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嘘つき男装令嬢と偏屈探偵の事件録 〜仮面の新聞記者は真実を語らない〜  作者: 乃間いち葉
第一章 悪魔憑きの令嬢たち

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10. 悪魔憑きの令嬢たち


 ボーシェ子爵の解雇された使用人は七名だという。家政婦長に料理長、キッチンメイドに侍女と侍従、そしてフットマン。さらには馬丁兼御者まで。すべて家を回すために必要な人材だ。

 これを聞いたとき、さすがにレットは耳を疑った。


「さすがに多すぎます。この騒動を隠すためとはいえ、七名も解雇したら逆に目立つでしょうに」

「すべての人間に推薦状を書く代わりに令嬢のことについては口にしない契約を交わしたようだな」


 ガタガタと揺れる馬車は探偵の調査で判明した一番口の軽い人間の元に向かっているという。


「しかし、この事件の真実がリンジー嬢が気を病んでいることだったとしてもボーシェ子爵が受け入れないでしょうね」

「だろうな。退屈な仕事だ。兄が押し付けなかったら絶対に受けなかった」


 探偵は本当に退屈そうに目を細めて窓の外を見ている。レットはそれを見て笑った。謎あるところに探偵あり。つまり、探偵が呼ばれるならそれ相応の謎があるということである。それこそが探偵もののセオリーなのだ。


「まだわかりませんよ、秘密結社が裏で糸を引いているかもしれません」

「くだらない。どうせマリッジ・ブルーだ。ボーシェ子爵には娘しかいない。帝国法で爵位の継承は男子のみ。従兄弟を後継者に据えるために養子にしたようだ。リンジー嬢の結婚相手を知っているか?」


「いいえ」とレットは目を伏せた。なんとなく、想像はついた。よくある話だからだ。


「マルテ伯爵の後妻だ。しかも三十も上の男。若い貴族の令嬢が錯乱してもおかしくはない」


「よくある話です」とレットは嘲笑った。つまり、リンジーは売られたのだ。ボーシェ子爵が伯爵家から支援を受けるために。レットは窓の外を見た。薄曇りの空からいつ雨が降ってきてもおかしくはないほど、陰鬱な雲に覆われていた。




 ◇ ◇ ◇




 口が軽い、と言われていた男はフットマンとして雇われていた。パブでビールを三杯奢ってやると探偵が言えば、二杯目まで一気に飲んで、ペラペラと話し始めた。

 いわく、子爵家の経済状況は悪い。子爵の事業が失敗し、人員整理が始まった頃にリンジーの結婚が決まった。そして、その頃からリンジーは様子がおかしくなったという。


「お嬢様は子爵と何度も言い争いをしていました。それからはご存知の通り、あのお茶会の日からおかしくなりました。従兄弟であり次期子爵のケイン様をナイフで切り付けてから、部屋に閉じ込められて」


「切り付けた?」と探偵が聞き返した。新たな情報だ。男はまたビールを煽ってから、口元をぐいっと手で拭った。


「まあ気持ちはわかりますよ! ケイン様はリンジー様を見るたびに罵倒してましたから。正気を失って真っ先に殺しに行くのがアイツだというのも理解できますよ」


「殺したのか?」と探偵は退屈そうな顔で聞く。それが面白かったのか、男は笑った。


「いや、生きてますよ! 腕を切りつけられて縫合のみで済みました。それでもトラウマになったらしく、今は実家に引きこもっているとかで」

「腕はちゃんと動くのですか?」


 レットの問いに男はハア、とため息をついた。なにか面倒なことを思い出しているようだった。


「動きますよ。浅い傷でしたし。それなのにずっとピーピー喚くので呆れてしまうほどで」


 レットは手帳に情報をまとめた。結婚相手の情報と、従兄弟の情報。そして実際に刃物を向けたのは探偵だけではなく、すでに従兄弟を害していた。

 しかも急所でなく、腕。縫合で済んだと言うのなら神経は無事。令嬢の腕力が足りないだけか。──それとも故意か。


「ありがとう、あとはこれでフィッシュアンドチップスでも食べると良い」と探偵はコインを机に置いて、パブを出た。


 馬車を探しに並びたって歩く。レットがこの推論にたどり着いたということは、探偵もおそらく同じ考えに辿り着いたはずだ。

 しかし、この考えを探偵に話す気になれない。リンジーはあったかもしれないスカーレット・アレンシアの未来だ。家格を立て直すために売られる資産。

 彼はリンジーの恐怖を理解できない。当然だ。彼は男で中流階級、結婚商売をすることはないからだ。だからこそ、貴族の令嬢の恐怖など歯牙にもかけないだろう。この世界では当然のことだ。気に掛ける男の方が「気狂い」と後ろ指を差されるだろう。


「……ホルムさん、この件をアレンシア家の名前で断りましょうか?」


 探偵がぴたりと足を止めた。振り返った彼の顔は怪訝と言うよりも、不快感に満ちていた。当たり前だ。受けた依頼を反故にするのは探偵として信用問題に関わる。だが、これ以上深入りしても誰の得にもならない気がするのだ。


