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その災禍の黒賢者、実に身バレする  作者: 結城辰也
第一章 入学選定編
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第七話 VS大猪の叫び

 引き下がりたい思いを胸に秘め動きを止める。前に視線をやる。


 大猪は一頭しかいない。今なら全力で行ける。ここはさっさと仕留める。


 魔杖剣の刃先が動く。その瞬間だった、大猪が叫んだのは。


 ただの雄叫びでない事は明白だった。なによりも他の猪が現れた気配がした。


 数が分からないけど最低でも二匹。すでに囲まれている。


 不味い。逆に逃げ場がない。後ろに巨岩があるせいだ。登るかのような巨岩は今に越えるのは難しい。来る。


 大猪も合わせ三頭の呼吸が重なり合う。動きが単調だけど突ッ込んでくる。でも今なら間に合う。


 視界が揺れる。動かず黒魔法は使えない。まずは大猪目掛けて走る。


 また魔杖剣の刃先が動く。後は黒魔法に頼るだけ。唱えようとした次の瞬間に突風が吹く。


 前後左右から来る風圧が体を硬直させ束縛する。駄目だ。突風が止む気配がない。


 不味い。大猪が迫ってくる。体が動かない。歩く事すら出来ない、身体強化しているのに。


 空を見ている暇なんてない。今は三頭の猪が相手だ。心当たりよりも出来る事をするまでだ。


 まだらな突風。一瞬の隙を突いて一回転した。立たずに屈み黒魔法を唱える。


「デスリート!」


 黒魔法が効いたのか大猪は次第に動きを弱め最後には止まった。後は二頭だけ。


 ふと気付いた、突風が止んでいる事に。嫌な予感がする。勢いのままに空を見上げた。次の瞬間だった、風の主が現れたのは。


 どうやら大猪の叫びが呼んだらしい。こいつは無音の狩人。竜風の番いだ。一頭だけならまだしもニ頭いることになる。動きを突風で封殺した後にもう一頭が仕留める事で有名だ。


 それにしてもどうすれば良いんだろうか。竜風の番いが目の前にいる。


「大丈夫かい! セレナ!」


 黒魔法なら倒せる。だけど嫌な予感がする。どうやら的中した。アスファの他に元白賢者がいた。不味い。本気を出せない。


「よそ見してるんじゃないよ! 目の前に集中しな!」


 前を見る。他の気配を察してもニ頭の猪は逃げたみたいだ。


「セレナ! 来るよ!」


 ニ頭の咆哮。天地の狩人が動き始める。どうしよう。黒魔法は使えない。とにかく今は真ッ直ぐ走らないといけない、突風の餌食になるから。


 このままだと埒が明かない、どこかで機転を利かせないと。でもどうすれば良い。巨岩のせいで後ろには走れない。


 こうしている間に地の竜が大猪を踏み飛ばし越えた。一瞬の隙が命取りになる。黒魔法が使えない今は魔杖剣の刃だけが頼りだ。どこまで通じるのだろうか。


「なにしてんだい!? あんたも戦えるんだろ!?」


 分からない、元白賢者の実力が。ただ言える事は一人では厳しい。なにか手立てになってほしい。


「分かりました。……セレナ殿! 今すぐに立ち止まってください」


 思わず立ち止まった、信じるしかないから。でもなにも起きず突風が襲ってきた。しかも目の前に地の竜がいる。余りの恐怖に目を瞑り両手に拳を作る。


 きっと間に合わなかったのだろう。こんなところでアスファと別れる事になるなんて人生は分からない。次の瞬間には餌食になっている事だろう。


「間に合った! もう大丈夫です!」


 気付けば突風が無くなり体が身軽になっていた。怖いけど光を受け入れ瞼を開く。地の竜がいた。私を踏ん付けようとしているが途中から動きが止まっていた。


「結界です! セレナ殿に結界を付与させました!」


 なるほど。これで物理が通らない。でもそれは逆にこちら側も通じない事になる。各段に動きやすくなったけどどうすれば良いのだろうか。今の私では倒せるかが怪しいから考えないといけない。


「セレナ! 地の利を生かすんだよ! 後ろを良く見な!」


 後ろか。見る暇は無く巨岩しか感じない。よじ登れたら跳び下りながら刃先で突ける。全体重が乗る筈だから相当な筈だ。なんとかして利用出来たら有利になりそう。待って。もしかして行けるかも知れない。


