第三話 三人目を追いかけて
こうして箒に跨り空を飛ぶのはいつぶりだろう。しかもアスファと一緒だなんてとくに久しぶりだ。
この空でしか見られない景色に目を奪われた。森を抜けた先にどこまでも広がる大地に隆々とした山。身が凍るような寒さでも見違えるほどの自然の魅力がそこにはあった。客人をつい忘れてしまうほどだ。ついさっきまでの気分とは違う。まるで本当に生まれ変わったみたい。
「いたよ。だけど可笑しいねぇ」
なにが可笑しいんだろうか。アスファが見ているところに目を付けたいけど背中が邪魔だ。どうやら私は確認出来ないらしい。アスファの方が背丈が高いから当たり前か。ここは下手にのぞくと落ちそうだから我慢しよう。
「馬車の中にでもいるのかい。それとももう」
どういうことだろう? 私が勝手にアスファの言っていることを整理してみる。馬車の中にいるということは外にいる人数が足りないのか。もしくは離れ離れになったのか。ってことは後者ならまさにここでゆっくりしている暇はない筈だ。
「セレナ! 急ぐよ! 嫌な予感がするからねぇ!」
ここは急がないといけない場面だ。私は気付いたけどアスファは客人の数が足りないことを可笑しいと言っていたんだと思う。もしかして最悪な展開にならなければ良いんだけど。アスファは風に抵抗するように凄く速く飛び始めた。
アスファの魔力探知は実は細かいところまでは感知出来なかった筈。つまりもう視認出来る距離に御者と馬車や客人がいるに違いない。ただアスファの見方が正しければ村に着く前にいずれかの客人はもうすでに――。って考えたくもない。きっと馬車の中にでも避難しているのだろう。そう信じたい、私は。
アスファは地面にまで降下すると足を付けた。その後に私も地面に足を付けようとしたけど届かない。仕方ないので片足を上げ跨り勢いのまま跳び下りてから着地した。すぐに客人を確認する。
確かにアスファの言う通りで客人が二人だけ足りない。でもそれはここから見た限りの話だ。詳しい話は訊いてみないと分からなかった。何度でも言うけど二人の客人は馬車の中かも知れなかった。
「やはり二人だけ足りないねぇ。残りは馬車の中かねぇ」
いつの間にかアスファは箒を片手で持ち一緒に立っていた。やはり私の予想通りだった。でも当たっていようが外れていようが悲観はしないようにしたい。今はとにかく全員の安否が大事なのかを確認したい。って一瞬の影が私を横切ったと思ったら正体はアスファだった。
「ついておいで。セレナ」
良かった。アスファは私を無視しなかった。てっきり眼中に無いのかと思った。それでも私を置いていく気配がしたからとにかく今はアスファの後に続こう。それ以外に選べる感じがしないからここは潔く行かないと駄目だと思う。
アスファの堂々とした歩きは威風を感じた。私も年を取ったらこうなりたいと感じさせる程だ。どんな答えが返ってきても微動だにしなさそうだった。ふとした瞬間にアスファが立ち止まった。私も真似したように立ち止まる。
「この中で御者は誰だい? 話をしたいんだけどねぇ」
そうだ。この中に御者もいるんだった。それにしてもアスファの声は威勢が良かった。災禍の黒賢者と呼ばれていた私だけどあの頃はまだ十二才だからまだまだ成長途中だ。これから私はどんな大人になっていくんだろうか。今以上に皆を助けられているだろうか。こうして顔を出していられるのもアスファのお陰だ。
「なんだい? 御者はいないのかい?」
どうやら御者はいないようだ。残りは馬車の中だけどそこにもいなかったらどうしていないんだろう。なんだか凄く嫌な予感がする。私でも分かるくらいの不穏な空気が漂ってくる。これがただの外れで終われば良いけどどうなんだろう。
「御者なら不気味な黒い格好の老人を助けに行きましたよ。確かあっちの方に走って行きました」
御者が向かった先を指差しているけど老人を助けに行ったということは襲われたということ? 馬車を急かすなんてどんな怪物に襲われたんだろう? とにかくここは追いかけた方が良さそうだからアスファに言わないといけない。
「分かっているよ、セレナ。追いかけるんだろ。御者が心配だねぇ」
私がアスファと横並びになって話し掛けようとしたけど先に言われた。この時のアスファは振り向くことも顔を向けることもなかった。やはり私ではアスファには負けてしまう。これでは差を埋めることなんて本当に出来なかった。私はアスファみたいになりたかった。って老人は心配しなくても良いのかな。
「ここからだと歩きながら捜すことになりそうだねぇ。んじゃ急ぐよ、セレナ。御者が無事だと良いけどねぇ」
気を引き締める思いでアスファの言葉を聴いていたけどやはり老人の心配はしていないみたいだ。そこになにやら二人の客人が話し合いをし始めた。気になってしまった私はアスファに返事をしないで聞き耳を立てていた。だけどなにも聞こえてこない。でももしかしてこの感じからしてまさにその通りな展開を予想してしまう。
「ちょっと待ってください。実は助けが来るまで待っていただけなんです。微力で良ければ私達も行きましょう」
一人目の客人が二人で話すことを止めこちらを見ながら言ってきた。見た目は魔法使いのようだ。白い装束に身を包んでいた。ちょっと待って。もしかしてこの客人は白賢者なのではと勘付いた。ということは目の前にいる一人目の客人はもしかして白賢者なんだろうか。
「確かに白賢者様の言った通りだ。助けが増えたぜ。俺も助けに行くから宜しく頼むな」
二人目の客人は厳つい鎧に身を包んでいた。いつ使うかも分からない大きな斧を背負っていていかにも性格は粗そうだ。とそれよりも一人目の客人が白賢者って本当なんだろうか。
「待ってください! もう私は引退した身ですよ? 元白賢者ですから!」
それでも選定者の可能性が特大だ。見た感じ凄く知的そうだからこの人なのかも知れない。
「おおっと済まない。元白賢者だな。分かった」
凄く粗いな。でももし二人目の客人が選定者ならどうなるんだろ。私的には一人目の客人が選定者だと信じたい。
「あんた達! さっさと行くよ! いつまで待たせるんだい!」
すっかり忘れていた。そうだった。三人目の客人と御者を捜して助け出さないといけなかった。人の命が係っているからさすがに怒られないと可笑しい。こんな表情のアスファは久しぶりだ。
「待たせてしまって申し訳ない。私達は大丈夫だ。君達は行けそうかな」
一人目の客人がそう言った。二人目の客人も納得したのか無言のまま頷く。一連の流れに身を任せるように私も意を決した。
「大丈夫! 助けに行こう! 今すぐ!」
三人目の客人と御者が大丈夫かもの凄く心配だ。その前にアスファは意を決していたから無言のままだ。だからこそここにいる四人で助けに行くことにした。
今は選定者のことよりも人命を優先させないといけない。間に合えば良いけど――。ってむしろここは選定者も大事だと言うべきなんだろうか。なんだか無性に助けたくなる理由がほしくなってきた。こんなことを考えてしまう私は最低なんだろうか。
人命は確かに大事だ。でも私にとってはこんな操り人形状態だった筈の私を救い出してくれた人への恩返しも大事なんだ。それが私に今の自我なんだと信じたい。常に太陽が昇ると信じたいように私も真摯に受け止めたい。
かつての私が言えなかったことがようやく実を結びそうなんだ。こんなところで負けてはいられない。
ここが私の勝負所だ。