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正しい異能の使い方  作者: 蜂末 新
ヴァルプルギスの双子
3/46

「じゃあ、僕もそろそろ……」

 俺はそっと立ち上がった。背中にずきりと痛みが走る。

「え?もう行ってしまうの?」

「まあ……夜も遅いし」

 見上げた公園の時計は、薄暗い街灯に照らされて0時過ぎを指していた。

「まさか……眠いの?」

 いや、眠くはないですけどね。早くあなたから離れたいんです。と言う台詞を飲み込んで、俺は頷く。

「そう……あなたはまだ現世の器にとらわれているのね。なら仕方ないわ」

 意外にもあっさりと引き下がってくれて、俺は驚いた。しかしこれを逃す手はない。

「え?あ、じゃあこれで。おやすみなさーい」

 俺はそそくさとその場から去った。もう今日は疲れた。変な女には炎のマジックを見せられるし、なんか知らない変なやつに背中を棒で殴られるし。

 しかし数歩進んだところで、右腕に不自然な抵抗を感じ前に進めなくなった。

 おそるおそる振り返る。女がベンチに座ったまま服の袖を握っていた。

「あのー僕、これじゃ帰れないんですけど」

「あなた今力を失っている状態でしょ?このままじゃ危ないわ。だから眠っている間、私があなたの体を守ってあげる。だってあなたは大事な私の半身、今ここで失うわけにはいかないもの。こうしている間もいつ“組織”に狙われているとも限らないわ」

「……つまり?」

「あなたの寝床に案内して頂戴。私が結界をはらせて頂くわ」

 ………………。

 風が吹いた。

 考えろ。考えるんだ品川圭!どうしたらこの女から逃げることが出来るのか。今を逃したら完全に家まで付いてこられるぞ!

 俺のニューロンをシナプスが駆け巡る図が頭の中に浮かんだ。理科で神経細胞について学んで以来、集中して考えるときにはこの図が頭に浮かんでしまう。浮かんだだけで結果が伴わないことも多いのだが。最後にこの図が浮かんだのは高校受験の最中だった。実に五ヶ月ぶりに俺は集中してものを考えていることになる。

 そして、一つの答えが出た。

「どうしたのかしら、シナガワ?」

 俺は出来るだけ低い声を出して答えた。

「あの……フレイムマスター?」

「フレイムヘブンよ」

「すまぬ、フレイムヘブン」

「ええ、いいわ。私をその名で呼ぶってことは思い出したのでしょう?“組織”の記憶改変を断ち切れたのね!」

「ああ、そうだ……今、意識がはっきりと思い出せた」

 意識が思い出せるって何だよ!俺は心の中で突っ込んだ。慣れないことすると駄目だ。しかし始めてしまったからにはやけくそだった。このまま残念な会話を続け、女を騙して逃げるしかない。

「まあ……じゃああなたの本当の名前も思い出したのね?私たち二人だけの、大事な名前……」

 名前だと?彼女の設定にはそんなものがあったのか。知ってる訳がないがなんか適当なことを答えておこう。この女が気に入りそうなものを何か。しかし時間がない。即座に答えない事で女に疑問を抱かれてしまっては困る。

「………………デウス」

 とっさに出てきたのは、その言葉だった。

「え?」

「俺の名前はデウスだあああああああ!」

 俺はやけくそになって叫んだ。直後に近隣の住宅の電気がぱっと付いた。

 うひょう!スポットライトみたいでカッコいい!

 一瞬俺の中の中二病が目覚めてしまったが、今はそれどころではない。この隙に逃げよう。

「いかん!奴らに見つかった!俺は隠れ家に身を隠させて頂く!」

 俺は走った。それは体育の授業でも見せない、俺の、本当の、全力の走りだった。

「うげあっ」

 公園を出たところで足が吊った。

 後ろからはパタパタとした足音が聞こえる。女が追ってきているのだ。あわてて走り出そうとしたが、吊った足は力を入れると激痛がして走れそうにない。俺はしゃがんでふくらはぎをさすりながら、目の前に見える我が家を恨めしく睨んだ。

 ガンッガンッバサバサッ。

 女が公園入り口の車止めにカバンやらスカートやらをぶつけながらやってくる。

「ああんっ、もうっ!」

 女のスカートが車止めに引っかかったようだ。しかし、ここで数秒時間が出来たところで俺は逃げ出せないのだ。死へのカウントダウンが少し伸びたところで――。

 その時、俺の目に公園の植木が目に入った。そして一つの案を閃いてしまった。

 俺は笑いを噛み締めながらその思いつきを行動に起こした。

 息をひそめてしばらく待っていると、女が公園から出てきた。辺りをきょろきょろと見回して、俺の姿を探しているようだ。しかし、その目に俺の姿は映らない。

「消えた……?……まさか……」

 女は虚空を見つめながらふらふらと歩みだす。

「まさか……デウス……“あの力”を使ってしまったというの……」

 あ、名前、お気に召して下さったんですね。

「デウス……私の可愛いデウス……私を置いていかないで……」

 女がふらふらと歩き去るのを見送って、俺はゆっくりと植木の中からはい出そうとした。

 しかし、人の気配を感じて動くのを止める。

 左の方から、スーツを着た男が歩いていくのが見えた。丁度あの女が行った方向に向かっていく。俺の目の前を通り抜けたのに足音はほとんどしなかった。

 こんな夜中に、何も持たずにスーツで歩く男はかなり異様に思う。あの女はただの中二病をこじらせすぎた感じだったけれど、この男は本物の危ない人かもしれない。

 俺は身震いした。

 あの男のせいか、さっきかいた汗が冷えたせいは分からなかった。

 男が見えなくなってから十分な時間が絶ったあと、俺は立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。吊った左足が痛む。あとまだちょっと背中も痛い。足を引きづり、背中をさすり、それでもなお歩き続けた。

 そして、ものの5秒で家にたどり着いた。

 自分の家が、公園の真向かいにあってこんなに感謝したことはない。俺は後ろ手でドアを閉め、施錠を3回確かめて、更にチェーンロックも掛けてから靴を脱いだ。

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