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嘘つき男装令嬢と偏屈探偵の事件録 〜仮面の新聞記者は真実を語らない〜  作者: 乃間いち葉
第一章 悪魔憑きの令嬢たち

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02. スカーレット・アレンシアという女


「レット、お前は非常に頭が良い。それは叔父であるわたしも知ってはいるのだ」

「女にしては、という枕詞がつくでしょうけど」


 レットは執務机の前に立たされながらも、睥睨するように叔父である社長を見下ろした。レットの物言いに頭が痛い、とばかりに叔父がこめかみを押さえる。


「だからと言って、四方八方に噛み付くのは看過できない」

「まるで躾のなってない犬みたいに言うのですね、叔父様」

「スカーレット!!」


 口の減らないレットへと叱責が飛ぶ。

 だがこのような怒号で怯むくらいなら、この時代に女の身でありながらスカーレットも新聞記者などしてはいない。

 叔父は反射的に怒鳴ってしまった自分を恥じたように、くしゃりと自分の長い前髪をかき混ぜた。


「お前が生まれたのが二世紀先だったら、と思わない日はないよ」

「それに関しては同意します」

「ならわかってくれ。お前を男と偽り私の新聞社で働かせているのは、お前の才能をよく知った上でのせめてもの情けなのだ」

「わかっていますよ、叔父様。私は病弱だった母に爵位を押し付けて逃げたあなたを恨んだことはなど、一日もないのですから」


 叔父が怯むのを見ながらも、レットの気分はまったく晴れない。スカーレットが普通の女の子だったなら。前世の──二十一世紀の記憶など存在しない、まっさらな貴族の令嬢だったのなら。間違ってもこのような気狂いな発言などしなかっただろう。


 コルセットで細い腰を作ることに執心し、結婚相手のことしか考える余地のない人生を送っていたはずだ。


 だけど、レットはなぜかこの時代に生まれ直してしまった。前世の有名な推理小説に酷使しながらも、パスティーユと言うには遠く、オマージュというには敬意もなく、パロディというよりは残酷なこの世界に。


 この時代の女性は資源である。なにも考えず労働し、僅かな賃金をもらい、夫に付き従って子供を産むことが生涯のゴールとされる存在だ。


 だからこそ、レットは生まれてから十七年経っても、苛烈な怒りを押さえることができずにいる。


 双子の兄に爵位を押し付け、叔父のもとへ転がり込み、少年と偽って新聞記者の真似事をしてもなお、鎮火することのない感情を心臓に飼っている。年を取れば落ち着くかと考えた。だが、そうはならなかった。身の内に飼う獣はいつも怒り狂っている。


