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元Cランクの第二の人生  作者: ぼのぼの君
序章 再生
4/7

第三話 過去の男

 0.


――魔力がある。

 そう言われた俺の心は、明と暗の二つに分かれて複雑なまだら模様を描き出した。

 明の部分は純粋に魔力が存在したことを喜ばしく思う心。

 暗の部分は長年の間に自身と一体化し、アイデンティティとさえなりつつあった魔力ゼロという特徴が失われたことを虚しく感じる心。

 その二つが混じり合い、絡み合い、有機的な模様を俺の内側で形作る。

 俺の強烈な英雄願望も、元はと言えば「魔力ゼロでも英雄になって見返してやりたい!」というものだった。

 魔力ゼロということが前提条件として初めのうちは確かに存在したのだ。

 しかしいつの頃からか俺は英雄という存在そのものに憧れを抱き始め、英雄になることそのものが俺の人生の一つの大きな目標となった。

――手段と目的がいつの間にか入れ替わってしまった。

 端的に言ってしまえばそう言うことかもしれない。

 だが、それは不思議と悪い気分ではなかった。


 そもそも、この身体になった時点で俺が俺として見返してやることは不可能なのだ。

 あくまで連中よりも上の地位に立ち、密かに嘲笑ってやることしかできない。

 俺としてはそれで十分であるし、それ以上は望まないので良かったのだが――そこに魔力があるという条件が加わると若干だが複雑な気分だ。

 魔力ゼロの人間が英雄になると言うことにも、俺は価値を見出しつつあったのだから。


「あの、どうかなされましたか?」


 顔をしかめて唸っていた俺に、受付嬢が戸惑った顔で話しかけてきた。

 そういえば、まだ手続き中だったな。

 俺はいつの間にか後ろに並んでいた冒険者たちに頭を下げると、すばやく登録証を受け取ってその場を後にする。


「ふう……。余計なことを思い悩むよりも、まず強くなる方が先か」


 ギルドを出た通りで、俺は大きく息をついた。

 俺は今『英雄になりたい』

 その思いに嘘はなく、非常に純粋な気持ちだ。

 そうであるとするならば、まずはこの夢を叶えるべく最善を尽くすべきだろう。

 英雄になってからのことは英雄になってから考えればいい。

 まだなれるかどうかすら、確実ではないのだから。


「せっかくだから、魔功術を試してみるか……」


 俺は通りを宿屋のある街の西部に向かって歩きながら、脳内で考えをまとめていく。

 せっかく肉体に魔力が宿っていることが判明したのだから、活用しなければもったいない。

 魔力はただ持っているだけでも役に立つが、活用すればその比ではないのだ。

 そして、俺が魔力を使ってやれることと言えば――魔功術だろう。

 これは魔力を用いて肉体を強化し、さらには魔力を一点に集中させることによって攻撃力や防御力を飛躍的に上げることができる技である。

 比較的簡単に使うことのできる技で、冒険者ならば初心者でも――以前の俺以外は――全員が用いていた。

 無論、熟練すればするだけ無駄がなくなり威力が上がるので初心者のそれと熟練者のそれとではさながら別の技術のようにさえ見えるが。


 こうして俺が顔をやや下に向け、考え込みながら歩いていると、何かがドンッと肩にぶつかった。

 通行人の誰かにぶつかってしまったらしい。

 俺はすぐさま振り返ると「ごめんなさい」と頭を下げる。

 すると、褐色の丸太のような腕がたちまち俺の肩をがっしりと掴んだ。

 恐る恐る顔を上げてみると――


「げッ、バルド……!」


 1.


