努力と行動
裏町にて
スープの怒鳴り声を聞いたの二回目。
その原因を語る前にあたしらの行動について説明しなければならない。
あたしは日記帳を開いてそう記す。
あたしらは裏町でリュウ退治のパーティ募集に奔走していた。
基本、依頼内容を絶対に口外しない、秘密保持を信頼できそうなメンバーに声をかけまくった。
「さすがにそれは私では邪魔者にしかなれないわ。
にしても、エルシアは出世したわね。」
以前に対峙したことのある女性に声かけたらそんなことを言われた。
「お、楽しそうじゃん!
やる。参加する。」
あたしも闘うことがキライではない。
命を奪うのはあまり好きではないけど。
「こないだ私を殺そうとしたの忘れたの?
調子いいんだから。
まぁ、だけどいいわよ。手伝ってあげる。」
そうだよな。
あたしだって命のやり取りする生活してたんだよな。
今さらながら自覚した。
「いやいやいや。なに言っちゃってんのさ。
ドラゴンだろ?
俺は死にたくないって。」
本当は闘うことは最終手段だ。
でも、結局はクローベル王の言ったことが正しかったことをあたしは知った。
依頼対象のリュウはけっしてヴァルをあきらめない。
むしろ、ステータス上昇を夢見て、ナキモノにする計画を綿密に練っていることがわかった。
あのとき、リュウオウが言った言葉を思いだす。
「すまない。
王としての義務を被害者であるエルシアに委託する形になってしまう。
だが、私に礼をもって話を聞いてくれたヒューマン族は貴殿だけだ。
私は貴殿を信頼した。
だからこそ、部下の粛清を依頼したいのだ。」
あたし以外の他のメンバーは黙って話を聞いていた。
リュウの掟を知らないわけがない。
きっとこの展開も予測していたのだろう。
スープが心配そうにしているのがわかった。
だけど、いや、だからこそ、
彼女をふり返ることができない。
ふり返ったら最後、あたしはスープに決断の一部を預けたことになる。
だから、あのときあたしは自分の意思で闘うことにしたんだ。
「しかたないだろ…相手はリュウ族だぞ。
俺は、お前やスパイアとは違うんだ。ふつうのニンゲンなんだ。」
言ったのは、忘れかけてたマエカレだ。
スープの怒りの対象はそれだった。
まさかこのヒトが絡んでいたとは。
それは裏町を二人で回っていたときのこと。
「クローベル王はドラゴンスレイヤーをわたしが作ったこと、知らなかったですよね。
どうしてでしょう?」
ふと、隣を歩いていたスープが訊いてきた。
「まぁ、誉めてたね。
なにがおかしいのよ?」
「クローベル王がすっとぼけてんでなければ、リザードマンはなんであたしの家に来たのでしょう。
王が命じたわけでもないのに、この辺に住処のないリュウ族が来るわけないないんです。」
言われてみればおかしい。
調べたらリザードマンの生息地は、王国東の別王国のさらに東にある大湿地帯。
迷ったとか、住処が荒らされたとかで来られる場所ではない。しかも、ピンポイントでスープの家に。
武器を扱う脳はあるから、無造作におかれていた剣をどうかしようと考えるかもしれないけど。
「ダレの命令で、どうしてドラゴンスレイヤーを作っていることを知ってて、どうやってわたしの家をつきとめたのか。
疑問です。」
調査項目が増えた。
そして、調査過程で浮上した関係者。
導き出された答えは、あのヴァルと闘ったリュウだ。
高位のリュウ族になれば、ある一定範囲の魔力やその効果を知ることができる。
魔法そのものが、頭の中に呪文句で作られた数式のように浮かぶらしい。
となれば、剣の作製をヤツが知った可能性は高い。
「ヤツの命令でスープを襲うことにした。
じゃあ、スープの居場所をリークしたのはダレだってこと?」
もちろん本人が来ることはできる。
しかし、中位以上のリュウ族が敵意をもって街に入ろうものなら、王国が黙っちゃいないだろう。
ヴァルはヒューマン族に対する悪意がなかったから、関知されなかったのだ。
というより、ゾフが監視してたから滞在が許されていたことを後から知った。
「リザードマンに調査する能力、知力はないですし、ヒューマン族とかに変化できない以上、人目につきます。」
「街に住むダレかが教えたってこと?」
