ep6 癒しの魔法、はじめました
「……今日もゼロか」
夏希は今日もカウンターでぼーっとしながら、今日の日報に『来客数:0』と書き込んだ。
異世界に来て、どうにかこうにか開業した「メンズエステ春香」も、早いもので一週間。
しかし、客足はゼロ、問い合わせもゼロ。
ドアにつけた鈴の音は、風で一回鳴っただけ。
(まあ、わかってたけどさ)
だってここ、治癒魔法がある世界。
揉んだり、流したり、ほぐしたりで「疲れが取れるんですよ~」って言ったところで、
「なら魔法で治せばよくない?」
で終わりだ。
店の前を通る村人たちの会話も、毎日似たようなものだった。
「メンズ…えすて? なにそれ」
「新しい防具屋じゃねえのか?」
「いや、たしか疲れが取れるとか…」
「疲れ取るなら、治癒魔法の店あるだろ」
(はい出た~、治癒魔法最強理論~)
心の中で冷めたツッコミを入れながら、私はチラリと店先の看板を見る。
『メンズエステ春香』
『心も体もぽっかぽか!』
頑張って考えたつもりだったけど、今見ると完全に意味不明だ。
「ぽっかぽか」に至っては、「薪でも売ってんのか?」って顔で見られる始末。
(いや、でも! リラクゼーションってそういうもんでしょ!? あったかくなって、ほぐれて、ふわぁ~ってなるやつ!)
必死で自分に言い聞かせるものの、異世界人に伝わっていないのは明らかだった。
もう、何人に「で、結局これは何屋なんだ?」って聞かれたことか。
「え、えっと…疲れを癒す…その…こう、手で…」
って言いかけて途中で詰まる私。
「手で…?」
「揉むのか?」
「えっ、骨接ぎか?」
(もうダメだ…)
こっちの人、やたら健康志向でピュアなんだよ…。
なんとか誤魔化して話題を変えたけど、このままだとガチで詰む。
(どうしよう…本気でやばい)
家賃は「払える時でいい」って言われてるけど、いずれは払わないといけない。
三万エルマだ。でかい。
「もう、いっその事..…魔法ってことにしちゃえばよくない?」
限界を迎えた脳が、ついに禁断の発想を生み出した。
「癒しの…魔法施術…的な?」
自分で言って、思わず天井を仰いだ。
(いやいやいや、嘘じゃん。詐欺じゃん)
でも、すぐに打ち消す。
(待てよ。私、神様にもらった能力あるじゃん。太陽の手! あったかくなるやつ!)
実際、異世界に来てから手が常にポカポカしてる。
(これもう魔法でいいでしょ。…いや、むしろ魔法って言ったほうがありがたみ出る!)
完全に追い詰められた私は、自分を必死に納得させる。
(詐欺じゃない…詐欺じゃないぞ。あったかくなるのは本当だし、癒し効果もあるし…嘘じゃない! うん!)
カウンターに突っ伏して「詐欺じゃない詐欺じゃない…」と念仏のように繰り返していたら、だんだん笑えてきた。
「詐欺じゃ…くふふっ…詐欺じゃないってば…ふははっ…」
もう、自分で何がおかしいのかもわからない。
だが、勢いに乗って夏希は立ち上がった。
「看板変えよう!」
すぐに筆とペンキを持ってきて、塗り直す。
『癒しの魔法施術 メンズエステ春香』
『心も体もぽっかぽか!』
料金表も追加だ。
『通常コース 45分 9000エルマ』
『スペシャルコース 12000エルマ』
(強気すぎ? いや、大丈夫。魔法ってつければ値上げしても文句言われないって、おばちゃん言ってたし)
「よし…!」
店の前に掲げ直して、一息つく。
遠くで村人たちがヒソヒソ話してる。
「おっ、看板変わったぞ」
「癒しの魔法…だと?」
「魔法施術…あそこ、魔法士だったのか?」
ニワトリでも見るような顔でチラチラこっちを見てくるが、もう怖くない。
私は胸を張る。
(これで私は、“癒しの魔法使い”になった…!)
本物の魔法士じゃないけど、もう知ったことか。
明日から勝負だ!