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嘘つき男装令嬢と偏屈探偵の事件録 〜仮面の新聞記者は真実を語らない〜  作者: 乃間いち葉
第一章 悪魔憑きの令嬢たち

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24. 破滅的な女たち

 

 残った問題として、カーリーンとどう接触するか。

 レットはなんとなくわかっている。


 あちこちに目があるに違いない。レットが気づいていなくても、黒幕というものはそういった独自のネットワークを持っている。探偵が持っているように、レットが持っているように。


 レットは自宅の窓枠に手紙を挟んだ。要件は簡潔に「明日の9時、聖メリエヌ教会でお待ちしております」と。

 アンリと同じ手法で連絡が取れるに違いない、と賭けのような気持ちで手紙を残した。


 翌日レットが目を覚ますと、窓枠の手紙は消えていたので少しだけゾッとした。思った通り、彼女にはたくさんの子飼いがいるようだ。それもかなりの手練れだ。


 レットは仕事を抜けることを叔父には伝えて、聖メリエヌ教会へと向かった。徒歩で二十分ほどで行ける距離だ。辻馬車を使うほどではない。

 教会に入ると、中は閑散としていた。ミサがない日は人も来ないのだろう。ちょうどいい、とレットは椅子のひとつに座って、教会の奥にある聖女像を見上げた。


 なぜこの世界に生み直されたのか。レットは神に聞いてみたかった。レットになにかの役割を期待しているのか、それともただの気まぐれか。


 ――レットがただの令嬢だったら、この世界は息をしやすかっただろうか。それともやはり息苦しさに喘いでいただろうか。


「神は女を救い給うか。気にならない?」


 後ろからかけられた声にドキリとしたが、レットは振り返らずに静かに手を組んだ。祈るふりをしながら、言葉を返す。


「神は人間を救い給うか、という点については気になります」

「女は人間に入るかしら?」

「神の御心はわかりません。そしてその問いについて答えられるほど、私は賢くありません」

「つまらない返答ね」


 聖女像の上に教会の印章が掲げられているのを見て、レットは目を眇めた。

 百合の花。聖女を祀るのにふさわしい花だ。

 この場所に一番ふさわしくないのはレットとカーリーンのどちらだろうか。栓無きことを考えながらも、レットは緊張で冷たくなった手に力を込める。


「それで、答えは決まったかしら」

「はい。私はあなたの思想に賛同できません」


「どうして?」とかけられた純粋な問いに、レットは小さく息を吐く。


「あなたのやり方では、反発が起きるでしょう。女が反乱を起こしたとき、男に敵うはずがないのです」

「どうして? わたくしたちには考える頭がある」

「頭があっても、純粋な力には負けるでしょう。負けた先になにがあるか、あなたも想像がつきませんか?」

「罪のない女がまた殺されるわね」


 淡々とした響きに、レットは奥歯を噛みしめた。それだけで済めばいい。だが、歴史を見ればおのずとわかる。


「それで済んだらまだマシです。魔女裁判が再び開かれるでしょう。魔女とあげつらう人間によって、女が火あぶりにされ、水に沈められる。死に方でしか、魔女と聖女を区別できない世界が来る。女が女を密告して、魔女ではないと証明する世の中を望んでいるのですか?」


 レットの囁きにカーリーンが黙り込む。そして返ってきたのは、力のない掠れた声音だった。


「……だからこそ、失敗は許されないの」

「あなたがどう革命を起こすかは知りません。ですが、急速な変化を人間が受け入れるはずがありません。雨垂れが石を穿つように、ゆっくりと事を成さねば反発が起こるはずです」


 レットがそう言うと、ハッとカーリーンが吐き捨てた。苛ついた空気がレットにも伝わってくる。


「何世紀かけろと言っているの?」

「二世紀です」

「その間に女が何人死ぬと?」

「わかりません。多く死ぬでしょう」


「スカーレット、冗談はやめて!」とカーリーンは声を荒げた。レットはそっと目線を聖女像へと向ける。

 神がなぜレットをこの世界に放り込んだのか。それがカーリーンを止めるためだとしたのなら、さぞや感動的なシナリオだろう。


 ――レットの一歩ずれた未来こそが、カーリーンなのだから。


 あのときもし、ハーヴェイを失っていたら。レットはこの世界のすべてを壊すことを躊躇わなかっただろう。

 だが、レットはいまもこうして理性を保っている。そして、記憶を持ち越してまでこの世界に存在している。


「二世紀後に、女性は全員教育を受けることができます。望まなくても、そういった社会の仕組みができるのです。参政権を持ち、好きな職業に就き、好きな相手と結婚するもしないも自由な世界が」


「まるで神託を受けた預言者みたいね」とカーリーンはレットを嘲る。レットはその言葉に静かに笑った。

 神託でもなければ、予言でもない。レットは実際にその世界で生きてきた。この世界でも、同じ未来が待っているだろう。なぜかそう、断言できた。


「あなたの望む世界が来たとしても、そこにどうしたって見下される存在が作り出されます。人間とはそういうものです。性別、階級、肌の色、宗教。すべてを比べて、罪なき人が死ぬ」

「あなたの御託を聞きたくないわ。ねえ、あなたも本当はこっちに来たいでしょう? うんざりするほど、この世界が嫌いでしょう? ねえ、だからわたくし、あなたにだけ教えてあげる。檻を壊すのは簡単よ。あなたの中にある、憎悪がすべてを壊してくれる。ねえ、わかるでしょう? 本来檻に入れるべきなのはどちらか、賢いあなたなら知っているわ」


 最後の(いざな)いも、レットの心をすこしも動かすことはなかった。憎悪はいまだ心の奥で燃えている。

 だが、レットはそれが何に対する憎悪なのか知っている。


「檻から解き放たれたが最後、私は誰にでも噛み付く獣になるでしょう。だから、あなたの手は取りたくても取れない」


 ――この世界こそが檻だというのならば、檻の中で抗うしかないのだ。レットのやり方で、徐々に檻を腐食していく。


「そして、忘れないでください。あなたはリンジーたちを確かに救った。でも、そのせいで悪魔憑きになってしまうのではと不安に思う令嬢たちが生まれてしまったことを。悪魔憑きだとレッテルを張ることが容易い世界になってしまったことを、決して忘れないでください」

「……残念よ、スカーレット」


 衣擦れの音がして、カーリーンが教会を出ていくまで、レットは静かに目蓋を閉じて祈った。彼女の憎悪が世界を飲み込んで、彼女ごと燃え尽きてしまわないようにと。



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