「そういうことになりますね。」
結果、マエカレの関与が認められたというわけだ。
どこで仕入れたのか、あたしとマエカレ、あたしとスープの関係を知ったリュウがマエカレに接触。
彼はいまだあたしへのフクシュウをあきらめていなかったのか、と呆れてしまった。
「脅されたんだ。」
彼はそう言ったけど、どうだか。
「この街には民族種族間のトラブルを専門にしている仲裁業者もあったはずです。
お金あるんだし、まずそっちに相談しないのはおかしいじゃないですか。
そんなイイワケ成りたちません。」
怒りもあらわにマエカレにスープは詰めよった。
仲裁業者の存在は、あたしでも知ってる。
王国の西の端っこに建てられたこの街は、他種族の流入も他の王国都市に比べてはるかに多い。国境付近で起こる民族紛争もある。
だから、ガーディアンが厳しく外部のヒトに対応するんだし、あたしも潜伏する異種族ゲリラ対策の依頼を受けたことがある。
「いいよ。あたしの代わりに怒ってくれてありがと。」
不満げなスープと安堵するマエカレ。
助けてくれてありがとう、とでも言うように手を合わせて卑屈に笑っている。
なので、あたしも微笑みかえした。
「これ以上ストーカーするなら、あたし、マジあんた殺すわよ。」
ヒヤヤカに彼に告げた。
ふざけんな。口先だけで、ダレとも闘おうとしないで。
黙って地面を見つめる彼を裏町におき去りにしてあたしたちはその場を後にした。
まぁ、それは小ネタ。
今回の一連の事件のなかではノドにひっかかった魚の小骨のようなもんだ。
裏町の情報網はハンパなかった。
今回クローベル王がヴァル殺害を命じたリュウの名前も知っているヒトがいた。
「青竜サイスローズだろうな。
王の器ではないが、戦闘能力だけなら王家と同等だ。
四大元素でドラゴンを分別するなら水竜にあたる。」
「炎竜王とはもとから相性が悪いはずだがな。
クローベル王がそんなのを召喚したってコトは、随分と能力が制限されているんだな。」
「赤竜はおおかたヴァル王朝を推してんだろうよ。
キーグ王朝時代の赤竜の扱いは最悪だったと聞くからな。」
「サイスローズか。ありゃダメだ。
能力はあるくせに、自分ってのがわかってない。
クローベル王も冷静ではいられなかったってことだな。
ヴァルディオンに当ててきたってコトは、同士討ちを狙ったのかもしれん。」
「ヴァルディオンがこの街にいたことくらい知ってたさ。
ゾフ爺さんが抑止力にならなかったら、竜退治って調子こくヤツもいたんじゃないのか。」
情報ってのはあるところにはあるんだね、なんて言ったらあのスープですら知らないことばかりだったらしく、感心しどおしだった。
「スケジュール帖がおなかいっぱい言ってるわぁ。」
思いも寄らなかった情報量にムダにページを前後させる。
「一度、作戦会議開きましょうか。
どうも雲行き怪しいですよ。」
メンバーはそれなりに集まった。
たいして実績のないあたしの依頼を聞いてくれたのは嬉しいけど、半分以上はゾフとスープの名前があってのことだろうとは思う。
「だったら、あたしの闘いはこれからだ。
あたしはあたしができることをしなきゃな。」
スープを横目にあたしは小さくこぶしを握りしめて決意を固めた。
「聞く気はないな。
なぜ、お前の言い分を受け入れなければならないんだ?
粛清だと?
調子に乗るなとバカ国王に言え。
俺はヴァルディオンを喰らいたくてしかたがないんだ。」
あたしの闘い。
それは戦いを避けること。
だから、ヴァルを襲ったリュウの元を訪れた。もちろん交渉のため。
でも、ウラ理由はリュウネツ対策のため。
独りで行ったら、ヴァルにもスープにも怒られた。
独りではない。
ワイバーン運転手のゾフとだが。
ただ、あいかわらず爺さんは中立を保っていた。おそらくあたしが襲われても静観したのだろう。
そう考えると、その場で殺されなかったのが不思議なくらいだ。
「何人でも集めてこい。全員喰らってやる。」
バカドラゴンはそう吠えた。
あいつに知能があることを知った。
ありながら、交渉に応じる気はないということが、イヤというほどわかった。
「しかたない。それも竜の一族の一つの生き方だ。
クローベル王も言っていたのだろう?
