京都大紀行 ~二日目~
この小説は『姫の学校物語Ⅱ』第二章です。第一章からお読みになったほうが、話の内容がわかりやすいと存じます。
京都大紀行 二日目
朝。私の目覚ましより五分早く設定してあったラプンツェルの携帯の音で目が覚めた。
「……おはよう」
「……おはよう」
私とラプンツェルは起きたが、茨姫が機能していない。本人から聞いてはいたが、さすが眠り姫。その程度では起きないということなのか。
「おはよう」
お、起きた。えらいぞ茨姫。
だが、まだ温かい布団の中からは出られないようだ。しばらく布団の上で転がっていたラプンツェルが、私の目覚ましでいきなり起きだした。
「さあ、起きようか」
と思いっきり笑顔で布団をはぐ。
「やめろよぉー」
そう言いながら、茨姫はあわてて飛び起き、浴衣裾を直した。まだ若干寝むそうではある。
今日は珍しくスカートの茨姫。その珍しさから、ラプンツェルは朝から元気にぴらぴらしたスカートの裾をめくろうと茨姫を追っかけている。もはややりたい放題だ。おかげで茨姫も目が覚めただろう。
朝から、騒がしい一日を予想させてくれる。
今日引率してくださる先生は昨日とは違う先生だ。
一日どんな研修旅行となるのか、とても楽しみでしかたがない。
一番初めに向かうのはラプンツェルの要望で晴明神社だ。そこまでは電車を使い、後は歩いて行く。先生によれば、大通りの端にあるらしい。朝早いのでほぼ誰もいない貸し切り状態の電車だったので余裕で座っていくことができる。までは良かったが、そこからは長い道のりを歩くことになった。あらかじめ、駅から少し長い距離を歩くことになることを、先生から伺ってはいたのだが、まさか二十分くらいの道のりを歩くことになるとは思わなかった。バスを使うこともできたのではないかと後々思ったのだが、特に急いでいるわけでもないのでのんびりと歩いて行く。
ナビに頼って晴明神社を目指す。今日もピーピーと親切に道案内をしてくれていた。道中、先生が昔の京都についての話だとか、昨日行ったところの話だとかをしてくださった。どうやら、昨日先生が担当した班が行ったところと私たちがこれから向かうところは結構重なっているらしい。先生の話を伺いつつ、ナビの道案内を必死に見てやっと晴明神社にたどり着いた。本当に大道路を横に入った奥に晴明神社があった。
晴明神社はその名の通り安倍晴明を祭っている神社なので、多くの作家が参拝しているようだ。というのも、作家のサインの入った絵馬が上にたくさんあったのだ。もちろん『陰陽師』の作者である夢枕獏先生もいらっしゃっているようだ。彼のサイン入りの絵馬は一つどころではなく、ざっと見ただけでも三、四はあった。
ここには陰陽師にまつわるものがちらほら見える。マンホールの上には太極図が書いてあったり、やはり、五芒星は、鳥居やお守り、絵馬などいたるところにある。御神木のところでは、茨姫が「木の精霊との交信」というものをしていた。というのも「樹齢推定三〇〇年。楠はかつて虫除けの樟脳の原料としていました。樹皮に触れると独特の感覚があります。両手をあてて大樹の力を感じとってください」(晴明神社ホームページより)というようなことが書いてあったからだ。はたして彼女は何か感じ取ることができたのだろうか。後で彼女に聞いてみたところ。
「もう少し女性らしくなりなさい」
と言われたそうで。ふむ、結構現実的なことをおっしゃる精霊様である。余計な御世話だ。
神社見どころの中で変わり種といったら、戻り橋だろうか。戻り橋とは安倍晴明が奥さんのために式神を封印したところである。ちなみにあの世とこの世をつなぐ橋ともされている。それらのところでカメラのシャッターを切った。ラプンツェルは今日も眼切れに磨きがかかっている。先生もよく写ってくださった。
さてさて。ここで一番不思議なのは、なぜか五芒星にものすごい魅力を感じることだ。線で一筆書きした星で、いつでもすぐに、自分で書けるものなのだが、何がそんなに魅力なのかよくわからない。が、お守りなどがほしい衝動に駆られる。結局は買わなかったのだが、なんであんなにカッコよく見えるのだろうか。もしかしたら茨姫の厨二病が移ったのかもしれない。なんだかんだいって、初めから私もその病気にかかっている一部の人間なのだが。
晴明神社はお祓いの神社である。ぜひともこの病気を払ってほしいものだ。
