第五話 長期依頼
0.
人の口に戸は立てられない。
どこから情報が漏れだしたのかは知らないが、俺が魔力0ということはヘルガの冒険者の間では割と有名なことであった。
加えて、不名誉極まりない<最古のCランク男>という二つ名まである。
そのおかげで俺は冒険者たちの間で爪弾き者に近い扱いをされていて、PTなどここ十年以上は組んだことがなかった。
初心者の頃には、俺も固定PTを組んでいた時期があったのだが……それも長くは持たなかった。
俺と他のメンバーの成長の仕方に差があり過ぎて、すぐに足手まといになってしまったから。
Dランク、Cランクとすぐに昇格を重ねていくメンバーに対して、俺は全く追いつけなかったのだ。
そんな俺に、十数年ぶりにPTの誘いが来た。
そりゃ、今の俺と昔の俺は根本的に違うが、嬉しいものは嬉しい。
冒険者の醍醐味と言えば、やはりPTを組んでの大冒険なのである。
酒が入っていたことと、もともとが女の体であるせいか、俺はすぐにホロっと来てしまった。
「あれ……どうかしたの?」
「別に何でもない。エールが眼に入っちまってな」
「そう、ならいいんだけど。それで、PTの誘いは受けてくれるのかしら?」
「いいぜ、もちろんだ」
「ありがと! じゃあ早速登録しましょ」
そういうとニースは懐から登録証を取り出した。
青色をした、俺にとっては良く見慣れたCランクの登録証が出てくる。
俺も自身の登録証を取り出すと、彼女の物の上に重ね合わせた。
そして十秒ほどもすると、パチッと火の粉のように光が弾ける。
PT登録完了の証だ。
「これで私たち仲間ね。これからよろしく」
「俺の方こそ、よろしく頼むな」
「じゃあ今日は祝いね。マスター、私にもエール頼むわ!」
「俺も追加だ」
「おうよ!」
俺たちの前にドンと差しだされるジョッキ。
よく冷えた銅の器はしっかりと汗をかき、黄金色の上に浮かぶ白い泡がなんとも旨そうだ。
俺とニースは揃ってジョッキを傾け、それを一気に煽る。
口の中で炭酸が弾けて、喉を通り過ぎる苦味がなんとも心地よい。
まったく、これだからエールはやめられない。
「ふーッ、やっぱここのエールは最高ね」
「お、小さいのにずいぶんと飲めるんだな」
「あなただって私と同い年くらいでしょ? おじさんみたいなこと言わないでよ」
「……そう言えばそうだったな」
いつの間にか、自分のことをすっかり忘れていた。
今の俺は外見上はニースとさほど変わらない年頃なのだ。
酒を呑むとどうにも、自己認識が甘くなっていけない。
「ま、そんなこといいわ。もっと飲みましょ、レーミルもまだ飲み足りないんでしょ」
「そうだな。せっかくだし徹底的に飲むか」
「言っとくけど私、めちゃくちゃ強いわよ」
「舐めるなよ、俺も相当強い方だ」
「言ったわね? 負けないんだから」
こうして俺たちは、半ば飲み比べのようにしてどんどんとエールを口に流し込んでいった。
その対決は深夜遅くまで続き、飲んだエールは俺が十一杯のニースが十杯でかろうじて俺の勝利だった。
しかしその結果、俺は二日酔いとなって丸一日ベッドの上で苦しんだ。
以前の身体ならエールを十杯程度飲んだところで二日酔いにまではならなかったのだが――この身体、どうにも酒には強くないらしい。
一方、ニースは昼前にはすっかり回復していたのだからたいした化け物だ。
何があっても、ニースと飲み比べと食べ比べだけはしちゃいけないな、こりゃ。
1.
