この勇者、欲望に正直すぎる件
『なぁ勇者、これからお前はどうするんだ?』
『えっと―――』
◇
「勇者。起きたの?それじゃ……はやく、行こ?」
勇者が再び目を開けた時にあった場所は、何度も通った草原であった。目の前にはフィリがおり、勇者に手を差し伸べている。
しかし、勇者はその手を払い除けた。
「やめろよ。フィリに化けたところで、今更俺の覚悟が揺らぐことなんてない」
「勇者。なに、言ってるの?」
「やめろって言っただろ?」
「はぁ、そうですか。これもフィリちゃんに会いたがっていた貴方を思っての事なんですけどね」
勇者の放つ怒気を見て、フィリに化けていたけれどいつもの後光を放つ天使の姿へと《《私は》》戻った。
「外見が同じでも中身がお前みたいな奴なんじゃ会いたいどころか吐き気がする」
「あら、冷たい。悲しくて貴方の記憶を消しちゃうかも」
やはり勇者は私の事が嫌いらしい。
「できるならやってみろよ」
「ふふふ、冗談ですよ。私では力ずくで貴方を止めることは出来ませんから……それよりも、本当に貴方の生きるこの世界を壊すのですか?」
今や人間という枠組みすらも超えた勇者を前に、笑みを浮かべて私はそう聞いた。しかし勇者は冷静に気を落ち着かせている様子だ。
「もちろん。この世界を壊す為にずっと、生きてきたんだからな」
「この世界が無くなれば貴方は全て失います。貴方はゴフェルでは強すぎるんです。人間を、そして私すらも超越してしまった『勇者』の貴方は存在そのものが消える。それでもいいと言える?」
▶カイエルの勇者を惑わす言葉
しかし勇者に迷いはない
「本当に、いいの?この世界を壊すことで貴方にどれたげのメリットがあると言うの?
貴方がずっと、繰り返し生きてきたのは仮初この世界なのに。確かに貴方の大切な存在はゴフェルにも生きているけれど、貴方とずっと過ごしてきた人達はこっちの世界にしか存在しないのに。大切な人の生きる世界を道ずれにしてまで、ルシフェルを解放したいの?」
▶カイエルの説得
しかし、勇者には効果がない
「俺の目的は、ルシフェルの解放だけじゃない。一番の目的は別にある」
勇者は、動じない。ならば一体何の目的があると言うのだろう。長い旅でどんな答えを出したのか。
「何が目的なの?だって貴方はこの世界の軸。それが居なくなったらどうなるかくらい考えたことはあるでしょう?」
「もちろん。勇者を舐めるなっての」
勇者は崩れない。
「この世界が消えれば、ソレは本来在るべきだった場所に戻ってしまう。それはルシフェルはもちろん、魔王に四天王もゴフェルへ再び戻ることを意味してるんです。普通の魔王であればまだしも、ルシフェルの力を持つ魔王相手に勝てる者なんていません。貴方の勝手でゴフェルに生きる人が危機に晒さられるんですよ……?」
▶カイエルの悲痛な叫び
しかし、勇者は動じない
「俺のやろうとしてる内容的に多少の犠牲はある。それでも繰り返されるこの旅では辿り着けないハッピーエンドに行く方法がこれなんだ。それに、俺の代わりに魔王を倒せるって奴は存在する」
勇者は強がっているようだ。
「それでも、貴方だって消えたくないでしょう?消えたらもう何も出来なくなってしまいますよ」
▶勇者は、震えた
「そりゃ、消えたくない。けどさ優先順位ってのがある訳で……不思議なことに長い間生きて、欲望に身を任せても俺にとって一番の欲望ってのは昔も、今もずっと変わらなかったんだ」
勇者は、昔を懐かしむ様な顔で、虚勢を貼って、笑顔で答えた。
「王様から報酬の金貨を沢山貰って、家とか建てて……そこでフィリと暮らしたりしたい。更に正直に言うと結婚して、子供とかできたりしてさ、楽しい生活を送りながらフィリと歳を重ねて生きたかった。本当にただ、それだけなんだ」
▶勇者の感情は、溢れだしそうだ
しかし、《《抑えた》》
「けど、それは叶わない。じゃあ2番目の願いだ。俺はさ、兄の帰りをずっと待つ痛いけな少女と約束したときに言ったんだ。『勇者様に全部任せてほしい』って。兄の事はもちろん、その人を待っている人のためにも、それ以外に俺がこの世界じゃ救えない事も全部救って皆が幸せな世界にする。それが俺の目指すエンディングだ」
「……兄を救うことと貴方が消えることが関係あると思っているんですか?」
「関係あるだろ?お前は昔言ったよな。俺が特別だ、って。俺は普通の人間じゃ耐えられない勇者なわけだけだけど、《《勇者になるまでの記憶はない》》。これがなかなかに不思議で、色んな可能性を考えた。ルシフェルの記憶共有でも勇者以前の記憶がさっぱり見れないらしくて……『別の何かで隠されてるみたい』って言われたんだ。まるでお前がいつかやった須磨太郎の人格貼り付けみたいなやつだよな」
