12. 悪魔の正体
更新が遅れていてすみません……!
「おそらく、キセルに毒物が含まれていた」
バーナス・ヤードが死体を回収している。それを見ながら、探偵は淡々と言った。だからレットも「そうですか」と淡白に返す。
「なぜ殺されたのでしょう」
「いまのところ断言できないが、慈善家について私たちに話したと判断されたのか、それとも用済みだったからか。あるいは、ただの第三者の怨恨か」
「用済み?」とレットは顔を上げた。探偵はレットを見下ろして、事実だけを正確に述べる。
「君が言うにはろくでなしだったのだろう? つまりは最初から使い捨てるつもりだったからこそ選ばれた」
「……たしかに誠実な人物ではありませんでした。だが、殺されるようなことをしたとは思いません」
「それよりも、慈善家の方が気になるな。令嬢たちを精神病棟に入れるまでの動きが早すぎる。新設の病棟だというのも気になるところだ。あの男の懐を探ったが、出てきたのはこのメモだけだ」
「……あなたって人は……」
レットは死体漁りをした探偵を半眼で見たが、探偵はメモに興味津々の様子で素早く折られた紙を開いた。それに目を通した探偵がゆっくりと瞬く。
「なんて書いてあるんです?」
「教授だ」
レットは一瞬だけ心臓が止まったような気がした。
教授。この世界でその名前がこのシチュエーションで出てくるとしたら、確実に「モリアーティー教授」が存在すると言うことだ。
血の気が一気に引き、押し黙るレットを探偵が怪訝そうに見ている。
教授が絡んでいると言うのならば、これはただの悪魔憑きではない。完璧に計算された事件なのだ。
レットは探偵を見上げる。「これは黒幕を表しており、あなたが命を賭けて戦うことになる相手だ」とは言えない。探偵は確実にレットを追求する。なぜそんなことを知っているのか、レットは言うことができない。だからこそ、素知らぬふりをする。
「どこの教授のことでしょうね?」
「幸いにも教授職の人間はバーナスでは多くない。調べればすぐにわかるだろう」
「そうですか。ところで、僕はもう放免ということでよろしいですか? さすがに人死にが出たんですから、危ないですし」
レットがおどけて言えば、探偵は「そうだな」と頷いた。
「この事件は記事にもできそうにない終わり方をしそうだ」
「ええ、これだけ騒ぎになったのならばリンジー嬢も遅からず精神病棟へと連れていかれるでしょう……」
「兄に文句を言わねば」と探偵は不満げなく顔をしたが、手のひらの紙に落とした視線はどこか楽しげだ。新たな謎を見つけた喜びに満ちている。
「僕はこちらの謎を追う。解決したら君に記事を書かせてやろう」
レットは驚いて目を剥いた。まさか、専属記者にでもしてくれるのだろう?
「君の視点の犯人を見てみたいからな。では、また会おう」
そう言って去っていく探偵の後ろ姿を見つめて、レットはそっと息を吐いた。そして、無意識に握りしめていた拳を緩めて、足を進める。
叔父夫婦の家に。
◇ ◇ ◇
「スカーレット様」
叔母は鏡の向こうで不安そうな顔をしている。レットがこうして、供も連れず令嬢姿で出かけるからだろう。
スカーレット・アレンシアとしての持ち物はこの叔父の家に保管してある。ドレスもウィッグもそうだ。なにしろ、義理の叔母であるキャロルはアレンシア家で働いていた下女だった。だからこそ、アレンシア伯爵令嬢であった母に似ているレットを見ると、いつも緊張するらしい。
「ありがとう。叔母様は化粧がお上手ですね」
「私もついていきましょうか?」
キャロルが不安そうにそう言う。叔父は社長ゆえにすでに出勤し、キャロルも一時間後に出勤を控えている身だ。なので、レットは首を横に振った。
「大丈夫です。自分の身は自分で守れます」
「ですが……」
「気にすることは何も無いのですよ、叔母様。あなたのせいで私がおかしくなったのではないのですから」
そう言うとキャロルはグッと眉根を寄せた。彼女は下女であった自分と叔父が駆け落ちしたせいで、スカーレットの母の人生がめちゃくちゃになり、スカーレットがおかしくなったのだと考えている。