だから竜王が必要なんだ。」
無力感にうちのめされて、泣きそうになりながらヴァルに話したら、困ったように少し片頬をゆがめてカレは答えた。
「ごめん。
クローベル王にあんだけえらそうに言っておいて。」
「いや、クローベルも俺も、むしろ誉めるよ。
竜の何たるかを知ってなお行動するエルシアの努力や決意には感心する。」
気休めにもならないセリフだけど、ヴァルのいう通りなんだろう。
あたしの考え方が甘かった、青かったと言う気はないが、どっかで楽観視してた部分はあるのだろう。
だったら…
「全面戦争だ。
ヴァルはゼッタイあたしが守るからね。」
あたしはこぶしを握りしめて、窓の外を睨みつける。
その視線の先は夏に萌える山のつらなり。
「いや、そのことなんだが、俺も行くことになった。」
「なんの心境の変化?
だって、アレが死なないかぎりキズが癒えることはないんでしょ?」
あたしの覚悟は一気にしぼむ。
リュウ族の心をすべて理解したわけではないが、生態は知った。
一度の勝敗がその後の運命を左右する。
勝敗は身体的な争いで決着がつくことはない。しかし、折れた心が復活することは皆無であることを学んだ。
「怖いんじゃなかったの?」
「あぁ、怖いな。
だが、隣町の少女にけしかけられた。」
「ショウジョ? オンナ? ダレよ。」
フキゲン。
あたしらの苦労を傍観していたくせに、なぜトナリマチのオンナの一言で動き出した?
「ダレって…ん?
エルシア、それが嫉妬ってヤツか?」
「言葉にすンな! バカ!」
思いっきりみぞおちに蹴りを入れた。
さすがのヴァルも呻き声を上げて、膝を崩した。
なんだか、がっかりするやら、でも、嬉しいやら。
いや、やっぱり気にくわない。
「ま、まて! その話もしている!」
「その話?」
目線をそらそうとしたから、両ほっぺたを両手で挟んで、その瞳をじっと睨みつけた。
おもしろういように目が泳ぐ。
「いや、俺にはカノジョがいて、その少女と行動をともにしたら、きっとカノジョが怒るから、難しいかもしれないという話だ。」
「で?」
「カノジョを見殺しにするのかと殴られた。」
「で?」
言い淀む。
一瞬、目をそらされた。
しかし、またあたしを見つめた。
「ヤツへの恐怖は消えない。
おそらく、ヤツが死んでも、亡霊に怯えるかもしれない。
だが、それ以上に怖いのはエルシアやスパイアが死ぬことだ。
おまえが住むこの街も大事だということを自覚した。」
「で?」
大きくタメイキをつかれた。
覚悟によこやり入れたんだ。
それなりに罰は受けてもらおう。
あたしの意図に気づいてんでしょ?
みたいにイジワルく微笑んでやった。
「エルシア、お前を失いたくないんだ。
愛してるから。」
いや、最後までは求めていない!
あたしは思わず両手を放して、あとずさってしまった。
どんな顔しているのかは、自分が最強にわかってる。
だから、そんな瞳で見るなぁ。
「俺がヤツと対峙したときにどうなるか、正直予想がつかない。
それでも、エルシアのことを守り続けたいと思う。」
「わかった。
わかったから…信じる、信じるよぉ…」
真剣な瞳。
さらにベランダに逃げた。
夏に熱せられたベランダに一瞬足をひっこめてもう一度踏み出した。
あー、夕日がきれいだなぁ。
なんてさ。
そんなあたしに隣が追い打ちをかける。
「話すんだかい? バカップル。」
「うるさい! クソガキ。」
「だったら、リア充バクハツしやがれって言えばいいかい?」
もういい。
なんとでも言いやがれ。
早急に話題を変えておこう。
「王国は?」
「国はもちろん市も動けない。
実際にヒューマン族に被害が出ているわけではないからね。
こっちもそのほうが都合がいい。
私怨ってことにしないと、双方の王が出てこなきゃならないから。」
それを聞いて、しばし考える。
「戦力、もう少し集めたほうがいい?」
「大丈夫じゃないかな。
先発隊として、青竜のトコまで行くのは、僕ともう一人のワイバーンライダーで行くよ。
二人乗りじゃ、空中戦不利だから。」
「ゾフじゃないの?