勇者の記憶力は良い。あれだけ昔の記憶すら忘れてくれない。
「それを踏まえるに、俺は本来の勇者……ルミリさんの人格を乗っ取った何かなんじゃないかって。俺のこの予想どうよ」
勇者は、確証を持ったように自信満々に答えた。
「ま……俺は一応17歳だしフィリアさんの年齢考えると矛盾してるけど。なぁ、お前は一体、何をしたんだ?」
そうか、勇者はもうここまで辿りついてるのか。
「そこまで分かってるならまぁ……そう。いっその事話した方がいいよね?うん。貴方はルシフェルのせいで崩壊寸前になった世界で唯一勇者たりうる資格を持った人間……その17歳の時の彼本人」
「やっぱりそうか17歳の……、え、本人?」
「そうですよ?勇者の天啓が出来なくなった中、自らが仮初であったとしたも勇者を目指した。その男ルミリが貴方なんです」
「いやだから……なんで17歳の姿に?」
流石に勇者という存在でもそこまで予想をする事はできなかった。だから優しい私はその事を教えてあげることにした。
「その時の魔王は、とても強かった。それこそ討伐に至るまで10年はかかる程に……しかし、彼は少しでも早く世界を救う道を望みました。その結果生まれたのが、繰り返す世界。2年経った頃に彼からされた提案『自分と魔王の2人を世界から隔離してくれませんか』と。……覚えてはいないでしょうが、それがこの世界。これは貴方が望んだのですよ?」
「俺が望んだ」
全ては勇者本人から始まった事。あの時の勇者が望んだから。
「そう。貴方は自分で望んだこの世界に残るべきなんです。大丈夫。貴方がいなくても世界は平和なのだから」
これから言う言葉を聞いて、勇者はどう思うだろうか?
「私ですね、大人の貴方と色々と契約していて一時的な分身もつくれるんですよ。それこそ、貴方の大好きなソルドと共に魔王を倒したのだってその分身なんですから。まぁ、その個体は魔王討伐の使命と同時に消滅しましたけど。……貴方が居なくても別の貴方が救ってくれるのでゴフェルは間違いなく安全ですよ。なのでこの世界のために残ってください」
しかし勇者は、特に絶望はしていない様子だ。むしろ、なにか納得している。
「へー、そっか。魔王戦でマティスが居なかった理由も、映像が途中で途切れた理由も分かった!存在する世界が変わったからと……それにしても自分を犠牲にしちゃうの俺とルミリさんってマジで同一人物なんだなぁ」
▶カイエルの言葉に、勇者は頷いた
カイエルは、困惑した
「え、反応薄い。動揺すると思って話したのに。それにテンションも高くなってるし……壊れました?」
「いや……今までの謎が紐解けたんだからそりゃあ興奮するさ。それにこの世界を望んだのがその、元の俺だって言うけどさ。ゴフェルに生きるフィリアさんは今も帰ってこないそのルミリさんを待ってる。大切な人が帰ってこなくて、ずっと、長い間心配して、不安で仕方ないんだよ」
勇者は、その気持ちをよく理解している。
「でもそれは俺もルミリさんも望まないワケで……だから俺は消えます。で、この身体を解放してフィリアさんの元に返します!」
「……え、そんな簡単に言うんですか。貴方の存在消えるんですよ?」
「そう、消えるのはあくまで俺であって、ルミリさんじゃないんだろ?ならいいじゃん」
「貴方とルミリは一心同体。そんな都合よく消えることなんて」
「できるんだよ。……それをするのが俺とルシフェルの計画だったんだから」
知っている。ずっと見ていたのだから私は知っていた。
「まず!今の今まで俺は欲望に忠実に生きてきた。だけど、本当にしたいことはこの何千年も繰り返された世界で……数え切れない数、結局我慢してたんだ。欲望に忠実なのに欲望を抑えていた、なんて変な話だけど。その抑えられた欲望はどんどん大きく、呪いとして成長した。それが長く続いた結果今の俺は呪いの塊とも言えるどんな矛盾も、世界も、どうにか出来ちゃうくらいにすごい呪いになった。凄いだろ?」
▶カイエルは勇者に呆れた
「はぁ……そう。そうですか。じゃあもういいです。勝手に死んでください。もう、世界がどうなっても私は知りません」
本当に、おかしい。どうしてこんな人間ができてしまったんだろう。
「うん、言われなくとも勝手に死ぬ。……ありがと。俺がこんな化け物になれたのはお前のお陰だからな。お前のことも大嫌いだけどそれは感謝してる」
「何を言ってるんですか……」
確かに、この繰り返される世界をつくったのは私だ。だけど、勇者が勇者になりえたのは彼だったがらだ。他ではなし得なかった。