 せめてロマンスファンタジーの世界であったならば、と考える日もある。だが、起きても目の前にあるのは霧が立ち込める街であり、名探偵が住まう謎に満ちた世界なのだ。


 だからこそ、レットは反抗をして叔父の罪悪感に付け込み、気狂いの女として生きていく。何もかも諦められないのは、レットが二つ目の人生に持ち越した夢のせいだ。


「あの探偵に言い過ぎたのは認めます。しかしながら、私は事実以外言ってません」

「だからこそ問題なのだ……。探偵の怒りを買うの得策じゃない。ただでさえニッチ層を狙った新聞社なんだ、こんなことで潰れたらどうすればいい?」

「叔父様の経営手腕が悪かったということです」


 はあ、と重苦しいため息をつかれては、さすがのレットも悪いことをしたなと反省はする。


「……そう言えば叔父様、前に言われていた小説の続編を書こうと思います」

「本当か!?」


 ガバリと顔を上げた叔父に、しぶしぶレットが頷くと、一気に顔色がよくなった叔父が「で、いつ書き上がる?」と催促してくる。


「まあ、再来月くらいまでには書き上げるようにします」

「頼んだぞ! うちの社運がかかってる!」


「印刷の手配を」「スケジューリングを」「校閲班にも手を空けさせて」と楽しそうに手を動かす叔父を見て、レットは安請け合いをしたことに少しだけ後悔をした。




 ◇ ◇ ◇




「君はレット。現在十四才でトゥルースレス・タイムズで昨年から働き始めた。それまでは田舎で暮らしていたというが、それは嘘だろう。訛りはなく発音は完璧、アクセントは少しずらしてはいるが元は上流階級の出身だとすぐにわかる。所作は粗雑なところがあるが、身なりを見れば明白だ。労働階級として偽るには小綺麗すぎたな。社長との関係性を見るに非常に親密、あの遠慮のない物言いからどちらかというと君の方が優位な立場だ。そもそもトゥルースレス・タイムズの社長は元々アレンシア伯爵家の長男で、家から追放されたと聞く。社長には子供がいない。アレンシア伯爵家は妹の旦那が継ぎ、男女の双子がいるようだな。社内では社長の婚戚──つまり社長夫人の甥だと言っているようだが、その特徴的な赤毛は先々代のアレンシア家当主と同じだ。となると、伯爵家の双子のうちの一人が君だ。双子は今年十七歳、しかし目の前にいる君は未発達の少年に見える。となれば、真実は明白だ。十七歳の少女が十四歳の少年と偽って働いているとなればすべてに納得がいく。まさか三歳もサバを読むとは、その豪胆さには恐れ入る」

「もしかして推理バトル挑まれてます?」


 ネタ探しに歩いていたら路地裏に引きずり込まれて、レットは乙女のような悲鳴を上げるところだった。しかしそれが探偵だと気づいたので、声を飲み込んで耐えていたが。


 一昨日会ったあとでこの再会だ。おそらくレットにコンプレックスを暴かれてボロクソに言われたのがプライドに傷をつけたのだろう。レットは言い返すために舌で唇を湿らせてから、探偵を仰ぎ見る。


「地道な聞き込みの作業だったようですね。しかしテーテ川中腹の河川敷の子どもたちに聞いたのが不味かった。もっと不味かったのは渡すコインをケチったところ。『売れっ子探偵の癖にシケてやがんの!』とボロクソに言われていましたよ。あなたのイレギュラーズと同じ扱いをしたのは悪手でした。そして、あなたの言ったことは合っています。()はアレンシア家の長女スカーレットです。このあたりは隠してはいませんが、明言もしていません。腐っても貴族ゆえに多少の醜聞なら揉み消せるので。あなたは自分のコンプレックスを暴いた上に幼少期の可哀想なシェリー坊やの癒えない傷をグサグサ刺した不届きな女である私の秘密を握り、ウキウキでここまで来たようですね。仕事しないんですか? ちょうどボーシェ子爵から依頼を受けたと聞いたんですが……」


 探偵が見事に口を開きながら硬直したので、レットはあまりにも皮肉が過ぎただろうかと反省した。


 前世で鹿撃ち帽をかぶり「エレメンタリー」とつぶやく大人気な探偵は、原作やパスティーユ含め共通して非常にプライドが高い。そして共通項として女性への薄っすらとした嫌悪がある。だが感情的な女を嫌っているからこそ、あのファム・ファタールのような女に出会い、知性で出し抜かれたことに強い衝撃を受けるのだ。


 テレビ、ドラマ、アニメ。たしか人形劇すらもあったあの探偵の物語。それこそ現代版や女体化版や日本版やら、人気すぎてネタを擦られまくっていた。レットは前世でバリウッド版とCCB版、そしてSBC版はなんとなく見た記憶がある。ファンには聖典と呼ばれる原作小説も、学生のときに読んだはずだ。


 だからこそ、レットはこの世界の探偵ことシェリングフォード・ホルムの性格についてはなんとなく把握していた。ちなみに助手である元軍医の彼のことについても知っている。相変わらず女好きそうだった。


「もう行っていいですか?」

「……君の今日の一日は私が買うことになった。ついてきたまえ」


 復活したと思ったらそんなことを言うので、レットは探偵のかぶるシルクハットをグチャグチャにしてやろうかと一瞬考えた。


「……まさかボーシェ子爵家までついて来いって言う気じゃないですよね?」

「話が早い。馬車を待たせてるから行くぞ」

「嫌です!」

「来い。君の書いた記事について訴訟を起こしてもいいんだぞ」

「いーやーでーす!! わあ、やめてくださいホルムさん!! 僕はまだ十四才でとてもあなたとそんなこと……あなたの愛する助手に恨まれるようなこと、僕には絶対にできません……っ!!」

「妙なことを言うな、訴訟の原因が増えるぞ!」


 探偵殿が腕を掴んで大通りに引きずっていこうとしたので、レットは危機感を感じてさらに叫んだ。


「助手にできそうな男なら誰だっていいんですか……!? あなたの助手さんの気持ちを弄ぶのはやめてください!!!」

「人聞きの悪いことを言わないでくれ!!」


 ちょうど通りかかったハンサムキャブ──辻馬車を引く御者を探偵が引き止めて、レットをぐいぐいと馬車の中に押し込んだ。レットは最後まで「やめてください! 僕はそんなことしたくありません……!!」と卑劣な冷血漢に攫われる美少年を演じることはやめなかったが、扉を閉じられて馬車が進めば無意味だ。


