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その災禍の黒賢者、実に身バレする  作者: 結城辰也
第一章 入学選定編
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第五話 VS四匹の狼

 四匹の狼が地を蹴り迫ってきている。実に素早い身の熟しだ。人間とは比べ物にならない。


 多分だけど狼達はまだ本気を出していない筈。勢いのまま走る私とは大違い。しかも後ろにも狼がいるからこのままだと挟み撃ちになる。


 本当に大地と風を味方に付けた走り。まさに森の主に相応しい。けど私も負けない。


 後ろにもいる狼に気を付けつつまずは前にいる二匹が相手だ。


 最後の一匹狼はまだ遠いから今は無視。今は目の前の二匹を撃退する為に少しだけ痛い目に遭ってほしい。


 ふと気付くと右の狼が急に止まり地面を蹴り付けように踏ん張った。どうやら跳ぶまで維持するらしい。一瞬の隙が命取りだ。


 左の狼が踏ん張ることなく跳んできた。急な動きに反応が出来ない。止まれず突ッ走る。来る。身構えた魔杖剣が風を切る。まるで見交わし切りだった。気付けば狼の後ろにいた。まだだ。一瞬の隙に次が来る。


 感じたまま右の狼を見定め振り返る。既に跳び迫っていた。走らず後ろに跳ぶ。着地した瞬間に身構え右半身を半歩だけ下げた。そのままの勢いは失われ不穏な気配を感じ横に目をやる。後ろの狼が跳び横目辺りにいた。


 避けられない。身構えず舞うように一回転した。刃は立てず横殴りだった。避けた後は狼と交差する。まだだ。また身構え右半身を半歩だけ下げた。勢いのまま右の狼を突く。狙いは掠り傷。頬への直撃は止めた。刃が僅かに入る。


 この一瞬が痣になった。最後の一匹狼を忘れていた。既に跳んでいる。横目で見るので精一杯だ。身構えることも切ることも間に合わない。駄目だ。もう使うしかない。


「駄目だよ! セレナ! 我慢しな!」


 アスファ、ごめん。


「デスリート!」


 死の黒魔法。一時的に標的を仮死状態にする。身構えることも切ることもせず私は刃先を向け黒魔法を唱えていた。終わった、なにもかもが。きっと元白賢者は気付いたことだろう。皆、ごめんね。入学選定、失敗しちゃった。


「待ってください! その魔法はどこかで――」


 ふと元白賢者を見る。幸いなことがあった。どうやら思い出せないようだ。御者を他に任せて記憶を探っていた。ひたすらに顎に手を当て考えに耽っている。けど頭が痛くなってきたのか苦い表情をした後に手を元に戻した。


「とにかく今は帰るのが先決だよ! 長居は無用だよ! ……セレナ、良くやったねぇ。後は大人に任せな」


 怒られなかった、こんなに身近にいるのに。なんだか涙が出そうだった。きっと元白賢者が思い出した頃には入学選定は中止になっているだろう。顔向け出来ない。


「儂の出番がないだけでも十分な活躍じゃな。ほほう。成長したな。セレナよ」


 ダグラス師匠。でも我慢は気の毒だ。三匹の狼は尻尾を巻いて逃げたから良かったけどもっと使う羽目になっていたら黒賢者だと思われていた。今は元白賢者がとてつもなく怖い。会って目を合わせるだけで心臓がどうにかなりそうだ。


「確かに……こうして私達が無事でいられるのは紛れもなくそこにいるセレナ殿のお陰です。僭越ながら代表して――。と言いたいところですが今は帰るのが先決ですね。行きましょう」


 どうやら元白賢者は一時的に忘れたようだ。なんとか助かった。けどまたいつかは覚悟を決めないといけない。きっと思い出したら入学選定は無かったことになるだろうから嫌な予感しかない。なんとか無事に終わりたい。


