抑えないで!
「ふぅ……駄々こねてよかったァ」
夜。勇者に不満を零しながらも雪の精霊が特別に作ってくれた宿泊用の巨大カマクラの中寝転ぶと勇者はそんな事を満面の笑みで言った。
「勇者様でも疲れるのね。……とても元気そうには見えるけど」
「俺も人間だからさ。こう見えても色々我慢してるし、疲れてるんだよ」
勇者はそう言って顔を手で覆った。
「そういえば、旅に着いてきてからひと月くらい経ちましたけどお師匠が駄々をこねるのは初めて見た気がします」
旅立ちの日、王様に対して「王冠を椅子を」と駄々をこねていたのだがそれを3人は知らない。
「まぁ、やっぱり俺って謙虚だし?」
「はい、お師匠は謙虚です!」
「……謙虚かしら」
「勇者は、謙虚で……優しいよ」
勇者は優しいだろうか。フィリからの言葉に本人は頭に一瞬ハテナを浮かばせた。
「うーん……うん。俺は優しいよ」
「お師匠は優しいです!お師匠がいなければ私は巨大パンダとの戦いで危ない目に遭っていました」
「そうね。勇者様は変な人だけど仲間想いの優しい人なのは私も分かるわ」
「勇者のおかげで、私は奴隷から解放されて……喋れるようになった」
「それに勇者様は自分の武器を買うことは無いのに私たちにはちゃんと武器も服も買ってくれるし」
「確かに!でもお師匠は素手でも強いです!」
「それに……寒さにも暑さにも強い」
3人とも武具は充実しているし、服だって今は暖かいものを着用している。
勇者は旅立ちの日に着ていたものから何も変わっていない。
可愛い女の子を連れた旅なのだから、せめてオシャレの1つでもすればいいのに。
「でも……明日、魔王を倒したら全部終わるのかぁ」
勇者は呟いた。
「そうね。勇者様、魔王討伐頑張って。信じてるわよ」
「確かにこの旅は終わりますが、私はその後もお師匠について行きますよ」
「私も、ついていく」
「うん、なんか……やっば嫌だなぁ。魔王討伐」
そう言うと勇者は立ち上がって後ろを向いた。テンションが低い。
こう弱気な勇者の姿は珍しい。仲間はその様子を心配そうにしている。
「あら、勇者様ここに来て怖くなったの?」
「大丈夫です!お師匠には私達がついてます!」
「そうだよ、勇者」
「うん……現在進行形で怖気付いてる。たったひと月。それだけしか一緒に居なかったのに、もう離れたくなくなってるんだ」
勇者の瞳からは1つ、また1つと涙がこぼれ足元の雪を濡らしていく。
「勇者様?」
「お師匠!大丈夫です、これが終わっても一緒にたくさん修行できます!」
「勇者?」
勇者は震えている。
「情けないけど、怖いんだ。マネと、リウと、フィリと少しでも一緒に居たいって思った。だから魔王城に向かわないでこうしている。ダメだって分かってるのに」
「勇者様、魔王城にはついて行かなけどそれが終わった後だったら私も一緒に旅をするわ」
マネが勇者に優しく声を掛けるが涙は止まらない。
「勇者様どうしたの」
「お師匠……どうしたんですか」
「勇者」
「……ダメ、ダメなんだ」
限界は近い。
「お師匠、何がダメなんですか」
「言っちゃダメなんだ……」
言ってはならないのに。
「勇者様、何か悩みがあるなら言って。仮にも仲間。心配なの」
「やめてくれ……こんな、感情は抑えないとダメなんだ」
抑えが止まらなくなりそうだ。
「勇者。貴方は何に、縛られて……いるの?」
フィリは勇者の心を見透かすように言う。
「違う、何も……何も無いから……心配しなくていいから」
勇者はその言葉とは裏腹に、顔を仲間に向けてしまった。
「ねぇ勇者様、大切な仲間がそんな顔してるのを私達が見ないフリ出来ると思う?だから今更気持ちを―――」
「お師匠!教えてください、何がお師匠をそんな風にしているのか。どうか私を頼って、辛そうな心を―――」
「私は勇者の事を知りたい。私に寄り添って、助けてくれた存在だから。だから君自身を―――」
「「「抑えないで……(下さい)」」」
……勇者には、抑えることが出来ない。