「どうしたんですか!? 急に竜に背を向けるなんて!? ……まさか!?」


 そのまさかだ。これは元白賢者無しでは出来ない。なぜなら結界が要だからだ。


「無茶です! 理論上は可能でも実践経験が!」


 ないんだ。でもそれでももうこれしかない。


「良いから! 私が引き付けている間に!」


 これが駄目なら逃げるしかない、危険が及ぶけど。


「ハハ! 賭ける想いは一緒ですか! ……分かりました! 行きますよ! セレナ殿!」


 渇いた笑いでも一心になれる。来い、全ては終わらす為に。


「跳ぶのは二回で十分です! どうか後は頼みましたよ! セレナ殿!」


 見えない結界に息をのむ。だけど元白賢者を信じて跳んでみた。無事に足が付く。


「セレナ! 最後まで思いっきり跳びな! 良いね!」


 感覚から分かる。アスファの言った通りだ。結界が見えないから思いっきり跳ぶのが無難だ。


 一回目の跳びを終え第二の結界に乗り移った。身体強化が無ければ息切れで終わりここまで来れなかった。後は最後に跳ぶだけだ。届いてほしい、私達の想い。


 気付いた時には巨岩の上にいた。すぐさまに急いで振り返り走る。空の竜の突風を警戒したけど焦りは禁物だ。幸いにも地の竜はまだ辿り着いてない。これなら行ける。魔杖剣を逆手に持ち柄を両手で握り締めた。後は間隔を見計らい最後に跳んだ。


「間に合え! 間に合え! 間に合えー! ……ぐ!?」


 気付けば地の竜の頭上にいた。魔杖剣が突き刺さる事はなかった。でも気を失う程の衝撃だったのか地の竜は静かに倒れ始めた。


「やった! やった! やったよー! アスファ!」


 地の竜の下顎と同時に地面に足を付け離れる。余りの衝動に気分が高揚していた。


「まだだよ! セレナ! 空を見な!」


 空を見た。天の竜が空中にとどまりながら飛んでいた。一番強い突風が襲った。有り余る力に後ろに吹き飛ばされた。気付けば巨岩の壁に尻を突き寄り掛かっていた。気付かなかったけど結界が切れていた。頭を強く打ち今にも気を失いそうだ。


「セレナ殿!」


 なんか分からない。だけど誰かに呼ばれた気がした。


「待ちな! 逃げるよ!」


 分からない。アスファの声なのかな。


「逃げる!? セレナ殿を置いてですか!?」


 駄目だ。大声なのになにを言っているのかが分からない。


「違うよ! 良く見な! 天地の竜が去るよ!」


 こんなところで負けるなんてしたくない。でももう戦えないかも知れない。


「なんと言う事だ、天地の竜を退けるなんて。凄すぎる」


 もうなにも聞こえない。僅かに見えたのは天の竜が地の竜を掴みどこかに行ったという事だけだ。


「セレナ! 気をしっかり持ちな!」


 アスファの声?


「安心してください! 危険は過ぎ去りました!」


 元白賢者? ううん。様かな?


「私!? う!?」


 起き上がれない。それどころか頭が痛い。次第に痛みは治まったけど派手に動けない。


「起き上がれるかい! セレナ!」


 ごめん。アスファ。もう戦えないかも知れない。


「ごめんね、私が弱いばかりに」


 これではっきりした。私は弱い。助けられなくてごめん。


「なに言ってんだい! さ! 帰るよ! セレナ!」


 帰れるの? まだ戦いは終わってないのに? 私にはもう分からない。


「手伝いましょう。セレナ殿はどうか私の背中に乗っかってください」


 元白賢者は私を背負い立ち上がった。このまま帰るのかな。でも肝心のアスファがいない。


「アスファ殿!? こんな時になにを!?」


 見捨てられたのかな、弱いから。


「こんな時だからだよ! この子の頑張りは無駄にしないよ! あたしは!」


 ううん? この匂いは苔? もしかしてアスファが?


「これで良い。後は帰るだけだよ」


 なんだか分からないけどもう戦わなくて良いのかな?


「では帰りましょう! 早急にセレナ殿が休める場所へ!」


 帰れるんだ。皆の元へ。


「後はこっちに任せて寝な、セレナは」


 なんだろう? 凄く眠たくなってきた。魔法だ。ふとした瞬間に気を失った。どうやら私はアスファに眠らされたみたいだった。

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