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嘘つき男装令嬢と偏屈探偵の事件録 〜仮面の新聞記者は真実を語らない〜  作者: 乃間いち葉
第一章 悪魔憑きの令嬢たち

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11. 招かれざる紳士と許されざる紳士


 レットは驚きながらも立ち上がり、内鍵を回して扉を開けた。見上げた探偵はなぜか渋い顔をしている。レットが半歩下がり、「粗末な部屋ですが」と招こうとすると、探偵は手で制した。


「さすがにレディの部屋に入るのはダメだろう」

「レディはいません、あいにくと不在でして。紅茶ならお出しできます。兄から送られてきた高級な茶葉ですよ。味わってみたくないですか?」


 探偵はしばし苦悩したが、観念したように「いただこう」と部屋に入った。そしてテーブルの上の新聞を扉の間に挟みこむ。どうせ捨てるものだったから良いが、どういう意味でそのようなことをしたのかレットは考えた。


「……あの、」


 何のためにそれを、と言いかけて、一応「未婚の女」と密室にならないように、そして退路を断たないようにそうしたのだと気づく。難儀なものだ、とレットはケトルを火にかけながら思った。この世界のすべての常識がレットにとっては難儀だ。


「そのテーブルの上の紙に僕の集めた情報を記しています。お茶を待つ間にご覧ください」


「上質紙。貴族だと隠す気はないのか?」と紙を手に取った探偵が呆れたように言う。それをレットは笑い返して、「全部元貴族の叔父様のせいにしています」と言った。探偵は「君の叔父上はさぞ苦労しているな」と皮肉る。たしかにそうだろうが、レットを雇用する旨味も確かにあるのだ。


 レットはテーブルの上の水差しからケトルに水を注ぎ、取ってつけたような暖炉の熾火にかけた。その間にポットとティーカップの準備をする。


「私の調べた内容と一致している」

「探偵殿の名推理を聞かせてください」

「今のところ薬物の常用が原因だろう。茶会で誰かが持ち込み、好奇心から試して使用量を誤った。その後中毒症状になり、常用し続けてこの有様、というところではないかと推測している」

「ですが令嬢が四人も薬物を誰かから周りの目を盗んで購入できますか?」

「窓から入り込む売人がいなければな」

「ああ、それもありましたね……」


 レットはテーブルの席についた。対面した探偵を見て、レットは気になっていたことを話すことにした。


「ダンシングマニア、はご存知ですか?」

「踊り病のことか? あれは麦角菌(ばっかくきん)による麦角(ばっかく)中毒せいだろう?」

麦角菌(ばっかくきん)?」

「ライ麦や大麦、小麦などに起こる病気だ。その病気の麦を口にした人間はあらゆる症状が起こり、時に幻覚すら見ると言う」


 スラスラと説明した口で「踊り病は知っているのになぜそちらは知らない?」と呆れた顔をされた。レットだって何かの小説で読んだだけなのだ、細かいことは覚えていない。


 踊り病(ダンシングマニア)。一六世紀に多くの人間がいきなり踊り出し、死ぬまで舞踏を続けたと言う歴史の一幕だ。原因は諸説あるが、一番有名なのが探偵のいう病気だ。


「それとは別の説があることはご存知ですか?」

「悪魔憑きか?」

「集団ヒステリーです」


 レットがそういうと探偵は興味深そうな顔をしたので、レットは話を続ける。


「ダンシングマニアは飢餓や干魃(かんばつ)、明日すらもわからないストレスにより不安が住民に伝播して全員が同じ行動に出た、という仮説があるのです。人間というのは群れて同じ行動をすることで落ち着くことができる生き物です。ですので、そちらの説もあるかと考えました」

「ボーシェ子爵令嬢のことを皮切りに、ストレスが限界に達して全員がタイミングよく発狂したと? いくら何でも空想的だ。結論を急くな」


 探偵の言い分はわかる。だが、リンジーがレットを傷つけたときの顔を忘れられないのだ。レットは唇を噛みしめた。


「……突拍子もない話だとは理解しています。ですが、ボーシェ子爵の恐怖を分かち合おうともし彼女たちがおかしくなる前日に会っていたとしたら? 自分たちも悪魔憑きになり後ろ指を差される恐怖に怯えていたら? ──そして、もし彼女たちをそそのかすような人間がいたとしたら?」


 探偵はレットの仮説を聞き、口元に手で触れた。なにかを考え込み、青灰色の瞳の奥でニューロンが弾けるように煌めいた。


「そういえば、気にかかる情報があった。五人の令嬢の家の全員に接触した人間がいたという。ワインダー伯爵家の傍系の男で、最近は精神病棟(アサイラム)を設立したばかりだという」

