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リュウの飛ぶ街  作者: kim
12/19

踏査と日常

   山にて


 あたしたちは腐葉土になりかけた枯葉をしっかりと踏みしめながら、緩やかな斜面を登っていた。

 枝葉に覆われた空は久しぶりに曇天だった。

 シャクシャクと地面を踏みしめる音もかすかな葉ずれと、鳥の鳴き声しか聞こえない森の中ではやたら大きく響く。

 足首までしっかり固定されたトレッキングシューズに金属製のスパイクが巻きつけてある。

 林道を外れた獣道を選んで歩くためだ。

「クツ、重くないですか?」

「それでも、ずいぶん楽よ。

 さすが、スープ特製だわ。」

 スープが照れ笑いを浮かべてうつむいた。

 じょうぶな金属スパイクは山歩きに適度な軽さで、かつ地面を確実につかんでくれる。

 もし、別件で山に入るさいは、ぜったいに持ち歩こうと思う。


「そろそろ着きます。」

 スープが小声で告げた。

 あたしらはいっそう足音に気をつけて、歩みを進めた。

 ペキっという小枝の折れる音にすら、ビクリと身体をふるわせてしまう。

 くしゃみがでそうになって、なんてベタなネタはなかったけど、神経が磨り減る。

 山頂への林道を横ぎり、さらに森をかきわけながら柔らかな地面を登り続けた先にヤツはいた。

「たしかに竜族の中では知能レベルは低そうですね。」


 あたしとスープは、炎天山にきていた。

 炎天山のリュウの調査のためだ。今日は、その部下とやらの下調べ。

 ヴァルを直接的にトドメをさしたあいつだ。

 あいつのおかげでヴァルはヒキコモリのまんまだし、ゾフは不可侵条約を結んでいるため表だっては動けない。

 リドルは軽度の竜熱に犯されてダウンした。

 ということで、あたしとスープが日帰り登山を決行することになったのである。


「あれなら、少なくともヒューマン族に擬態してヴァルのことを襲うことはないと思われますけど、キアヴィはどう思いますか?」

 スープは小さな水槽に入ったタツノオトシゴに尋ねた。


 タツノオトシゴのメス、メス?

 女の子って言ったほうがいい?

 それにタツノオトシゴって海水魚じゃなかったっけ?

 この娘は淡水の湖に住んでたような気がするんだけど。

 いや、今はツッコまないでおこう。ぜったいに会話がメンドくさくなる。


 とにかくそのキアヴィと呼びかけられたタツノオトシゴが答えた。

「えぇ、私も同意見です。

 炎天山のドラコニアンに能力の一部を封じられてる可能性もあったのですが、調査の結果、その確率はかなり低くなりましたです。」


 キアヴィはキアナイト・ヴィークルのあだ名だ。命名はスープ。

 あたしの剣柄のために藍晶石をくれた沼地に住むリュウの眷族だ。

 女の子。

 リュウ族の中でも特殊な部類らしく、女性しか産まれない種族とのコト。


 炎天山のふもとまでは、彼女がつれてきてくれたから、とっても楽できた。

 水竜ゆえの能力らしい。

 山脈から流れる河を上ってきたのだ。

 しかも、水脈とやらを移動したかたちなので、おぼれることもなかったし、本来日数をかけてくる行程をものの数分で移動できた。

 脈というものが、リュウを知るためには必要であることを知った。

 地脈や水脈、風脈、熱脈その他もろもろ気の流れとも言われるらしい。

「ただ、脈を伝っても近づきすぎれば感づかれます。

 それと脈が細くなるので、他種族を乗せながらは難しいんです。

 ごめんなさい。」

 キアヴィはそう言って、頭を下げた。

「いえいえ、ここまで来れればあとは自力で歩けますから。

 ありがとうございました。」

 ということで、途中からは歩きだ。


 なにゆえに二人が知り合ったのか、その詳細な冒険譚はのちのち本として出版してくれるとのコト。

 まぁ、期待しないでおくとして、スープが数年前に請け負ったミッションで知り合ったのだそうだ。

 そのお礼も兼ねて、とキアヴィは言ってくれたが、充分にお礼はいただいているのだろうし、あくまでスパイア・ル・ガードの人柄がそうさせると思う。

 いたるところで敵を作るあたしとは正反対のニンゲンだな、とちょっとだけ嫉妬してしまう。


「ということですが、エルはどうしますか?」

 ということ?

 あぁ、ヤツの能力の話ね。我に返った。

「どうしますか?

