第四話 黒い老人の正体
馬車が来た道を辿っているけど出会う気配がない。それでもアスファの魔力探知は健在でどんどん近付いているらしかった。ただ細かい場所までは分からないようでアスファが急に立ち止まった。どうやらここから先は地道に捜すしかないようだった。ちなみにアスファの箒がいつの間にか消えていた。多分だけど邪魔だから消したんだと思う。
「駄目だねぇ。近くにいることは確かなんだけどねぇ。これじゃ切りがないねぇ」
誰よりも先頭にいたアスファは後ろで横に連なるように並ぶ私達と対面することなく言った。きっと目で見えないところにいるのかも知れなかった。例えば道沿いから外れた森の中とか。だとしたら今すぐに中に入らないといけない。
「私が思うにあの老人は只者ではないと言っておきます、なぜならいつ見ても不気味な程に黒いですから。時代に合わないなんて趣味が悪すぎますね。あくまでも私からすればですけどね」
時代に合わない程に黒いと言えば心当たりが一つだけある。もしかして黒い老人の正体ってダグラス師匠のことだったりして。まさか私の師匠が客人だとしたら久しぶりだ。それにしても不味い。ダグラス師匠はかなりの方向音痴の自分好きだ。
「ほほう。誰かが儂を呼んでおったがこれもまた運命の時。今日も世界が儂を中心に回っておるわ」
そうそう。今日は空耳が多発する日だ。ダグラス師匠の声が私の後ろから聞こえてくる。でもそれでも振り返れば誰もいない筈だ。そう信じながら思い切って真実と対面してみる。そこにいたのはダグラス師匠か。それとも空耳か。
「やっぱりねぇ。あんただと思ったよ。ダグラス」
いた。紛れもなく私の師匠だ。才を見つけてくれたのはアスファなら才を伸ばしてくれたのがダグラス師匠だ。なんだか黒い老人の正体が分かって安心する私がいた。だけどどうしてか思わず溜め息を漏らしていた。ふと気を取り戻した時にはアスファが歩きながら横切っていた。
「ぬ? その声はアスファか。こんなところでなにをしておるのか」
通りでアスファが心配しなかった訳だ。私が災禍の黒賢者になれたのもダグラス師匠のお陰だ。確か今でも現役の黒賢者の筈だ。なんでもアスファ曰く聖魔戦争時より前から敵に恐れられていたのだとか。世界最強を意のままに手にした実力だったらしい。本物かどうかは分からないけど戦いにも行っていた。ただ自我が無くなったのは魔王軍の圧政に負けたからだ。こればかりは生まれたところが悪かったとしか言いようがない。
「はぁ。分かってないねぇ。あんたを捜しに来たに決まってるだろ」
私よりも前に立ち止まったアスファは飽きれた空気を吐き出した。言いたいことは分かるけど今はダグラス師匠よりも急に御者が心配になってきた。どこにいるかなんて分からないから助けようが無いけど無事を祈りたい。
「ほう。儂をか。してセレナも揃ってなんの用か」
ダグラス師匠は顔だけこちらに向けていたけど途中から向きを変え対面してくれた。また得た情報を整頓したりしても答えに行き着かない。確か私の予感では怪物に襲われたなんだけど真相はどうなんだろうか。
「そういえば御者はどうしたのかい。先程から見当たらないけどねぇ。ダグラスは知らないのかい」
そうだ。御者がどこかにいる筈なんだけどもしかしてダグラス師匠よりも方向音痴なんだろうか。この感じからして迷子になったのは御者なのかも知れなかった。もしそういうことなら見つけるのに凄く手間が掛かりそうだった。どうするんだろう。
「御者は知らんがちと儂は馬狙いの大きな熊を退治しておったところだ。今は馬車を探しておるがな。そういえば儂を呼ぶ声がしたの。もしかするとあれが御者かも知れんな。ぬ? とすれば」
