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「お前、お邪魔しますくらい言えよ」
「おかまいなく」
「構うよ!俺が!」
「……(おじゃましまーす)」
「こいつ!直接脳内に!?……ってばか!!!」
深夜のテンションで思わずノリツッコミをしてしまった。女はにまにましながら俺を見た。やめろ、そんな目で見るな!
「さすが私のデウス、話が分かるじゃない」
俺は女の目を見ないようにしながらリビングに先導した。なんかちょっと仲良くなっちゃったことが悔しい。
「つーかさ、なんで俺の家が分かったわけ?」
「ふっふっふ、我が邪気眼の前では隠し事など無用……」
「お前キャラ設定めちゃくちゃだな」
「せっ設定ちゃうわ!邪気眼とは捜索魔法の一種で――」
「うるさい」
俺は右手で女のほっぺたを下から挟み込んだ。唇がクチバシみたいにとんがる。解けた化粧と相まって新種の妖怪みたいだ。
「うーうーうーうー」
女が呻くので俺は手を離してやった。
「で、なんで俺の家が分かったの?」
「だから邪気――」
もう一度ほっぺたを掴む。今度は力をあまり入れなかった。声がきちんと出るように。
「すみません。表札みてまわったら、シナガワって家はここしかなかったのでピンポンしました。すみません。離してください」
俺は手を離した。そして、二度と怪しい人物に名前を名乗らないことを心に誓った。
「ところで、何か着替えるものはないかしら。この服疲れるのよ」
手を離した途端に不遜な態度を取るのでいらっとしたが、女の肩から鳴る音が壮絶すぎて何も言えなくなってしまった。人が出す音とは思えない。プラスチックが立てる音のようだった。まさかこいつ、人間ではない設定のために肩にプラスチックを仕込んでいるんじゃないだろうか。この女ならあり得る。
そっと肩に触れてみたが、布の感触と、その奥にある小さな体の感触しかない。なんだか壊れやすいものに乱暴に触れてしまったようで、あわてて手を引っ込めた。
明かりの下であらためて見る女の格好は、確かに肩が凝りそうなものだった。
まず全体的に黒い。赤みがかった長い髪に対し、ワンピースも爪も真っ黒だった。そしてレースだらけ。頭にもレースの付いたカチューシャ?が乗っかっている。スカートはやたら大きくて、三段くらい重なっている。しかもその裾の全部にレースとかフリルが付いている。レースもフリルも胸元のリボンも頭の飾りも全部黒。黒い布に黒いレースなんて目立たないからつけなくてもいいんじゃないかと俺は思うのだが、違うのだろうか。左手に持ったカバンもフリルだらけ、更に今は見えないが中に入っている財布もレースだ。
「ゴスロリって大変だな……」
つい感嘆の溜息を漏らしてしまう。しかしその台詞を聞くや否や、女は肩のマッサージをやめキッと睨んできた。
「黒ロリ!」
「え?」
「ゴスロリじゃないの!黒ロリ!」
「くろ‥‥り?」
「く・ろ・ロ・リ!メイドでもロリータでも甘ロリでも白ロリでもないの!黒ロリ!」
「あ、はい」
「いい!リピートアフターミー、黒ロリ」
「くろろり?」
「エクセレーント!」
「…………」
女を無視して、二階の俺の部屋へ向かった。女の着替えを探すためだ。
結局女が着られそうな服が、俺のジャージしかなかったのでそれを貸した。高校の体操着だが、洗濯しているので綺麗だろう。一応説明したが、女はすんなりと了承した。
「絶対に入ってこないでね!」
「お前こそ俺の部屋のものに一切触るなよ。いいか、絶対だぞ」
そのまま俺の部屋で女が着替えることになり、俺は廊下に閉め出された。俺の部屋なのに。仕方がないのでリビングでゴロゴロしながら女が着替え終わるのを待っていた。
俺の部屋は今年、高校に上がった記念に模様替えをした。雑誌を真似たレイアウトにしたのでシンプルでお洒落だと思う。無駄なものはほとんど無いが、メタルラックの一番下にある段ボール箱の中にはまあそれなりに人には見られたくないものがしまってあるので、俺は気が気じゃなかった。
…………。
………………。
……………………………………‥‥。
遅い。
確かに脱ぎづらそうな服ではあったけど、もう三十分以上経っている。脱いで着るだけなのに、いくらなんでも遅すぎる。
俺は足音を立てずに階段を上り、ドアに耳を近付ける。物音がするので寝てはいないようだ。
「あ……‥ん……‥‥でも…………」
!
女の声がする。
「……違うの……‥‥まって…………」
誰かと喋っているのだろうか?
気になるが、ドアを開けた時に着替えている最中だったとしたら気まずいどころの話しではない。ぐっと我慢して、ドアに耳をそばだてた。
「無理よ……ここでは出来ないわ」
俺の脳裏には男に迫られて壁際に追い込まれる女の姿が浮かんだ。女は嫌がっている振りをして内心喜んでいる。男が女に服を全て脱ぐように指示する。女がそれを断ったときの台詞が「無理よ……ここでは出来ないわ」だ。
違うかもしれないが、中で女が誰かと話していて、無理な事を命じられているのには違いない。
家には俺しかいないはずだが、窓から侵入してきたのかもしれない。
誰だろうと、やってやる。
俺はドアを勢い良く開けた。
バーーーーーーーンッ!
「へ?」
扉を開いた俺が目にしたものは、一人、ノートパソコンに笑いかける女の姿だった。