 って言われても、今の状態でヴァルの仇って斬りかかったところで、なんの解決もしないでしょ。

 炎天山のリュウと交渉するなり、退治するなりしなけりゃ、またリュウの眷属召喚されて堂々めぐりになるもの。」

「そうかぁ。

 ですよね。さすがエルです。

 わたしは闘う気マンマンでした。」

 さらりと宣言するからには、スープもそれなりに戦闘力があるのだろう。

 戦闘力を数値化できる装置でも開発すれば、大金持ちになれるかな、なんてムダに思考をめぐらせてしまった。


 いずれにせよ、いまこの戦力と状況下でリュウに相対するのは利巧とはいえないことは確か。

「エルに素直って言われたことがあったですけど、嬉しい反面やっぱりそれだけじゃダメなんだと反省させられます。

 戦闘はやはり駆引が必要です。

 わたしにはできそうにありませんけど。」

「へぇ、自覚あったんだ。」

「それは皮肉なんですか?」

 たまにそういうことを訊いてくるようになった。

 でも、そういうことを訊いてくること自体が素直な証拠だ、ってことには気づいてないみたい。

 なんともほほえましいかぎり。

 …おばあちゃんみたい、あたし。


「キアヴィに一つ確認していいかしら。

 リュウネツってヒューマン族だとみんなかかっちゃうの?」

「わたしが見てきたかぎりはたいてい患いますね。

 しかも、相手するドラゴンの数だけ。

 個人差はあれど、初めて当てられたらほぼ百パーセント。

 弱いヒトは会う度にかかってました。」

「それはメンドくさいな。」

 と言うことは、あたしもスープもかかるってことだ。

 炎天山のリュウに会っても、今、目の前にいる弱小リュウ族だって、あたしらに影響を与えるに違いない。

 だとすれば戦闘不能期間がどうしても発生することになる。

 それも戦闘を避けた理由の一つ。

 つくづく厄介だな。


「だったらキアヴィと話してるあたしたちは?」

「接触度合いが少ないのと、わたしに竜熱を当てる意思がないので、罹患することはないと思います。」

 ふむ。

 知識をフル動員して、なんとか対策を練る。

 あたしの知識は、授業と家庭の医学だ。

 おばあちゃんの知恵袋まで記憶の片隅からひっぱり出した。

「リュウネツの発症条件は、種族によるにせよ、接触感染だとほぼ罹患確定。

 リュウネツを当てる意思ってのは、たぶん意図的な空気感染って言えばいいのかな、たぶんリュウの吐く息吹が原因と仮定すると、ヒューマン族の抵抗力と同空間にどの程度いたか。

 空間の密閉具合。それらに左右されるってことになるのかな。

 まるでウィルス性の感染症みたいだわ。

 どこぞやの国で蔓延したヴァンパイアウィルスは血液感染、ゾンビウィルスは脳内にウィルスが達するときに発症。

 それから…」

 ダメだ。

 あたしが学校で習ったレベルでは、まったく追いつかない。


「リュウネツって体温コントロールの問題って言われていたけど、全部そうなのかしらね。」

「竜族は変温動物ですが、高位種族は体温を自由に変更できます。

 恒温動物で体温調整ができないヒューマン族は、体温維持機能が狂うから竜熱を患うっていうのが定説です。

 でも、エルシアさんの仮説では、空気感染ってことですか?」

「この身を犠牲にして、証明しようとは思わないけど…

 ねぇ、ヤツにこっぴどくやられたリュウ族のヒト、ヒューマン族の平熱に近いままなんだけど、それってなんで?」

 ヴァルはあたしの部屋にひきこもったままだ。


 ひきこもりをムリにつれ出す気は今のところない。

 でも、いずれは出てもらわないと困る。

 公園で一緒にパニーニが食べたい。

 あぁ、食べないんだっけ。

 でなくても、一緒に手をつないで散歩とかしたいし。


「精神を患ってるから、ですかね。」

「けっこう、長びく病気?」

「うーん…病気というか…まぁ、おそらくは。

 少なくとも本人を傷つけたドラコニアンが生存しているかぎりは完治はムリかと思います。」

 リュウが言うのだからホントなのだろう。


 あたしの脳みそにリュウの生態が次々とインプットされていく。

 ほんのここ数ヶ月でハンパない知識が詰め込まれた。


「では、次は炎天山のリュウ、ご本人のところにいこうと思うのですが、さすがにキアヴィではそれがムリなので、ワイバーンを借りたいと思います。」

「ワイバーンって翼竜の一種だっけ?」

「よく知ってましたね。」

 本気で驚かれた。


 リュウ族もしくは竜族は大陸の東に王国を形成しており、ドラコニアンってのが自称で、巨大種は短竜種と長竜種に分類されて、四元素に基づく能力を持っていて、亜種がいくつか存在していて、等もろもろを知った。


 十年間で手に入れるべきものを、疑問等々ふっとばし一気につめこまれた。

「ホント、あたしが悩みつづけた十何年返せって感じ。」

 あたしは苦笑まじりに、ボヤいた。

「は?」

「あ、こっちの話。」

 ワイバーンもヴィークルもドラゴンも、閉架図書にこもってぜんぶ調べたのだ。


 調査結果。

 翼竜とは、ドラゴンライダーの基本的な乗り物として契約されていたらしい。

 四本足でツバサを持つトカゲみたいなリュウではなく、二本足歩行で腕の部分がコウモリの羽みたいなの。ツバサは歪んだ三角形で、折れ曲がった部分に使い道があるのか不明な二本指がついていた。