次に向かうは伏見稲荷神社。今度はバスと電車を乗り継ぐ。晴明神社は特に何もないので、そんなに時間がかかることはないだろうと先生はおっしゃっていたし、私もそう思っていたのだが、意外と長居をしてしまった。そして、バス停がどこにあるか分からず、同じ場所をうろうろしてしまい、思っていたよりも時間を食ってしまったので、微妙な時間に伏見稲荷の駅まで着くこととなった。といっても、元から立っていたのは行動予定表だけで、時間などは行き当たりばったりだったのだが。
少し早いが、駅から神社までの道中、昼食を取ってから神社まで行くことにした。茨姫が蕎麦アレルギーの為、なるべく料理の種類のあるところを先生が選んだ。私とラプンツェルはあまりおなかが空いていなかったので、梅干しの卵綴じうどんを二人で分けて食べることになった。茨姫は、親子丼。私もこれが食べたかったのだが、どう考えてもそんなに食べられる気がしない。先生はニシンそば。こちらのほうは、京都が発祥なのだそうで、見た目も思ったよりインパクトがあった。結構大きなニシンがごろっと入っていた。先生も私たちも全て完食。ただ、私にはこのお店に入る前から気になっていたものがあった。ラプンツェルも少々気になってはいたらしいのだが、外に売っている、焼き芋が非常に美味しそうだったのだ。だが、いま、昼食を食べたばかりだったので、とても買う気にはなれなかった。帰りの時に気が向いたらということでひとまず保留にしておくことにした。
お待ちかねの伏見稲荷神社。ここで、私と茨姫にはとある目的があった。それは、狐のお面を入手すること。東京ではあまり見かけないので、京都であればいいなと思っていたのだ。勿論ここにはいたるところに売っていた。私はできるだけ安く仕入れようと思い、ラプンツェルに手伝ってもらいながらも店を転々と見て回った。最後、駅への帰り道でお面を購入。さらに、中学で気になってはいたが、購入しなかった番傘も手に入れた。そのため焼き芋は買わなかったのだが、今になってそれが悔やまれる。一方、茨姫はといえば、神社に着く前に、早くも狐面を購入していた。そして、先生は店の前で少し大きめの鞄を見ていらっしゃった。「先生、どうしたんですか」と尋ねると、ばらばらと持っている荷物が邪魔なので、一つにまとめようと思ったらしく、どの鞄を買おうか迷っていたところだったらしい。見ていた鞄は二種類。とある有名な海賊漫画の鞄と顔文字「ショボン」が書いてある黒い鞄。私が薦めたのはもちろん「ショボン」が書いてあるほうだ。ラプンツェルも茨姫もそっちを薦めたので、先生は私達の薦めたほうを買ってくださった。ものすごく似合っている鞄だったので、先生と鞄の写真を一枚撮った。とても楽しそうな、良い笑顔なうえに、ピースまでしてくださった。先生、とてつもなく良い写真が撮れました!
さて、神社に着いたのだが、この時にとてつもない厨二病を発症していた茨姫と狐のお面、それに加えて赤い大量の鳥居という条件が加わるとどうなるか。私の写真には「茨姫」ではなく「女狐」がことごとく写ることとなった。頭の中で、「おめでとう。茨姫は女狐に進化した!」という言葉が鳴り響く。本人にそんなことを言ったら、「うっせぇ」とどつかれそうだ。もう一人の姫君、ラプンツェル曰く、ここは眼切れスポットらしい。柱と柱の間に入って写真に写っている。確かに良い眼切れ具合だ。先生はと言ったら結構な笑顔で写ってくれていた。先生の存在感は大きい。
この時は私も何とも思わなかったのだが、写真を見返していまさらながらに恥ずかしくなってしまった。私は別に、写真に写っているわけでもないし、狐面をかぶって神社を散策したわけではない。写真を撮っていただけで、なんの問題もないはずだ。だが、よくよく考えてみると、いや、考えてみなくてもこの一団、普通の観光客からはどう見えていたか。なんだかよくわからないが狐面をかぶってわくわくと楽しそうにしている女性、柱の陰を行き来しながら前に進んでいる女性、「ショボン」の鞄を持って楽しそうに後をついてきているおじいさま。そして、その一団を撮っている女性。何かが明らかに違う。少なくとも普通の観光客には見えないだろう。先生もよくこんな私たちについてきてくださったと今でも感謝しているほどである。
そんな集団が見つけたのは「おもかる石」。これは何かといったら、石の重さを想像して、願を掛けながら実際に石を持ってみて、予想より重ければ願いが叶わない、軽ければ叶う、という石らしい。これには茨姫が挑戦した。重さは結局どれくらいだったのかと聞いたら、けっこう重かったそうだ。これ、持ち上がらないほど重いと想像すれば、予想よりも軽かったと確実に言えると思うのだが、それは反則だろうか?