「ワインダー伯爵家の傍系?」


 レットは眉を釣り上げた。怒気を孕む顔つきのレットを見て、探偵が「因縁が?」と聞いてくる。

 因縁? もちろん、あるに決まっている。あそこのドラ息子には煮え湯を飲まされかけた記憶があるのだ。


「少しだけ。ですが、間違っても慈善家ではなかったはずです。そいつの顔を拝んで、本当にそんな素晴らしい慈善事業をしているのか確かめなければなりません」


 レットの酷薄そうな笑みを見て、探偵は「面白そうだ」とニヤリと唇に笑みを描いた。錆色の猫と黒猫の喧嘩を楽しみにしているような、そんな顔だ。




 ◇ ◇ ◇



 レットは路地にある廃屋の前で佇み、キセルを吹かす男を見つけた。探偵を振り返れば、行ってこいとばかりに顎で示される。レットはしっかりとハンチング帽をかぶり直し、そのあたりのレンガの汚れで手を汚した。それを頬と福に擦り付けて、いかにも労働階級の最下層――貧困層に近いフリをした。この服の洗濯は考えたくないが、必要経費だ。


「ミスター! ミスター・アーノルド!?」


 レットはその男を見つけて、喜色に満ちたように顔を明るくした。男はレットの声にぎょっとした様子だったが、それが羨望に満ちた目だと気づくと、落ち着いてキセルを叩いた。


「なんだ、小僧? 俺は忙しいんだ」

「デイリー・バーナス・タイムズの記者のロイグです! まさかミスターにお会いできるとは! アレンシア家の天使に次ぐ聖者と名高いミスター・アーノルド、あなたにぜひインタビューをお願いしたいです!!」

「聞いたことのない新聞社だな……。ま、あのアレンシア家の詐欺師とは違って、オレは本物の慈善家だけどな」


 この得意気な男の横っ面を叩いてしまいたい。だがレットはそれをグッと押さえて、手帳を取り出してニコニコと笑った。


「ミスター・アーノルド、あなたは最近精神病棟を新設されたようですね! それも令嬢専用の! 紳士の鑑とはあなたのことでしょう、世の男性はあなたを見習うべきですね」


「まあな」と調子よくアーノルドが答える。

 まったくもって、アレンシア家の没落寸前に集りに来たハイエナのような側面は変わっていないらしい。だが、一瞬で顔色が変わり、レットの発言に違和感を覚えたようだ。


「待て、なぜ令嬢専用だと知っている? それを誰かが話すはずがない」


「い、いえ、風の噂で……」とレットはしどろもどろになりながらも、目線をぎこちなく逸らした。そうするとアーノルドはチッ、と舌打ちをしてキセルを放り投げる。そしてレットの腕を掴んで、「お前、記者じゃないな?」と詰問をしてきた。レットは力強く握られた腕に本気で顔をしかめた。馬鹿力め。


「居たぞ!!」


 探偵が声を張り上げて、物陰から出てきた。今まで長距離を走ってきたように汗を滲ませながら、「あいつだ!!」とレットに向けて叫んだ。突然の名探偵の登場にあっけにとられていたアーノルドの手の力が緩み、レットは顎目掛けて頭突きをした。「いってえ!!」とアーノルドが悶えているうちに、レットは決めていた方向へと逃げ出す。

 探偵と反対方向に逃げれば、探偵が「ウィル!! 予想通りそっちに向かったぞ!」と大声を上げた。そのタイミングでレットは路地に入り込んで、ただ「うわ!! やめろバカ!! 骨が折れたらどうするんだよ!!」と喚いた。無論、一人芝居である。


「無事でしたか、ミスター」


 探偵は額に滲む汗をぬぐいながらもアーノルドに話しかけた。状況が掴めていない男はとりあえず稀代の名探偵を見つめて、「ミスター・ホルム?」と呆然と呟いた。そう、この男はミーハーなのだ。有名人が大好きすぎてオペラの女神に求愛してフラれた逸話がいくつもある。


「雇い人に言われた通り、周囲を嗅ぎまわっている人間がいるようです。ネズミとはどこにでもいるものだ……」

「待て、あんたはなんなんだ?」

「あなたのボスに同じく雇われたんですよ」

「オレのボス? 会ったことがあるのか?」


 ここで一気にアーノルドが心を開いたようだった。知名度が高く信用のある探偵に対して微塵も疑いを抱いてない。


「書面を交わしただけですが。雇い人を嗅ぎまわる羽虫の正体を掴まえてほしいと」

「そうか、オレもだ。直接お会いしたことはないが、腐っていたオレを仲介人として雇ってくれた本物の慈善家だ。よくもまあ頭のイカれた女どもの面倒を見ようなんて思うよな」

「ええ、本物の慈善家とは社会のために動くものですね……。そういえば、あの黒髪の令嬢にはお会いしましたか? 名前は、なんだったか……」


 探偵がとぼけると、アーノルドはキセルを拾い上げた。探偵がマッチを使い火をつけてやると、「名探偵に火をもらえるとは」とわかりやすくにやけた。


「ボーシェ子爵の娘か? 会ってはいないが、父親が頑なでね。破格の価格で精神病棟(アサイラム)に入れるっていうのに、馬鹿な男だよ。地下室にでも閉じ込めるつもりなんだか」

