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嘘つき男装令嬢と偏屈探偵の事件録 〜仮面の新聞記者は真実を語らない〜  作者: 乃間いち葉
第一章 悪魔憑きの令嬢たち

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01. 名探偵と男装記者

 

「また名探偵の活躍だ! 連続殺人鬼をたった三日で捕まえたらしい!」

「たった三日で捕まえられるなら、被害者が二人出た時点で捜査してほしかったものですね。五人死んでから腰を上げるなんて、遅れてやってくるヒーローにしても鈍間(のろま)です」


 レットの皮肉げな物言いに、編集長は喜色に満ちた顔を一瞬で苦渋に染め上げた。編集長、などと大層な肩書きはあるが、実質社員が十人しかいない弱小新聞社であるから、推して知るべしと言うしかない。それでも、この会社の中で彼は唯一有能な部類に入る。


鈍間(のろま)なのはバーナス・ヤードだろう! 稀代の名探偵に早めに捜査協力を願い出ればよかったんだ!」


 編集長は口角泡を飛ばしてバーナス警察の批判するので、レットは肩をすくめて言い返した。


「そんなにホイホイ一般人に捜査権限を渡すのも問題でしょうに」

「いいからさっさと記事を書け! 締切は明日の四時までだ!」


 編集長はレットに指示を出し、書類で埋もれたデスクにどかりと座り直した。レットは肩掛けの鞄を手に、静かに席を立つ。他の記者たちはレットに目をくれず、自らの職務に励んでいるようだった。


 新聞社を出れば、今日も今日とて重い雲が垂れ下がる空が目に入る。霧のせいでまともに遠くも見通せやしない。レットは小さく息を吐いて、慣れた道のりを進むことにした。




 ◇ ◇ ◇




「──つまりは、犯人が双子だったと?」

「ああ、そうだよ! だから犯行時刻にわざと片方が鉄道に乗って痕跡を残し、片方が殺す! だから捜査が進まなかったんだ」

「まるで三文小説だな……」


 テーテ川の河川敷にいる少年は、表向きは汚泥から金品を探す仕事をしている。だがしかし、子供ならではの人脈で情報ネットワークを作り上げていた立派な情報屋だ。レットはコインを渡せば、彼は抜けた前歯を見せつけるようにくしゃりと笑う。


「ここから三ブロック先の美容院、そこの店主の娘が犯人宅のハウスキーピングをしていたらしい」

「ありがとう。さっき通ったケヴィンのところでりんごが安売りしてたよ」

「お、ありがと! 妹が喜ぶぜ」


 レットはひらりと手を振って、河川敷から言われた通りに三ブロック先の美容院へと向かった。今にも壊れそうな扉を押し開ければ、恰幅のいい男性がレットを見てうんざりと顔を歪めた。


「また新聞記者かよ……」

「よくわかりましたね」

「指先をインクでそれだけ汚してればな」

「おや、名探偵の素質がお有りで」


 レットのわかりやすい世辞に首を振り、店主は指先で椅子を示した。知りたい情報があるなら客になれ、という話らしい。レットは素直に椅子に座り、ハンチング帽を外した。帽子にしまった小さな尻尾のような一つ結びの髪がこぼれ落ちるのを見て、鏡越しの店主が目を見開く。


「赤髪か。高く売れそうだな」

「前髪のみ切ってもらえますか?」


 店主がハサミを手にしたので、レットは鞄から手帳とペンを取り出した。


「まず、娘さんは大丈夫ですか? 殺人鬼の家を掃除していたなど、ひどい心労でしたでしょう」

「……新聞記者なのに珍しいことを言うんだな。土足で上がり込んで好き勝手騒ぎ立てるのがあいつらのマナーだと思ってたが」


 店主がレットの長い前髪を手に取り、櫛を通す。五十代ほどの年齢の店主はひどく疲れた顔をしており、なぜ店を閉めないのかレットは不思議に思った。


「そのような輩が多いことは事実です。嘆かわしいことにね。あなたのお嬢さんも心ない言葉を浴びせられたでしょう。共犯者では、などという馬鹿もいたはずです」

「あんたは違うと?」


 鏡の向こうで澱みなくハサミを動かしながらも、店主はレットの顔を伺っている。


「違います。聞いた限りだと犯人は非常に強い女性嫌悪を抱いている。そして被害者は経産婦ばかり。あなたのお嬢さんは離縁されていますが、お子さんはいらっしゃらなかった。だからこそ狙われずに済んだが、ハウスキーパーとしての扱いは見なくてもわかる」