 それでも限界があった。

 あたしでは許可されない情報がまだあった。

「普通、リュウの眷属は三本指なのに、ワイバーンだけ二本指なんです。

 学会でもまだ理由がはっきり示されていません。

 せっかくなので本人に聞いてみたいところですが、残念ながらワイバーンは言語体系を持ってないんです。」


 フツウもへったくれもあるか。

 翼竜の背中にいる段階で、すでにフツウじゃないんだ。

 指が二本だろうが十本だろうが、あたしには関係ない。


 とは言わなかった。

「ドラゴンライダーがワイバーンを多用したのは、竜熱の発症例が少ないからです。

 だから、じつは竜の眷属じゃないんじゃないか、という学説もあります。」

 前半は大事な部分だ。

 しかし、後半は今のあたしにはやっぱり関係ない。


 ちなみにワイバーンを操るのはゾフとリドル。

 爺さんゾフのワイバーンにはあたしが、小学生リドルのにスープが乗ることまで決めた。

 あたしもスープも免許がないから運転できないらしい。

 正直どっちでもいい。

 ところで、無免許だからってダレが違反切符をきるのだろう。

 そもそも免許が発行されるほど、ドラゴンライダーが現存していないと思うのだが。リュウについての学会があることも知らない。


 幸せな日常が頭の中をぐるぐる回る。


 べつだん、あたしはドラゴンスレイヤーってのもドラゴンライダーってのも、そんな称号いらないんだ。

 なんでもない日常を手に入れたいがために、非日常に片足つっこむ自分に戸惑ってしまう。

「今さらだけど、闘わなきゃダメなのよね。」

「怖気づいたんですか?」

 悪意はない。

 挑発しているわけでもない。


 でもさ、スープはそう言うけどさ、怖気づいちゃダメかい?

 相手は巨大なリュウよ。

 巨大で、未知で、凶暴で、あたしが知ってる中で一番大きな動物ですら、一口に飲みこむような生物よ。

 怖気づいて、なにが悪いというのだ。


 勉強して、部活して、一人暮らしにちょっぴりサビシくなって、拾ったオトコに逃げられて、トモダチと思ってたクラスの子にイヤガラセ受けて、金持ちのボンボンにコクラレて、ワカれてストーキングされてオソわれて、あれ?


 あんま幸せな日常じゃないかも。


「うん。やっぱりリュウと闘ってたほうがマシかも。」

「なんですか、それは。」

「いいの。あたしの脳内会議。

 いったん街にもどって、作戦会議するわよ。」


 あたしは幸せでなにげない日常を夢見て、大きなタメイキをついた。



   街にて


 俺は止めることができなかった。

 カノジョが山にリュウ退治に行くらしい。

 女子高生二人と男児一人と爺さん一人と。

 バックアップメンバーとして、高校の先生とタツノオトシゴとヒキコモリのリュウである俺。

 裏町のチンピラ数人。

 大鎌を扱う女子高生は復活できただろうか。

 ヒューマン族はそんなパーティに街の命運を託した。


「無謀だ。」

「無謀でもやらなきゃならないときが女の子にはあるんです。」

 右こぶしを胸に当てて、大音声を張り上げた。

 カノジョじゃないほうの女子高生だ。

「まぁ、ピンチのときはよろしくお願いします。

 特にカノジョのピンチで現れるのが、オトコってもんです。」

 カノジョが一番困った顔しているが?

「期待してますよ。王子さま。」

「ん?

 俺が王子だって話したことあったか?」

 からかったつもりだったらしい。

 不敵に笑った表情のまま固まっている。

「聞いてないし。」

 とカノジョ。


 そのカノジョは今頃空の上だろうか。


 俺はベランダから東の空を仰ぎ見た。

 しかし、この位置から見えるのは、ずらりと並んだヒューマン族の家だけだ。

「ヴァルディオン王子に確認したいんだけど、話を聞いてもいいかい?」

 なんでか知らないが、俺とカノジョの住むアパートにはもう一人男がいた。

 ドラゴンスレイヤーを作った武器屋のカレシだという。

「よくそんな苦いだけの飲み物を何杯も飲む気になるな。」

 呆れる俺におかしな笑い顔で返してきた。

 男はコーヒーを片手にベランダに出てくる。

「落ち着かないんでね。

 ところで、質問の続きなんだけど、今のドラゴンキングダムの王はいったいどの家なんだ?」

「ウチだ!

 …といいたいところだが、今となっては、ヴァル王朝が上位王朝だとは言えないな。

 クロム王朝もキーグ王朝も、それぞれが上位王朝であることを主張したままだ。」

「つまりは分裂したまま?」

 俺は悔しくてうつむいた。


「そっか、王子様は大変だね。」

 皮肉でもないようだ。俺は曖昧に笑うことしかできない。

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