妨げられる。
記憶と指示を確認しながらだから、どうしても行動が遅れる。
一歩足りない。
「うねりのほうが早いです。
一回ひいてください。」
腹部攻撃の際は、身体のうねりに注意すること。
右左と蛇行する体が勢いよく戻ってくるからだ。
とは言え、キバ、ツメでの攻撃に比べて格段に遅いから、対応も楽だ。
最も手前に来た瞬間を狙って剣を突きだす。
そうすれば、一番皮膚が伸びきった腹部を斬り裂くことができるから、斬撃が分厚い皮膚に吸収されることがない。
「ぐがぁぁぁ」
一撃目、成功。
「その調子です。」
「スープこそナイスアドバイス。」
あたしの耳には、テレパスからつながったイヤフォンがついていた。
口元にはマイク。
スープも同様のヘッドセットをつけて、少し離れたところからあたしに指示を出してくれている。
本当は自分で攻撃を組み立てて、自然に身体が動くようにすべきなんだけど、なにせあたしのレベルと経験値が足りない。
なにより初めてのリュウ族との戦闘という、絶対的な経験不足はハンデだ。
「とりあえず息を整えてください。
リドルが魔法で攻撃しますので。」
「了解。」
一度身を沈めて、リュウの視界から外れる。
ふぅ。
と大きく息を吐きだすと同時に、青竜の身体が爆ぜた。
ヤツの動きが止まった。
「エル、行きますよ。
リュウがあっち向いたタイミングでよろしくです。」
「はいな。」
むこうを向いた。
あたしは再度剣を握りなおして走った。
経験がない。
それでも、この戦いはあたしがやらなければならないんだ。
依頼を受けたあたしの責任。
助力を求めた仲間たちへの責任。
クローベル王にタンカきった責任。
ヴァルを守るといった責任。
あたしの未来を賭けた闘いだから。
狙いは右前足の付け根。
顔だけでなく右前足ごとむこう向いたから、間接部がむき出しになり、かつ皮膚のたるみがない。
「いっぽん盛り上がったトコ。
それが腱です。
斬っちゃってください。」
「よし。
とどけ!」
タイミングばっちり。
走り高跳びの要領で思いっきり跳びあがって、上段から斬りおろした。
ザクリと刃が刺さった。
血が噴きだして、あたしの身体を赤く染めた。
「ヤバ…」
血の勢いが想像以上に強かった。
噴きだした勢いに押されて、柄から手が離れそうになった。
「エル、ダメ!
剣放して!」
スープが耳元で悲鳴をあげた。
でも、間にあわない。
激しく身体をねじられて、そのひょうしにあたしの身体が空中になげだされた。
天地がわからないくらいにぐるぐると宙を回っていた。
「蹴る!」
そこに再びスープの指示。
あたしは思いっきり足を伸ばした。
ブニっと足裏に肉の感触がした。
たぶんヤツの顔のどっかを蹴ったんだと思う。
回転がやんで、青空が見えた。
透明で真っ青な空と平和にのんびりと流れていく真っ白な雲、あたしの視界のハシっこを猛禽がゆき過ぎた。
天地がわかった瞬間、身体を丸めて受身をとった。
それでも地面に叩きつけられ息が詰まる。
衝撃で目の前が真っ暗になった。
「えいやッ!」
指示?