「すべてが嫌になったら領地へ帰ってゆっくりします。大丈夫ですよ、叔母様」
レットはそう言って、ハンドバッグを手に持った。辻馬車を予約していたので、もう行かなくてはならない。レットは叔母に向かって、できるだけ柔らかく微笑んだ。
「いつもありがとうございます、叔母様。あなたのおかげで叔父様は楽しそうです」
そう言うとさらにくしゃりとキャロルが顔を泣きそうに歪めるので、レットは玄関から出て路地を歩き出す。ハンドバッグはいやにずっしりとしていた。
当然だ、兄であるハーヴェイから持たされたリボルバーが入っているのだから。
◇ ◇ ◇
リエンタ子爵家にすでに前触れとして手紙は出している。「アンリ嬢とお会いしたい。二度ほど社交パーティーでお話ししたことがあり、最後に顔だけ見たい」と。レットが社交界に出ていたのはほんの一年ほどなので、実際は嘘だ。
スカーレット・アレンシアの名前は有用だ。子供思いの奇特で純粋な令嬢だと貴族からは思われている。だからこそ、許可が降りたのだ。
侍女に案内されながら、アンリは明日精神病棟へと連れていかれることを聞いた。目隠しをしているが、それは外に向かって飛び降りるからだという。そしてなぜか、部屋が眩しいのも嫌がるらしい。
レットは部屋に案内されて、「失礼しますと」声をかけて入室する。そうすれば、真っ暗な部屋の奥から「どなた?」と声がかかった。
暗闇にようやく目が慣れて、アンリが窓から転落の際に折れた足を伸ばして、ベッドボードに背を預けているのがわかった。
「スカーレット・アレンシアです。久しぶりですね、アンリ嬢。積もる話もあるので、よければ二人にしていただけますか?」
レットが侍女にそう聞くと、「ですが……」と逡巡している。なので、レットは「お願いします。最後に二人で思い出を作りたいの」と侍女に金貨を握らせて懇願した。いやらしいやり方ではあるが、効果はある。侍女は小さく頷いて、「扉の近くにいます」と部屋を出て行った。
「……なにが目的ですか、スカーレット嬢」
レットはその問いに答えず、奥へと進んで部屋の奥の分厚いカーテンを隙間ができる程度にそっと開いた。少しだけ部屋の暗さが和らぐ。
それからアンリのところまで近づいて、目隠しを一気に剥ぎ取った。
「何を──!!」
叫びかけたアンリの口を手で封じる。眩しげに細められた目の奥、瞳孔が散逸しているのを見て、レットはやっとすべての点と点が繋がった。
「集団パニック──いえ、集団ヒステリーが起きてから誰かに入れ知恵を? あなた、ベラドンナを使いましたね?」
手のひらの奥で唸る声が聞こえる。それでも、レットは渾身の力でアンリの口を塞いだ。心苦しいが、侍女に気づかれたら一巻の終わりだ。
「他四人の令嬢も、同時刻にベラドンナを使ったのでしょう。あなたは特に目の症状が酷かったようですね。それで、フラフラと眩しい世界の中でもがいていたら窓から転落した。違いますか?」
カッ、とアンリの頬が羞恥に染まる。レットの推測は合っていたらしい。
「ベラドンナは神経毒です。貴婦人は黒目が大きく見えて魅力的になる、と信じているようですが、実際は交感神経が常に優位になり瞳孔の調節機能が狂う。あなたが眩しさを常に感じると言うのも納得です。そしてさらには精神の錯乱まで引き起こす可能性がある。なぜ令嬢四人で同時刻に接種したのですか? 答えてください、これが令嬢五人の狂言だと暴かれたくないのなら」
アンリが顔を恐怖に染める。やせ細った体がカタカタと震え出したので、レットは手を離して剥がした目隠しを丁寧に付け直した。そして、カーテンを再度しっかりと閉じる。
「私はあなたたちの戦いを邪魔するつもりはありません。ただ、真相を知りたいだけなのです」
悪魔めいた甘言だ、とレットは我ながら自嘲したくなったが、すべてを話してもらえなければレットはこの真実を隠し通すことができない。
だからこそ、悪魔になる覚悟はできている。
次回更新は3/7(土)の予定です。




