私の日常
将来国を背負って依頼をこなすサルディーネ候補生のメルセナリー学園の生徒は、将来のため、学生のうちから依頼をこなして慣れなければならない。
なので、学園は内外から様々な依頼を受注し、依頼を吟味して、レベルに合わせて生徒に振り分ける。
一人でこなすものもあれば、数人でチームを組んで行うものまでその内容は多岐に渡る。
◇ ◇ ◇
私の今回の依頼に関わるものを睨みつける。
「おい、私をなめるのもいい加減にしろよ。殺すぞ」
殺気を漲らせながら、さんざん辛酸をなめさせられた相手を睨みつける。しかし相手はどこ吹く風と完全ななめくさった態度でふんと鼻で笑う。
降り積もった苛立ちにこの態度が引き金となりぷっちーんときちゃいました。
「ふっ、そっちがそのつもりなら、手加減はしない。調教してやるよ」
その言葉を皮切りに、目の前の憎たらしい敵と私は同時に動き出す。
どちらが上かを相手に思いしらせるために、目の前にいる犬にむかって。
◇ ◇ ◇
「サラ・ハーミッド。お前の今回の依頼は?」
依頼完了報告と引き渡しを完了し、依頼所から寮への帰路、突如現れた、イグラント教官、まあつまるところ、私の担当教官に何故かつかまり、その後ひきずられるように教官室に連れ去られ、床に正座を強要される。そして教官は椅子に座り、わたしを見下ろしてくる。パワハラ?と言ったら殴られた。ひどい。
そして、先ほどのセリフにいたる。
「クソ生意気な犬の散歩です」
「そうだな。頭に余計な形容詞はいらないが覚えていて先生は安心だよ。だがな、何故お前はあの犬と戦ってたんだ?」
見られてしまっていたらしい。これは罰則コースへごあんなーい、なので、話題を変えてみる。
「教官。私のこと好きなのはわかりますけど、ストーカーはちょっと……」
また殴られた。痛い。
教官はイケメンで仕事もできるけど、気が短くて手が早いから結婚できないんだなーと痛む頭に耐えながら思いを馳せる。
これを口に出せば殴られるくらいわかっているので、思うだけ。口には出さない。
とうとう痺れをきらしたらしい教官は端的に尋ねてくる。
「お前、真面目に報告するつもりあるか?」
「ほんのちょっぴりは」
おっと思わず正直にぺろっと言ってしまったので、殴られる前に弁解する。
「いや、違います。あります。超あります」
話をまた変えることも考えたが、これ以上話を逸らして殴られたくない。
殴られないために話をそらして、そのせいで殴られてたら意味がないのだ。
「じゃあ、報告。真面目にな」
釘をさされた。真面目に話すと何も面白みがないが、いいのだろうか。
「あの犬、完全に私を格下にみてたので、散歩が思ったようにできないし、挙げ句の果てにわたしを食べようとしてきたので、反撃するついでに、二度と反抗する気が起きないようにボコっただけです。もちろん、ちゃんと怪我は治しておきました」
犬の散歩といってもこの学園にくる依頼。ただの犬ではなかった。ヘルハウンドという愛玩用にはちょっと……というような魔獣であった。
種族名も名前も長いから、一応生物学上の名称をとって、犬と呼んでいただけなのだ。ちなみに、犬の本名はヴィクトリア・リディア・マッティーニ。犬にミドルネームとか馬鹿じゃね?
飼い主は絵に描いたような成金のおばはんで、ふくよかな体型を紫色の服に身を包み、ぎらぎら貴金属で飾り付けて、さらに私に預ける前に「ヴィーちゅわーん、ママはちょっとお出かけするから、いい子にしてるのよー」と、ぎゅうぎゅう犬を締め付けながら ( 抱きついているのではない、締め付けているのだ ) 言うような、愉快な、いや、うそ、きつかった、絵面的に、人柄であった。
強烈だが、魔獣を従わせる力はなさそうだったので、服従の首輪か何かをつけさせているのだろう。やたらと好戦的だったのは、おばはんに対するフラストレーションが溜まっていたからかもしれない。気持ちは分かるが同情はしない。
私の真面目な報告にはーっと大きな溜め息をつく教官。
人が真面目な顔でした報告に対する態度がそれってひどくないか?
「理由はどうであれ、依頼主に知られるとクレームをつけられるような行為をしたのは将来のサルディーネとしてはふさわしくない。が、今回の件に関しては正当防衛ということで、反省文五枚でいい。今後は十分に行動に気をつけるように。では、戻っていいぞ」
おっと。思っていたよりも罰が軽い。最低でもトイレ掃除一週間とか言われるかと思ったけど。ま、思ったより少ないのはいいことだ。
こんだけなんだったら、初めっから誤魔化したりせずに、正直に話してた方がよかったんじゃと頭をよぎった気がしたけど気のせいでした。誰がなんと言おうと気のせいです。
許可も出たことだし帰ろうと、正座を解こうとしたけど……。痺れてるしっ。
教官にばれたらまずい。まずいが動けない。振り向くなーと念じるがこういう時こそ、願いは叶わない。
教官がこちらを向いて一瞬怪訝な顔をしたあと、にやりと悪魔のような笑みを浮かべる。
そして案の定……。
少しのち、教官室には非常にすっきりした顔のイグラント教官と息も絶え絶えで涙目の私がいた。
「訴えてやる。セクハラとパワハラの両方面から訴えてやるっ」
捨て台詞を吐いて出て行ってみた。完全に負け犬だ。