「なぜ?」

「あなたはお兄様から強要された。だが偶然にもアレンシア家がボーシェ子爵に手を差し伸べ、あなたのお兄様に『アレンシア家から深入りするなと警告を受けたため』依頼の完了を報告する。すべて丸く収まるとは思いませんか」

「それで君になんの得がある?」


「損得の問題ではなく──」とレットが言いかけたとき、「ホルムさん!!」と子供の声が響く。よれた服を着て、手足の細い少年が探偵の前まで駆けつけて、上がっていた息を整えた。


「どうした、フリン」

「大変だよ!! 悪魔憑きだ! 悪魔が感染したんだ!! ボーシェ子爵令嬢とお茶会をしていた四人の令嬢がみんなおかしくなった!!」


 レットは冷えていく指先を片方の手で握りしめて、嫌な予感に鼓動が早くなっていくのを感じた。




 ◇ ◇ ◇




 寝起きの目蓋を押し上げて買いに行った大手の新聞には、「狂乱のお茶会、悪魔に誘われた令嬢たち」とセンセーショナルなタイトルとともに事件の内容が記載されている。レットはそれを読んで、あまりにもバカバカしくなってテーブルの上に放り投げた。五レニー硬貨を無駄にしてしまった。最悪だ。


 センセーショナルなタイトルで不安を煽り購買意欲を掻き立てる方法は理解できる。だが明らかに大袈裟な表現でリンジーたちを「悪魔憑き」を断定するなど許すことはできない。このレッテルは簡単に女を死に至らしめる。


 昨日は探偵の情報網となるイレギュラーズの登場により、レットと探偵はそのまま別行動をすることになった。その後、レットは独自のネットワークを使って情報を収集した。


 お茶会のメンバーのひとり、ライオット男爵令嬢のメリーは昨日、家のカーテンに火をつけたという。そして蝋燭をベッドに放り投げて、「浄化しなきゃ」と笑ったらしい。

 なんとか侍従たちが消火したがすぐに地下に拘禁され、それからはずっと喉が枯れるまで聖書を諳んじていたらしい。今日精神病院(アサイラム)に送られるという。


 同時刻にリエンタ子爵令嬢のアンリは部屋のバルコニーから飛び降りたという。幸いにして大きな怪我はなかったが、「光が!」と喚きながら何度も飛び降りようともがくために侍従たちが難儀しているらしい。


 マスカート男爵令嬢のジェーンも同じ時間に凶行を犯した。自分の長い髪を切り落として、「女神さまに捧げます」と鏡に向かってずっと跪いていると言う。膝をつき手を組んで、殉教者のように何も口にしていないと聞いた。


 パーシルヴァル伯爵令嬢のキャサリンもまた、朝起きた時点で様子がおかしかったという。なにも聞こえてないように、誰の呼びかけも反応しないと言う。たまに「女神さま」と嬉しそうに微笑むだけで、ずっと魂が抜けたように寝ているという。


 同時に起こった貴族の令嬢たちの奇行。

 バーナスの人間を狂乱に陥れるには容易い。露店では「悪魔祓い」という名義の謎の品を売りつける行為が蔓延していた。

 この時代はまだ悪魔を信じている人間が多い。謎の民間療法もまた多く、悪魔を払うためとレットの常識外のことをする輩は多い。それが普通だからだ。わかってはいるが、現代人としての意識が邪魔をする。


 最初はリンジー・ボーシェの狂言だと考えていた。だが、令嬢四人が同じように狂ってしまったならば前提が変わってくる。彼女たちは全員婚約者がいる。家格の釣り合う貴族の青年、あるいは商家の息子が。リンジーのように年老いた相手の後妻になる未来は待っていない。


「悪魔などいない。そう思っていたけど……」


 レットは呟いて新聞を折り畳んだ。自分の中の常識が崩れ始めている。探偵の住まう霧の都で悪魔が出るなど思えなかったが、レットはこの世界のすべてを知っているわけではない。流行りの漫画のように「どこかの創作物」の世界に入り込んでいてもおかしくはないのだ。


 考えられるのは令嬢たちの精神の錯乱。あるいは薬物の接種。だが常用しなければ錯乱しないものばかりのはずだ。あのお茶会が鍵となるとしても、その後も四人全員が同じ薬物を常飲しないと意味がない。あるいは副作用だろうか。

 だが。半月前のお茶会そこまで長引くような副作用が出るのなら、それは劇薬を接種した時点で命を落とすだろう。


 コンコン、と部屋がノックされて、レットは顔を上げた。この新聞社の三階にある犬小屋よりも粗末なレットの部屋に来る客など叔父くらいだ。


「叔父様?」

「私だ」

「探偵殿?」


 まさかの珍客にレットは目を瞠った。

次回更新が諸事情により土曜になります。

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