「行くよ! セレナ!」


 アスファが呼んでいる。返事をすることなく駆け寄る。これからどうなるかなんて分からない。でもそれでも私は定められた運命に抗いたい。確か入学選定は告げられることなく始まるらしく何事も無ければ最後の日にアークデュナス魔法学院への同行が許される。もし元白賢者が選定者なら始まる前に終わる可能性もあったけどここで諦める訳にはいかない。




 私達は馬車に乗り無事に村に帰ってこれた。多少なりとも時間は掛かったけど三人の客人に怪我はなかった。これで本当に元白賢者が勘付かない限りは大丈夫だと思う。もし気付かれた時はどうすることも出来ないと覚悟を決めた。


 知らない内に素養を選定者に見られる訳だから気を張るけどアスファ曰く普段通りの方が良いらしかった。そう言われても私だって緊張する時はするから普段通りに出来るかは分からない。


 こうしてこの村にいられるのは皆のお陰だから恩返しをしたい、もうこれ以上の危険は避けたいのも事実だけど。でも負けたくない。なんとしてでも行けるように私が努力して選定者に認めて貰いたい。


「セレナ! しっかりしな! 村長の前だよ!」


 しまった。余りに元白賢者と選定者のことが気になっていた。今は村長の執務室にいる。どうやら今もお仕事中だったみたいだ。長机越しの椅子に座ると実に貫禄を感じる。


「熊に狼か。それは大変だったな。して三人の客人に怪我はないかな」


 とにかく三人の客人に怪我はない。御者も無事だったから本当に良かった。一つでも間違えていたら取返しが付かなかった。運が良くて助かった、最後の最後に疑われることをしてしまったけど。


「安心しな。怪我はないよ。これでようやく始まるってもんだよ」


 アスファの言う通りだ。後は私が選定者の依頼を受けて合格するだけだ。きっとそれまでに苦難があるだろうけど乗り越えてみせる。もう私の未来がどうなるか分からないけど行くしかない。


「そうですな。してこの三人の客人の中に選定者がいるで良かったですかな」


 選定者は村長すら分からない。もしかしてダグラス師匠だったりして。それはないか。もしそうならどうすれば良いのか。私には分からない。ただ言えることは不安しかないだった。


「そうだねぇ。いる筈だよ。まさか四人目なんて考えたくもないねぇ」


 元白賢者が選定者だったら話は早いのにどうなんだろうか。もしかしてあのどこで使うかも分からない斧を背負った戦士の可能性もあるのかも知れない。こっちも考えたくない、失礼だけど。


「とにかく今日から三人の客人の滞在を認めます。困りごとは率先して熟すようにお願いします」


 私の役目だ。遂に選定者の滞在が認められた。これからが第一の本番だ。なるべく黒魔法は使わずに依頼を熟そう。自信はなくなったけどやるしかない。やるしか。


「良いかい、セレナ。選定者はきっと自然を装う。見間違えるんじゃないよ」


 もし見間違えたら私の運命は終わる。ここで始まらないなんて嫌だ。こんなにも前を向くことが大変だなんて思いもしなかった。本当に黒魔法を使わないで出来るのか不安になる。どうすれば良いのか。


「不安かい。それでも大丈夫さ。きっとセレナの頑張りを見てくれている筈だからねぇ」


 アスファの存在が大きい。いつも支えてくれる。出来る出来ないで人を選ぶ筈がない。そうだ。きっと選定者は私の頑張りを見てくれている。不安が無いと言えば噓になるけど前を向く変わり目にはなった。頑張ろう。


「有難う! アスファ! 絶対に合格してみせるから!」


 諦めたらそこでなにもかもが終わりだ。言ったからにはアスファを裏切りたくない。思わず真顔のままだったけど言葉に想いを乗せ言い切った。この村の命運は私に掛かっている。絶対に合格して皆を救ってみせる。


「意気込み良し! 今のセレナなら行けるよ! 頑張りな!」


 今までにない勢いでアスファに頷いた。こうして横で寄り添うようにいてくれるから心の底から強くなれる。これで私達の罪が消えることはないけど生きることで償えることもある筈だ。だからアスファと立ち向かう、これが私に出来る恩返しと信じて。

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