俺とニースがPTを組んで早二週間。
俺たち二人は順調にCランクの依頼をこなしていた。
まあ勝手知ったるCランクの依頼、しかも能力が上がった以上は難なくこなせて当然と言ったところか。
それよりも意外だったのは、ニースの戦闘能力である。
十代後半でCランクになっていることから、それなりには優秀だろうと察しをつけていたのだが、彼女の能力はその予想を軽く超えていた。
驚いたことに、彼女は炎の上級魔法を使いこなす上級魔導師だったのである。
冒険者の中でも魔導師は貴重で、十人に一人ほど。
その中でも上級魔導師は数が少なく、せいぜい冒険者百人に対して一人いるかいないかだ。
さらにその多くが三十歳を超えていることを考えれば、ニースは相当な天才と言えるだろう。
冒険者になってから魔導師になったとは考えにくいから、おそらく名のある魔導師の娘か何かだとは思うのだが――そのことについて彼女は全く話そうとはしてくれない。
いろいろと事情があるだろうから、俺も深くは追求しないのだけれども。
「さて、今日はどんな依頼を受ける?」
ギルドへ向かう途中、通りを足早に歩く俺にニースが話しかけてきた。
PTを組もうと持ちかけてきたのは彼女だったが、今ではどちらかと言えば俺の方がPTの主導権を握っている。
こうして受ける依頼を決めるのも、いつの間にか俺の判断が重視されるようになっていた。
キャリアが長い分、俺がPTにまつわる諸々を判断した方が何かと都合がいいことが多いのである。
そのことをニースも、これまでの経験で学んだようだった。
「そうだな、俺も依頼に慣れてきたしここらで長期依頼でも受けてみるか」
「長期ねえ……うーん、まだ早いような気もするけど」
長期依頼というのは、その名の通り拘束期間が長期にわたる依頼のことである。
護衛や調査依頼などが主に該当し、拘束期間が一週間を超えると長期依頼とされる。
一日当たりの金額は決して討伐依頼などに比べて割がいいとは言えないが、期間中の衣食住を依頼人が負担してくれる場合が多いため、それなりに人気のある種別の依頼だ。
「ニースの杖、そろそろ限界だろう? 長期を受ければ、買い換えるための金がまとめて手に入るぞ」
「そう言われればそうね。買い替え時かしら」
ニースはそういうと、手にしていたトネリコ製の杖を持ち上げた。
古びて飴色となった木の杖は、先端の石突きの部分が削れて平らになってしまっている。
他にもささくれや欠けが目立ち、杖として重要な先端のクリスタルなどには問題がないが、相当傷んできていた。
彼女がギルドに入ったばかりの頃に買った物だそうだから、そろそろ寿命ということだろう。
冒険者の装備は伝説級の品でもない限りは消耗品。
ある程度傷んだら馴染みの武具屋で下取りをしてもらい、また新たな物に買い替えるのが普通だった。
「じゃあ、頑張って長期依頼を受けますか」
「よし来た。そうと決まったら急がないといけないな」
街の中心部に聳える壮麗な時計塔。
その白く大きな文字盤の上で、長針と短針はそれぞれ三十と六を示していた。
午前六時三十分――宵っ張りの冒険者たちのこと、まだ早い時間ではあるが長期依頼は人気がある。
できるだけ急ぐに越したことはなかった。
俺とニースは共に歩を速め、ギルドの建物へと掛け込んだ。
2.
広いエントランスはまだ閑散としていて、カウンターに並ぶ冒険者の数も少なかった。
俺たちは彼らをすり抜けるようにして、Cランクのカウンターへと向かう。
するとそこにはまだ誰もおらず、暇を持て余した受付嬢が鉛筆を積木代わりにして弄んでいた。
昨日は夜更かししたのか、瞼が半開きとなっているその眼は何とも眠たげである。
仕事はきっちりこなしてくれる上に作業も早いが――マナーに関してはFランクの子の方がマシだな。
「おーい、しっかりしろ。客が来たぞ」
「ああ、すみません! 申し訳ありませんでした!」
慌てて鉛筆を回収し、俺たちに頭を下げる受付嬢。
その様子に俺は思わずやれやれと息をついてしまう。
「ったく、昔っから変わってねえな。いつもそうじゃねえか」
「昔から?」
「いや、なんでもない。こっちの話だ」
俺がそう言って手を振ると、ニースは若干怪訝な顔をしつつも引きさがった。
危ない危ない……気を抜くとつい、こういう言葉が出てしまう。
もっと気を張り詰めておかないといけないな。
「……長期依頼はあるか?」
「少々お待ち下さい。今の時期は行商などがあまり動かない時期ですので、護衛の依頼などが結構少ないんですよね……」
そうはいいつつも、受付嬢はカウンターからクエストブックを取り出すと素早くページを繰り始めた。
するとしばらくして、彼女はとあるページで手を止める。
「ありましたよ、長期依頼!」
「良かった! で、どんなの?」
「ココルという村からの依頼で、調査依頼と討伐依頼がセットになっています。内容は『村の娘を何者かが襲って連れ去っている。犯人を調査して、出来れば討伐してほしい』とのことです――」