ep4 温める力と、異世界起業計画
パン屋の男に、いろいろ聞いてみた。
昨日今日と世話になっているこの男、名前はオキノというらしい。
歳は50手前くらいだが、すごく元気そうだ。
焼きたてのパンを持つたびに「どうだ、うまそうだろう?」と自慢げに笑う姿は、なんだか人懐っこい。
朝食の後、少し腰を落ち着けて聞き取り開始である。
分かったことを夏希は頭の中で整理してみる。
――まず、この国はでかい。
オキノ曰く、ここは「サンスト王国」というらしいが、かなり広大な国土を持っているらしい。
この町はその一角で、馬車で10分ほど行けば、更に大きな街がある。
街には商店や宿屋、治癒魔法を使う施術院や、道具屋などがそろっているという。
そこまで行けば、大抵の物は手に入りそうだ。
――冒険者や魔法があって、人もたくさんいる。
「魔法使い」は特別な存在ではなく、日常に溶け込んでいるらしい。
魔物退治や採取を生業とする冒険者もいて、依頼を受けては活躍している。
治癒魔法でケガ人を治す店や、魔法道具を扱う商店もある。
――物価は現実世界と同じくらい。
パン一つ100エルマ。
オキノ曰く、昼飯に簡単なスープとパンなら300エルマもあればお釣りがくるとか。
円換算すると、大体現実世界と変わらない感じか少し安いくらいだ。
――自分の魔法スキルで、みな各々の仕事や特技に活かしている。
魔法は、生まれつき使える者もいれば、成長してから覚える者もいる。
何にせよ、その力を生活に組み込んで仕事にしている人が多いようだ。
火を操って鍛冶屋になる者、水を操って農業を支える者、回復魔法で施術士になる者。
――そして、なにより重要なこと。
この世界の人たちは、真面目で、ピュアだ。
恋愛や夫婦の話はするが、「遊びで女を抱く」みたいな話は皆無だった。
風俗も存在しない。
つまり、「色欲」に対してかなり健全である。
昨日もオキノに聞いたが、「したくなったら?」と問うたら、「愛する妻がいるからな」と、満面の笑みだった。
――風俗がない。
これが、夏希にとって一番衝撃的だった。
ただし、逆に言えば、自分が持っている“スキル”を活かす余地があるかもしれないとも思った。
「さて、どうやって稼ぐか……」
朝の柔らかな光を浴びながら、夏希は考える。
そして、ふと何かを思い出した。
(そういえば、神様がくれた魔法って、寒くならないやつじゃなかったっけ?)
あのテキトーな神が、最後に言っていた。
「温める力」をくれる、と。
せっかくもらったのに、昨日は疲れていて試す余裕もなかった。
思い立ったらすぐ行動。
オキノさんの庭にあったバケツに水が張ってあったので、そこで試してみることにした。
「……お風呂くらいになれ!」
両手を水に入れて、願ってみる。
すると――
じわっ。
手のひらから、うっすらとオレンジ色の光が漏れ出した。
暖かくて、やさしい色。
みるみるうちに、水が温まっていく。
「おぉ……!」
触ってみると、まさにちょうどいい湯加減だ。
少し嬉しくなって、さらに温度を上げられるか試してみる。
「もうちょっと熱く……」
じわじわと、熱さが増していく。
50度。
60度。
70度。
80度。
「熱っ……でも、平気……?」
熱湯になっているはずなのに、不思議と自分の手はやけどしない。
多分、この魔法の力が、自分を守ってくれているのだろう。
「これ、いけるじゃん……!」
夏希は確信した。
この魔法、使い方次第では、絶対に役に立つ。
温かい手を使ったマッサージ。
自分が現実世界でやってきた仕事に、これを組み合わせれば、きっと――
「オキノさん!」
思わず声を張って、家の中にいるオキノを呼んだ。
「おう、どうした?」
「私、魔法が使えました! それで……仕事を始めようと思います。」
「おぉ、魔法持ちだったのか!それはすごいな!」
オキノは目を丸くしながらも、嬉しそうに笑う。
「それで、昨日泊めてもらったこの家、借りられませんか? ここで仕事をしたいんです。」
「ここか? うーん……まぁ、誰も使ってないしな。いいぞ。ただ、家賃は……そうだな、1カ月3万エルマでどうだ?」
「ありがとうございます!」
夏希は勢いよく頭を下げる。
こうして、夏希の異世界起業が始まる。
温める力――この魔法と、これまで培ってきた自分の施術スキル。
その二つを武器に、ここで生きていく。
「いける……いけるぞ……!」
少しだけ希望が見えた気がした。
異世界で『神の手』と呼ばれる日も、そう遠くはないかもしれない――。