06. ツギハギの新聞記者
「遅かったな、シェリン」
シェリングフォードが家に帰って来たときには、すでにウィリアムがくつろいだ格好をして声をかけてきた。シェリングフォードもシルクハットをいつものコートラックのてっぺんに被せて、黒いコートを脱ぐ。ソファの背に投げる前にウィリアムが奪い取って、コート掛けへと丁寧に吊るした。
「貴族の令嬢に傷をつけたんだ、保護者から詰問されてな」
ソファにもたれてアスコット・タイを緩めつつ、スカーレットと名乗った女を思い出す。彼女の叔父であり吹けば飛びそうな新聞社の社長であるローレルは、傷ついた姪を見て自分が売り飛ばしたにも関わらず青ざめていた。
スカーレットが「不測の事態だった」の一点張りをしていたため、矛先はシェリングフォードへと向けられたが、「そもそも叔父様が私を売らなければこのような事態にはなりませんでした。恥を知れ」と姪に一喝されたが最後、黙るほかなかったようだ。
「大丈夫だったのか?」
「スカーレット嬢がとりなしてくれた」
「アレンシア家の天使っていうのは本当なんだな。自分が怪我をしたというのに気丈な方だ」
ウィリアムの顔が柔らかく笑むのを見て、「またこの男の悪癖が始まったぞ」と思いながらも、シェリングフォードは葉巻に火をつけた。
レディ・ファーストといえば聞こえはいいが、この男の女好きは病的だ。嗜好的に年若い娘よりも少し年上の色香のある女の方が好きなようだが、それにしたって美人には弱い。
「お前がアレンシア伯爵令嬢と知り合いだとは思わなかったよ」
「昔の縁だ」
「お前は結構な秘密主義者だな」
白煙を吐き出しながら、シャツのボタンを緩める。一階に住む婦人が見たらカンカンに怒るであろう姿だが、シェリングフォードの家でどんな姿をしても自由だ。
「機嫌が良さそうだな」
「そうか」
「良いことがあったか? それとも良い出逢い?」
この男の悪癖の一つである「シェリングフォードの色恋沙汰への興味」がまた顔を出している。
「良い出逢いとは言い難いな。奇妙な少年を見つけた」
「それってお前が怒り狂ってた新聞記者の子か?」
「怒り狂っていたわけではない」
実際のところ、シェリングフォードは例の記事を見て「ナンセンスだ!!」と叫びはしたが。
「お前が気になるのなら、悪の組織の末端構成員とか?」
「いや、不気味なパッチワークと言ったところだよ」
ウィリアムが眉を潜めて「新聞記者の少年の話だよな?」と言ったので、ソファの隣に座った男に目掛けて白煙を吹き付けた。「やめろよ!」とウィリアムが煙を手でかき消そうとしている。
「百戦錬磨の女のような顔に、理知的な新聞記者の顔、清廉な令嬢の顔に、退屈そうな少年の顔。それらすべてを一つの人間が宿していたら、不気味だとは思わないか?」
「精神の錯乱を疑うな」
医師として妥当な意見だ、とシェリングフォードは喉を鳴らして笑う。
「だからこそ興味深い。気味の悪いツギハギの人間が居たら、解体して見たいと思うのが探偵だろ?う」
「物理的に、だったら俺は止めるけどな」
「探偵的に、だ」とシェリングフォードはチャーミングだと良く言われる笑顔をウィリアムに向けると、ウィリアムは嫌な顔をしてソファから離れて、煙たい室内を解放すべく窓を開け放った。
スカーレット・アレンシア。女王陛下におぼえがめでたいハーヴェイ・アレンシア伯爵の双子の妹。
ハーヴェイは没落間近だった伯爵家を十三歳から立て直し、たった四年で政界進出まで噂をされるようになった辣腕の貴公子だ。
そして妹のスカーレットは反対に慈善事業に力を入れ、平民への教育に尽力している。貴族の誰もが嫌がることを率先して行ったがゆえに、「アレンシア家の天使」と称された。普段は病弱で表には出ないが、伯爵が「我が妹が伯爵領に大いなる寄与をした事実は確かです」と公言しているほどだ。
なぜスカーレットは兄である伯爵の元を離れ、平民のように暮らしているのか。気狂い、と自認していた通り、彼女の生き方はまさに狂っている。だが物事の道理を知り、理性的であり、秩序的でもあった。
男であれば、と思ったのはシェリングフォードだけではないだろう。彼女の不幸が女に生まれたということならば、確かに頷ける話でもあった。
──だが、魔女のようだと誰かが言えば、シェリングフォードは迷わずに肯定するだろう。
シェリングフォードは天才だった。だからいろんなところへ駆け回り、思う存分知識を吸収して渡り歩いた。だが、女の身の彼女にそんなことはできるはずがないのだ。それも十七の女が、あんなに広い視野で物事を考えられるのはおかしい。異端、と石を投げつけられてもおかしくはない女だった。
聖女のような面と、魔女のような面を持つ女。
しばらくは退屈しなさそうだと、シェリングフォードは白煙を吐いて予感に胸を震わせた。




