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嘘つき男装令嬢と偏屈探偵の事件録 〜仮面の新聞記者は真実を語らない〜  作者: 乃間いち葉
第一章 悪魔憑きの令嬢たち

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25. 檻の中で

 


「出番はなかったな」


 シェリングフォードが神父の服のままに出てくるので、「どこで調達したんですか」とレットは眉間に皺を寄せた。手癖が悪いところは確かにあるが、それにしたって神父の服を盗むのはバチ当たりなのではないだろうか。


「君が護衛しろと言ったんじゃないか」

「神父のフリをしろとは言っていません」

「神父が銃を出すとは思わないだろう? 不意を付ける良い作戦だ」


 レットはため息をつきながら立ち上がった。「待っているので早く着替えてきてください」と言えば、「このままでいい」と返ってくる。なのでそのまま教会を出て、レットはあらかじめ呼んでいた辻馬車へと乗り込んだ。


 シェリングフォードも同じように乗り込んで、腰に差していたらしいリボルバーを剥き出しのままレットに返してくる。


「ウィルのものよりも最新式だ」

「金にモノを言わせたみたいです」

「撃てるのか?」

「さあ、撃ったことがないので」

「君の前に立たないことにする」

「賢明です」


 馬車に揺られながらも、レットは街並みを見つめた。街から離れて、郊外へと進んでいく馬車は良く揺れる。

 今日はもう何も食べられないな、とすでに酔いの気配すら感じてきた。吐かないように気をつけなければ。


「彼女に会いに行く理由は?」

「どんな待遇を受けているのか知りたくて」

「酔狂だ。下世話とも言う」

「着いてくるあなたも同族でしょう」


 レットは馬車を二台呼ぶと言ったのに、レットの寄り道に同乗すると言ったのはシェリングフォードだ。レットがどんな寄り道をするか気になったとはいえ、面の皮が厚すぎる。まあ、人のことは言えないか、とレットは内心で呟いた。


 もうすぐリンジーが収容された精神病棟――実際は孤児院――へと到着するだろう。

 これについては、レットがリンジーから手紙をもらったことが発端だ。「ごめんなさい」とスカーレット・アレンシア宛てに届いた手紙を兄であるハーヴェイが転送してくれた。


 そして、それをシェリングフォードに見せて「どこから送られたか推理してください」と頼んだのだ。手紙の材質とつけられた汚れ、そして紙に染み付いた匂いから推理したシェリングフォードに、レットは恐怖すら感じた。絶対に敵にしたくない男である。


 辻馬車が止まり、レットはシェリングフォードとともに降り立った。石造りの孤児院は、あまり綺麗なところとは言えない。ここでリンジーが生活していけるのか、と不安になるほどである。

 だが、外で遊んでいた子供たちがレットを見つけ、「神父様だ!」と駆け寄ってきた。シェリングフォードはにこりと微笑み、「神の恵みを分け与えに来ました」と告げた。そしてレットに目線を送ってくるので、レットは持っていた金貨の入った袋を掲げた。


「院長に言ってくる!」


 年長の子どもが孤児院に入っていき、レットは残った子供たちと視線を合わせるために膝を折った。


「リンジーさんはどこでしょう? 彼女の友達からお手紙を預かっておりまして」

「リンジー先生? さっき井戸水を汲みに行ったけど」

「井戸はどこに」

「そっちの小屋の奥!」

「ありがとう」


 レットはシェリングフォードに金貨袋を押し付けて、「この方を案内していただけますか」と残った子供たちに告げた。子供たちは快い返事をしてくれたので、レットは一人で小屋の奥へと足を進める。

 伸びきった雑草が靴の下で潰れる。朝露のせいで地面がぬかるんでいて、靴が泥だらけになった。こんな生活を貴族の令嬢が続けられているのか、レットは心配になった。


 だが、井戸の前に立っているリンジーを見て、レットは驚いた。


「……どちらさま?」


 あれだけ長かった黒髪がばっさりと肩口で切りそろえられて、簡素なワンピースの腕をまくって井戸から水を汲んでいる女性。

 それがリンジーだとは誰も気づかないかもしれない。少しだけ焼けた肌が彼女を前よりも健康的に見せている。

 いや、それだけではなく、生気のある活き活きとした目のせいかもしれない。


 リンジーはレットを怪訝そうに見ている。それもそうだ。スカーレットとして会ったことはあるが、少年記者のレットとして会ったことはない。彼女が警戒するのももっともだった。


「お元気そうでなによりです」

「だから、どちら様?」

「おや、わかりませんか?」

「知らないわよ、あなたみたいな人」

「では、これでは?」


 レットはハンチング帽を脱いで赤い髪を見せる。そして詰まったシャツの襟ぐり指で伸ばして、いまだ残る首の傷痕を見せつけた。


 ――ガラス片でリンジーにつけられた傷跡だ。


「あ……」


 彼女は目を丸くして、持っていた手桶を手放した。滑車が空回る音がして、手桶が井戸の底へと落ちていく。

 ふらりと痩身がよろめいて、地面にへたり込んだのを見て、逆にレットの方が慌ててしまった。駆け寄って、彼女に怪我がないか見つめる。

 膝を地面につけたレットへと、リンジーが手を伸ばす。震える指先がそっと首筋の傷跡を確かめた。分厚くなった指の腹で撫ぜられた傷跡は少しくすぐったいだけで、痛みはもうなかった。


