遠い記憶の中
掲載日:2026/05/18
遠い遠い、あの日の思い出。
季節が巡った。
憂鬱で、楽しみだった。
少し、寂しくなった。
うるさい蝉の声。夜になれば蛙の大合唱。名前の知らない鳥の声。
寝転びながらゲームをして、食べ飽きたそうめんを食べる。扇風機の風に揺られ、うとうとする。膨大な量に感じた夏休みの宿題をする。
全てが愛おしかった。
神社に行けば沢山の屋台があった。たくさんの人に揉まれて、親から貰った小銭を握りしめて、長蛇の列に並ぶ。普段食べているのと変わりは無いはずなのに、何故かいつもより美味しかった。笑い合う人の声。地面と擦れる下駄の音。
その光景が、雰囲気が、私は大好きだった。
季節が巡るのと同じように、それもまた、当たり前のように巡って来るのだと思っていた。
でも、世界は少しづつ変わっていた。
クーラーの効いた部屋の中、スマートフォンに夢中になっている。蝉の声は聞こえなくなって、静寂が訪れた。食べ飽きたそうめんは無くて、目の前には何も置かれていなかった。
神社に行けば大量の人。並んで食べても、あの頃の味とは違った気がした。ぱしゃり、という機械音が色んな所から聞こえてきて、下駄と地面の擦れる音はもう聞かなくなった。
あの日に戻りたいと、大人になった私は思う。
でも、それはもう叶わないと、私は分かっている。
夏の匂いが、好きだった。