ちがう。
地面を叩く撃音がした。
生臭い息でむせた。
でも、息吹を喰らったわけではない。
ようやく視力が戻った。
スープがふりおろしたハンマーが青竜の鼻のあたりを叩き潰していた。
「ありがとぉ。」
あたしはズキズキと痛む身体をムリヤリ起こして剣を構えた。
スープがその横に並ぶ。
「もぅ…剣を放すように言ったじゃないですか。
あぶないですよ。
剣が抜けなくなったら即放してください。」
真顔で責めたてられてぼそりと反論する。
「放せないよ。
これはあたしらの剣だから。」
「エルのバカ。」
「うるさい。
でも、やっぱキッツいね。
一撃で半死半生だわ。」
首をコキコキ鳴らしつつあたしがぼやくと、
「でも、結構いい感じに動けてるよ。」
リドルがウチらの前に軽やかに舞い降りた。
ちょっとムカついた。
刀身には血のりがべったりなくせに、傷ひとつ埃ひとつついていない。
あたしは胸当ての下に着ていたシャツをまくりあげ自分の剣をぬぐった。
最近ハヤリの機能性シャツに鉄くさく、かつ生臭いニオイが染みついていた。
そのニオイにもどしそうになる。
「お見事な連携攻撃。
あっちは一人で何とかなると思ってたのに、やられまくって焦ってるよ。」
リドルが指差し、不敵に笑んだ。
鋭い眼光があたしらを射抜いた。
一瞬、悪寒が全身をはしり筋肉が硬直した。
「まだです。
しっかり。」
スープが軽く背中を叩いてくれた。
もう一度、おおきく息を吐いた。
「くそ! くそ!
きさまら、ぜったいに殺してやる!」
ホントに焦ってた。
三流なセリフを吐きつつ憎々しげににらんできたけど。
よし。
恐怖はない。
リドルがさらに青竜を挑発する。
「しかも、期待していた仲間も到着しないしね。」
「なんだと、ガキどもなにしやがった!」
あたしを睨むなよ。
あたしは知らん。
リドルが何か裏で手を回したんだ。
まぁ、いいさ。
ぞんぶんに怒れ。
感情がうち克てるなら、冷静な判断力を保ったほうが勝つ。
勝てるかもしれない。
いや、やっぱりぜったい勝つ。
いずれにせよ、頭脳戦はウチらの勝利。
「とりあえず、骨は折れてないみたい。
いけるよ。」
「ホントですか?
ムリしちゃダメですよ。」
「この状態でムリするなって、それこそムリでしょうが。」
あたしとスープが顔を見合わせて笑う。
「緊張感ないなぁ。」
リドルが呆れたようにタメイキをもらす。
「いいの。さ、いくぞ!」
あたしは再び駆けだした。
リドルもさっきと同様に右に分かれていく。
なのに
「飛ぶな! バカ!」
あたしの剣が届こうかというとき、青竜が羽ばたいた。
空にて
予想通りだ。
あれだけやられても、ヤツは追い詰められたなんてとは思っていないだろう。
やや予定が狂ったが、地面にいるヒューマン族を一息に焼き尽くそう。
その程度の思考で飛び立ったに違いない。
ヤツの思考はそんなもんだ。
「もう少し。
きっとまずは、うっとうしいワイバーンライダー二人を攻撃するはずよ。
そこを狙う。」
少女の予測と一致する。
きっとヤツは炎の息吹を吐く。
ヤツが口を大きく開いた一瞬、視界は限定される。
ワイバーンライダーが無事避けてくれることだけを祈った。
斜め下、息吹の放射角度と視野を計算した少女の作戦が発動する。
「今よ!」
ヤツの息吹が放射された。
ワイバーン二体が急激に転回した。同時に俺は一気に羽ばたいた。
瞳だけで見た。
真っ赤な瞳の中心にある濃い円形部が驚愕に大きく広がった。
昔の俺ならそれだけでか勝ちを意識し、無防備につっこんでいくところだ。
空中で急停車。
「ヴァルディオン!
キサマ生きていたか!」
ヤツが俺だと気づいた。
せわしなく動く上下の顎がいちいち死角を作っていることを、竜族のヤツは知らない。
予測しない出現にヤツの意識は周囲を認識できなくなっている。
大きく口を開いているのを閉じるまでのタイムラグに差を詰めた。
「うりゃぁぁ!」
さらに死角となったヤツの真右から少女の振った大鎌の白刃がヤツを襲う。
太陽を照り返し輝いた。
まるで光の刃だ。
肉に刃が刺さる音がした。