「……スカーレット様、なの?」


 目の前のものが信じられないという顔で、リンジーは恐る恐る聞いた。


「はい」

「……ああ、ああ、そんな、ああ……」


 リンジーは両手で顔を覆って俯いた。その間にレットはリンジーを観察する。痩せてはいるが、怪我はない。しなやかな手足は、最後に会ったよりも健康そうだ。髪も丁寧に切り揃えられており、無理やり切られたわけでもなさそうだ。


 ――彼女は望んでここにいる。

 それだけがわかって、レットは心の底から安堵した。


 リンジーが震えた息を吐き出して、顔を上げる。涙で潤んだ目が、レットを見てまぶしそうに細められた。


「――ああ、わたしだけが、おかしいわけじゃなかったのね……」


 レットはその言葉に、どうしようもないくらいに泣きそうになって、無理やり口の端を持ち上げて笑顔を作った。リンジーの固くなった手指を手のひらで握りこみ、親指で慰撫する。


「……はい、私も、だいぶおかしいんです」


 笑顔でレットがそう言うと、リンジーはしゃくりあげて泣き出したので、慌ててハンカチを探すことになってしまった。




 ◇ ◇ ◇




「ずっと、教師になりたかったの。でも、なれるわけないと思っていたわ」


 リンジーが嬉しそうに笑うので、レットも釣られて笑う。彼女の夢が叶った場所がここだった。この小さな石造りの孤児院が、彼女の理想の檻だったのだ。


「貴族の教養がこんなに役に立つとは思わなかったわ」と恥ずかしそうに笑う彼女は、子供たちに新たな先生として慕われていた。「優しくてお歌も上手なんだよ!」と褒められて、また泣きそうな顔をするぐらいに。


 レットはその光景を見て、カーリーンを思った。彼女に慈悲がないわけではない。ただ、憎悪が強すぎた。リンジーたちの望む生活を提供していた彼女は、どんな人生を送ってきたのだろう。そればかりを考えてしまう。




 帰りの馬車でも考え込むレットを見て、シェリングフォードはわざとらしく息を吐いた。

 レットが顔を上げると、彼は退屈そうな顔のまま言った。


「君が檻から解き放たれた獣になったとしても、君の真価を知る私が首輪をつけて飼ってやろう。子供の頃から面白い生き物が好きなんだ」


 その言葉に、レットはしばし反応に遅れた。ゆっくりと動き出した思考の中で、まさかのアイデアが浮かぶ。


「……それは、励ましの言葉でしょうか?」

「そう思えるなら幸せだな」


 フンッと鼻を鳴らして、シェリングフォードは窓の外を見る。レットも同じく外を見たが、森が広がっているだけだ。


「……あなたの檻は、とても奇抜で楽しそうです」


 レットがそう心から言うと、シェリングフォードはレットの方を見て目を丸くした。それからまたフイッと顔を背けて、「そういえば」と不自然に会話を逸らす。


「探偵ものの小説が流行っているらしい。貴族の令嬢二人が主役で、なんとなく私とウィルに似てるらしい」

「へえ、そんなものが」

「ウィルが読んでいたが、関係性が良いと言っていたな。まるでキスをしそうな距離感で探偵の令嬢と助手の令嬢が話し合うらしい」

「へー」


 レットは窓の外を見た。あ、カラスが飛んでる。


「作者を知っているか?」

「知らないですね」

「おかしいな、印刷所はトゥルースレス・タイムズ御用達のところだというのに」

「匿名作家もいますからねえ。うちで出してても、新聞班とはまた別の班ですしわかりません」

「君の叔父上から君のサイン入りの原本をもらったんだが」


「叔父様!!」とレットは叫びながら頭を抱えた。

 試しに「令嬢二人の探偵もの、しかも百合系なら結構需要あるのでは……? 新聞に載せるのなら読者はほぼ男性だし」と適当に書いた短編がなぜか大好評。しかも本で出版された挙句、続刊を叔父からせがまれている最中だ。

 こちらを見てくるシェリングフォードの目が非常に痛い。


「今度君にも読ませてやろう」

「やめてください、本当にお願いしますやめてください」

「ウィルが大ファンらしい。握手してやれ」

「やめてくださいごめんなさい」

「ターナー夫人も愛読者だそうだ。君が原作者だと知ると嬉しそうだった」

「殺してください! あ、拳銃あった」


 素早くシェリングフォードにリボルバーを奪われた。なんという早業。


「冗談だ、君が原作者だとは言っていない」

「本当にあなたを殺してから私も死ぬところでしたよ」

「それは命拾いしたな」


 レットは上がった心拍数を抑えるために、深呼吸を繰り返した。この詮索好きの男に目をつけられたのが運のツキだ。


「だから、これからの私の記事の担当者を君にしてもらった」

「え?」

「それが秘密の対価だ」

「ええ?」


 レットが目を丸くしているのを見て、シェリングフォードが満足そうに笑っている。それから奪い取ったリボルバーをレットに返してから、かぶっていたハンチング帽の上を軽く叩く。


「よろしく、専属記者殿」


 叔父が狂喜乱舞してそうだなあ、と思いながらも、レットはおとなしくリボルバーをカバンに戻した。

 これからもっと忙しくなりそうだ、と秘密の対価を重く感じながらも、馬車に揺られて謎に満ちた街へと帰るのだ。



 第一章完

これにて第一章は完結となります。ここまで読んでいただきありがとうございました。

第二章の開始時期は未定ですが、もっとライトなノリになると思います。


もし楽しんでいただけたなら、評価などいただけると大変励みになります。


なにはともあれ、お付き合いいただきありがとうございました!

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