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嘘つき男装令嬢と偏屈探偵の事件録 〜仮面の新聞記者は真実を語らない〜  作者: 乃間いち葉
第一章 悪魔憑きの令嬢たち

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21. ア・スタディ・イン・スカーレット

 

「盗み聞きがお上手ですね」


 レットがそう嫌味を言えば、探偵は「兄譲りだ」と責任の所在を兄に押し付けた。ミヒャエルの残したコーヒーカップを見て、探偵が眉を顰める。


「あいつは昔から飲み物を少しだけ残すんだ。何故だかわかるか?」


 突然のクイズにレットも眉間に皺を寄せた。だが、これがあのレットの最後の挨拶への答えだというのならば、真剣に考えるべきだ。ミヒャエルの性質から飲み物を残す合理的な理由を推測する。


「……沈殿したものがお嫌いなのでは?」

「いや、そういう男なのさ。物事を空にするのが嫌いでね」

「はあ」

「すべてを曖昧にするのが好きらしい。白と黒よりもグレーを好む人間だ」

「あなたとは逆なんですね」


 探偵業とは草木をかき分けてでも真実を探し、白黒つける生き物だとレットは思っている。そう言うと、探偵は興味深そうな顔で瞬いた。


「そう見えるか?」

「ええ」

「先日、君の兄上に会ってきた」

「は?」

「君たち兄妹はよく似ているな。双子だからだろうか。うっすらと浮かべた笑みの中でなにを考えているかさっぱり見当がつかない」

「待ってください、ハ―ヴェイに? 機関車で一時間半もかかるというのにですか?」


 レットが信じ切れずそう聞くと、探偵に呆れた顔をされた。


「距離が問題か? 私は興味を引く事件であればバーナスを離れることも多くある。安楽椅子探偵ではないと言っただろう」

「そうですが、一体何のために、」

「君がわからないでほしいと懇願した理由を暴きにだ」


 レットが絶句すると、探偵は満足げに口元を引き上げた。「君にそんな顔をさせるとは。実に気分がいい」とまで言っている。レットは吐き出したい言葉が溢れてきて、喉につっかえそうになりながらも、言葉を吟味した。


「……それは、ええと、探偵の職務から離れてしまうのでは?」

「どうだろうか。だが、『わからないでほしい』などと探偵に言ってしまった君が悪いな。喧嘩を売られているにも等しい」


 なんだかとんでもない屁理屈を捏ねられていないだろうか。「わからないでほしい」とレットが言ったのは、思想の話であって謎ではない。別に推理バトルを申し込んだわけでもない。

 ただ、たしかに探偵殿は真理究明の徒のようなところがある。そんな彼に「お前にはわからないだろう」と言ってしまうのは禁句だったのだろうか。


「一人のみの供述では真相は見つからない。だから君の兄にも聞いてきた」

「ハーヴェイに聞くことなど、」

「なぜ君が火掻き棒で父親を殴り殺そうとするまでに至ったのか、だ」


 その言葉にレットの喉がヒュッと鳴り、体に力が入る。探偵はそんなレットを楽し気に見つめており、テーブルの上に肘をついて、ついに両手を組んだ。


「さあ、スカーレット・アレンシアが新聞記者レットになるまでの真相をつまびらかにしようではないか」


 探偵は無慈悲に華麗なる推理ショーの始まりを告げる。




 ◇ ◇ ◇




 ハーヴェイ・アレンシアは十七歳でありながらも、女王の覚えがめでたい貴公子である。

 貴族院入りも嘱望(しょくぼう)されており、将来の期待を一身に背負っている伯爵だ。アレンシア家を継ぎ、家計が傾き領地がさびれていたのをわずか十五歳で立て直したという。


 だが、シェリングフォードと相対する青年は、ただ穏やかそうな美男子にしか見えない。

 アレンシア家特有の赤毛と、黄色の瞳。レットと同じ色彩を持つ彼は、シェリングフォードが急遽訪ねてきても門前払いをしなかった。むしろ手厚く歓迎されたと言ってもいい。


「スカーレットのことが気になりますか」


 優し気な口調の男は、シェリングフォードのことをすべて見通しているような目をしていた。

 なぜ首都バーナスから飛び出て、このアレンシア家の領地までやってきたのか。そのすべてを理解しているようだった。


「彼女が父親を殴り殺そうとしたとお聞きしました。だが、私の見立てでは彼女はそこまで暴力的な人間とは思えない。負けん気は強いが、非常に理性的な人間です」

「……スカーレットがそのことをあなたに話したのですか?」

「いいえ。彼女からは『何もわからないでほしい』と」


「レッティらしい」とハーヴェイは柔らかく微笑んだ。「どういうことでしょうか」とシェリングフォードが聞けば、ハーヴェイは少しだけ困ったような顔をする。


「僕たちが彼女を『わかる』ことなどできるはずがないのに、それに彼女は気づいていないんです」

「つまりは?」

「話しましょう。彼女から拒絶される人など滅多にいないでしょうから」


 ――それだけ彼女の根幹に近づいたということです。

 そう、ハーヴェイはどこか羨ましげに言う。


 穏やかな笑みを湛えるハーヴェイを見て、シェリングフォードは思った。

 ハーヴェイはスカーレットを知り尽くしているはずなのに、彼女のことを理解できないと諦めている。


 それがなぜなのか、なにがあったのか。

 シェリングフォードは寝物語を聞くように瞳をきらめかせた。


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