 <樽飲み>のバルド。

 繁華街や色街では悪い方面に名の知られた冒険者である。

 その二つ名が示す通り底なしの酒豪で、ザルに通すようにがぶがぶと酒を飲んではあちこちでトラブルを引き起こしている。

 そのくせ実力だけはあって、いまやBランクだと言うのだから世の中ままならない。

 実力さえあれば、よほどのことをしない限りAランクまでは上がっていけるのが今のギルドのシステムだ。

 そしてこのバルドはギルドが許容する範囲というのを実によく心得ていて、評判は悪いものの処分を受けたことはない。

 立ち回りの上手い、典型的な小悪党というのがこの男なのである。


 <最古のCランク男>であるところの俺は、こいつによく絡まれていた。

 運が悪いことに、バルドと俺はつまみの好みが似通ていた。

 必然的に同じ酒場に出入りしていた俺は、何かと因縁をつけられてからかいの対象とされたのだ。

 かといって、当時の俺はこいつに勝てるだけの力はなく――言われるがままになっていた。

 最初のうちはやり返そうとしたこともあったが、ほとんど歯がたたなかったのだ。

 俺にとってバルドは憎悪を感じるクソ野郎であるとともに、畏怖の対象でもある。


「ほう、姉ちゃん俺のこと知ってんのか?」


 思わず名前を呼んでしまった俺に、バルドは機嫌良さそうに眼を細めた。

 やや黄ばんだ歯の並んだ口から、ふうっと酒臭い息が漏れてくる。

 この独特の匂いは、ドンテーヌ産のエールだろうか。

 昼間っからずいぶんといいものを呑んでやがる。


「あんたのことは割と有名だから」

「ほう、そうかいそうかい。俺もま、Bランクだからな。それなりには名が通ってるってことか」

「そういうことだ。じゃあな」


 その黒曜石を切り出したかのような巨体に背を向け、早々に立ち去ろうとした俺。

 しかしそんな俺の身体を、バルドの腕ががっしりと抱きかかえてしまう。

 熊のように毛深く大きな手が、俺のふくらみをやおらに揉み始めた。

 その感覚に思わず俺の背筋が引き攣る。

 まったく、なんて嫌な気分なんだろうか……!


「てめえ、何をするんだ!」

「はは、いいじゃねえかよ姉ちゃん! 減るもんじゃないだろう? なあ、せっかくだし今から俺とどうだ? 気持ちよくしてやるし、多少は金も払うぜ」


――こいつと俺が寝るだあ!?

 そのあまりのおぞましさに全身の毛が逆立ち、気が遠くなるような寒気がした。

 こちとら中身は男、どんな美青年相手だってご遠慮願いたいのに、よりにもよってこんな熊のような野郎など死んでも願い下げだ。

 俺は下側から乳房の重さを堪能しているバルドの手を捕まえると、力任せに引っ剥がす。

 思いきり力を込めたせいか、ボキリと鈍い音がして巨大な手がやや無理な方向へとねじ曲がる。


「うがああァ!! てめえ何しやがる! 女だからって調子に乗ってるとぶっ殺すぞ!」

「そっちこそ、女だと思って舐めてんじゃねーぞ!」


 やや距離を取り、睨み合う俺とバルド。

 騒ぎを聞きつけたのか、すぐに俺たちを取り囲むようにして人だかりができる。

 喧嘩は街の華、見かけたらとりあえずこうして大騒ぎをするのがここの住民たちだ。

 囃し立てる者は多いが、真面目に止めようとする者など一人もいない。


「バルド、気を抜いてやれよ!」

「姉ちゃんの顔に傷つけたら、承知しねえぞ!」

「おう、わかってらァ!」


 群衆の声に笑顔で応えながら、調子を整えるためにゴキゴキと手首や指の骨を鳴らすバルド。

 その顔は余裕たっぷりで、すでに俺を倒した後のことを考えているようだった。

 ただでさえ鼻の下の長い猿顔をしているのに、それがさらにだらしなく下へと伸びてしまっている。

 一方、俺の方は果たしてこいつに勝てるのかと顔には出さないが冷や冷やしていた。

 情けない話だが、昔のままの俺なら奴にはまず勝てないからだ。

 背中をツウっと冷たい汗が滴り落ちる。


「おりゃあッ!」


 腕力に物を言わせた豪快な拳。

 かなり大振りで、わかりやすい予備動作もある。

 が、それを補えるほどの威力とスピードがその一撃にはあった。

 見えたと認識した瞬間には、いつも地面に叩き伏せられていたのだから。


 しかし――今日の俺はそれを容易くかわすことが出来た。

 拳が長い髪の先を掠めて、地面へと落ちていく。

 思考した通りに身体の筋肉が躍動し、精密に動く。

 この身体は今までの身体とは違って、俺の思考に完璧に追いついていた。

 運動神経がいいとはよく言うが、この身体は本当に神経の伝達速度か何かが早いのかもしれない。


 チッ!


