3.獣臭い部屋
「入ってくれ。ここは俺様の部屋だ」
男は自慢気に部屋の重厚な扉を開けた。足を踏み入れると、空気がガラリと変わった。
「うわー、すごい部屋ですね」
思わず口にした言葉は、決してお世辞ではなかった。視線が自然と部屋の隅々へと吸い寄せられる。
まず目を引いたのは、部屋の奥に鎮座する石造りの暖炉だった。所々に走る細かなヒビ割れが、その長い歴史を物語っている。その前には、モンスターの毛皮を贅沢に使った絨毯が。白い毛並みは見るからにふわふわで、触らなくても柔らかさが伝わってくる。壁に視線を移せば、骨で作られた巨大な剣や、戦いの傷が刻まれた防具や盾が並んでいた。
さっき屋上から眺めた洋風な町並み。そこからは到底想像がつかない、野性味あふれる空間だ。
男心をくすぐる、めちゃくちゃ良い部屋だな。これはテンションが上がるわ。でも、ひとつだけ言わせてほしい。……ちょっと獣臭ぇわ。
「そうだろぉ? もっと褒めてくれてもいいんだぜ?」
嬉しそうにニヤつく男。
調子に乗られてもウザいので、これ以上褒めるのはやめておこう。
「まあ、部屋の紹介は後でたっぷりしてやる。まずは話しをしよう。席に着いてくれ」
そう言うと、男は部屋の中央にある大きなテーブルを指した。一枚板で作られた、波打つ木目が美しいテーブルだ。天板には細かな傷や凹みがあるが、逆にそれが良い味を出している。
「どうぞ、座ってくれ」
柔らかな声が耳に届く。視線を向けると、さっき屋上にいた女性が、微笑みながら席に案内してくれていた。
身長は160センチ、年齢は20代後半に見える。肩にかかるほどのショートカットで、水色の髪が光を受けて艶めいている。くっきりとした涼しげな目元。美しいだけでなく、知性も感じられる。服装は白い長袖ブラウスに、紺色のベストを重ねている。襟元や袖口に乱れはなく、非常に清潔感がある。雰囲気を一言で表すならば、大人の余裕を持ったクールな女性だ。
「あ、すみません」
俺は反射的に頭を下げながら、勧められるまま椅子に腰を下ろした。ギシッと軋む音が鳴る。年季の入った深みのある音色だ。そして、座り心地もめちゃくちゃ良い。
「そうだ。温かいお茶を淹れておいたんだ。これでも飲んで少しリラックスしてくれ」
「わざわざ、ありがとうございます」
俺にそんな気を遣わなくていいのに……。
俺は突如この世界に現れた見知らぬ人間。警戒されても不思議ではない状況だ。なのに、こうして温かいものを差し出してくれようとしている。そのささやかな優しさが、今は痛いほど心に染みる。
「このお茶は疲労回復に効果があるんだ。気に入ってもらえると嬉しいんだがな」
彼女は柔らかな笑みを浮かべながら、テーブルに置かれていたティーポットに手を伸ばした。真珠のような白い陶器には、青い線で優美な模様が描かれている。
白く長い指が、ポットの取っ手に触れる。凛と伸びた背筋、滑らかに曲げられた肘の角度、色気のある視線の落とし方。洗練された上品な動作の流れに、俺は思わず見惚れてしまう。
そして彼女は、位置を定めるとカップに注ぎ口を傾けた。
琥珀色の液体が美しい弧を描いて流れ落ち——。
………………?
「あれ? なにも出てこないですよ」
「……すまない。そもそもお湯を沸かしてすらいなかった」
「そんなことあります?」
まさかの展開に思わず困惑の声が漏れてしまう。優雅で完璧な所作だっただけに、なおさら衝撃がでかい。
あれ? 確かにさっき「お茶を淹れた」って言ってたよな?
しかし、彼女は何事もなかったかのように、さらりとした顔でティーポットを机に戻した。
いや、なんでこの人こんな堂々としてんだ? 普通もうちょっと慌てたりするよな? なんか逆に俺が恥ずかしくなってきたんだが。
「ダッハッハ! まったくママは可愛いなあ。しょうがない。代わりにパパが淹れてあげるよ」
一体なんだったんだ。単純にお湯を沸かすのを忘れていただけなのか? まあ、誰にでもミスはあるしな。
……いや、待てよ。もしかして、俺の緊張を和らげるためにわざとやったのか? 確かに、肩の力は抜けたが。
真相は謎のまま、男がお湯を沸かし始めた。




