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目が覚めた。もう時計は天辺を通り越している。
寝起きの頭でゆっくりと昨日の出来事を思い出す。
部屋の中を見渡したけれど、ヘヴンさんの姿はなかった。
ベッドの上は綺麗に片付いていて、その上にキッチリ畳まれたジャージが乗っかっていた。
とりあえずトイレにいきたいので部屋から出ると、階下から話し声が聞こえてきた。リビングにでもいるのだろうか。話し声……またピコ生でもやってるのだろうか。
階段を下りていくと、開けっ放しのリビングのドアの向こうにジャージの後ろ姿が見えた。パソコンは開いていない。代わりにテレビが大きめな音で流れている。
「――続いての登場はぁ、最近話題のメンタリスト上野兄弟です!」
廊下にいても内容が丸聞こえだ。メンタリストか、ヘヴンさんそういうの好きそうだなーと思いながらトイレに行った。
すっきりすると同時にヘヴンさんに貸したジャージは畳まれていたことを思い出す。
「え!?」
慌てて諸々をしまいトイレから飛び出る。リビングにはジャージ姿の人が座っている。
「おい!お前!」
俺はいつでも逃げられるように廊下から声をかける。
ジャージが立ち上がった。背が高い。明らかにヘヴンさんではない。そして、振り返る。
短い髪、小さい顔、ちょっとつり目、唇は薄い。イケメンってほどでもないけど、整っていないわけじゃない。全く知らないような気がするけど、見たことがあるような気もする。
男が襲ってこない事にほっとして、俺はリビングに足を踏み入れた。
「お邪魔しているでござる」
男は深々と礼をした。その喋り方で俺はようやく誰だか分かる。
「お前、昨日のサムライ男か!?」
誰だか分かったところで、なんで家にいるのかは分からない。いや、大体の見当はつくけれど。
「ヘヴン殿に危機が迫っていると伺って駆けつけたでござる」
「やっぱりか!」
案の定だった。しかし、肝心のヘヴンさんの姿が見えない。
「ヘヴン殿は朝ご飯を買いにコンビニへ行ったでござる。じきに戻ってくるでござろうよ」
言い終わると男はずいっと近づいてきて、俺の視界は男の胸しか見えなくなった。こんなもの見たくない。
「デウス殿、話はヘヴン殿から伺ったでござる。デウス殿はヘヴン殿を組織から救うために尽力なされたそうですな。それなのに拙者、昨日は悪漢などと勘違いして攻撃してしまって……」
男は立ったままの姿勢から、アクロバティックに土下座した。
「本当に申し訳なかったでござる!!!」
「……いや、いいから。気にしてないから」
そんなことより、語尾の『ござる』の方が気になる。
「デウス殿……心の広きお人よ……」
男はアクロバティックに立ち上がると、俺の両手を強く握りしめながら涙を目にたたえた。
「まあ、それはいいんだけどさ。同じ黒高だったんだな」
「え!?」
男はぱっと手を離して後ずさった。
「いや、ジャージに書いてあるし」
俺は男の服を指差す。黒地のジャージ、後ろには白い文字で黒森高校と書いてある。それは俺の通う高校、略して黒校の体操服だった。
「え?デウス殿……も……‥?え?つーか何年?ですか?」
「俺一年だけど」
「同じでござ……同じです……‥マジでござるか……マジかあー」
男は頭を抱えてうずくまってしまった。背が高いせいか、上下の動きがやたら大きく見える。
「あ、もしかしてお前鳥羽?剣道部のエースの」
直感で、そう思った。
俺のちょっとだけ好きだった折井の心を奪った相手だ。そういえば、昨日まで結構落ち込んでいたのに折井の事をすっかり忘れていた自分に驚いた。
「……‥そうです……‥」
鳥羽は消え入りそうな声で肯定した。
「そうなんだ。それが、ジャスティスサムライねえー」
「うおおおおおおおおお」
「世界の危機が迫ったら連絡してくれでござるーねえー」
「あああああああああ」
俺が言葉を発するたびに、鳥羽は床の上をのたうち回った。イケメンらしい人間が俺の一言でめちゃくちゃ動揺するのは気分が良かった。
「ふーん、剣道部レギュラーでカッコいい鳥羽君が、ジャスティスサムライだった何テナー知らなかったなー」
「お願いします、どうか学校では言わないで下さい……」
「いやーどうかなーこれからの君の行い次第でござるなー」
「何をすればいいでござるか……」
「ござる?」
「あああああ!ついうっかり!」
俺は笑いをこらえきれなくなって、思わず吹き出した。一度吹き出すと今まで我慢していた分、押さえきれなくなって大笑いになっっていく。鳥羽はそんな俺を見て、足下にがっくりとひざまずいた。