 探偵はイライラした様子で席にドカリと座ったが、レットだってイライラして座るときにわざと探偵の靴を踏んだ。ギロリと隣から睨まれるが、睨み返す。


「貴族の令嬢の誘拐事件……」

「君は今、新聞記者のレットだ。貴族の令嬢なんてどこにいる?」

「稀代の名探偵、十七歳の伯爵令嬢を真昼間に堂々と誘拐──子爵令嬢の腕にはアザがつくほど強い力で馬車に押し込まれた形跡があり──」

「やめろ、明日の紙面の内容を考えるな! それに痣がつくほどなんて虚偽を──」


 レットがシャツを腕まくりして皮膚に残った手型の痣を証拠として見せつければ、探偵は完全に沈黙した。明らかに顔色が悪くなっていく。一応この人も残りカスみたいな倫理観と良心をあるんだな、とレットは少し安心した。


「これを病院に見せて診断書とともにバーナス・ヤードに行き、あなたの手と手型の痣が一致したとなればもう言い逃れできませんよねえ……。あれだけ叫べば証人もたくさんいますし」

「君は悪魔か!?」


 やれやれ、とレットは首を横に振った。シャツの袖を引き下げて手首のボタンを留める。


「天使ですよ? なぜなら謝る機会を差し上げるので」


 レットがにっこりと笑えば、探偵が押し黙る。「アレンシア伯爵家の天使」と呼ばれたスカーレットの笑みにこんなにも怯むのは探偵ぐらいだろう。


「……すまなかった」


 不承不承、嫌嫌、渋々。そんな声音で言われた言葉は、喉を絞られたような響きで転がった。

 探偵が素直に謝ったので、レットは片眉だけを上げた。めずらしい。この手の名探偵はプライドがエベレスト、自らの過ちを認めるなら舌を噛んで死んだ方がマシな人種だと思っていたのだが。


「謝罪は受け取りますが、私は無礼な人間には無礼で返しますし、誠実な態度には誠実さで答えます。あなたがいくら女性を馬鹿だのヒステリックだのオツムの足りないお花畑の住人だと思っていようが勝手ですが、私には自我があり思想があり倫理がある。女性である前に人間です。あなたの思想は自由ですが、態度には出さないようにしてください。お分かりですか、ミスター?」

「……分かりたくもない」


 探偵がこめかみを押さえながら呻くように言うので、レットはこの馬車の窓をバッグを振り回して叩き割り、泣きながらバーナス・ヤードに飛び込んでやろうかと思った。レットが探偵に攫われたのは間違いないので。


「それで、卑しくも僕の体を金で買ったようですが、なにをさせるつもりですか?」

「語弊を招く言い方を──いや、もういい! 挑発して相手のペースを崩して会話のリードを握るのが君のやり方だな? もう通用しないぞ」

「良いから早く仕事の詳細を教えてください。あと僕を売ったのは豚のような男ですか? それとも狐のような男ですか?」

「両方だ」


「クソが」とレットが吐き出すと、探偵は目を丸くしていた。なんというか、「実はサンタさんはパパだったんだよ」とネタバレされた子供のような絶望感に満ちた表情だ。


探偵は一応は中流階級、いわゆるミドルクラスの人間であり、貴族ではない。紳士然としていることから、多少なりとも貴族令嬢への幻想があったのかもしれないが、レットとしては知ったことではない。


「話が進まないから、勝手に推測します。ボーシェ子爵令嬢の悪魔憑きの噂についての調査ですか? 先月の半ば、子爵令嬢主催のお茶会にて、参加した令嬢五人全員がヒステリックを起こして倒れたというのが発端でしたね? その後で子爵令嬢が発狂し、笑いながら踊ったり突然暴れ出したり、普段の穏やかさから一変したために悪魔の所業ではないかと疑われているため、子爵があなたを雇うことにした。有名でありながらも、権力のないあなたを。──違いますか?」

「……君は、何者だ?」


 レットに向けられた探偵の瞳には、はっきりと恐れが見えた。得体の知れない生物、探偵の優秀な頭脳を持ってしても理解できない化け物、いや、女の皮の下で蠢く悪魔を見るような目だった。