 バルドの舌打ちが鋭く響く。

 彼は繰り出した右の拳を引き、それと入れ違いざまに、今度は左の拳を繰り出してきた。

 脇腹をえぐり込むような鋭い一撃。

 ビュンと風を唸らせて迫るそれを、俺はまたも紙一重で回避する。

 するとバルドの正面に若干ながらも隙が出来た。

 俺はそれを見逃さず、がら空きとなっている顎に向かって蹴りを喰らわせる。


「ごはァッ!!」


 渾身の右キックを喰らったバルド。

 俺より頭一つ分ほど大きな筋骨隆々とした体が、足を軸にして縦に半回転する。

 天を仰ぐようにして倒れた奴は、背中から硬い石畳へと叩きつけられた。

 バコンッと鈍い音があたりに響き、土埃が上がる。

 しかしさすがはBランク冒険者、この程度のことでは参らない。

 後頭部をさすりながらも、すぐに上体を起こしてこちらを睨みつけてくる。

 そのやられっぷりに、群衆たちがどよめき立つ。


「こ、このアマァ!!」

「おいおい、やられちまうのか!?」

「バルド、お前そりゃねーだろ!」

「うるせえ!!!!」


 野次を飛ばした群衆に対して、バルドはいつもより幾分かトーンの外れた声で叫んだ。

 その顔は紅く上気していて、眦が裂けんばかりに眼を見開いている。

 そこにはもう先ほどまでの余裕は欠片も見られない。

 怒り狂った野獣そのものであった。


――こいつ、完全にキレたな。

 頭に血が上ったバルドの一方で、俺は次第に冷静となりつつあった。

 どうやら、こいつは今の俺の敵ではないらしい。

 それがはっきりと実感できつつあったのだ。

 それどころか、今までこんな奴に打ちのめされていたのかと自分で自分が情けなくなってきているほどだ。


「世の中って残酷なもんだな。無能だった頃はあんなに強く思えたお前が、才能ってやつを手に入れた途端こんなに小さくなっちまった。虚しいもんだぜ」

「てめえ、何言ってやがる」

「こっちの話だ。気にするな」

「……気に入らねえアマだ、許さねえぞ!」


 バルドは右の手首を左手で押さえると、拳にふっと息を吐きかけた。

 すると拳の周りの空気が歪み、蜃気楼のごとく揺れ始める。

 やがて現れる紫の輝き――魔功術だ。

 使ったことはないが見たことは何度となくあるので、感覚でわかる。

 どうやらバルドは、いよいよ本気で俺をやるつもりらしい。


「そっちがその気なら――」


 今までの俺なら黙って見ていることしか出来なかった魔功術。

 だが、今の俺の身体にはわずかながらも魔力が宿っている。

 ぶっつけ本番というのが何とも俺らしくて不安だが――やるしかない!


 右腕に精神を集中させ、身体の中に眠っているはずの見えざる力を引き出していく。

 細く白い腕に何本かの血管が浮かびあがり、にわかに血流が激しくなった。

 それと同時に、何か暖かいものが拳に向かって一気に流れ込んでいく。

 燦々と輝く陽光のような、不定形のそれを見えない手で掻き集めるように意識した。

 するとやがて、拳が白い輝きを放ち始める。


「うおおおッ!!!!」


 雄叫びとともにバルドが踏み込む。

 踏み込んだ先の石畳が割れ、乾いた音が響いた。

 それに合わせるように俺もまた足を踏み込み、拳と拳を激しく衝突させる。

 紫と白が交錯し、激しい衝撃が右腕を襲った。

 だが、それと同時に――――バルドの身体が吹っ飛ぶ。

 褐色の巨体は近くの壁に叩きつけられ、壁の石組が大きく凹んだ。

 激しい衝撃音が響き、バルドの上にばらばらと砂が落ちる。


――まさか、死んでないだろうな。

 ゆっくりとバルドの方へ近づく俺。

 すると俺の存在に気付いたバルドは大きくせき込みながらも、猛禽のような眼でこちらを睨みつけてくる。

 なんだ、まだピンピンしてるな。


「クソ、覚えてやがれ……!」

「……そう言ってまともに仕返しする奴はいないんだよ」


――ただし、俺は例外だったけどな。

 俺はそう心の中で付け加えると、チクショウと叫ぶバルドを背にその場を歩き去る。

 驚きを顔に浮かべつつ、野次馬たちが一斉に俺の方へと迫ってきた。

 凄い凄いと騒ぎ立てる彼らを振り払いながら街をゆくのは、存外に悪い気分ではなかった――。


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