そこからバスで三十三間堂へ。伏見稲荷神社も昨日行ったと先生はおっしゃっていたが、どうやらここも来た場所らしいので、有料である寺の中は私たちだけで入っていくことになった。ここは私が唯一していた場所である。中学の修学旅行で、友達が結構良かったと感想を漏らしていたところなので、私も、機会があったら行ってみようかと思っていたのだ。なるほど、確かに見ごたえは抜群である。ずらりと並んだ大量の千手観音像。全部で千一体もあるらしい。ちなみに、一、という数字は、本尊の裏にある、一体の千手観音像も入れて、ということだ。
「さすがにこれだけあると圧倒だね」
「うーん、微妙に違うんだよね。顔の形とか、唇の厚さ立ったりとか、目とか」
仏像は全て直立した状態である。しかし、ラプンツェルの言うように、本当に些細な違いだったりするのだが、それでも同じ顔がないというのだからびっくりだ。
「どうやって作ったんだろうね」
「あれじゃない?手の形は手の形で、仏像の数だけ大量生産?で、あとから接着」
まぁ、茨姫の言いたいことは分からなくはないのだが、手の形も仏像の形状と持っているものが違ったりする。結局どうやって作ったかはその場ではわからなかった。昔の技術はある意味ですごいと思う。
この中から自分の顔が見つかるか、なんていうことをやってみたが、さすがに無理だった。考えてみれば、見つからなくってよかったのかもしれない。自分の顔が観音様の顔だとしたら、複雑な気持ちになっていたと思う。
外に出て御堂の周りを一周してみようかと曲がり角をのぞいてみたのだが、もうそこで断念。仏像を見て回った時にもかなり広いと思ったのだが、先が長すぎる。さすがに大きな仏像を千体以上も収めてあるだけある。きっと回っても疲れるだけだということで、一応写真を撮りそこを離れた。有料区域から出て、先生を探す。外をうろうろしているかと思えば、見当たらない。土産屋やらを見て回り、待合室の中をのぞいた。
「せんせ…せんせー……先生!」
私たちが全員で叫んだ、三回目でやっと目が開いた。気持ちはわかりますが、そんなところで寝ていたらさすがに風邪をひきます!
次は歩きで清水寺まで、ということになったのだが、結構長い道のりだったので、途中でバスに乗ることになった。清水寺の坂の下で降りたのだが、ものすごい人だったので気を抜けばはぐれてしまいそうだ。
「き、昨日よりも、も、ものすごい混んでますよ、これは」
そう言いながらも、器用に人を避けて先生はどんどん進んで行く。そのため、先生の肩掛けカバンの紐を負担にならない程度につかむ。多少は進みやすくなった。そして、私の鞄の紐を茨姫がつかみ、茨姫の青いポンチョをラプンツェルがつかむ。本当にそうでもしないとはぐれるほどの人だ。ここで先生がぜんざいをおごってくれるという。京都のぜんざいは東京のものと違って小豆がとろみを帯びているそうだ。とりあえず先生の目標とするお茶屋さんまで行く。もうほとんど清水寺に近い所にあるお茶屋さんらしいが、きっとこの状況を見る限り、どこの店も混んでいるだろう。坂道でだんだんと体力が奪われていく。着いた時にはへとへとの状態だった。
しかし、その場所は陶器屋さん。なぜこんなところに、と疑問を抱いていた私たちを置いて、先生はその二階へと階段を上っていった。そこには確かに喫茶店がある。目立たないので空いていた。あれだけ混んでいた中でこれだけ空いているのだから相当な穴場なのかもしれない。ぜんざいも、温かくてとても美味しかった。できることならば、もう一度食べたいと思う。
一休みして、清水寺まで登って行った。ここも先生は前日に来たらしい。二日続けて同じ場所を巡らなければならないとは、先生も大変である。そのため、時間を決めて、私たちだけで清水寺を回ることになった。今回で二度目になるのだが、やはり清水の舞台は広いし、眺めもいい。
「ここから飛び降りても死ねないらしいね」
「なんだったら飛び降りてみる?」
茨姫、そんなことをしたら君も道連れにしてあげるよ。
「でも、生きてたら願いがかなうんだぜ」
とラプンツェル。貴方はなんでそんなにうれしそうなのかしら?目が輝いているけれど、押さないでね?