「とんだヒステリックなイカレ野郎だったらしい。俺は娘に仕事を辞めるように何度も言ったが、出戻りだから金を稼がなきゃの一点張りだ」

「犯人は医師として男性の患者には非常に信頼されていた。だからこそ、女性が扱いについて声を上げても覆い隠された。──合ってますか?」

「名探偵の素質があるのはあんただな」

「褒め言葉は好きですよ。……つまり、あなたのお嬢さんはハウスキーパーとして働きながらも、家主の情緒不安定な部分に手を焼いていた。日によって穏やかだったり激昂したり、神経質だったりおおらかだったり」

「そうだ。まさか双子だなんてな」


 眉を隠すほどの短さまで切られた前髪を、レットは緑の目で追った。それ以上切られてしまったら、編集長に指を差されて笑われるはずだ。散髪代としてコインを五つ、鏡の前にある簡素なテーブルに置いた。


「ありがとう、すっきりしました」

「そのなりで新聞記者なんてなあ」

「トゥルースレス・タイムズのレットです。娘さんの嫌疑については徹底的に潰す記事を書く予定です」

「初めて聞いた名前だが、頼んだよ。あんたは信頼できそうだ」


 店主と握手を交わして、レットは鞄を肩にかけ直した。店を出ようとした足をぴたりと止めて、店主を振り返る。


「──穏やかな時の医師は、あなたの娘さんには優しかったのですか?」

「いいや。優しげな顔をしていたが、目の奥はずっと笑ってなかったらしい。そっちの方が怖かったと娘が言っていたよ」

「親娘揃って名探偵の素質がお有りだ。このお店の口コミもばら撒いておきますよ」


 レットは今度こそ歩みを進めて、美容院を後にした。短くなった前髪が風に揺れる。行き交う雑踏と荷馬車をよけながら、レットは今日も回遊魚のようにこの街を歩くのだ。




 ◇ ◇ ◇




 レットが書いた名探偵の活躍の記事は、最終的に「歪んだ思想を持った双子医師の凶行! 名探偵が見抜いた真実は犯人たちの拗らせた母性信仰だった」という見出しになった。編集長に「犯人のお涙頂戴のバックボーンなんかいらん!!」と怒鳴られたが、レットは「大衆紙に迎合しないのがうちのモットーでしょうが!! そもそもニッチ層を狙ってて新たな視点からの切り込みこそがうちの強みだって社長も言ってんだろうが!!」と三十分ほど怒鳴りあう羽目になったし、もちろんレットが勝った。


 そもそものところ、大衆紙の記事はほとんどが「名探偵が大活躍!」からのいかに探偵が鮮やかにスマートに事件を解決したか、ヒーロー小説のような語り口で記されている。だからこそ、そこの需要はすでに満たされているのだ。


 今回は手の空いた記者がいなかったからレットが記事を書いたが、次からは名探偵の記事担当にされることはないだろう。編集長が怒らせたが最後、首都バーナスで噂されるオカルトのコラムに回されてしまう。レットはオカルトは嫌いじゃないが、エイデ第五の予言やラリッカ教の復活などは特に興味はないのだ。




「……それが、あの記事を書いた記者だと?」


 ──などと、呑気に考えていたからだろうか。豚小屋レベルの広さの新聞社に帰社した途端、長いコートを翻した探偵殿が現れるなど、想像もしてなかったのである。


「はい、あの不届きな記事を書いたのがこの小僧でして……!」


 編集長の振る舞いは、まさに屠殺される寸前の豚のようだった。冷や汗をかきながら、自分以外の生贄を差し出そうとしている。


 レットは目の前の探偵を遠慮なく見上げた。インバネスコートを身に包んだ男。高い身長と、細身に見えながらもしっかりとした体つきは確かに武芸も嗜んでいてもおかしくはない。神経質そうに顰められた眉に、高い鼻梁。薄い唇は引き結ばれている。女性に人気があるというのも非常に納得のいく顔立ちだ。


 黒髪の下から覗く青灰色の目は、レットの体の中に謎を見つけたようだった。ジロジロと執拗に見つめてから、鋭く舌打ちをする。


「おい、お前。なんで犯人についてあんなふうに書いたんだ」

「あんなふう? マザコン拗らせたクソ野郎どもって意味ですか?」


 レットの言葉にギョッとした顔で編集長が視界の端で飛び上がった。探偵は忌々しげな顔で頷いている。


「そうだ。まさかお前に医師の免許があるわけじゃないだろう? 精神錯乱を断定するような記事だったが」

「はあ。未婚の母親を五人も殺してたらわかるでしょう? しかも全員刺殺、それも刺し傷は十箇所以上。怨恨以外の何ものでもない。となると、双子はなにかしらの精神の問題を抱えている。しかも凶器はナイフではなく、貴族の出産祝いとして贈られるものを模した銀メッキのバターナイフですよ。先をわざわざ削って尖らせたやつ。貴族の庶子として母親に捨てられて拗らせた母性信者のなれの果てでしかないでしょう。死んだ自分の母と同じ、未婚の母親を殺すことでしか晴らせない鬱憤を抱えた病的な人間です。なにか間違いでも?」

