表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人獣見聞録‐猿の転生 Ⅵ・春にして君を離れ  作者: 蓑谷 春泥
第1章 ナイト・オブ・ザ・リビングデッド
2/30

プロローグ 祟(たたり)

胎児よ 胎児よ 何故躍る 母親の心がわかって おそろしいのか ――――『ドグラ・マグラ』


 大地が鳴動し、森の梢から鳥々が飛び立つ。ようやく若葉を身に着け始めた山の奥、ひび割れた地面から巨大な獅子の腕が突き出、出現した山羊の頭骨を震わせて咆哮を山中に放った。

 継ぎはぎだらけの身体を空気の中にさらけ出し、地下坑道の落盤を引き起こし現れた獏鸚(キマイラ)はその山羊の腹の下に追跡者を伴って森に出た。

「追うぞ! 市街地の方へは向かわせるな!」

 坑道に空いた穴を通って次々に飛び出した警察隊の面々が、怪物の後を追って攻撃を繰り出す。図体の割に素早い身のこなしの獏鸚は俊敏に追撃の手を抜け、尾から突き出た大蛇が行く手を阻む敵をなぎ倒した。

「複数の獣を組み合わせただけはあるな……、一筋縄ではいかん」

「カミラタ隊長、電撃をお願いします!」

 非電性の手袋を両手に鉄の鎖を標的に巻き付けた隊員たちが叫ぶ。巨大な獣との綱引き。怪力自慢のレオニア族たちが一秒と持たず宙に投げ出される。「隊長ッ、すぐにでも!」

「分かっている! 安らかに眠れ!」

 カミラタの雷の矢が獣に放たれる獏鸚は身を捩り、頭部に纏った頭骨で即座に身を守った。霹靂は頭蓋骨に皹を入れ空中に拡散した。野獣が反撃の咆哮をカミラタに浴びせる。

「こいつ……、俺の電撃を見切っているのか。しかし所詮は獣、人の策には敵わん! キケロ、カミノ! 浮かせろ!」

 イクテュエス族の二人が回り込み、怪物の体重を減らしにかかる。重力操作で薄紙のように軽くなった獏鸚の爪が宙を掻き、体が浮き上がる。

「今だ! 引け!」

 再び投げつけられた蔓が外れた鎖の代わりを果たし、獏鸚の体を縛り付けた。体勢を変える隙間も与えない。身動ぎの自由を奪われた獏鸚の丹田目掛け、カミラタが最大出力の雷を浴びせた……。


「大捕物でしたね」

 大儀そうに上体を起こし滝口入道が言う。カミラタは彼に手を貸して助け起こし、隊員たちに指示を飛ばした。「カルキノス族とスコルピオ族は坑道を調べろ! ユグドラシル=カプリチオが近くに居るかもしれん! あのカプリチオ貴族たちを虐殺したの最有力容疑者だ、油断はするな!」

 それから振り返って入道に応答する。

「あのドクター・リリが生み出した化け物だ。膂力も桁違い。ずいぶん派手に飛ばされてたが大丈夫か?」

「平気です。頑丈さが取り柄ですから」

 彼は硬質化した肉体を見せて無事をアピールした。カミラタも信頼を寄せる同僚の能力に肯いた。

「しかし、近頃は事件も絶えませんね。『獄門院の変』や『カプリチオ大虐殺』から半年も経っていない。『地底回廊』とは連絡がつかないし、あちこちに瘴気が満ちているとアリエスタ族も警告しています。獄門院の祟りでは……、と。銀将門(ぎんのまさかど)崇独(ストク)帝の時のように」

「ふん、そのうち三大怨霊とでも呼ばれるんじゃないか。獄門院は別として」

「冗談じゃありませんよ。……それにドクター・リリ。八虐の緑衣の(グリーン・ゴブリン)。釈放されてなお手を煩わせる。せっかく我々が苦心して捕まえたというのに……、もう少し牢に繋いでおくべきだったのでは?」

「その確保最大の功労者が、彼女を見張ってる。ましらの力はお前も知っての通りだろう。それに彼女はあいつに心を許している。奴が側で見ている限りは大丈夫だろう。それに有事とは言え、帝も釈放の許可を出し、そして彼女はその条件を乗り越えてみせた。『獄門院の変』で彼女の果たした功労は大きい」

「……ですが、一年やそこらで改心するものでしょうか、あの大悪人が。彼女は市民や動物の肉体を改造して弄んだ狂学者ですよ。このまま捨て置けば……」

緑衣の鬼(グリーン・ゴブリン)が復活する、とでも言いたいのか」

 カミラタは鋭く問い返し、首を振った。

「たしかに、人を疑うのが我々の仕事だ。しかし罪人の更生の可能性を信じそれを助けるのも我々の役目。死者は救いようがないが、生者なら何度でもやり直すことができる」

「死者も蘇るかもしれませんよ」

「今さら冥界信仰もあるまい。黄泉の王国など迷信にすぎんよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