「違いない、彼女には殺されかけましたよ」

「なら間違いなくどこかに閉じ込めておくべきだな、悪魔憑きなんて家に置いておくもんじゃないさ。しかしボスはなにをお考えなのかねえ。悪魔憑きの女どもを集めて、見世物にでもするつもりか?」

「悪魔憑きを見に行こうとする酔狂な人間もいないでしょうに」

「いいや、あんたは知らないだろうが、貴族は酔狂なのさ。おかしくなった女どもを裸に剥いて檻に閉じ込めればいい、良い見世物さ」

「それは……実に()()ですね」


 レットは会話を聞いてるだけでも吐き気がしてきた。だが、これがこの世界の現実なのだ。ぎりぎりと奥歯を噛みしめる。あの下種野郎を殺してやりたい。


「ではあなたは高尚な慈善家殿の敏腕交渉人というところですか?」

「ああ。残りの四人はすぐに病棟送りに決まったんだがな。慈善家殿もよくやってくれたと褒賞もくれたし、オレの仕事は終わったも同然だ」

「ボーシェ子爵以外の四つの家と契約をしたようなものですからね、当然の労いですよ」

「よければ一緒に飲みにでもいくか?」

「残念ですがあの子供に情報を吐かせなければ。……おい、ウィル! そっちは大丈夫か!?」


 探偵の大声が聞こえたので、レットは「離せっつってんだろ、この探偵の腰ぎんちゃく!! 元軍人だからって偉そうにするな!!」と架空の助手に向かって罵倒した。本当に申し訳ない。探偵がこのことを助手に告げ口しなければいいのだが。


「では、失礼。良い一日を」

「ああ、あんたもな、ミスター。会えてよかったぜ」


 探偵がわざとらしく足音を立ててレットの方に来るので、レットは持っていたハンカチで頬を拭った。路地の奥を通り、ハンチング帽を脱ぐ。探偵との合流地点で待てば、探偵がすぐにやってきた。


「単純な男だ」

「まったくです」

「だが貴族の傍系を交渉人として起用したとなると、精神病棟を作ったのはおそらく貴族だ。じゃないとあの単純な男も雇われようとしないだろう。……本物の慈善家か、見世物小屋を開きたい高尚な貴族のどちらかだな」

「アーノルドは金さえあれば何でもいい男なので、そこそこ稼いでる商家かもしれません。それか、令嬢がたに悪魔を憑りつかせたとんだカルト教団の主かもしれませんよ」


「そちらの方が面白そうだな」と探偵は真面目な顔で言った。レットは本気で探偵の革靴を踏んでやりたかった。だが、探偵が顔を動かしてアーノルドのいた方を向く。


「なにか騒がしいな」

「……たしかに、誰か叫んでますね」


 探偵とともにレットは路地裏から出て、騒ぎの方向へと近づく。探偵は念の為とレットの腕を掴んだ。まるで連行するような掴み方だが、今は文句は言えない。レットは探偵に捕まったネズミの役なのだ。

 路地を抜けると、先ほどのアーノルドのいた場所に人だかりができている。嫌な予感しかせず、レットは探偵を仰ぎ見た。


「行くぞ」


 探偵が足早に騒ぎの中へと向かい、レットもハンチング帽の鍔を下へと引き下げて後を追う。人だかりへと探偵が「引いてくれ、探偵業をしている者だ」と名乗る。それだけで「名探偵の登場だ!」と人々が口にして身を引いた。


 その中心で、脱力したアーノルドが口から泡を吹いて倒れている。この世界に生まれてある程度死体は見慣れたが、レットにとって知った顔が死んでいるのを見るのは初めてだった。アーノルドの唇の色が紫になっており、爪もまた変色している。ヒュッ、と喉が鳴った。


「……脈は無い。死んでいる」


 探偵が右手首を抑えながらもそう言った。それからレットに「バーナス・ヤードに電報を打て」と指示をする。

レットはぎこちなく頷いて、頭の中の地図を開いて足早に近くの電信局へと向かった。

 

 気分が悪い。それでも無心に足を進めて、言われた通りバーナス・ヤード──先ほどの番地名、そして「死体」とだけ送ることにした。電信局から出て、レットは引き返したくない気持ちを抑えて、探偵の元に戻る。


 アーノルド。三年前にレットの家が傾いているのを嗅ぎつけ、「良い投資先がある。すぐに投資金が十倍になるはずだ」とハーヴェイに話を持ちかけた男。その男の死に、なぜかレットは動揺している。

 

 胸糞悪い男だったが、死んで欲しいわけじゃなかった。


 レットは息を吐いて、冷静さを取り戻すように努めた。

次回更新は土曜日になります。

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