「君のそれは推論にすぎない。あれは人格否定だ、記事に書くことではない」

「面白いことを言いますね、探偵殿」


 レットは睨んでくる探偵を見つめてから、フンッと鼻を鳴らした。腕を組んで、口撃の準備をする。


「では本当の人格否定を見せて差し上げます。あなたはシェリングフォード・ホルム。二十三歳の個人事業を営む男性だ。おそらく家族関係は良好、しかし兄とは不仲。だが不仲というよりはあなたが一方的に嫌っている。……それはなぜか? 彼があなたより頭脳明晰で常に一歩先を行ってるからだ」


 青灰色の目が丸くなり、薄い唇がわずかに開いて戦慄いた。レットはここで手を緩めることもできたが、新聞社に乗り込まれた以上、徹底抗戦をすべきだ。


 レットの人生はまさに戦いの歴史だった。

 負けたら最後、人形のような人生を歩まされることになる。


 だからこそ、歯向かう相手には容赦をしてはならない。手加減をしたら最後、残りの力で喉笛を噛みちぎられてしまうだろう。


「母親はおそらく穏やかな気質で、あなたの個性を尊んだ。しかしながら兄の方が聞き分けが良く、彼女のお気に入りは兄だったはずだ。あなたは昔から気に食わないことがあると癇癪を起こし、お気に入りのものは兄に奪われまいと必死で隠した。あなたとシェアハウスをしている元軍医に固執するのもそのコンプレックスの裏返し。兄に優秀な助手を取られることを非常に恐れている。そしてあなたは母のお気に入りになれなかったことにより、女性を馬鹿だと思うことで自我を保つことにした。だからこそ、表向きは女性の依頼者でも快く依頼を受けるが、その発言を半分ほどしか間に受けていない。それが原因で今回は五人が殺されるまで犯人の特定に至らなかった。ハウスキーパーの女性の発言をあなたは軽んじて──むぐっ!」


 いきなり口を押さえられて、レットは目を丸くした。背後を振り返れば、滅多に姿を現さない社長がレットを羽交い締めにして、口を塞いでいる。


 いつもの張り付いた笑顔は変わらないのに、こめかみには青筋が浮いており、レットの言動に非常に激昂しているのがわかった。まずいぞ、とレットが冷や汗を流し始めた頃、やっと固まっていた編集長が床に転がり、這いつくばるように探偵の前に頭を下げた。だらだらとレットの比ではない冷や汗を垂れ流し続けている。


「申し訳ありません、うちの生意気な小僧が……学もなく口も悪い、非常に素行の悪い悪童なのです……! 社長が情けをかけて雇用してやったというのにとんだ恩知らずのアレの代わりに、わたくしが陳謝いたします……!!」

「見てください社長、靴も舐めそうな勢いですよ」


 せっかく口から外れた手が、再度レットの言葉を封じる。


「うちの従業員が大変失礼しました。トゥルースレス・タイムズの社長として代わりにお詫び申し上げます」


 社長がしっかりと深く頭を下げれば、探偵は不愉快そうな顔のまま、「従業員の躾が必要そうだ」と毒づいた。なのでレットはパチパチと瞬きをして、探偵を不思議そうな顔で見つめておく。躾が必要とは、いったいなぜ? 事実しか言ってないのに、おかしなことを言う。


「ホルム氏がこちらにいらしたのは、双子医師の事件の記事について抗議に? でしたら応接室までご案内いたします」


 社長が冷静な口調でそう言えば、探偵は「いや、用は済んだ」とだけ言って、口を塞がれている哀れなレットを見下ろした。


「ずいぶんと面白いものを飼っているな」


 間違いなく喧嘩を売られた、とレットが殺気立つ前に、社長が顎を粉砕せんばかりにレットの顔をわしづかみにする。


「ええ、ホルム氏なら特にその真価がわかるはずです」

「だがあのような記事はおすすめしないな、あの双子が脱獄しようものなら趣旨替えしてでもソレを殺しに来るだろう」

「はは、違いないですね!」


 なにわろとんねん、とレットがイラッとすれば、さらに顎がメキッとされた。ヒョロい体のくせにとんだ馬鹿力である。


 探偵は「失礼した」とまったく心からそう思ってなさそうな言葉だけ残して、さっそうと新聞社を去っていった。残されたのは生気の抜けた編集長と我知らずの顔をした記者、そしてレットと社長である。


「今すぐ社長室に来なさい」


 お叱りを受けるのは当然のことなので、レットは肩の力を抜いて頷いた。



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