「俺はお前のことは大嫌いだけどやってる事までは否定出来ないんだよ。お前はルシフェルと似てる。けで違かった」
勇者は本当に変なことを言う。ルシフェルと似ているだなんてこの世界において1番酷い悪口だ。
「俺はさ、面白い世界を作るって言うのに勇者が必要不可欠だって思ってない。それこそ、魔族の奴らが支配する世界だってゴッツの娯楽にはなった可能性はあると思う。……
ゴッツなんて関係なくお前はゴフェルをただ守りたかったんだろ?」
勇者はまるで心を見透かすように言うが結局は推測だ。
「正直、天啓で勇者つくって魔王倒してを繰り返すだけの世界ってのはルシフェルからすると凄い退屈だったみたいだし、ただ上から見てるだけのゴッツからしても……まずゴッツはこの世界見てんの?」
ゴッツ様はこの世界を見ていない。
「面白い世界を創るとか言ってたけどさ、お前以外にも沢山天使はいるわけで……」
今は、一体どれだけの数の世界があるだろう。ゴッツ様はどんな世界を見ているのか。
「カイエル、お前ももう少し自由に生きてみたらどうだ?俺を見習え。言いたいことは以上!……なんで俺が17歳なのかは分からないけど、満足したから死んでくるわ」
そして勇者は再び、目を閉じようとする。
「それも教えます。小さな未練なんて持たれてあなたに呪われたら迷惑なので」
私がそう言うと、勇者の口角は少し上がった。
「じゃあ手早くお願いするよ」
「……はいはい。今から少し昔の話―――元々、ルミリも今の貴方と同じようにフィリアのことを心配していました。2年間を繰り返し、魔王を倒せるようになった彼だけど勇者という使命を捨てさろうとする程にその存在を大切に思っていたのです。本当なら、切り離された世界をゴフェルを同期してその使命は終わるはずだった。けれど、その前にゴフェルではルシフェルの力でより強く復活した魔王が現れた。それは普通に挑んでも勝てない程の脅威……。だから私は、彼を犠牲にすることにしました。繰り返す世界に2年の縛りと彼の存在を軸にルシフェルと魔王らを封じるという選択をしたのです。けれどその中でフィリアの記憶は邪魔になってしまった。フィリアと出会う前、他にも神父のプリストなどと出会う前の記憶を消す必要があった。それから、貴方が世界を守りたくなるよう大切な存在になるであろう人間の配置をしました。その中に偶然そのフィリアや仲間もいたの。だから身体も軽く、そして容姿で分からなくなる程に幼くした。それが真実」
「うーん……普通に長いわ」
「は?失礼じゃない?私だって忙しい中で話したんだけど?」
勇者は生意気だ。
「うん、なんかごめん。それじゃあそろそろ帰る。ありがとうカイエル」
「はぁ、どういたしまして。……結局最後まで気覚悟は揺らがなそうだし、そうですね。いってらしゃい勇者様」
「うん、じゃあね。ばいばい」
本当に、予想外だった。彼がこんなにも自分の欲望に忠実だなんて。きっと、他のどの世界であろうとここまでの欲望に正直な人間は居ない。
欲望のためだけに、繰り返される世界で誰よりも強くなり、無茶苦茶な方法で世界を救うのだ。
▶世界を救う勇者は、好きに生きた
◆
「―――ふぅ疲れた」
「おかえり勇者、カイエルのやつと話してどうだった?」
やっと終わった。カイエルと話せて、謎ももうなくなった。これで未練は……無い。
本当、最期の旅で色々な事を知れてよかった。特にルミリさんの最初の仲間であったマティスの存在を知れたのは。……会う条件はあまりにもクソだったけどな。
旅に出て最初の時に金貨を沢山持ってないと仲間にならないマネがナンパされる必要があるなんてさ。
「……まぁ、すごく有意義な話ができたよ。それと改めてお前に似てると思った」
「酷いなぁ。僕とカイエルが似てるなんてそんな酷い悪口はないよ」
ルシフェルは口を尖らせる。
「なら良かった」
こいつの凹む姿は俺にとっては嬉しい。
「で……ルシフェル、そろそろ終わるけど言い残したことあるか?」
「このカッコイイ姿を失いたくないなぁ」
ルシフェルは自分の頬に手をあて、ため息をついた。
「元からカッコよくもないから安心しろ」
「うーん、最後まで君は冷たいね」
「お前とは敵だからな」
「ひどいなーこんなに協力してあげたのに」
「……まぁ、そのお前と一緒に色々やった時間、悪くなかった。とりあえず、この後はお前に任せる」
唯一、俺の代わりを出来る存在だからな。
「うん、任せてよ。君は僕の初めての友人だからね」
「俺の初めての友達はお前じゃないけどな」
「うん、……じゃあ今度こそお別れかな?それじゃあ勇者、またね」
「……ん!」
▶勇者の呪い
世界は、崩壊した
世界は、―――




