6
パソコン画面の光に映る女は、驚くことにまだ着替えていなかった。
女は笑顔を崩さないままでこっちを見る。目が合った。お互い見つめ合ったまま、数秒の時が過ぎる。
「闖入者が入ってきたわ。でも安心して、敵じゃないわ」
女はパソコンの画面に向き直り、画面に向かって笑顔で語りかけた。
「やっと巡り会えたソウルメイトよ――そう、運命に導かれて……」
俺はそっと近づいて、後ろからパソコンを覗き込んだ。その画面には女の後ろから覗き込む俺の顔が映されていて、その上をいくつかの文字が右から左に流れていっていた。
〈彼氏?〉〈リア充爆発しろ〉〈放送事故www〉〈ヘヴンちゃんでさえ彼氏がいるのにお前らはwww〉〈彼氏さんちーっす〉〈非処女確定www〉などなど。俺が映ったことによってコメントが増えたようだ。
しかしこの画面、見覚えがあるな……。ああ、ピコピコ動画が提供する生中継動画配信サービス、略してピコ生である。
「ちょっ、デウス!?映り込んでるわよ!」
女は驚いて振り向いた。
「お前!ピコ廚だったのかっ!」
その隙に、俺はノートパソコンを閉める。ちなみにピコ廚とはピコピコ動画にはまっている人のことである。
「ずっと出てこないと思ったら人の家に勝手に上がり込んでピコ生やってるんじゃねーよ!ちょっと心配したじゃねーか!俺は眠いの!早く着替えろ!早く着替えて出てってくれ!俺はピコ廚もビッパーも大っ嫌いなの!いい年して恥ずかしくないの!?ねえ、これお金もかかるんだよね?ねえ、このお金誰が出してんの?親?ねえ、恥ずかしくないの?」
俺は女のおでこを人差し指で連打した。
「つーか着替えるって言ってたじゃん?嘘付くの?ねえ?」
俺は女の肩をつかんだ。
女は身をよじって避ける。
その拍子に椅子が倒れ、女は立ち上がってドアの方へ向かおうとする。
しかし、椅子の足に引っかかって転びそうになった。
俺は女の腕を掴んだ。
二人一緒にバランスを崩して、ベッドの上に倒れ込む。
それでも尚逃げようもがく女の腕を背中に回して組み敷いた。
そして暴れる女の頭を押さえつけ、ファスナーを引き下げた。
「ひゃうん!」
女が胸を手で押さえて振り向いた。恥ずかしがっていはいるが、ワンピースの下にも肌着のようなものを来ているせいで何も露出していない。女は泣きそうになっていた。
その表情で俺は我に帰った。
「はっ!ごめん……」
女は何も言わない。やたらパソコンの方を気にしている。俺もつられてそちらに目をやった。なにやらパソコンの横に、小さい監視カメラみたいなものが置いてり、ケーブルでパソコンに繋がっている。よく見ると完全に閉じたはずのパソコンは、何かが挟まっていて1センチくらいの隙間を残している。……とても嫌な予感がした。
おそるおそるパソコンを開く。
〈神展開〉〈レ●プ生放送〉〈運営早くwww〉〈BAN〉〈放送事故だと思ったらもっと放送事故だった〉〈REC●〉他はほとんどwの文字で埋め尽くされていた。
「……ヘヴンさん、これどうやったら消せますかね」
「多分、もうすぐ……」
女は胸を押さえて、恥ずかしそうに呟いた。その直後に画面には放送終了の文字が映った。
「…………」
「…………」
俺は黙って部屋を出た。
「あの、さっきはごめん。別に……危害加えようとか、服を脱がそうとか、そういう気持ちはなかったんだ。いや、別に信じてもらえなくてもいいんだけど」
俺はドア越しに謝った。ヘヴンさん(仮)は何も答えない。
「なんつーかさ、深夜のテンションでちょっと頭おかしくなっちゃっててさ。言い訳にしかならないと思うけど。俺さ、女の子と仲良くした事なくて、男ばっかでさ、なんかこういうのよく分からなくて、ついつい調子乗りすぎちゃったんだよ。本当にごめん。反省しても仕切れないくらいしてるよ。今すぐ土下座出来るよ」
ガチャリ、と音を立てドアノブが捻られた。俺は廊下に膝をつき、すぐに土下座出来る体勢で待つ。
「いいえ、デウス。私たちはもともと一人の体だったの。何も恥ずかしいことなどないわ」
ヘヴンさんがドアを開けて出てきた。俺の貸したジャージはちょっと大きすぎたようで、袖や裾を何回も折り返している。言い回しも平常運転に戻ったみたいで俺はほっとした。
ヘヴンさんはジャージのファスナーに手をかける。
「なんなら今ここですべてを見せてもいいのよ」
「うわあああ、ちょっとちょっとまって!」
ファスナーを下ろそうとするので、俺はあわてて止めた。するとヘヴンさんはすぐに手を止め、悪戯っぽい笑みを浮かべて俺を見る。どうやら本気ではなかったようだ。
「ふふふ、まだ力に目覚めきっていないみたいね。私の心も読めないなんて、以前のあなたでは考えられない――」
女が言い終わらないうちに、俺の部屋から聞いたことのないメロディーが響いてきた。音につられるように女が部屋に入っていくので、俺も続いた。
女はカバンの中から携帯電話を取り出す。彼女らしい、真っ黒の機種だ。この音楽は、彼女の着信メロディーだったらしい。
「え……」
ヘヴンさんは、中身を見るなり携帯電話を取り落とした。
「大丈夫か?」
俺は携帯を拾ってヘヴンさんに渡すが、なかなか受け取ろうとしない。顔を見ると、真っ青になって唇をぷるぷると震わせている。
「え?お前……いや、ヘヴンさん、本当に大丈夫なのか?」
とりあえず暫定でヘヴンさんと呼ぶことにする。彼女は小さく頷くと、かすれるような声で言葉を発した。
「組織から……メールが来たわ……」
「組織?」
「そうよ、私たちの命を付けねらう、残虐非道な手段だわ」
駄目だ、彼女の説明を聞いていても全く概要が掴めない。
「なんてメールが来たの?」
ヘヴンさんの狼狽えぶりは心配を誘うものだったので、突っ込まずに話しを先に進めた。
「ええ……」
ヘヴンさんは携帯電話を俺に差し出した。
「見ても?」
そして、小さくこくんと頷く。
こんばんは、フレイムヘヴン
久しぶりだね
君の出会ったソウルメイトとやらは君の肉体にしか興味がない下衆野郎だったようだね
それもこれも、僕の忠告を守らない罰だよ
やはり君の場所は、我々とともにしかないようだね
近いうちに迎えにいくよ
待っていてくれたまえ
sai代表 旭山蓮司