そうだったのか。その時に合流していてほしかったけどなんだか御者が可哀想になってきた。まだ言いたそうなダグラス師匠を遮るようにどこからかまるで怪物に遇ったような悲鳴が森の奥からここまで響いてきた。場が凍り付く。
「この声は間違いなく御者の声ですね。ここは急いだ方が良さそうですね」
元白賢者の言う通りだ。ここは手遅れになる前に助け出さないといけない。今の私では本気でいられないけどこの人数なら誰かがどうにかしてくれそうだった。ここにいる全員が無言で納得し助けに行くことにした。本当に御者が無事でどうにかなれば良いんだけど。
なによりも良かったのはアスファの魔力探知が要らなかったところだ。御者が自ら居場所を示してくれたお陰ですぐに辿り着くことができた。今は御者の顔を知っている元白賢者が先頭にいたけど実力が分からないから信用できない。
なによりもアスファも信じてない、さっきから魔力探知しているから。細かい位置こそは分からないけど近いか遠いくらいは分かるらしくそっちの方が信用できた。だから私はどっちかと言えばアスファの発言待ちだった。
でも先に御者を見つけたのは元白賢者だったからほんの少しだけ悔しい思いをした。きっとアスファの力が必要だと思っていたから私の考えが甘かった。苦い思いをした。でもそれでも負けじと急に走り出した。地味に心を入れ替え御者を助ける為にだけど気晴らしもあったかも知れなかった。
「セレナ! 気を付けるんだよ!」
そうは言っても御者が見ている先に一匹狼がいた。どうやら御者は腰を抜かし地面に座り込んでいる。引きずるように後ろに逃げようとするけどままならない。立ち上がれないのなら手を貸すしかないけど間に合うのだろうか。
一匹狼は威嚇しないで微動だにすらしない。ただ一点を見つめていた。これは不気味な光景だけど御者を見つめる姿は実に紳士的だった。まさにこれが騎士道精神にも負けない光景なのではとさえ思えた。
そして私が御者の前まで来ると立ち止まりつつ背を向けた。すぐさまに魔杖剣を宙に出現させ右手で柄を握り締めた。最後に思い切り振り下ろした。ごめん、ほんの少しだけ痛い思いをさせるから。
「セレナ! 遠吠えだよ! そいつは一匹狼じゃないよ! 気を付けな!」
私が気付いた時には既に遅く一匹狼も含め四匹の狼に囲まれていた。こんなにいたら御者を逃がすことが困難だ。もう仕方が無いから一瞬だけ走る素振りを見せて急に立ち止まった。もし私狙いなら釣られて動く筈と思い挑発してみた。
私を囲んでいる四匹の狼は手練れだった。悔しいくらいに微動だにせずそれどころか一匹狼の合図を待つようだった。不味い。このままだと私が本気になりそう。でも災禍の黒賢者を曝け出す訳にはいかない。どうすれば乗り切れるのかなんて分からない。
「おい! 御者! これに手を掛けな!」
ふと気付いた時には御者は飛んできた箒に手を掛けていた。どうやらアスファの投げた空飛ぶ箒に助けられた。今なら戦える。そう思い切ると急に走った。幸いなことに四匹は微動だにせず私に狙いを変えたようだった。
そのまま誰も相手しないと思われたけど急に一匹狼が走り出した。それが合図と言わんばかりに一斉に三匹も走り出した。気配で分かる、後ろの狼も走り出したことが。ここで尻尾を巻いて逃げるなんてしたくない。ここから始まるんだ、私だけの戦いが。
「無理はするんじゃないよ! セレナ!」
大丈夫、無理なんてしないから。ほんの少しだけ痛い目を見てくれたらきっと逃げる筈。それにいざとなったらダグラス師匠がいる。ただ今は私に任せてほしい。ここで逃げたら色々と後悔しそうだから気を引き締めないといけない。
こうして私と四匹の狼との戦いが幕を開けたのだった。