あたしたちは?」
「ゾフは戦闘状態になったら、立場的に役立たずだもの。
だから、エルシア、スパイア、それから裏町の同志は戦闘予定地で待機しててもらう。」
おだやかな黄昏に照らされた空と街の屋根とベランダ。
そんな日常のひとコマとは思えない会話が続くベランダにヴァルも顔をだしてきた。
それに気づいたリドルはにこやかにカレに笑いかけた。
「だからこそ、ヴァルが立ち上がってくれたのは助かるんだ。
プルートゥの娘もねこれでヤツを縄張りからつれ出すのが楽になった。」
カレをチラ見する。
ふと思いだした。
「ヴァルってさ、まだ死んでることになってるのよね?」
「あっちの情報網がどれほどのもんか確認できてないから、なんとも。
どっちでも対応できるようにしとく。」
詳細な計画書と戦略図、それが写された地形図が手渡される。
あたしらのいるサモル市と隣町の間にある草原。ソコが戦場となるのか。
一陣の風が吹きぬけた。
裏返った計画書を見て、二人で顔を見合わせた。
小学校の宿題と小テストが書かれていた。
「あんた、勉強できないでしょ。」
「別にいいじゃん。
僕の生活自体にはたいして影響ないんだもん。」
たしかに国文学なんて、でもさぁ…
あたしはその点数を見て、呆れる。
まぁ、いいさな。
「日常は忘れちゃダメだね。」
あたしは青空に誓う。
隣町にて
ヒューマン族の過去の英雄たちの眠る墓地を右手に見ながら歩いた。
数多くの祖霊たちが祀られた墓石を眺めていると、彼らの仲間とか家族に対する思いを理解する。
なかば畏敬の念すら生まれるのだ。
生まれてから死ぬまで独りである俺らには、同等の仲間という考え方はないし、ましてやお互いの未熟な部分を補いながら助けあうなんて、ありえない話だ。
相互扶助はあくまで契約であり、損得だ。
相対する同族に対し、劣等を認めれば絶対服従しかそこには存在しないのだ。
「いらっしゃい。」
街には巨大な神殿があった。
その北側に広がる空き箱のような建物が無数に並ぶ一角に、娘はいた。
その肩には大鎌が担がれていた。
「随分よくなったようだな。」
おかげさまで、彼女は答えた。
「で、なんだ?
こんなトコまで呼び出して。」
「なんでニンゲンの格好なのよ。
まぁ、いいか。リベンジいくわよ。」
これだから、ヒューマン族には畏敬の念を覚える。
なぜ、死にかけても立ち向かおうとするのだ。
理解はできない。
それでも彼女ら、彼らとは戦いたい。
いつの間にやらヒューマン族に毒されている自分に驚かされた。
戦場は、ヒトの思いを越えてときに大きく変化する。
翌日、隣町から飛び立った俺らが見たものは、ちょうど二つの街の真ん中辺りで待機する百人前後のヒューマン族だった。
「あれ、北の国の兵士だわ。」
背中で大鎌を持った少女が言った。
「話が違うんじゃないか?
戦争でもする気かよ。」
「そうね。話がデカくなりすぎてる。
青竜のヤツ、北を自由に動かせる権力を持ってること?」
炎天山の竜王は、国家間の問題に発展するのを頑なに避けていた自分の状態も王国の状態も不安定で流動的だから、という理由ではあろうが。
「どうする?
アレが合流したらことだぞ。
ココでヤるか?」
「そうもいかないわ。
王国がらみはウチらが目をつけられるわよ。
それにあんたの力がなかったら、向こうでの戦力的に正直分が悪すぎる。
急いでウチらは合流しなきゃ。」
「でも、あいつら…」
「私にも動かせるのはまだいるのよ。
テレパスが通じるトコまで降りて。」
まず、サモル市で陣を構えた魔術師に連絡をつけた。
そして、
「ゴメン。事情が変わった。
北から百。
もしかしたら、山の奴隷ドワーフも動かしてるかもしれない。
光明神殿の裏兵それから首都の第二騎士団をいくらか動かして。
あいつら戦争に持ち込む気よ。
で、サモルに到着前までに潰しておいて。
え? ムチャは承知よ。」
別のダレかにかけなおす。
厳しい表情で少女はテレパスに半ば怒鳴っている。