 レットも、理解はしている。共感はできないが、この時代の女性は「従順」であり「自己犠牲」を美徳としている。家で慎ましく夫の言うことを聞き、老いたら息子の言うことを聞く。常に美しくあり、男の言うことを静かに聞き、言い返さない。


 ──どれだけ侮辱されようとも、「忍耐」という美徳を持って微笑んでいなければならないのだ。


「父親からは気狂い、とよく言われていました。理解はできます。叔父からは生まれる時代を二世紀間違えた、とも。正しい言葉です。正しいからこそ、抗いたいこともあります。女であることが自由を奪われる理由になるのなら、男と偽るまでです」

「理解できない。なぜそんな、無駄な苦労を?」


 ──無駄な苦労。

レットはこの言葉に怒るべきだが、笑うしかなかった。まったくもって、この時代における男の台詞としては正しい。探偵は困惑しながら、乾いた声で笑うレットを見つめていた。


「無駄かどうかは僕が決めます。きっとこの話であなたと僕が分かり合えることは一生無理でしょう。無駄な苦労をするより、もっとすべきことがあるでしょう? 仕事の詳細を教えてください」


 探偵はしばらく沈黙したが、貴族街の街並みが窓に映り出した頃に詳細を話し出した。それはレットが集めた話と大差はないが、探偵ならではのなかなかに面白い考察があった。


「薬、ですか」

「ああ。悪魔憑きなど、非科学的なものを信じるつもりはない。最近は貴族の令嬢の間で流行っている薬があるらしい。愛の妙薬、などと言われているが、明らかに精神に作用する薬だろう。興奮状態、多幸感、万能感。懸想する相手と共に接種することで効果があると言われているらしい」

「ご令嬢はおまじないが好きですからね。……となると、ボーシェ子爵令嬢はその薬の過剰接種でしょうか?」

「……ありえない話ではない。だが、お茶会で五人全員が錯乱したのが気になる」


 探偵は顎元を触りながら思案している。レットが考えうる限りだと、やはり薬だ。

悪魔など馴染みのないものを信じるつもりは毛頭ない。この世界がどうなっているのかは知らないが、おそらくファンタジー要素はないはずだ。ミステリーにファンタジーを混ぜるなどレギュレーション違反なので。


「お茶会の食べ物になにか混ぜられた?」

「その線が強いだろう」

「しかしヒステリックを起こすような毒物などがあるんですか?」


「今のところ、私は知らない」と探偵が背もたれに体を預けて言った。レットはそれを聞いて手帳に情報を書きつけた。


「そうなればまだバーナスには存在してないということでしょう。……えっ、なんですか?」


 顔を上げると明らかに探偵が狼狽していたので、レットは無実を訴えたかった。とりあえず今は皮肉も口撃もしていないはずだ。


「……ずいぶんと私の知識を信用しているようだと思ってな」


 探偵はレットとは反対側の窓の方に顔を向けた。その声は平坦にも思えたが、しかし感慨深さが滲んでいるようだった。


「まあ、信用していますよ。難事件を解決してきた名探偵ならば、毒物の知識も豊富でしょう」

「間違ってはいない」

「僕はあなたの無礼な態度が嫌いなだけで、探偵としての能力については信頼していますし尊敬もしています」


 でなければ、レットだって前世であの名探偵の作品をたくさん見なかったはずだ。まあ、助手との間の関係性が好きだったこともあるが。あと、あの女性(ひと)との関係性も。


「しかし、なぜ僕を連れてきたのですか? あなたには立派な助手がいたはずですが」

「デートだと断られた」


「ああ……」とレットは半眼になった。三大陸を制覇したモテ男の設定がここにも。


「それに貴族連中とは関わり合いになりたくないんだ。兄経由で頼まれた仕事だから請け負っただけで」

「つまり最悪アレンシア家の縁者の僕を肉壁にすると?」

「君は話が早くて助かるな」


 皮肉めいた答えに、レットは「すみません、止めてください」と御者に向かって声をかけた。馬車が止まってから、探偵へと向き直る。


「もっとやりやすい方法があります。先に行っててもらえますか? 後でスカーレット・アレンシア嬢があなたを追いかけますので」


よければ評価いただければ嬉しいです!

また、いつも評価感想等ありがとうございます、大変励みになっています。


次回更新は土曜日の夜を予定しています。

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