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嘘つき男装令嬢と偏屈探偵の事件録 〜仮面の新聞記者は真実を語らない〜  作者: 乃間いち葉
第一章 悪魔憑きの令嬢たち

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14/23

14. 犯罪界の帝王

 

 レットは足を止めて、辻馬車を借りた。情報を得るためにリンジーの元へ向かうことにした。御者に住所を告げれば、馬車が走り出す。貴族街へと向かう道中で、思考を回転させる。アーノルドは何故殺されたのだろう。用済みだから、と駒をいちいち殺し回る必要はない。自分を怪しんでください、と言って回るようなものだ。


「危ねえ!!」


 いきなり御者の叫びと馬のいななきが聞こえた。そして馬車が急停止して、レットは狭い馬車の中で壁に体を打ちつけてしまった。大したことはない痛みだが、それにしてもどうしたのだろうか。


「どうしました?」

「あ、失礼しました! 浮浪者が急に飛び出して物乞いをし始めたんでね……ちょっと退かしてきます」

「いえ、私が出ます」

「え? いや高貴なお方がそんなこと、あ、待ってください!」


 レットは馬車から降りて、道の真ん中に横たわる浮浪者へと歩み寄った。ボロボロの貫頭衣にも似た服は麻袋だろうか。千切れたボトムスと剥き出しの足にはかろうじてサンダルが引っかかっている。伸び切った髪の下で、しゃがれた声が「どうかお恵みを……」とレットに慈悲を乞う。


 レットはしゃがみ込んで、バッグから銀貨を取り出して「これを持って服を買って、テーテ川の河川敷で汚泥を漁っている子に仕事はないかと聞いてみてください。きっと悪いことにはならないでしょう」


 汚れた手に手袋越しに触れて、銀貨を握らせる。そうすると浮浪者は息を飲み、「ありがとう……」と呟いた。


「こんな危ないことはもうよしてください。さあ、早く行って」


 レットがそう言うと浮浪者は頷き、よろよろと足を引き摺りながら人混みに消えていく。その姿に妙な違和感を覚えたが、レットはそれを振り払い馬車に戻った。


 御者が「慈悲深いお方ですね」と皮肉にも感嘆にも似た言葉を漏らすので、レットは苦笑いをした。馬車が走り出して、貴族街へと進む。

 しかし、馬車はなぜか方向を変えて、反対側の道へと行く。


「方向が違います」

「いえ、合ってますよ。お嬢様」

「ボーシェ子爵への道は先ほどを左に曲がったところです」

「いいえ、合ってますよ」


 御者の頑なな様子に嫌な予感がしてくる。レットはそっと馬車の入り口を開こうとした途端、馬車の勢いが増して、猛スピードで駆け出した。このまま飛び降りたとしても、怪我だけでは済まないはずだ。


「どこに連れていくつもり!?」


 レットは揺れる馬車の中、座席にしがみついて御者へと声を張り上げた。これではリボルバーを持って御者を脅すこともできない。御者は無言を貫き、ただピシャリと馬を鞭で叩く音がする。


 馬車は旧工場跡地へ進んでいる。三年前に大規模火災があったために、工場がまるごと燃えて多くの死傷者が出た。その後の買い手が決まらず、放置されていたはずだ。

 まずい。この世界の黒幕に嗅ぎ回っているのがバレたのだろうか。目障りな令嬢を殺すなど、犯罪界の帝王であれば容易いことだ。なら、レットはリボルバーを服の中に隠すしかない。胸元にひんやりとした鉄の塊を押し込んで、レットは終着点をただひたすらに待った。



 ◇ ◇ ◇



 馬車がようやく止まった頃には、レットの手には力が入らない状況だった。馬車の足場にへたり込んで、無様に椅子部分にもたれかかっているしかできなかった。


 御者が扉を開けて、レットを引き摺り出していく。抵抗できる気力もなかった。焼け残った工場の中へと引き摺り込まれて、レットは状況次第ではリボルバーを抜く覚悟をした。だが、工場には誰もいなかった。焼けた天井は骨組みが剥き出しになっていて、分厚い雲が見える。

 そして御者はレットを放り出して「奥の部屋へ」とだけ告げて工場を出た。扉を施錠する音が聞こえ、詰みか、と諦めすら感じる。


 まだガクガクする足をなんとか踏ん張って、ゆっくりと奥の木の扉を押し開けた。その先を見て、レットは唖然とした。


 まるでティールームそのものがそこに存在していた。ゴシック調の壁紙も、重厚な赤い絨毯も、優雅なティーテーブルと高級なソファも、さらに言えばティーセットも。そして──。


「お待ちしていたわ、スカーレット。お茶はいかがかしら、可愛い新聞記者さん?」


 ──豪奢で艶やかな黒の巻き毛の、美しく毛高い女王のような女性も。

 まるでその異質な世界に当たり前のように腰をかけて、レットへ微笑んでいる。

次回更新は3/18(水)予定です。

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