ep3 異世界での初めてのご飯と、この世界の夜事情
目を覚ますと、柔らかな朝日が差し込んでいた。
ぼろいけど妙に落ち着く家。その家で、夏希は静かに目を覚ました。
「……お腹すいた。」
現実世界でもそうだったが、朝起きてまず思うのは、大抵これだ。
異世界に来ても変わらない自分に少し苦笑しながら、重い体を起こす。
昨日、世話になった中年の男性にまずは挨拶しようと外に出ると、彼はすでに庭で何か作業をしていた。
「おはようございます。」
「あぁ、おはよう。よく眠れたかい?」
「はい。ありがとうございました。」
男は笑って頷いたあと、ふとこちらを見て言った。
「腹減ってるだろ?ほら、これでも食え。」
そう言って差し出されたのは、こんがり焼けたパンだった。
小ぶりでシンプルな見た目だが、焼きたてらしく湯気が立っている。
「えっ、いいんですか?」
「いいってことよ。どうせ余ったやつだ。食え食え。」
遠慮しつつも、夏希はそのパンを受け取った。
香ばしい匂いに、胃が一層鳴る。
ちぎって口に入れると、素朴な味が広がった。
「おいしい……」
「だろ?俺のパンはうまいんだ。」
男はパン屋さんだった
「いくらぐらいするんですか?」
何気なく尋ねると、男は少し考えて答えた。
「一つ100エルマくらいだな。」
100エルマ。春香は心の中で計算する。
(100円くらいかな……?)
だとすると、だいたいこの世界のお金は日本円と同じくらいか、ちょっと安いくらいの価値なのかもしれない。
夏希はなんとなく安心した。法外な物価だったらどうしようかと思っていたからだ。
「ありがとうございます。でも、ちゃんとお金払います。」
「いや、いいんだって。困ってる時はお互い様だからな。」
男はそう言って、豪快に笑う。
この異世界、どうやら人がいい。
昨日も思ったけれど、こういう親切さは久しく忘れていた。
胸が少しだけ温かくなる。
しかし、だからといってずっと甘えているわけにはいかない。
家賃も払わなくてはいけないし、食費も必要だ。
春香は意を決して男に尋ねてみることにした。
「この街や、この世界って、どういうところなんですか?」
「ん?そうだな……」
男は少し顎をさすりながら話し始める。
「ここはサンストという、わりと栄えた国だ。平和な場所さ。この国には魔法使いもいるし、普通の人間もいる。みんなそれぞれ仕事をして平和に暮らしてるよ。」
「魔法使い……!」
そうだ、ここは異世界だ。魔法も存在するんだった。
「勇者とかもいるんですか?」
「勇者ってほどじゃないが、冒険者はいるぞ。魔物退治したり、採取に出たりしてるな。依頼するものとそれを請け負うものって事だな。」
どうやらファンタジーらしい世界観は間違いなさそうだ。
魔法使い、冒険者、魔物……ちょっとテンションが上がる。
「あのっ、治癒のお店とかもあるんですか?」
「あぁ、あるある。回復魔法が使える連中がいるからな。けが人を治したりするさ。」
「あと、飲食店とか宿屋とか……?」
「もちろんあるぞ。いろんな国から旅人が集まってくるからな、そういう店もちゃんとある。」
うんうん、想像通りだ。
異世界テンプレというか、お約束のような感じに夏希は妙な安心感を覚えた。
しかし、ここでふと現実世界の感覚が頭をよぎる。
(いや、待てよ。異世界で女一人……仕事って、どうするんだ?)
……そうだ。
夏希には今まで培ってきた「武器」がある。
楽に稼ぐ手段として、ついあの業界が頭をよぎる。
「……ところで、その、風俗とかってあります?」
自然を装って聞いたつもりだったが、男は目を丸くして不思議そうな顔をした。
「風俗?なんだそれ?」
「あ、えっと……男の人が、女の人と、その、エッチなことするお店みたいな……」
説明しながら、少し恥ずかしくなってきた。
だが、男はきょとんとしたままだ。
「そんなもんねえよ。」
「あ、ないんですね……」
「あんた、そんな妙な仕事してたのか?」
「……まぁ、ちょっと。」
正直に答えると、男は苦笑した。
「そりゃあ、変わった仕事だなぁ。」
(そうか、この世界にはそういう文化がないんだ……)
ちょっと衝撃だった。
現実世界では、男は皆そういう店に行くものだと思っていたのに。
「じゃあ、したくなったらどうするんですか?」
我ながら無神経な質問だと思いつつも、気になって仕方ない。
男は一瞬、恥ずかしそうに頬をかいた。
「そりゃあ、嫁さんとするだろ。俺には愛する妻がいるからな。」
なんとも幸せそうな表情だ。
夏希は「なるほど」と頷きつつ、ふと思った。
(この世界、意外とちょろいんじゃない?)
風俗がないってことは、逆に言えば私の武器、セラピストとしての一流の腕が活かせる場面もあるかもしれない。
「ふふっ。」
つい、ニヤけてしまった。
何にせよ、まずは生活基盤を作らなくてはならない。
今日はもう少し、この男に話を聞いて、この村での生き方を探ってみることにしよう。