「……痛い目見るだけで、生き地獄だから絶対飛び降りようとは思わないよね」
せっかくなのでここで何枚か撮っておく。清水寺のチケットで、二人で協力して眼切れを成功させている。ここまでで、さまざまな眼切れ方を開発していた。
下には銭荒い弁天と、そこに並んでいるたくさんの人々が見える。面倒くさがりな私たちはそこに並ぶ気はなかった。挙句の果てには、
「お金なんて使ってなんぼ」
「お金は飛んで行くからお金なんだよ」
などと二人は言っている。だめだ、本当の事なので突っ込めない。神頼みという言葉を知らない私達だった。
そんな私たちは、また、お茶屋に向かった。どうも、団子が食べたかったようだ。そこで茶団子を茨姫が、私はせっかくなので、ところてんの黒蜜がかかったものを頼んだ。ラプンツェルは私たちから少しずつもらって食べた。私も少し茶団子をもらったのだが、蜜が掛かっていないにも関わらず甘くておいしいものだった。ところてんの黒蜜は、東京ではなかなか見かけないので珍しいなと思って頼んだのだが、私としてみればこちらのほうが好みだった。東京のところてんは、酢醤油みたいなものが着いているのだが、私は甘いほうが好きだ。
一通り休んで、時間どおりに先生のところまで戻った。しかし、またもや先生が見当たらない。またどっかで昼寝でもしているのではないかという予感が、私たちの中をよぎった。しばらく待ってみて、私の携帯で先生の携帯電話にかけると、先生はすぐ出ていらっしゃった。どうやらお手洗いに行っていたらしい。見当たらないわけである。
無事に先生と合流し、長い坂を下りて、先生指定のバス停まで歩いて行ったのだが、これがまた長かった。もっと近くからバスが出ていそうなものだが、仕方ない。ずっと歩いてやっとバスまでたどり着いた。きっと今日の中で一番長い道のりだと思う。先生は疲れていらっしゃるかと思いきや、意外と元気ににこにこと歩いている。逆に若い私たちのほうがへとへとになっていた。
最後の予定地、本能寺へ。と行ったのだが、残念ながら、閉まっていた。どうやら来るのが遅かったようだ。写真を撮るだけならと、警備員さんが案内してくださった。周りには大きなビルだったりホテルだったりとかがあり、そこに本殿がぽつんとあった。写真も暗くてよく見えない。先生は警備員さんに、本能寺に着いて根ほり葉ほり聞いていた。
宿へ戻り、夕食を食べた後、第二の門限までの自由時間となる。この時間は一人でなければ、外を好きに出歩いていいようになっている。さっさと夕食を済ませ外へ出る。宿の近くにはかなり大きな商店街があるので、そこを散策することにした。どうしてだろうか。普通に全国的にあるお店に入りたくなる衝動にかられる。お土産を買いに来たつもりだったのに、買ったものは自分のものばかりである。私は、同人誌を一冊とCDを一枚。考えて見れば、これはもしかしたらここでしか買えないものかもしれない。しょうてんがいには予想外に、アニメイトがあったりしたのだが、営業時間帯を過ぎてしまったので入れなかった。残念。ラプンツェルは簪屋さんで簪を買った。それも行ってしまえば東京にあったりするのだが。最後に、私たちは徹夜用のおやつを買った。こんばんは徹夜で私のパソコンに入っているホラーゲームをやるつもりだったのだ。
宿に戻って、今日買ったものを広げてみる。目立ったものと言えば、私と茨姫の狐面。そして私の番傘だ。せっかくなので、カメラでコマ撮りをして遊ぶことになった。話の内容もなく、適当にそれっぽく作っていく。説明を適当に着けるとしたら、次の通りだろうか。
ラプンツェルが倒れている。もしくは寝ているか。
それをいかにも悪そうな茨姫、「女狐」が襲う。番傘を奪って逃走。
襲われたラプンツェルが「狐」としてよみがえる。
番傘を奪われた復讐をする。ちなみに、「狐」の武器は簪、「女狐」の武器は番傘。
バトル開始。
「女狐」が刺されて倒れる。
「狐」が無事に番傘を取り返して去っていく。
というような内容だろうか。どちらにしろ、ろくなものではない。ちなみに私は撮影してそれを適当につなぎ合わせた編集係だったので、出演はしていない。十九枚の写真を順番通りに並び変えるのは一苦労だった。
風呂に入って寝る支度をして、さあ始まりましたホラーゲーム大会。私はもうすでに全部クリアしているので操作は茨姫、ラプンツェルに任せる。私は少しヒントを出しつつそれを傍観していたのだが。意外とホラーゲームに耐性がないのがラプンツェル。先へ進むために解かなければならない謎を解くのはものすごく得意なのに、初めからすでに逃げ腰だ。だが話の内容は気になるようなので、頑張っている。眠さのせいで度胸が増しているのが茨姫。どんな仕掛けも無視して通り過ぎていく。ちなみに、次に進むための謎も無視して通り過ぎていく。二人を足して二で割りたい衝動にかられた。全部のエンディングを見るために、一度クリアして私に交代した。謎の答えも全部わかっているので、ものすごく速くクリアできる。だが、私でも一つトゥルーエンドになかなかたどり着けず、眠気が達したラプンツェルと茨姫は先に寝てしまった。仕方がないので明日見せようと頑張って最後までたどり着き、データをセーブして私も寝た。
ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございます。そしてこの小説はまだ最終日が残っております!時間のある方、続きを読んでくださるという方は続きをどうぞお読みください!